セロシア・キャンドル―希望の灯火―

さわらぎゆかり

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【共通】プロローグ

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 一面、セロシアの花が咲き誇っている花畑にいた。

 心地よい風が丘を滑り、私の頬を撫でていく。
 小さな手に香水瓶を握りしめ、香りを胸一杯に吸い込んだ。やわらかく包み込んでくれるような香りが体中を駆け巡った。

「お母さん、この香水は、どうやって調香してるの?」
「それはね、この花から抽出したエッセンスをちょっと入れてるの」

 そう言って、母はセロシアの花を一輪摘みながら笑った。

「そうなんだ……良い香り。私も大きくなったら、お母さんみたいな調香師になるって決めてるの。だから、どんな風に調香するのか、いーっぱい教えてね!」
「ええ、もちろんよ」




 ……母が笑う。私も笑う。






 穏やかな風がそよいでいる丘陵地帯の向こうには、大きな入道雲があった。











 ――やがて来る、嵐を予感させるような。

 











━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-





倉間くらまさん」
「マドカ!」
「倉間~」

 私を呼ぶたくさんの声、声、声。

「はいっ!」

 元気よく返事をしながらも、(勘弁してよ……私の体は1つしかないんだから……)と思わずにはいられない。
 しかし、そんな文句を言う暇もないくらい、忙しい。
 ――私だけが。
 同じように配膳スタッフとして働いている女性スタッフがパーティー客と談笑しているのが目に入ってしまい、舌打ちしてしまいそうになる。
 こっちは髪を振り乱す勢いで忙しくしているというのに、呑気なものだ。

(これであのスタッフと給金一緒だったら、もう速攻で帰る)

 心の中でそんなこと思ってはいるものの、実際帰ることはできない。一社会人として、そんなことできないと理性が叫ぶ。

「倉間さん、良かった……助かった。よろしくね」
「かしこまりました」

 なるべく自然な笑顔に見えるよう努力しているが、引きつった笑みになってしまっているのは間違いない。
 私の心が筒抜けだったのだろうか。「よろしく」と言ってきたスタッフは乾いた笑いとともにその場を去っていった。

『ええっと……キミは我が国の言葉を理解できると思って良いのかな?』
『もちろんでございます、お客様。世界一の大国・ヴァンリーブ王国より遠路はるばるお越し頂き、光栄にございます』

 紳士はホッとした様子で私にドリンクの注文をしてきた。

『わたくしのワインもお願いできるかしら。白で』

 私は彼女に振り返り、かしこまりました、とスランビュー語で返事をする。

 貼り付けたような笑みで式典パーティー会場の中を走り回る私。
 私は今、十年ぶりにカムジェッタ国で開催されることとなった“全世界親交式典パーティー”の会場として選ばれた、格式高いカムジェッタ・ホテルの従業員として働いている。
 臨時だけど。
 いつもはカムジェッタ・ホテルが大元となっている中堅ホテルに勤めているのだが……。

 ――どうしてこんなことになったんだか……。

 私は会場の脇にけ、一ヶ月前の出来事を回想した。
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