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とあるキャンプ場
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人喰い怪異がでるというキャンプ場。
私はアウトドアが趣味の彼女と二人だけで、そこにキャンプをする事になった。
「普通のキャンプ場は飽きた」とかいう、たったそれだけの理由で。
カーナビに案内され、東京郊外にある私の家から、車で高速道路を乗り継いで約4時間あまり。
目的地は県営公園の中にあるキャンプ場で、とある県境にまたがるダム湖の突き出た岬部分にある。
私達がそこに到着したのは、日も傾き出した午後3時過ぎ、ミンミンゼミが鳴き青空の下、その県立公園は綺麗に整備され、子供連れの観光客やバーベキュー客でたいそう賑わっていた。私にはそれが人喰い怪異騒ぎとは無縁の風景に思えてきた。
「ここ県営だからキャンプ場も含めて全部無料なんだよ」彼女が自慢げに言う。
「本当にここなの?雰囲気は最高だけど」急に不安になった私は彼女に尋ねる。
「本当だって、夜中に怪異をみるとおしまいだってさ」嬉しそうに彼女は言う。
「ふーん」所詮ネット上のお伽噺だろうな。と私は考えながら、ダム湖が一望できる見晴らしの良い場所に、そそくさとテントの設営を開始する。
近くに炊事場とトイレもあるし、駐車場からも近い超一等地だ。
「ターフも居る?」と私は彼女に聞く。
「当然居るでしょ」色とりどりのフラッグガーランドをテントの周囲に吊るしてた彼女が断言する。
程なくしてテントの設営がおわった。
「テント設営終わりぃいい。なら今回は私が手料理を振るうね」ウキウキしながら彼女が、ダッチオーブンやスキレットを広げて料理の準備をし始める。「そっちはどうするの? 私の料理を手伝う?手伝う事は何もないけどさ」
「いやちょっと探索してくるよ。晩御飯に備えて運動もしたいし」と私。
「はーい、いってら」
「何か欲しい物ある?」と私。
「薪があれば」
「はいはい」と私。
私は県立公園をぐるりと一周する遊歩道を歩くことにした。
ミンミンゼミの声が五月蝿いばかりに鳴いている。
途中の何箇所かに、この県立公園の案内図が描かれた看板が設置してあった。それによるとダムにかかる鉄橋が一つだけで他に道はなくて、ここを囲むようにあるダムの周囲も、険しい山と森林地帯で街から遠く離れているらしい。
遊歩道を歩いてほどなくして、私は公園入り口にある管理事務所に到着した。けれども既に入口は閉められていた。テントの設営で時間をだいぶ食ったせいだろう。時計は午後5時を過ぎていた。
管理事務所の前には、木製のベンチと飲み物の自販機と掲示板があった。
私は念の為に、その掲示板をチェックしてみた。貼られているモノは、これから秋のイベント等の案内等ごくごく普通のもので、何処にも人喰い怪異の話には触れていなかった。
けれども管理事務所のマド越しに中を覗くと、何やら朱書きの警告文が事務所の中の壁に貼られてある。それによれば、この県立公園は夜間は管理人が不在になったという事。夜間は県立公園と外部を繋ぐ橋が、午後11時から明け方の午前7時迄は、橋が跳ね上がって全面通行止になる事。去年の台風の土砂災害で近くのアンテナ塔が壊れたままなので、電話が使えないと書かれていた。
私は少し不安になる。
テントを畳んでここを去るべきではないかと……
私は悶々とした気持ちを抱えつつ、そのまま遊歩道をぐるりと歩き終えると夕暮れ頃にテントに戻った。
