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分かれ道
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私はその分かれ道について、左の道にだけは行くな行くなと散々酒場のある知り合いから言われておりました。その分かれ道といいますのは、森の中の鋪装された直進路、それをずうっと行って、森を抜け、開けた先にあります。
何事もなく森を抜け、そうしてその分かれ道まで来ると、向こうから一人の男が接近してくるのです。
V字分岐の中央は茂みですから、そこをかき分けてきたのでしょうか、けれど誇りだのホツレだのは一切見受けられず、どこか不気味でありました。全身黒で纏い、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、俯きながらこちらへと歩み寄ってくるのです。私は嫌だなぁ、嫌だなぁと目を合わせないように、右の道へと行こうとするわけです。すると彼は、おもむろに口を開きました。
「右の道へだけは行くな」
と。
「そりゃぁどうしてだい?」
私はたまらず聞きました。話さまい、決して話さまいと決心していた矢先のこれです、けれど聞かない方がどうかというものでしょう。
「右の道は地獄につながる、左の道は天国につながる」
彼は私の正面で、真っ直ぐに見据え、その暗い顔の暗い瞳の奥で、私に警告を言い放つのです。
話の内容自体は酒場の知り合いとなんら変わりありません。ただし、向かう道の方向、これだけがただ一つの相違点でありました。
ですから私は彼を疑いながら、酒場の知り合いの話を話すのです。
「酒場の知り合いは左にだけは行くなと言われやした、あんたの言い分は全うじゃぁねぇ」
すると彼は、静かに首を降って、「知り合いは、信じるにたる人間なのか?」とそんな事を言うのです。
これには私も唸ってしまいます。というのも、酒場の知り合いには幾分かのつけを払わされ、勘定けぇせ勘定けぇせと申しても全くの無返答でございます。では目の前の明らかに不審な人物を信じられるかと言いますと、それもまた難しい話でございます。
私は優柔不断でお人好し、とはよく言われますが、まさに今この時、その優柔不断を実感している次第でありました。腕を組んでうんうん唸っていれば、彼はそこにつけてまた口を開くのです。
「信じられぬ知人と、信じられぬ他人、それはどちらも同じではないか」
私はまたうんうん唸っていると、彼は「再びの警告である。右にだけは行くな」と言い、そのまま私を通りこして、決して振り向くことなく私が来た道へと進んでいくのであります。
私はついぞどうすることもなく、いっそ引き返したほうが賢明なのではないかとすら思い始めましたが、ここまでの道のりは凡そ一時間ですので、ここに来て引き返すのもなんだと思ったわけです。
明らかに不信な他人を信じるか、それとも酒場のちょーろくでもない知り合いを信じるか。私は悩んだ末、そのちょーろくでもない知り合いの言葉を信じ、右の道へと向かうことにしたわけです。
ずんずん進んでいけば、だんだんと日が影になってきまして、こりゃぁ一雨きそうかなとかおもいました。そうなると自然こっちの道は間違いで、あの知り合いの嘘っぱちだったのじゃぁないか、とか考え始めるわけですね。
どのくらい歩きましたでしょうか、三十分、或いは一時間、ないしはもっとか、そうして足がくたびれ果ててきた頃、ようやっと目的の地が見えてきたわけです。案の定の突発的な豪雨で全身びっしょりしておりまして、これこそが地獄なんじゃァないかとすら思った次第でございました。用事も済ませて、さっさと家に帰ろうと引き返したわけです。
そうしてやがて私は思い立ちました。二人の言葉には、どちらにも一切の虚偽が存在していなかったと。そう、帰路についた時に始めて、やっとこさ思い立ったわけでございました。
「あのお人ァなんたる親切なお方だったのか、人を見かけで判断してちゃ善し悪しなんざはかりゃぁしない」
