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第一話
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(どうしよう、余計目立ってしまった……)
幸知は久賀野に腕を支えられながら、ざわつく教室から出てすぐの階段を降りる。久賀野は足をかばいながらの独特の歩き方で階段をゆっくり降りていた。
「橘野君さあ、気分悪いときは自分で保健室行きたいって言わなきゃだめだよー、そんな血の気のない真っ青な顔してたら、いつ倒れてもおかしくないじゃない。自覚はあるんだろ? 黙ってくちびる白くなるまでかみしめて、ため息なんかついてないで」
「……」
「大丈夫か? 歩くのつらそうだなあ。ごめんな、俺、足悪くておんぶしてやれなくて」
「いえ……、だいじょうぶ……」
「まいったなぁ天気悪い日は足が痛いんだよねえ、いやんなっちゃう」
雨はやむ様子がない、階段の踊り場から窓を見あげて、久賀野は長い溜息をついた。
(久賀野……確か留年生、だっけ)
久賀野神無は今年二回目の一年生だった。かつてのバスケ部のエースだったって、その彼に何があったのかは知らないが現在では勝手に欠席遅刻早退を繰り返して、多数の教師にことごとく怒られている。しかしどこか憎めない表情が印象的で、いまでは逆に幸知よりもクラスになじんでいた。
「橘野君どうしたの、やけに冷たい手してんな。なに、寒い?」
久賀野は幸知の手のひらに触れる、大きくてたくましい指と骨ばって今にも折れそうな幸知の細い手指。その手のひらにはまるで血すら通ってないように、皮膚は真っ白で爪まで青ざめている。
「ちょっと気持ち悪くて……多分そのせいだと」
「まじかよ、大丈夫か? トイレ寄ってく?」
「いや、いい、吐きたくない」
(そもそもここ数日吐くほどに何かを食べてなんていないし、昨晩は母親に八つ当たりされて怒鳴られて、朝になっても食欲なんかわかなかった)
「もう……遠慮する子だねえ、まったく。そんなに無理ばっかりしてて疲れちゃわない? 俺昼寝してたけどね、それくらいでいいと思うよ」
「……」
ようやく二人がたどり着いた保健室では中年の女性養護教諭、三輪が一人で書き物をしていた。幸知の肩を抱いた久賀野が声を掛ければまたかというように苦笑して久賀野をしかる。
「もうー、また昼寝しに来たの? 久賀野くんてば懲りないんだから」
「違う、違うってば今回は俺じゃあないの。この子見てよ、橘野。顔真っ青」
「あらあら、本当。貧血かしら……とりあえず中に入って、歩ける?」
(でも目の前が真っ暗で歩けない……、倒れそう……ここで座り込むわけには……)
「わ、おいもう少し頑張れって橘野!」
幸知の両足から力が抜けて、その場にがくりと膝を落とす。倒れる直前に久賀野が受け止めて、それから幸知の意識は薄れて行った。ただ目の前は見えないが、遠くから薄く声だけは聞こえている。
「……ああ、貧血がひどいのかもしれないわねえ。ちょっとまぶたの裏めくらせてねぇ」
「わ、真っ白じゃん! やばいだろ、大丈夫なの先生、これ」
「大丈夫じゃないわね、橘野くん! しっかりしなさい、ほら歩いて」
「う……」
三輪が数回幸知の頬を叩いた。苦しい最中意識を揺り起こされた幸知は、そのまま三輪と久賀野に引きずられるようにして空いているベッドに寝かされた。ようやく横になることが出来て、幸知は微かな溜息をつく。しかしまだゆらりと眩暈がして、かろうじて意識をつなぎとめているが気分は悪い。
「あなたが橘野幸知くんね、前から一度話を聞きたいと思っていたのよ」
「なんで、なにか素行の悪さでも目立ったりしてるわけ?」
「久賀野くんはもう教室に帰りなさい、プライベートな話だから」
「俺、口かたいから誰にも言わないって、おーい橘野、大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ……」
(嫌だ、プライベートな話なんて一対一でもしたくない。いつどこで何を話しても、大人はどうせ救ってはくれないものだから)
幸知は冷や汗をかき青ざめた顔のまま眉をよせる。その嫌悪感に三輪は気が付いてはいないようだった。余計なことをするなと、彼の全ての大人に対する嫌悪感に。
「ねえ橘野くん、毎日ご飯食べてちゃんと眠ってる? 今日は相当調子が悪そうだから早退しても構わないわよ。お母さんに連絡しましょうか?」
「……や、嫌だ! やめてください……っ、連絡は、しないで……!」
「わっ、暴れるな! 橘野!」
三輪の言葉に慌てて力を振り絞って、幸知は必死に起き上がった。しかしすぐにひどく目がくらんで平衡感覚がゆがんだせいでそのままベッドから転げ落ちそうになり、それを慌てた久賀野が抱き留めた。
(冗談じゃない、あの母親になんか連絡をされたら、昨晩よりももっと酷い夜が待っているじゃないか。もうまっぴらだ、あの耳についてやまない甲高い怒鳴り声もやかましく閉めたドアを叩く音も……)
「でも橘野くんあなた入学したときからひどく瘦せてるから、心配している先生多いのよ」
「……っ」
「もうストーップ! あのさあ三輪先生、とりあえず一回橘野寝かせてやんなよ。さっき気持ち悪いって言ってたよ」
「えっ、あらあら大丈夫? 吐きそうかしら」
「い、いえ……」
そう言って久賀野は背を向けて教室に帰っていった。慌てた三輪はベッドを整えている。