薪は買えずじまいだったが、彼女は少し残念がっただけだった。取り敢えず手持ちのガスで何とかなるようだ。
ダム湖を見下ろすこの高台からは、神秘的な真っ赤な夕焼けが見えた。そして日が落ちると辺りが暗くなる。空に満天の星空が広がる。あれほどうるさかったセミの声も鳴きやんでいる。そして代わりに虫が大合唱し始めた。
広いキャンプ場は人喰い怪異騒ぎがあったせいか、私達も含めて3張あるだけだ。
モノ好きな奴らが2組あるというのも驚きなのだが。ただ他にも利用客が居るのであれば大丈夫だろう。
ならば、ここで肝試しキャンプをするのも良いかと思った。
彼女が作った晩御飯は、ダッチオーブンで作った丸鶏のローストチキンだった。
私達はそれを食べながら、怪異の話に花を咲かせる。
「怪異は、3つの条件が揃わないと出て来ないらしいんだ」そう言って彼女は話を続けた。
「でね。この条件がそろったのはこの5年でたったの3回」と彼女。
「宝くじ並に当たらないのね」と私はいう。
「まあね」と彼女「でも条件がそろった3回は、かならず1人は行方不明になってるんだ」
「それは怖いなぁ。で条件とやらは?」と私。
「1つ目はね。真っ赤な夕日が見える事」と彼女。
「それさっき見た夕日じゃん。1つ目の条件クリアしちゃった」と私。
「2つ目はね、夜になって濃い霧がでる事」と彼女。
「濃い霧……」と私。
「3つ目はね、夜中に気味の悪いブザー音が鳴る事」と彼女。
「ブザー音……」と私。
晩御飯を終え、片付けも済ませた私達はテントの中でゴロゴロし始めた。
「ここスマホ使えないのが欠点だよね」と彼女が言った。
「アンテナ塔が台風で壊れたからあね」と探索で得た知識をさっそく披露する。
「一年近くも経つのにね。まだ直していないんだ。早く直してほしいね」と彼女。
「本当にそうだね。ちょっとトイレにいってくる」そういって私はトイレに向かった。
「あれ? うっすらだけど霧がでてない?」キャンプ場全体がうっすらと煙っている。
私は何だか嫌な予感がした。そそくさとテントに戻り、うっすらとだけど霧がでてる事を彼女に告げた。
「うーん。これぐらいなら問題ないんじゃないの?」と彼女。
やがて午後9時の消灯のアナウンスが園内放送で流れると、周囲は真っ暗になった。
「別に外の灯りを消さなくても良いのに」私は不満げに呟いた。
「そりゃ無料キャンプ場だし」と彼女が笑いながら返事をした。「それよりさ、今晩、怪異が出るかな?」
「どうだろう」と私は興味なさげにいった。正直にいって私は怪異に興味はなかった。
そして二人のお約束とも言うべき足音クイズが始まる。
半分は退屈しのぎなのだが……
遠くの方でガサガサという小さな音が聞こえる。
「あの音はうさぎかな」と彼女。
「うんうさぎだね。このキャンプ場の周りにうさぎ用の仕掛けもあった」と私。
しばらくしてもう少し大きめの足跡がし始める。
「狸かアライグマだと思うよ」今度は私がいう。
「イタチかもね。穴熊かも」と彼女が返事をした。
さらにしばらくして、近くに生えていた木の上の方からゴソゴソいう音が聞こえる。
まだよく分からない。二人で耳をそばだてる。ゴソゴソいう音が消えた。
そして何か木々がぶつかる音。
「たぶんモモンガ」と私がいう。
「ムササビじゃないかな。隣の山に居るという話は聞いたことがあるよ」と彼女。
それからしばらくは、虫の大合唱とゴソゴソとウサギが歩き回る音だけが聞こえてくる。
「来ないね」と残念そうに彼女が呟いた。
