1 / 66
難しい年頃
01
しおりを挟む
「なあなあ砂和ァ、何やってんの」
「学校では苗字で呼んでくださいよ、青海(おうみ)先生」
放課後、帰宅する生徒らを見ているといきなり職員室のベランダで無理矢理に肩を組んできた。そのたくましい腕を振りほどく。
「ああ、なんだ無垢じゃん。あいつ髪型変えたか? まるで女子生徒だなぁ」
「切らないんですよ、伸ばしてるんです。みっともないから散髪に行けと何度も言っているのに」
「はは、色気付いたのか?」
「……反抗期ですよ」
最近言うことを聞かなくなって来た、同居の弟のような子供だった。小鳥遊無垢(たかなしむく)は十六歳、いまだ反抗期が終わらないような気がする。長い髪の似合う端正な顔、血が繋がっているわけではないから私と似ているはずもない。
向島砂和(むこうじまさわ)二十六歳。今年の春は、私が勤めているこの高校に入学して来た無垢にまるでからかわれているような日々だった。しかしこの街にやって来たばかりの無垢も、数人の友人が出来たようだ。その点だけはほっとしている。私は兄のようにはなれるかもしれないが、友人にはなってやれない。その十歳の年の差と、初めて会ってからの十年の月日。友人と言うには少し重くて……そんなことを考えていたら左手首がむずむずして、私は思わず腕時計の上から掻きむしった。
「砂和、週末時間あるか?」
「今週末は、ちょっと」
「ああ、言ってもお前も年頃だもんなぁ。悪いねこんなバツイチの暇つぶしに付き合わせるのは」
「青海先生、だからもう……特に用事はないんですけど、無垢の片付けない引越しのダンボールを片そうと思っていただけです。引越しからもう一ヶ月以上もたつのに」
「はは、なんだそれなら俺も手伝いに行ってやるよ。親戚から良い日本酒送られて来てさ、片付けが終わったら酒盛りでもするかぁ」
青海大河(おうみたいが)はこの学校の先輩教師だった。ひとまわり歳の離れた彼は距離が近くて厚かましく、しかし何かと私を助けてくれる。新任教師の頃からその心の優しさはわかっているつもりだ。彼もまた何かと過去を抱えているようだが、その辺は本人から言わない限り聞かなかったことにするか。誰かのプライベートを踏み荒すほど、私は他人の心の中に入っては行けなかったから。
「私と飲んでも楽しくはありません」
「知ってる、酔わないもんな」
「酔っても私は私のままなだけですよ、いくら飲んでも変わりませんし」
「あー、俺はいつかお前を泣かしてやりたいんだけどなあ」
「そこまで喜怒哀楽に富んだ人間ではないので」
「ああ言えばこう言う。全く、最近可愛くねえなお前!」
青海と会話をして言る途中で今晩の夕食は確か冷蔵庫の中に鮭の切り身があったな、なんて今頃思い出した。無垢に後で米を多めに炊いて待っているように伝えて、焼き魚の後は味噌汁を作って一日を終えよう。成長期の無垢には少し足りないかもしれないが、その辺は漬物でも出して。なんて言えばまた年寄りくさいメニューだなんて、無垢に呆れられてしまうかもしれないが。
実家の両親はもういない、いや、義理の実家と言うのだろう。私が向島の家の養子になって、十五年目に養父母は事故で亡くなった。しかしその知らせを聞いてもその時の私は不思議なことに涙すら出なかったのだ。どんなに世話になったのか、その恩は忘れたつもりはないのに。
「すみませーん良いですか向島先生、委員会の……」
「ああ、いま行きます」
私は多分どこか壊れているのだろう、どうしようもないこんな自分に随分と前から嫌悪感を抱いている。
「学校では苗字で呼んでくださいよ、青海(おうみ)先生」
放課後、帰宅する生徒らを見ているといきなり職員室のベランダで無理矢理に肩を組んできた。そのたくましい腕を振りほどく。
「ああ、なんだ無垢じゃん。あいつ髪型変えたか? まるで女子生徒だなぁ」
「切らないんですよ、伸ばしてるんです。みっともないから散髪に行けと何度も言っているのに」
「はは、色気付いたのか?」
「……反抗期ですよ」
最近言うことを聞かなくなって来た、同居の弟のような子供だった。小鳥遊無垢(たかなしむく)は十六歳、いまだ反抗期が終わらないような気がする。長い髪の似合う端正な顔、血が繋がっているわけではないから私と似ているはずもない。
