倫理的恋愛未満

雨水林檎

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第二話

01

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 体調が悪いのはいつものことだしそれほど自分の身体を大切に、なんて思うこともなかった。ただ痩せていることだけにこだわって、気が付いたら失神して床で鼻血を出している。恥ずかしながらそう言うことは少なくない。ということはつまり僕の日常は幸せなものなのか、でも誰かに不幸せだと言われてもいまさら何をどう変えていったらいいのかなんてわからないし。せめて理解者がいたらね、なんてことはもう何年も前にあきらめていた。結局のところそれが僕の日常なのだから。

 ***

「ゲホッ、ケホッ、ゴホ……ゴホゴホゲフッ!」

 夕方の一人の帰り道、橘野幸知は息をするたびに咳が出て困っていた。春なのに寒くて仕方がない、震えながら上着のボタンをしめて幸知は小さくなって自宅に向かう。徒歩二十分の道のりが足が重いせいなのかあまりに遠く感じてしょうがなかった。そしてついに立ち止まって息を吐く。するとまたひどい咳が出て、そうこうしている間にもう夕方も終わろうとしている。

「ゴホッ、ゲホケホッ……! ゴフッ」

(咳が止まらなくて胸が痛いな、これは風邪だろうか)

 途中で風邪薬を買って帰ろうと思ったものの、住宅街に入ってしまって薬局は今来た道を戻らなければならないこと、今日の幸知にはそれは少し無理そうだった。でも風邪なら人にうつさないように気を付けながらあとは自分の不調を我慢すればいいだけ、誰も幸知の身体を気遣う人はいない。幸知の人間関係はそんなものだ、両親とだって最近ではろくに話もしないのだから。
 帰宅したらすぐに怠い身体を引きずって着替えて、幸知は飲み物をもって二階の自室に向かう。

(風邪薬も探したらどこかにあっただろうけれど、勝手に使って後でどうの言われても嫌だし……夕飯もいらないからもう寝てしまおう。ああ、熱出てきたな)

 体温計もたぶんどこかにある、だがそれも幸知のものではないしと、そうしてそのままベッドの中に倒れこむようにもぐりこんだ。
 幸知が目を覚ますと時計は九時を過ぎている。遠くから母が父に対して不満を怒鳴りつけているのが聞こえる。多分いくら呼んでも眠っている幸知の反応がないものだから標的を変えたのだろう。

(ついていないひと、たまには存分に叱られると良い。きっといままさになんて理不尽なのだと心底感じているに違いない)

 幸知の瘦せた手がベッドサイドのペットボトルに触れる。熱でしびれて震える手を気にしながらゆっくりとふたを開けて、発熱している身体を起こしミネラルウォーターを飲んだ。

(水ですらのどにしみる……明日の学校が憂鬱だな。母に熱で休みたいなんて言ったら騒がれるのだろうし。倒れないように気をつけて行こう、学校の保健室はあまり世話にはなりたくない)

 そのとき幸知はふと隣の席の久賀野神無を思い出した。熱があるとか言ったら無理やりにでも件の保健室に連れていかれそうだ。そんな久賀野がどこか恋しい。

(だって彼は二回目の一年生で欠席遅刻早退を繰り返す、そんな不真面目ながらも真面目な保健委員だから)
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