「来ないねって、イノシシか鹿か猿の事?」と私は尋ねる。
「意地悪なんだから」と彼女が拗ねたような声をだす。
次に、ずどーんというお腹に響くような音が遠くから聞こえてくる。
「あぁ、おそらく鉄橋が跳ね上がった音だ」と私は呟いた。
念の為にスマホを見ると時刻は午後11時を示している。
「ちょっ……ちょっと、何それ?」彼女はそれを初めて知ったような口振りで聞き返してきた。
「午後11時から翌日午前7時までは、あの鉄橋は通行止めになるって私は言った筈だけど」と私はいう。
「それは聞いたけどさ。物理的に切断されるとか思わないじゃん」
「まあね、ここは今や陸の孤島状態だね。誰も助けには来ないし逃げられなくなった」と私。
「でもまぁ。濃い霧がでてなきゃ大丈夫だよね」そういって彼女がテントの戸を少しあける。
ところがだ。ミルクのように濃い霧がテントの中に侵入してきた。
「うっ、濃霧がでてる…まずいよ」と彼女がオドオドし始めた。
「2つ目の条件もクリア」と私。
その時遠くから足音がした。
「人かな」と彼女。
「他のキャンプの人かもね」と私が何気なくいう。
ところが彼女が妙な事を言い出した。
「それがね……ごめん……すっかり言うの忘れてたよ」
「……どうしたの?」私は問い質す。
「あの二組ね。消灯前にテントを置いて帰っちゃったよ。なんか嫌な予感がするからって」と彼女。
「マジ?」私はその報告に驚いた。マズい。かなりマズい状態だ。
「うん。そっちがトイレに行ってる間にお別れを言いに来た」
「あああ~クソっ」と私「じゃあの足音は誰?」
私達は静まり返った。
「人喰い怪異」「化け物」二人ほぼ同時に答える。
虫の鳴き声もピタリと止まった。
「でもさ。まだブザー音は鳴ってないから」と彼女が震え声でいう。
「ちょっとちょっと……フラグ立てないでくれる」と私は注意した。
けれども遅かったらしい。
「ビィィィー……ビィィィー……ビィィィー……ビィィィー……ビィィィー……ビィィィー……」という音がダム湖周辺に響き渡った。
「ブザー音じゃない?」泣きそうな声で彼女が言う。
「3つ目の条件もクリア」と私はつぶやいた。
足音は私達のキャンプにゆっくりと近づいてきた。
「助けてくれ」ぐもった年老いた男の声が聞こる。
「助けてくれ」
「助けてくれ」
「助けてくれ」
「助けてくれ」
「助けてくれ」
「聞いたことのある声じゃない」私は言った。「キャンプの二組の声とも違った」
「でも本当に怪異かな?」泣きそうな顔をしながら彼女が言った「困ってる人なんじゃないの?助けないと」
そういうと彼女はそそくさと外に出ようとした。
私は慌てて彼女の腕をつかんで静止させる。
「あれは怪異。人ならテントの中に入ってくるよ。それが出来ないからああやって言葉を連呼するんだ」と私。
「入ってこれない?」
「うん」と私。
「どうしてテントに入ってこれないと人ではなく怪異なの?」と彼女が言う。
「このテントの柄を良く見てみて」と私「こっちのテントを持ってきて正解だった」
「この柄って何か文字が書いてある……あぁ……般若心経だ」
「正解」私は小声で言う「でも……外に出ると効果は切れちゃうんだ。あくまでもテント内限定。だから静かにしてこのテント内に居てほしいんだ」
「判った」彼女はコクリと頷いた。
しばらくすると助けてくれの声も遠くへ去っていきあたりは静かになった。
「去ったの?かな」と彼女。
「多分」私はそう答え安堵の声をだした。
けれど虫の鳴き声が戻ってはきていない。ただただ静寂が辺りを支配した。
ちょうどその時だった。