向島砂和(むこうじまさわ)二十六歳。今年の春は、私が勤めているこの高校に入学して来た無垢にまるでからかわれているような日々だった。しかしこの街にやって来たばかりの無垢も、数人の友人が出来たようだ。その点だけはほっとしている。私は兄のようにはなれるかもしれないが、友人にはなってやれない。その十歳の年の差と、初めて会ってからの十年の月日。友人と言うには少し重くて……そんなことを考えていたら左手首がむずむずして、私は思わず腕時計の上から掻きむしった。
「砂和、週末時間あるか?」
「今週末は、ちょっと」
「ああ、言ってもお前も年頃だもんなぁ。悪いねこんなバツイチの暇つぶしに付き合わせるのは」
「青海先生、だからもう……特に用事はないんですけど、無垢の片付けない引越しのダンボールを片そうと思っていただけです。引越しからもう一ヶ月以上もたつのに」
「はは、なんだそれなら俺も手伝いに行ってやるよ。親戚から良い日本酒送られて来てさ、片付けが終わったら酒盛りでもするかぁ」
青海大河(おうみたいが)はこの学校の先輩教師だった。ひとまわり歳の離れた彼は距離が近くて厚かましく、しかし何かと私を助けてくれる。新任教師の頃からその心の優しさはわかっているつもりだ。彼もまた何かと過去を抱えているようだが、その辺は本人から言わない限り聞かなかったことにするか。誰かのプライベートを踏み荒すほど、私は他人の心の中に入っては行けなかったから。
「私と飲んでも楽しくはありません」
「知ってる、酔わないもんな」
「酔っても私は私のままなだけですよ、いくら飲んでも変わりませんし」
「あー、俺はいつかお前を泣かしてやりたいんだけどなあ」
「そこまで喜怒哀楽に富んだ人間ではないので」
「ああ言えばこう言う。全く、最近可愛くねえなお前!」
青海と会話をして言る途中で今晩の夕食は確か冷蔵庫の中に鮭の切り身があったな、なんて今頃思い出した。無垢に後で米を多めに炊いて待っているように伝えて、焼き魚の後は味噌汁を作って一日を終えよう。成長期の無垢には少し足りないかもしれないが、その辺は漬物でも出して。なんて言えばまた年寄りくさいメニューだなんて、無垢に呆れられてしまうかもしれないが。
実家の両親はもういない、いや、義理の実家と言うのだろう。私が向島の家の養子になって、十五年目に養父母は事故で亡くなった。しかしその知らせを聞いてもその時の私は不思議なことに涙すら出なかったのだ。どんなに世話になったのか、その恩は忘れたつもりはないのに。
「すみませーん良いですか向島先生、委員会の……」
「ああ、いま行きます」
私は多分どこか壊れているのだろう、どうしようもないこんな自分に随分と前から嫌悪感を抱いている。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
君の声が聞こえる【高校生BL】
純鈍
BL
低身長男子の佐藤 虎太郎は見せかけのヤンキーである。可愛いと言われる自分にいつもコンプレックスを感じていた。
そんなある日、虎太郎は道端で白杖を持って困っている高身長男子、西 瑛二を助ける。
瑛二はいままで見たことがないくらい綺麗な顔をした男子だった。
「ねえ虎太郎、君は宝物を手に入れたらどうする? ……俺はね、わざと手放してしまうかもしれない」
俺はこの言葉の意味を全然分かっていなかった。
これは盲目の高校生と見せかけのヤンキーがじれじれ友情からじれじれ恋愛をしていく物語
勘違いされやすい冷徹高身長ヤンキーとお姫様気質な低身長弱視男子の恋もあり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
さがしもの
猫谷 一禾
BL
策士な風紀副委員長✕意地っ張り親衛隊員
(山岡 央歌)✕(森 里葉)
〖この気持ちに気づくまで〗のスピンオフ作品です
読んでいなくても大丈夫です。
家庭の事情でお金持ちに引き取られることになった少年時代。今までの環境と異なり困惑する日々……
そんな中で出会った彼……
切なさを目指して書きたいです。
予定ではR18要素は少ないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる