歯車の本

霜山 蛍

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第一章

人工日本島東京中央区

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 穏やかな波の音と、鳥の囀りだけを感じていた。空に近いこの大地特有の肌寒さに時折身震いしながら、私は今朝からずっとこの港で佇んでいた。
 けたたましい汽笛を鳴らしながら、巨体の船舶の行き来するその港で、人の行き来するその港で、私はただただそよ風を心地よさげに、けれど寒さも伴いながら佇んでいた。
 都市戦艦と呼ばれる、科学の力の証明が、東京の港に次次とやてってくる。その度に人の往来が激しくなり、訝しむ視線を浴びせられてきたが、それでも物怖じしなかった。空には航空都市戦艦と呼ばれる、科学の力の粋が時折影を落とし、また激しい音を立てて行き過ぎる。
 ふと目を開け振り返れば、背の低い建物の群衆が、私の視界に写り来る。
 ――人工日本島東京、それがここであった。日本の人工島は日本の形の再現を目指して開発されてきた。手始めに小さな東京の一区を、また一区をと少しずつ開発していき、半世紀前までその拡大事業は展開されてきた。今ではおかげで二十三区だけは開発しきっており、最後の葛飾区の開発を持って東京の人工島計画は終幕とした。人工日本島は北海道、仙台、東京二十三区、愛媛、広島、福岡の六つであり、今ではそれらの連結、統合を検討されてきており、半世紀にも及ぶ大規模プロジェクトとなっている。
 数世紀前から押し寄せた情報化の波は、あらゆる予想を裏切って今までに生きてきており、今では第二次情報社会などとすら言われている。
 私がここでこうして長い時間佇む訳は、ただの気まぐれであった。
 否、単に家に帰りたくないだけである。
 時折出る嘆息に嫌気を感じながら、それでも一歩も動かずにただ視界を閉ざす私に、声をかける人などいないわけである。
 ついぞ暗くなってきてしまい、大人しく家に帰ろうと嫌々踵を返して空を見やれば、地平線の彼方には黄昏の光が焼き付けるように目に届いてきた。
「眩し……」
 そうして目を細めた彼方に、幼いことの幻想を幻覚してしまい、私はかぶりを振って歩みを進めた。
 区ごとに必ずある階層移動エレベータには最大で百人同時に入れるという。おかげで並ぶことなく、私はそのまま中央区第三階層へとやって来た。人工光源が薄暗く光を落としており、ホログラムの空が星明かりを忠実に再現して見せていた。おかげでここが地下であるとは微塵にも感じることはできないでいた。最も、区外は海であり、不便ではあるものの、他の区へは地上から以外のルートは確立されていなかったりする。
 地下階層というのは、所謂居住エリアである。
「ただいま」
 二階建てのアパートの自室、そこが私の家であった。
 返事はない。残念ながらわかりきったことであった。
 私は帰ってくるなりポットのスイッチを入れ、台所下の収納から適当にカップめんを取り出して、そうしてテレビをつけた。
 これがいつもの私の生活である。だもの現実逃避もしたくなる。
 タイマーを三分にセットし、座敷椅子にどかっと座れば、あとは時間までボケっとテレビを見ることにした。
 内容は――ここ連日で放送されている、世界情勢の事であった。もはや海洋の底に沈んで久しい陸地群は、それぞれの国から平等に、決まりきった領海を、領空を、領域を奪い去っていったのである。都市戦艦などその最たる所以であり、もはや日本のように特定領域にすがりつくこと自体――否、そもそも国にすがることそのものが間違っているのだろう。
 そんなこんなで今日もまた、今日が次第に終を告げる。
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