「怪異は去ったよ。もう安心だよ」外から若い女の人の大声がした。
私はびっくりして飛び起きる。
「やった!!去ったんだ。良かったーー」と彼女は間抜けな声でいう。
あぁ駄目だこいつ。
私は溜息をつきながら彼女に言った。
「じゃ、あの声の若い女性って誰? 今このキャンプ場に居るの私達二人だけだよ」
彼女がハッとしたような顔で私を見つめた。
私は続けて
「ねぇ、アメリカの小学校でやる避難訓練ロックダウンドリル (Lock down drill)って知ってる?」と尋ねた。
彼女は首を横に振った「知らない」と。
「ロックダウンドリルって、学内にテロリストが入ってきたと想定した訓練なんだけど」
「そうなんだ」と彼女。
「まずは大原則として、安全が確保されると判るまでは警戒を解かないこと」
「なるほど」と彼女。
「次に不安な時に耳障りの良い事をいう他人を絶対に信用しない。たとえ親や兄弟であっても」
「そうなんだ」と彼女。
「そして有効な手段も持っていないのに、他人を助けようとしない事。ヒーロー行為はもってのほか」
「ちょっと待って?それって安全が確保されるまでって?」と彼女。
「そうね。この場合だと朝になるまでだよ」
「そっか……判った。朝まで頑張るよ。ちょっと耐えきれないけれど」と彼女。
「あと5時間だよ。寝れば直ぐだよ」
だが次に何か巨大なものがテントの周りを走り始める。ドカドカという音と振動がテントまで響いてくる。
「まさか振動でテントを倒す気かもしれない」思わず私はそれを口走った。
「テントが倒れるとどうなるの?」震え声で彼女が聞き返してきた。
「私達を守ってくれている結界が消える」と私。「で、二人とも行方不明者リストに名前が乗る」
彼女はシクシクと泣き出した。
「私達ここで死ぬのね。誘ってごめんね」と鼻水を啜りながら彼女がいう。
「落ち着いて、私が設営したテントだからね。これは台風が来たって倒れないよ」そして私は寝袋から這い出ると、彼女の寝袋をギュッと抱きしめた。「落ち着いて……これは夢だから」
そしてウォッカの入った小瓶を彼女に渡した。「辛いならばこれを飲めばいいよ」と
彼女はそれを受け取るなり、一気飲みした。「喉が焼ける~~ヒリヒリするぅ」
「流石に全部飲むのは想定外だったよ」私の分まで飲まれたと知ってがっかりしながら、そう返事をした。
怪異の方はといえば、グルグル廻るのをやめ、次にテントの上を飛び越え始めた。テントの揺れは激しくなってくる。ペグが一本取れたのか、テントが傾き出した。
マズい非常にマズい。
酔いが回ったせいか、彼女は寝息をたて始めた。
少し不安材料が消えた。後は朝になる迄、この怪現象を耐えるだけだ。
大丈夫。ここからは自分との戦いだ。落ち着け私。
怪異はそれからも手を変え品を変え、色んな手段でテントを倒そうと試みていた。
更には色んな声色で助けを求めたり懇願したり脅したりもしてきた。
だが壊れたスピーカーのようなモノだと思えば何てことはない。
テントを支えるペグがさらに一本折れた。今やテントは辛うじて建っていた。
スマホを見ると午前4時だった。
もう直ぐ夜が明ける。虫の鳴き声は相変わらず止まったままだ。けれど外から聞こえる声や音がピタリと無くなった。
おそらくは諦めて帰ったのだろう。
「ふゅううううううい」私は声にならないため息をついた。長い長い戦いはついに終わったのだ。
緊張の糸が切れかけた私はついウトウトとした。
「コケコッコー」という声が聞こえて慌てて飛び起きる。
クソっやられた!!
