天使のお仕事 -Khiry-

胡蝶

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2.優しい思い

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  次の日、佐藤は懐かしい音と匂いで目を覚ました。トントンと包丁がまな板をたたく音、この匂いは、お味噌汁だ。何かを焼く香ばしい音もする。途端にお腹がグ~と鳴った。佐藤が寝室を出ると、キーリィが台所でご飯を作っていた。

 「おはよう与一」
 「お・・おはよう」
 「もう少しで出来るから座って待ってて」

 佐藤がリビングを見やると、ライトブラウンのフローリングと、アイボリー色のラグが顔を出していた。散らばっていた服や本たちも綺麗に重ねられて隅に置かれてある。玄関に続く廊下には一杯になったゴミ袋が何袋か見えた。
こういう光景は、何年も味わっていなかった。朝から、とても気持ちが良い。
 キーリィがご飯をテーブルに並べた。炊き立てのご飯に、お味噌汁、平皿には卵焼きとウィンナーが乗っていた。二人で朝ごはんを食べる。

 「よく眠れた?」

 そういえば、今日は全然夢をみなかった。

 「ああ」

 少し笑う

 「うん。昨日より顔色いいね。よかった」
 「え?そんな酷かった?俺」
 「うん。目の下の隈とか、あと、笑ってるのに、笑ってなかった」
 「そっか・・」

 佐藤は改めて、キーリィに出会ってよかったと思った。自分でも気づかないうちに、相当追い込まれていたらしい。

 「あ、キーリィ、部屋、掃除してくれたんだよな。ありがとな」
 「どういたしまして。あまり音は出さないようにしてたんだけど、与一、全然起きなかったから、相当疲れてたんだね。あんまり無理しちゃ駄目だよ」
 「確かに、夢も見なかったから、死んだように眠ってたのかも」
 「あ、そうだった。昨日ね、与一が寝てから勝手にお風呂使わせてもらったよ」
 「いいよ。そういえばキーリィはどこで寝たんだ?」
 「与一の隣」
 「あ・・・そうなんだ」
 「うん。与一寝相良いよね。」
 「熟睡してたからかも・・」
 「いつもは違うんだ?」
 「起きたら布団落ちてるときよくある」
 「え~じゃあ昨日はただのラッキーだったんだね」
 「多分」

 笑うキーリィ。それを見て安心する佐藤。久しぶりの穏やかな時間。佐藤はとても居心地がよかった。

 「さて、僕はこれから仕事だから、行ってくるよ。」
 「え?」
 「そんな寂しそうな顔しないでよ。与一が大丈夫になるまで何度でも来るから」
 「あ、鍵、開けとくから」
 「それは危ないから、こっちのカギを開けておいて。」

 そう言ってキーリィは玄関から靴を持って来て、リビングの窓を開けてサッシに足をかける。

 「じゃあ、行ってきます。洗い物、よろしくね!」
 「えっあっごはん、ご馳走様!行って・・・らっしゃい」

 久しぶりに言う見送りの挨拶に、照れくさそうな佐藤。キーリィはにっこり笑って、飛び立ってしまった。

 「本当に天使なんだな」

 佐藤は洗い物を終え、寝室のバルコニーに続く掃き出し窓を開けると、キーリィが出ていった窓から風が吹いてきた。部屋の空気が入れ替わるようでとても気持ちがよかった。朝日を浴びて明るくなった寝室は、部屋の汚さが露呈され、げんなりする。

 「よし。掃除するか」

 佐藤はいそいそと掃除を始めた。
 その晩、キーリィは佐藤の家に帰ってきた。もちろんリビングの窓からである。

 「ただいま」
 「おかえり。カレー作ったんだけど、食べる?」
 「もちろん!僕お腹ペコペコだよ~!」

 目の前でおいしそうにご飯を食べて、楽しそうにお笑いのテレビをみるキーリィをみて、佐藤もつられて楽しくなってくる。昨日まで、お笑い番組をみても笑えなかったのに、自分の心が正常に戻っているようで、うれしかった。

 「じゃあ、そろそろ帰るね」
 「へ?」

 当然今夜も泊まると思っていた佐藤は、思わず間抜けな声が出てしまった。

 「与一も明日は仕事でしょ?睡眠は大事だよ」
 「きっ今日、寝室の掃除したから、来客用の布団も干したし・・母さんが使ってたやつだけど・・」

 動揺している与一をみて、キーリィは自分に帰って欲しくないのだと悟った。

 「寝室掃除したの?」
 「う・・うん」
 「みてもいい?」
 「いいよ」

 キーリィが寝室の扉を開けると、今朝とは見違えて、綺麗になっていた。床のベタつきもなくなっていて、一生懸命拭いているところを安易に想像できた。キーリィは、佐藤が自分の為にしてくれたと思うと、こそばゆい気持ちになった。

 「すごくきれいになってる!」
 「うん」

 佐藤は照れ臭そうだ。

 「じゃあ、今日も泊まらせてもらおうかな」
 「うん!」

 昨日と違い、生き生きとしている顔の佐藤に、キーリィは、嬉しくなった。自分からこの人間に関わった以上、佐藤が大丈夫になるまで、一緒にいようと思った。



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