私は恥を知る思いで、酒場の知り合いとそんな話をしながら酒を飲み交わしたわけです。そうして私は酒場のその知り合いに感謝しながら、勘定けぇせ、勘定けぇせと詰めよったのでした。
何事もなく森を抜け、そうしてその分かれ道まで来ると、向こうから一人の男が接近してくるのです。
V字分岐の中央は茂みですから、そこをかき分けてきたのでしょうか、けれど誇りだのホツレだのは一切見受けられず、どこか不気味でありました。全身黒で纏い、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、俯きながらこちらへと歩み寄ってくるのです。私は嫌だなぁ、嫌だなぁと目を合わせないように、右の道へと行こうとするわけです。すると彼は、おもむろに口を開きました。
「右の道へだけは行くな」
と。
「そりゃぁどうしてだい?」
私はたまらず聞きました。話さまい、決して話さまいと決心していた矢先のこれです、けれど聞かない方がどうかというものでしょう。
「右の道は地獄につながる、左の道は天国につながる」
彼は私の正面で、真っ直ぐに見据え、その暗い顔の暗い瞳の奥で、私に警告を言い放つのです。
話の内容自体は酒場の知り合いとなんら変わりありません。ただし、向かう道の方向、これだけがただ一つの相違点でありました。
ですから私は彼を疑いながら、酒場の知り合いの話を話すのです。
「酒場の知り合いは左にだけは行くなと言われやした、あんたの言い分は全うじゃぁねぇ」
すると彼は、静かに首を降って、「知り合いは、信じるにたる人間なのか?」とそんな事を言うのです。
これには私も唸ってしまいます。というのも、酒場の知り合いには幾分かのつけを払わされ、勘定けぇせ勘定けぇせと申しても全くの無返答でございます。では目の前の明らかに不審な人物を信じられるかと言いますと、それもまた難しい話でございます。
私は優柔不断でお人好し、とはよく言われますが、まさに今この時、その優柔不断を実感している次第でありました。腕を組んでうんうん唸っていれば、彼はそこにつけてまた口を開くのです。
「信じられぬ知人と、信じられぬ他人、それはどちらも同じではないか」
私はまたうんうん唸っていると、彼は「再びの警告である。右にだけは行くな」と言い、そのまま私を通りこして、決して振り向くことなく私が来た道へと進んでいくのであります。
私はついぞどうすることもなく、いっそ引き返したほうが賢明なのではないかとすら思い始めましたが、ここまでの道のりは凡そ一時間ですので、ここに来て引き返すのもなんだと思ったわけです。
明らかに不信な他人を信じるか、それとも酒場のちょーろくでもない知り合いを信じるか。私は悩んだ末、そのちょーろくでもない知り合いの言葉を信じ、右の道へと向かうことにしたわけです。
ずんずん進んでいけば、だんだんと日が影になってきまして、こりゃぁ一雨きそうかなとかおもいました。そうなると自然こっちの道は間違いで、あの知り合いの嘘っぱちだったのじゃぁないか、とか考え始めるわけですね。
どのくらい歩きましたでしょうか、三十分、或いは一時間、ないしはもっとか、そうして足がくたびれ果ててきた頃、ようやっと目的の地が見えてきたわけです。案の定の突発的な豪雨で全身びっしょりしておりまして、これこそが地獄なんじゃァないかとすら思った次第でございました。用事も済ませて、さっさと家に帰ろうと引き返したわけです。
そうしてやがて私は思い立ちました。二人の言葉には、どちらにも一切の虚偽が存在していなかったと。そう、帰路についた時に始めて、やっとこさ思い立ったわけでございました。
「あのお人ァなんたる親切なお方だったのか、人を見かけで判断してちゃ善し悪しなんざはかりゃぁしない」
私は恥を知る思いで、酒場の知り合いとそんな話をしながら酒を飲み交わしたわけです。そうして私は酒場のその知り合いに感謝しながら、勘定けぇせ、勘定けぇせと詰めよったのでした。
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