【R-18】ヒトリノ海

右折坊太郎

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海辺での出会い編

8、ヒトリジャナイ海【終】

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「みっともないところを、見せちゃったわね……」
「別にいいじゃないですか。その……恋人同士、なんだし」

 あれから、二人は衣服を整え落ち着くと、浜辺に並んで座っていた。
 オレンジ色の夕陽が、優しく暖かく照らしている。

 大きく膨れていたお姉さんの下腹部は、溜まっていた精液を排出しきり、元に戻っていた。

 先ほどまでの行為を思い出しているのか、二人とも顔が赤い。

「あのね、あの時は気分が高まって、産むとか孕ませてとか色々言ったけど、ちゃんとアフターピル飲むから安心してね」
「は、はい……」

 少しホッとした様子を、海は見せる。

「そ、それで勘違いしないで欲しいんだけど、貴方との子どもが欲しくないとか、そういうのじゃなくって……。本当は欲しいけど、まだ早いというか、って……ごめんなさい。ひとりで先走ってしまって。私、重いわよね……?」と気恥ずかしさから思わず、小声かつ早口で話してしまう。

 年上らしい余裕を無くした彼女を、海は認めて柔らかく微笑んだ。
「いえ、お姉さんのそういうところ、俺は好きですよ……」

「少年……っ」
 頬を染め、表情を輝かせる。
 それは、海よりもっと幼く見えるような、恋する乙女そのものだった。

 不安が取り除かれた彼女は、ニッコリと笑う。
「それなら、良かったわ。私の彼氏くんは、ホントに良い子ね……」

 彼を見つめるその瞳は、透き通る水のように美しかった。
 そこには、今日出会って直ぐに見せた、悲しい影はどこにもない。

「あっ、そういえば言ってなかった」
「どうしました?」

 何かを思い出したのか、彼女は目を細めて口を開く。

「――水野 雫みずの しずく
「えっ?」

「私の名前よ。少年は?」
「そっか。お互い名前も知らずにいたんでしたね。俺は――大原 海です」

「そうね。ふふっ、あんな事までしておいて、今さら名乗るなんて可笑しいわよね。カイくんかぁ……どんな字を書くの?」
「あの海と、同じ字ですよ」
 海は、自身の名前と同じ、海原を指さす。

「そう……。その名前の人と海で出会って、恋人になるなんて。ちょっと、運命感じちゃうかも……」
 心から幸福を噛み締めているような笑顔を、彼女は浮かべた。

「結構、ロマンチストなんですね」
「ダメかしら?」

 彼女の問いに、海は軽く笑っている。

「別に、いいんじゃないですか」
「ふふっ、ありがと♪」

 笑い合う二人。
 今日出会ったばかりで、まだ付き合いの短い彼らだったが、互いの間に信頼が生まれていた。

「そういえば、お友達はいいのかしら?」
「あっ……すっかり忘れてました。連絡は……何も来てないんで、多分、楽しくやってると思いますよ」
 海は水着のポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、メッセージを確認し、ホッとする。

「『楽しく』ねぇ? 私と少年みたいにぃ……?」
 意味ありげに彼女が笑い、先ほどまでの行為が、海の頭を過った。

 本能のまま、互いを求め合った快楽と温もりに満ちたあの時間を。

 海は頬を染めながらも、
「そうなってるとは、限らないでしょう? 普通に遊んでるだけかもしれないですし……」と口をモゴモゴとさせる。

 すると、お姉さんこと、雫はニヤリと笑った。
「『普通に』? あら、私は今の私達みたいに並んで話したり、他のカップルみたいに、砂遊びとか水遊びしてるのかなって思ったのだけど……もしかして、イヤラシイことでも考えちゃったのかしらぁ?」
「~~――ッ!?」