私の目に飛び込んできたのは
「朝だ!!」と言いながらテントから真っ暗な外へふらふらと飛び出していった彼女の後ろ姿だった。
私はアウトドアが趣味の彼女と二人だけで、そこにキャンプをする事になった。
「普通のキャンプ場は飽きた」とかいう、たったそれだけの理由で。
カーナビに案内され、東京郊外にある私の家から、車で高速道路を乗り継いで約4時間あまり。
目的地は県営公園の中にあるキャンプ場で、とある県境にまたがるダム湖の突き出た岬部分にある。
私達がそこに到着したのは、日も傾き出した午後3時過ぎ、ミンミンゼミが鳴き青空の下、その県立公園は綺麗に整備され、子供連れの観光客やバーベキュー客でたいそう賑わっていた。私にはそれが人喰い怪異騒ぎとは無縁の風景に思えてきた。
「ここ県営だからキャンプ場も含めて全部無料なんだよ」彼女が自慢げに言う。
「本当にここなの?雰囲気は最高だけど」急に不安になった私は彼女に尋ねる。
「本当だって、夜中に怪異をみるとおしまいだってさ」嬉しそうに彼女は言う。
「ふーん」所詮ネット上のお伽噺だろうな。と私は考えながら、ダム湖が一望できる見晴らしの良い場所に、そそくさとテントの設営を開始する。
近くに炊事場とトイレもあるし、駐車場からも近い超一等地だ。
「ターフも居る?」と私は彼女に聞く。
「当然居るでしょ」色とりどりのフラッグガーランドをテントの周囲に吊るしてた彼女が断言する。
程なくしてテントの設営がおわった。
「テント設営終わりぃいい。なら今回は私が手料理を振るうね」ウキウキしながら彼女が、ダッチオーブンやスキレットを広げて料理の準備をし始める。「そっちはどうするの? 私の料理を手伝う?手伝う事は何もないけどさ」
「いやちょっと探索してくるよ。晩御飯に備えて運動もしたいし」と私。
「はーい、いってら」
「何か欲しい物ある?」と私。
「薪があれば」
「はいはい」と私。
私は県立公園をぐるりと一周する遊歩道を歩くことにした。
ミンミンゼミの声が五月蝿いばかりに鳴いている。
途中の何箇所かに、この県立公園の案内図が描かれた看板が設置してあった。それによるとダムにかかる鉄橋が一つだけで他に道はなくて、ここを囲むようにあるダムの周囲も、険しい山と森林地帯で街から遠く離れているらしい。
遊歩道を歩いてほどなくして、私は公園入り口にある管理事務所に到着した。けれども既に入口は閉められていた。テントの設営で時間をだいぶ食ったせいだろう。時計は午後5時を過ぎていた。
管理事務所の前には、木製のベンチと飲み物の自販機と掲示板があった。
私は念の為に、その掲示板をチェックしてみた。貼られているモノは、これから秋のイベント等の案内等ごくごく普通のもので、何処にも人喰い怪異の話には触れていなかった。
けれども管理事務所のマド越しに中を覗くと、何やら朱書きの警告文が事務所の中の壁に貼られてある。それによれば、この県立公園は夜間は管理人が不在になったという事。夜間は県立公園と外部を繋ぐ橋が、午後11時から明け方の午前7時迄は、橋が跳ね上がって全面通行止になる事。去年の台風の土砂災害で近くのアンテナ塔が壊れたままなので、電話が使えないと書かれていた。
私は少し不安になる。
テントを畳んでここを去るべきではないかと……
私は悶々とした気持ちを抱えつつ、そのまま遊歩道をぐるりと歩き終えると夕暮れ頃にテントに戻った。
薪は買えずじまいだったが、彼女は少し残念がっただけだった。取り敢えず手持ちのガスで何とかなるようだ。
ダム湖を見下ろすこの高台からは、神秘的な真っ赤な夕焼けが見えた。そして日が落ちると辺りが暗くなる。空に満天の星空が広がる。あれほどうるさかったセミの声も鳴きやんでいる。そして代わりに虫が大合唱し始めた。
広いキャンプ場は人喰い怪異騒ぎがあったせいか、私達も含めて3張あるだけだ。
モノ好きな奴らが2組あるというのも驚きなのだが。ただ他にも利用客が居るのであれば大丈夫だろう。
ならば、ここで肝試しキャンプをするのも良いかと思った。
彼女が作った晩御飯は、ダッチオーブンで作った丸鶏のローストチキンだった。
私達はそれを食べながら、怪異の話に花を咲かせる。
「怪異は、3つの条件が揃わないと出て来ないらしいんだ」そう言って彼女は話を続けた。
