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田舎編

お狐サマ

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 ――蝉の声が聞こえる。
 肌に纏わりつくような、じっとりとした夏特有の暑さの中、男は田舎道を歩いていた。
 背丈は高く、ガッシリとした体格をしている。
 
 男の名は、藤原 学ふじわら まなぶ
 彼は、普段は都会の大学に通う学生である。
 
 そんな彼は、田舎にある父方の実家を、両親と共に訪れていた。
 その場所は、歩いて10分ほどの位置にコンビニが一軒ある程度で、目立った商業施設は近場にない。
 家の周辺にある農地も、後継者がいないのか荒れ果て、本来の役目を果たせなくなっている有り様だ。
 
 この寂れた土地に、一週間程度、留まるのは決まっている。
 遊びに行けるような場所はなく、暇を持て余した学は、思い切って家を出て、今は周囲を散策している最中だった。
 
「アッツイなぁ……」
 
 額に滲む汗をタオルで拭いながら、歩みを進める。
 ショルダーバッグの中には、熱中症対策に持ってきたスポーツドリンクと、塩分が補給出来るアメ等を入れていた。
 
 かれこれ10分程度は歩いてきたが、未だ誰ともすれ違っていない。
 
 目に映るのは、沢山の木々と、放棄された田畑、時折姿を現す鳥ぐらいなものだ。
 
(こうなるぐらいだったら、家でジッとしていたほうが良かったかな……?)と後悔し始めた頃、ふと道の脇にあるモノが目に留まる。
 
 ――石造りの鳥居だった。
 
「こんなとこに神社でもあんのかな……?」
 
 待ち望んでいた、変化。
 
 興味を惹かれた学は、鳥居をくぐり、社へと続く道を辿っていく。
 
(折角だし、何があるか見てみよう……)
 
 スマートフォンで写真でも撮れば、友達と話すネタぐらいには、なるかもしれない。
  そう考えながら、草が隙間からハミ出ている石段を登っていき、広い空間に出た。
 
 そこに合ったのは、木造の、こぢんまりとした社だった。
 
 しかし、建ってから年数がかなりあるのか、今は苔や植物といった緑に、所々、侵食されている。
 
 時の流れを感じさせる、人の手から離れ、信仰が薄れていった神社の成り果てに、何とも言えぬ物悲しさを抱いた。
 
 だが、そこでふと気付く。
 
 神社の回廊、木製の床の上に。
 
 ――ヒトがいる。
 
 横向きにうずくまっている、小さな身体。
 
「だ、大丈夫ッ!?」
 
 学は倒れているのかと心配し、思わず駆け寄る。その人物の詳細が目に映り、彼は動きを止めた。
 
 金色の長い髪、その頂点にあるのは、三角形に近い、獣の耳だった。
 それ以外に目を引くのは、尻の方から伸びている、大きな九つの尻尾。
 毛に覆われ、ふさふさとしていて、誘うように左右に揺れている。
 
 顔立ちは幼い少女のようで可愛らしく、長い睫毛は伏せられ、眠っているのか目を閉じていた。
 
 背丈は、140cmもなさそうなほど、小柄である。しかし、腕の隙間から見える胸は、体格と反比例するように、極めて大きい。
 
 衣服は、赤と白を基調とした、巫女服のようなモノを身に着けている。
 しかし、肩は肌が出ていたり、下半身はミニスカートのようなデザインになっていた。
 
 アニメや漫画、ゲームなどのキャラを再現したように見えてしまう。
 
(コスプレイヤー……かな?)
  そう学が思うのも、無理はなかった。
 
 ただ、目の前の少女は健やかな寝息を立てていることから、危険な状態でないことを悟り、彼は胸を撫で下ろす。
 
(どうしてこんなところに、コスプレイヤーが? 撮影にでも来てるのかな……? たしかにここ、雰囲気あるけど……)
  疑問が浮かびつつも、周囲を見回す。
 
 彼女が撮影に来たのであれば、機材などの荷物ぐらいありそうなものだが、一切見当たらない。
 
「んん――っ、なんじゃ……?」
 
 目の前の少女が、目元を擦りながら身を起こす。そして、学を見ると、
 
「クマ……?」
「いや、人間だけど……」
「そうか、そうか――」
 
 少女は、ニヒヒと愛嬌のある表情で笑った。
 
 学の身体は大きく筋肉質で、はたから見ると熊のようであるから、そう誤解されたのだろう。
 
「なるほど、人間か――って、ニンゲンっ!?」
 
 少女は驚きに、金色の透き通った瞳を見開く。
 
「いや、ここに人間が来るのは、久方ぶりじゃのう……」
 感慨深そうに、少女が言う。学は、
「そういう、設定?」と問いかけた。
「設定? なんのことじゃ……?」と少女は首をかしげている。
 
 その時も、ピコピコと頭頂部の耳が動き、尻尾は、ゆらゆらと左右に揺れていた。
 
 どうやら、この耳と尻尾は、しっかりと身体に生えた本物らしい。
 
 学は、創作物で、彼女のようなケモミミ少女を見たことがあったが、現実で遭遇するとは、思ってもみなかった。
 
「あの、君は……?」
「ワシの名は、ミコ。この社に祀られておる、神じゃ……!」
「神様……?」
「そうじゃ!」
 
 自慢気にその大きな胸を張って、ミコは威張る。
 だが、それを見ている学の目には、未だに疑いが残っていた。
 
「信じておらぬようじゃな……では――」
 
 ミコは、学の前に立ち、手をかざす。
 すると、彼の身体がフワリと宙に浮き上がった。
 
「お、おぉっ!?」
「どうじゃ、凄いじゃろう?」
 
 学は空中でバタバタと手足を動かし、パニックになっている。そんな彼と同じ高さまで、ミコは浮き上がると、学が慌てふためく様をニヤリと笑っていた。
 
「わかった、わかったから、降ろして……っ!」
「うむっ!」
 
 ゆっくりと、二人は地上に降りる。
 学は速まった鼓動を落ち着けるように、荒く息をし、地面に両手をつき、落ち着こうとしていた。
 
 ミコは学の顔を見下ろし、顔を覗き込むと、ニンマリとした笑みを浮かべ、
「では、お主のことを聞かせてもらおうか――」と続けるのだった。
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