 彼女はからかい、海は墓穴を掘ったと、顔を真っ赤にする。
「お姉さん、イジワルですよ……」
「ふふっ、ごめんなさい」

 むくれる海に、雫は随分と楽しそうだった。

 少々不機嫌な海は、横目に彼女を見た。
「というか……名前、呼んでくれないんですか?」
「呼んで欲しいの?」

「そりゃ、まぁ……恋人、ですし?」
「ふーん? じゃあ、先ずはソッチが呼んで?」

 ニヤニヤとSっ気のある笑みを浮かべ、彼の顔を覗き込んでいる。

「うっ……し、雫さん」
「えへへぇ……」

 名前を呼ばれた雫は、よほど嬉しかったのか、締まりのないダラシナイ顔を浮かべた。

「次は、そっちの番ですよ」
「じゃあ――少年っ♡」

 海は、露骨に嫌な顔になった。

「それは無いでしょ……」
「だって、恥ずかしいしぃ……」

 雫はクネクネと身体を左右に、わざと大げさに振って、照れている。

「俺だって、恥ずかしかったんですけどっ!?」
「まぁ、そうよね」

「むぅ……。もういいです」
 海は、むくれた。

 心底嬉しそうに、はしゃいでいた雫は立ち上がると、これまでと違う真剣な表情になった。
 少女のような笑顔ではなく、一人前の淑女のもの。

 視線を海面へと移した海は、そのことに気付かない。

 海の背後へと、雫は回る。

 そして、その丸まった彼の背中を、優しく抱きしめた。
 
「本当にありがとう、海くん。貴方がいなかったら、きっと、こんな幸せな気持ちになれなかったでしょうね。私を受け入れてくれて、側にいてくれて、すっごく嬉しい。出会ったばかりで、まだ私のことをそこまで好きじゃないだろうけど、これだけは言わせて――」

 海の背中に、柔らかで温かな彼女の身体が押し付けられる。
 先ほどまで触れ合っていた熱と感触が、彼の心に安らぎを与えた。

 胸が当たっているのにも関わらず、彼女の声色が先ほどよりずっと落ち着いていたことから、興奮したりなどもしない。

「――大好きよ、海くん」 
 海の耳元で、雫が想いを綴る。
 
「雫さん……っ」
 これまで彼女が振舞っていたものではない、彼女の本音。
 それを聞いた海は、声が微かに震えていた。

 二人は互いの顔を、瞳を見つめ合う。

 この一瞬は、何故だか、飾らないありのままでいられたように、彼らは感じていた。 

 やがて、ゆっくりと雫がその身を離す。

「さぁ、そろそろ戻らないと。お友達が心配するわよ?」
「そうですね。一緒に行きましょう、ちゃんと紹介しないと」
「へっ……?」
「その、智樹、いや幼馴染み達に『彼女が出来た』って……報告を」
 言いにくそうに、海は照れる。

「あっ、あー、そう、ねぇ……」
 夕陽でわかりにくくなっているが、雫の顔は赤く染まっていた。

「と、とにかく、行きますよっ!」
 立ち上がった海は、雫の手を引き、歩き出す。

 背中から見える海の耳も、赤かった。

 それに気づいた雫は、クスッと笑うと速度を上げ、彼の隣に並んで歩く。

「はいはい。海でナンパに成功するなんて、少年はプレイボーイだねぇ?」
「それに応じるお姉さんは、軽い女なんじゃないですか?」

「ひっどーい。こう見えてちゃんと、人は選んでるわよぉ。身持ちは硬いんですぅっ……!」
「本当ですかぁ……?」

「本当よぉ」

 まだ名前を呼ぶのが気恥ずしい二人だったが、既に絆があるのだろう、笑いながら軽口を言い合う。

「そういえば、帰りはどうしましょう?」
「ふっふーん、お姉さんに任せなさい。車で来てるから、少年達を送ってあげるわよっ♪」

「助かります」
「えぇ。そういえば、少年はどこに住んでるの?」

「えっと、一人暮らしなんですけど、場所は――」
 住所を簡単に説明されると、雫は上機嫌になる。

「そうなの。なら、近所だから毎日会えるわねっ♪」
「マジですか……?」

「勿論、私も一人暮らしだし、何なら一緒に住むのもいいわね」
「同棲、ですか……」

「イヤ?」
「嫌じゃ、ないですけど……」

 楽し気にこれからのことを話しながら、二人は海から陸へと一歩ずつ進んでいく。

 彼らは、互いの中に新しい居場所を見つけた。

(――もう、独りじゃない)
 同じ気持ちを抱いた彼らは、これから更に絆を深め、愛を育んでいくことだろう。

 こうして、この日。

 一組のカップルが、新たに誕生した――。
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