「でね。この条件がそろったのはこの5年でたったの3回」と彼女。
「宝くじ並に当たらないのね」と私はいう。
「まあね」と彼女「でも条件がそろった3回は、かならず1人は行方不明になってるんだ」
「それは怖いなぁ。で条件とやらは?」と私。
「1つ目はね。真っ赤な夕日が見える事」と彼女。
「それさっき見た夕日じゃん。1つ目の条件クリアしちゃった」と私。
「2つ目はね、夜になって濃い霧がでる事」と彼女。
「濃い霧……」と私。
「3つ目はね、夜中に気味の悪いブザー音が鳴る事」と彼女。
「ブザー音……」と私。
晩御飯を終え、片付けも済ませた私達はテントの中でゴロゴロし始めた。
「ここスマホ使えないのが欠点だよね」と彼女が言った。
「アンテナ塔が台風で壊れたからあね」と探索で得た知識をさっそく披露する。
「一年近くも経つのにね。まだ直していないんだ。早く直してほしいね」と彼女。
「本当にそうだね。ちょっとトイレにいってくる」そういって私はトイレに向かった。
「あれ? うっすらだけど霧がでてない?」キャンプ場全体がうっすらと煙っている。
私は何だか嫌な予感がした。そそくさとテントに戻り、うっすらとだけど霧がでてる事を彼女に告げた。
「うーん。これぐらいなら問題ないんじゃないの?」と彼女。
やがて午後9時の消灯のアナウンスが園内放送で流れると、周囲は真っ暗になった。
「別に外の灯りを消さなくても良いのに」私は不満げに呟いた。
「そりゃ無料キャンプ場だし」と彼女が笑いながら返事をした。「それよりさ、今晩、怪異が出るかな?」
「どうだろう」と私は興味なさげにいった。正直にいって私は怪異に興味はなかった。
そして二人のお約束とも言うべき足音クイズが始まる。
半分は退屈しのぎなのだが……
遠くの方でガサガサという小さな音が聞こえる。
「あの音はうさぎかな」と彼女。
「うんうさぎだね。このキャンプ場の周りにうさぎ用の仕掛けもあった」と私。
しばらくしてもう少し大きめの足跡がし始める。
「狸かアライグマだと思うよ」今度は私がいう。
「イタチかもね。穴熊かも」と彼女が返事をした。
さらにしばらくして、近くに生えていた木の上の方からゴソゴソいう音が聞こえる。
まだよく分からない。二人で耳をそばだてる。ゴソゴソいう音が消えた。
そして何か木々がぶつかる音。
「たぶんモモンガ」と私がいう。
「ムササビじゃないかな。隣の山に居るという話は聞いたことがあるよ」と彼女。
それからしばらくは、虫の大合唱とゴソゴソとウサギが歩き回る音だけが聞こえてくる。
「来ないね」と残念そうに彼女が呟いた。
「来ないねって、イノシシか鹿か猿の事?」と私は尋ねる。
「意地悪なんだから」と彼女が拗ねたような声をだす。
次に、ずどーんというお腹に響くような音が遠くから聞こえてくる。
「あぁ、おそらく鉄橋が跳ね上がった音だ」と私は呟いた。
念の為にスマホを見ると時刻は午後11時を示している。
「ちょっ……ちょっと、何それ?」彼女はそれを初めて知ったような口振りで聞き返してきた。
「午後11時から翌日午前7時までは、あの鉄橋は通行止めになるって私は言った筈だけど」と私はいう。
「それは聞いたけどさ。物理的に切断されるとか思わないじゃん」
「まあね、ここは今や陸の孤島状態だね。誰も助けには来ないし逃げられなくなった」と私。
「でもまぁ。濃い霧がでてなきゃ大丈夫だよね」そういって彼女がテントの戸を少しあける。
ところがだ。ミルクのように濃い霧がテントの中に侵入してきた。
「うっ、濃霧がでてる…まずいよ」と彼女がオドオドし始めた。
「2つ目の条件もクリア」と私。
その時遠くから足音がした。
「人かな」と彼女。
「他のキャンプの人かもね」と私が何気なくいう。
ところが彼女が妙な事を言い出した。
「それがね……ごめん……すっかり言うの忘れてたよ」
「……どうしたの?」私は問い質す。
「あの二組ね。消灯前にテントを置いて帰っちゃったよ。なんか嫌な予感がするからって」と彼女。
「マジ?」私はその報告に驚いた。マズい。かなりマズい状態だ。
「うん。そっちがトイレに行ってる間にお別れを言いに来た」
「あああ~クソっ」と私「じゃあの足音は誰?」
