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3章

達人

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「お、お前____」

六花は勢いよく立ち上がろうとして片膝を上げる。

「うーん。やっぱり敵になるのかな。お客の反応を見てもどうやらそうらしい」

男はそう一方通行にして無精髭を撫でる。

その動作がさらに六花の怒りを助長した。

六花は構う事無くそのまま足に力を込める。

「待って下さい」

しかし、六花の憤慨が暴発する事はグレートヒェンの仲裁によって未然に塞がれた。

「挨拶は時の氏神、そう云うじゃないか。ここは穏便に済ませよう」

床に散乱した秋水の束を端目に捉えて男はそう言う。

男の背中には手持ち無沙汰な刀掛けがただぶら下がっている。

「それに____お客の憤慨は御門違いだぜ」

躊躇う様に男は息を飲んだ。もう部屋は咽せる事は無いだろう。否、その温度は冷んやりとさえしていた。

ただ、雑魚部屋にいる人々の息遣いが耳元で聞こえる事から湿度だけが異様に高く感じられた。

「俺は関係の無い小娘を殺す様な下品な糞野郎には獲物を売らない主義なんでな」

六花の不快指数は跳ね上がった。心拍音がアラームの様にけたたましく彼の内側から鳴り響く、込み上げてくる。

「そんなの、お前の主観でしかないじゃないか!」

「お止め下さい、お客様」

彼女がそう言って挨拶を務める。

「…………。」

六花は何も言葉を発せないでいた。

彼は現実逃避をしていただ。彼女を、彼の最愛の人を____春野芽生を殺したのは深雪六花なのだから。

「な、全部君の主観だったろ?」

風に揺られて蝋燭の朧げな、儚い炎は突然にして消えた。

「いや、ごめんね。どうもこの部屋は通気性が良すぎるもんで」

男はおもむろにそう言って右手辺りの棚を手探りなまま探した。

「それで、武器が欲しいんだって?」

部屋が儚い蝋燭の炎に包まれる。

その男の一言によって一方通行の会話に終止符が打たれた。

主観的?

儚い、果敢無い……墓無い。

彼は愚かにも目の前の男に、男が狂人である事にかこつけて自身の行いを無くそうとしたのだ。

「……儚い、ね。ああ、知ってるかい?莫迦ばかって云う言葉の語源はって言葉の強調形なんだよ」

六花は再び口籠るだけだった。彼が散々に行った痴態はもうどうにも出来ない事なのだから。

遣る方無い。しかし、彼はそれをやり直そうとしているのだから、それはそれで_____儚い事であろう。

床に散乱した秋水達が六花を問詰する、嘲笑する。

「君は今憤怒していたけれど、君はそれでも武器が欲しいのかい?」

男はその幾分やつれた顔に嘲笑を讃えてそう訊いた。

「何、あんまり気にする事は無い。三文金屋の戯言だ」

抹香臭い禅問答はここまでにしよう、その言葉によって百物語は話を結ばれた。

「ただ、これだけは忘れないで欲しいな。蝶の羽ばたきによって竜巻が起こる、そのことをね」

「……ああ。」

六花はああ、とかうんとか口吃った後、しかしはっきりとそう答えた。

「よろしい。それじゃお客に刀を打ってやろうか、売ってやろうか」

話を取り持つ様に男はそう言って歯を見せた。

もう六花には目の前の店主が先程の男かどうかは判別出来なかった。

多分、この狂人にしてみればどちらでも無いのであろう。どちらでも有るのだろう。

有無を言わさず毅然と構える職人の姿が照らされていた。

「それにはお客の大切なモノが必要だぜ。少なくとも、旦那の事を好く思っているモノがな。」

蝋がまたしても受け皿に溜まり、六花が照らされていた。
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