「あ……」
(彼に、ありがとうって言えばよかったな)
幸知は久賀野に腕を支えられながら、ざわつく教室から出てすぐの階段を降りる。久賀野は足をかばいながらの独特の歩き方で階段をゆっくり降りていた。
「橘野君さあ、気分悪いときは自分で保健室行きたいって言わなきゃだめだよー、そんな血の気のない真っ青な顔してたら、いつ倒れてもおかしくないじゃない。自覚はあるんだろ? 黙ってくちびる白くなるまでかみしめて、ため息なんかついてないで」
「……」
「大丈夫か? 歩くのつらそうだなあ。ごめんな、俺、足悪くておんぶしてやれなくて」
「いえ……、だいじょうぶ……」
「まいったなぁ天気悪い日は足が痛いんだよねえ、いやんなっちゃう」
雨はやむ様子がない、階段の踊り場から窓を見あげて、久賀野は長い溜息をついた。
(久賀野……確か留年生、だっけ)
久賀野神無は今年二回目の一年生だった。かつてのバスケ部のエースだったって、その彼に何があったのかは知らないが現在では勝手に欠席遅刻早退を繰り返して、多数の教師にことごとく怒られている。しかしどこか憎めない表情が印象的で、いまでは逆に幸知よりもクラスになじんでいた。
「橘野君どうしたの、やけに冷たい手してんな。なに、寒い?」
久賀野は幸知の手のひらに触れる、大きくてたくましい指と骨ばって今にも折れそうな幸知の細い手指。その手のひらにはまるで血すら通ってないように、皮膚は真っ白で爪まで青ざめている。
「ちょっと気持ち悪くて……多分そのせいだと」
「まじかよ、大丈夫か? トイレ寄ってく?」
「いや、いい、吐きたくない」
(そもそもここ数日吐くほどに何かを食べてなんていないし、昨晩は母親に八つ当たりされて怒鳴られて、朝になっても食欲なんかわかなかった)
「もう……遠慮する子だねえ、まったく。そんなに無理ばっかりしてて疲れちゃわない? 俺昼寝してたけどね、それくらいでいいと思うよ」
「……」
ようやく二人がたどり着いた保健室では中年の女性養護教諭、三輪が一人で書き物をしていた。幸知の肩を抱いた久賀野が声を掛ければまたかというように苦笑して久賀野をしかる。
「もうー、また昼寝しに来たの? 久賀野くんてば懲りないんだから」
「違う、違うってば今回は俺じゃあないの。この子見てよ、橘野。顔真っ青」
「あらあら、本当。貧血かしら……とりあえず中に入って、歩ける?」
(でも目の前が真っ暗で歩けない……、倒れそう……ここで座り込むわけには……)
「わ、おいもう少し頑張れって橘野!」
幸知の両足から力が抜けて、その場にがくりと膝を落とす。倒れる直前に久賀野が受け止めて、それから幸知の意識は薄れて行った。ただ目の前は見えないが、遠くから薄く声だけは聞こえている。
「……ああ、貧血がひどいのかもしれないわねえ。ちょっとまぶたの裏めくらせてねぇ」
「わ、真っ白じゃん! やばいだろ、大丈夫なの先生、これ」
「大丈夫じゃないわね、橘野くん! しっかりしなさい、ほら歩いて」
「う……」
三輪が数回幸知の頬を叩いた。苦しい最中意識を揺り起こされた幸知は、そのまま三輪と久賀野に引きずられるようにして空いているベッドに寝かされた。ようやく横になることが出来て、幸知は微かな溜息をつく。しかしまだゆらりと眩暈がして、かろうじて意識をつなぎとめているが気分は悪い。
「あなたが橘野幸知くんね、前から一度話を聞きたいと思っていたのよ」
「なんで、なにか素行の悪さでも目立ったりしてるわけ?」
「久賀野くんはもう教室に帰りなさい、プライベートな話だから」
「俺、口かたいから誰にも言わないって、おーい橘野、大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ……」
(嫌だ、プライベートな話なんて一対一でもしたくない。いつどこで何を話しても、大人はどうせ救ってはくれないものだから)
幸知は冷や汗をかき青ざめた顔のまま眉をよせる。その嫌悪感に三輪は気が付いてはいないようだった。余計なことをするなと、彼の全ての大人に対する嫌悪感に。
「ねえ橘野くん、毎日ご飯食べてちゃんと眠ってる? 今日は相当調子が悪そうだから早退しても構わないわよ。お母さんに連絡しましょうか?」
「……や、嫌だ! やめてください……っ、連絡は、しないで……!」
「わっ、暴れるな! 橘野!」
三輪の言葉に慌てて力を振り絞って、幸知は必死に起き上がった。しかしすぐにひどく目がくらんで平衡感覚がゆがんだせいでそのままベッドから転げ落ちそうになり、それを慌てた久賀野が抱き留めた。
(冗談じゃない、あの母親になんか連絡をされたら、昨晩よりももっと酷い夜が待っているじゃないか。もうまっぴらだ、あの耳についてやまない甲高い怒鳴り声もやかましく閉めたドアを叩く音も……)
「でも橘野くんあなた入学したときからひどく瘦せてるから、心配している先生多いのよ」
「……っ」
「もうストーップ! あのさあ三輪先生、とりあえず一回橘野寝かせてやんなよ。さっき気持ち悪いって言ってたよ」
「えっ、あらあら大丈夫? 吐きそうかしら」
「い、いえ……」
そう言って久賀野は背を向けて教室に帰っていった。慌てた三輪はベッドを整えている。
「あ……」
(彼に、ありがとうって言えばよかったな)
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