私達は静まり返った。
「人喰い怪異」「化け物」二人ほぼ同時に答える。
虫の鳴き声もピタリと止まった。
「でもさ。まだブザー音は鳴ってないから」と彼女が震え声でいう。
「ちょっとちょっと……フラグ立てないでくれる」と私は注意した。
けれども遅かったらしい。
「ビィィィー……ビィィィー……ビィィィー……ビィィィー……ビィィィー……ビィィィー……」という音がダム湖周辺に響き渡った。
「ブザー音じゃない?」泣きそうな声で彼女が言う。
「3つ目の条件もクリア」と私はつぶやいた。
足音は私達のキャンプにゆっくりと近づいてきた。
「助けてくれ」ぐもった年老いた男の声が聞こる。
「助けてくれ」
「助けてくれ」
「助けてくれ」
「助けてくれ」
「助けてくれ」
「聞いたことのある声じゃない」私は言った。「キャンプの二組の声とも違った」
「でも本当に怪異かな?」泣きそうな顔をしながら彼女が言った「困ってる人なんじゃないの?助けないと」
そういうと彼女はそそくさと外に出ようとした。
私は慌てて彼女の腕をつかんで静止させる。
「あれは怪異。人ならテントの中に入ってくるよ。それが出来ないからああやって言葉を連呼するんだ」と私。
「入ってこれない?」
「うん」と私。
「どうしてテントに入ってこれないと人ではなく怪異なの?」と彼女が言う。
「このテントの柄を良く見てみて」と私「こっちのテントを持ってきて正解だった」
「この柄って何か文字が書いてある……あぁ……般若心経だ」
「正解」私は小声で言う「でも……外に出ると効果は切れちゃうんだ。あくまでもテント内限定。だから静かにしてこのテント内に居てほしいんだ」
「判った」彼女はコクリと頷いた。
しばらくすると助けてくれの声も遠くへ去っていきあたりは静かになった。
「去ったの?かな」と彼女。
「多分」私はそう答え安堵の声をだした。
けれど虫の鳴き声が戻ってはきていない。ただただ静寂が辺りを支配した。
ちょうどその時だった。
「怪異は去ったよ。もう安心だよ」外から若い女の人の大声がした。
私はびっくりして飛び起きる。
「やった!!去ったんだ。良かったーー」と彼女は間抜けな声でいう。
あぁ駄目だこいつ。
私は溜息をつきながら彼女に言った。
「じゃ、あの声の若い女性って誰? 今このキャンプ場に居るの私達二人だけだよ」
彼女がハッとしたような顔で私を見つめた。
私は続けて
「ねぇ、アメリカの小学校でやる避難訓練ロックダウンドリル (Lock down drill)って知ってる?」と尋ねた。
彼女は首を横に振った「知らない」と。
「ロックダウンドリルって、学内にテロリストが入ってきたと想定した訓練なんだけど」
「そうなんだ」と彼女。
「まずは大原則として、安全が確保されると判るまでは警戒を解かないこと」
「なるほど」と彼女。
「次に不安な時に耳障りの良い事をいう他人を絶対に信用しない。たとえ親や兄弟であっても」
「そうなんだ」と彼女。
「そして有効な手段も持っていないのに、他人を助けようとしない事。ヒーロー行為はもってのほか」
「ちょっと待って?それって安全が確保されるまでって?」と彼女。
「そうね。この場合だと朝になるまでだよ」
「そっか……判った。朝まで頑張るよ。ちょっと耐えきれないけれど」と彼女。
「あと5時間だよ。寝れば直ぐだよ」
だが次に何か巨大なものがテントの周りを走り始める。ドカドカという音と振動がテントまで響いてくる。
「まさか振動でテントを倒す気かもしれない」思わず私はそれを口走った。
「テントが倒れるとどうなるの?」震え声で彼女が聞き返してきた。
「私達を守ってくれている結界が消える」と私。「で、二人とも行方不明者リストに名前が乗る」
彼女はシクシクと泣き出した。
「私達ここで死ぬのね。誘ってごめんね」と鼻水を啜りながら彼女がいう。
「落ち着いて、私が設営したテントだからね。これは台風が来たって倒れないよ」そして私は寝袋から這い出ると、彼女の寝袋をギュッと抱きしめた。「落ち着いて……これは夢だから」
そしてウォッカの入った小瓶を彼女に渡した。「辛いならばこれを飲めばいいよ」と
彼女はそれを受け取るなり、一気飲みした。「喉が焼ける~~ヒリヒリするぅ」
「流石に全部飲むのは想定外だったよ」私の分まで飲まれたと知ってがっかりしながら、そう返事をした。
怪異の方はといえば、グルグル廻るのをやめ、次にテントの上を飛び越え始めた。テントの揺れは激しくなってくる。ペグが一本取れたのか、テントが傾き出した。
マズい非常にマズい。
酔いが回ったせいか、彼女は寝息をたて始めた。
少し不安材料が消えた。後は朝になる迄、この怪現象を耐えるだけだ。
大丈夫。ここからは自分との戦いだ。落ち着け私。
怪異はそれからも手を変え品を変え、色んな手段でテントを倒そうと試みていた。
更には色んな声色で助けを求めたり懇願したり脅したりもしてきた。
だが壊れたスピーカーのようなモノだと思えば何てことはない。
テントを支えるペグがさらに一本折れた。今やテントは辛うじて建っていた。
スマホを見ると午前4時だった。
もう直ぐ夜が明ける。虫の鳴き声は相変わらず止まったままだ。けれど外から聞こえる声や音がピタリと無くなった。
おそらくは諦めて帰ったのだろう。
「ふゅううううううい」私は声にならないため息をついた。長い長い戦いはついに終わったのだ。
緊張の糸が切れかけた私はついウトウトとした。
「コケコッコー」という声が聞こえて慌てて飛び起きる。
クソっやられた!!
私の目に飛び込んできたのは
「朝だ!!」と言いながらテントから真っ暗な外へふらふらと飛び出していった彼女の後ろ姿だった。
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ホラー
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男性七人に女性がひとり。全員に指令書が配られ、書かれた指令をクリアしないと出られないという。
そして重要なのは、女性の心を勝ち取らないと、どの指令もクリアできないということ。
そんな都市伝説を右から左に受け流していた今時女子高生の美羽は、彼氏の翔太と一緒に噂のファムファタールの函庭に閉じ込められた挙げ句、見せしめに翔太を殺されてしまう。
残された六人の見知らぬ男性と一緒に閉じ込められた美羽に課せられた指令は──ゲームの主催者からの刺客を探し出すこと。
誰が味方か。誰が敵か。
逃げ出すことは不可能、七日間以内に指令をクリアしなくては死亡。
美羽はファムファタールとなってゲームをコントロールできるのか、はたまた誰かに利用されてしまうのか。
ゲームスタート。
*サイトより転載になります。
*各種残酷描写、反社会描写があります。それらを増長推奨する意図は一切ございませんので、自己責任でお願いします。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

二つの願い
釧路太郎
ホラー
久々の長期休暇を終えた旦那が仕事に行っている間に息子の様子が徐々におかしくなっていってしまう。
直接旦那に相談することも出来ず、不安は募っていくばかりではあるけれど、愛する息子を守る戦いをやめることは出来ない。
色々な人に相談してみたものの、息子の様子は一向に良くなる気配は見えない
再び出張から戻ってきた旦那と二人で見つけた霊能力者の協力を得ることは出来ず、夫婦の出した結論は……
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
【短編集】霊感のない僕が体験した奇妙で怖い話
初めての書き出し小説風
ホラー
【短編集】話ホラー家族がおりなす、不思議で奇妙な物語です。
ーホラーゲーム、心霊写真、心霊動画、怖い話が大好きな少し変わった4人家族ー
霊感などない長男が主人公の視点で描かれる、"奇妙"で"不思議"で"怖い話"の短編集。
一部には最後に少しクスっとするオチがある話もあったりするので、怖い話が苦手な人でも読んでくださるとです。
それぞれ短くまとめているので、スキマ時間にサクッと読んでくださると嬉しいです。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
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