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望まぬ邂逅
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その後は何事もなく過ぎていった。
旅をしていた時、よく二人で……ほとんど二人で買い出しに出かけていたから、デートというよりそっちの感覚が近い。
足を向けた場所が、武具屋ではなく服屋だったり、道具屋ではなく劇場だったりしただけで。そう、特別な感情は何も湧いてきていない、はずだ。
「リザ、お腹空いてない?あそこの屋台のパイ包みが美味しいから買ってくるよ」
「それなら俺も一緒に……」
「いいっていいって!ほら、そこのベンチ座って待ってて!」
「あ……」
呼び止める暇もなく、ロージェが嬉々として買いに行ってしまう。
……服屋でもそうだったな。俺に似合う服をコーディネートすると言って聞かなくて、金は出すと言ったのに買わせてしまった。俺はいい大人で、可愛い見た目なわけでもないのに。しきりに可愛いと言ってくるロージェは視力が悪いのかもしれないな。
ベンチの隅に腰掛けて、少し離れたところにいるロージェの背中を見つめていると、不意に視界が遮られた。
「よぉ。久しぶり……ってほどでもないか。一人で何してんだ?」
「クラ……っ、……勇者、様」
どくり、と心臓が嫌な音を立てる。何故ここに。いや、王都に住んでいるのだから会う可能性はある。だが、どうしてわざわざ話しかけた?俺の反応を嘲笑いたいのだろうか。
握りしめた拳の中に汗が浮かぶ。言葉が上手く出てこない。
「てっきり第六騎士団に戻ってんのかと思ったわ。ま、褒賞も貰ったし働かなくても食っていけるもんな」
「…………」
「怖い目で睨むなよ。今更同意でヤってたことほじくり返すか?」
同意……、確かに、同意していた。
たとえただの性欲処理でも、俺は勇者様に抱かれることが幸せだったから。
小さく首を横に振ると、勇者様がにこりと微笑んだ。昔はその笑顔が大好きだったのに、今はただただ怖い。
「そうだよな。お前は俺のこと慕ってるんだもんなぁ?……ああ、そうだ、折角だからいいモンやるよ」
持っていた紙袋の中から、小さめの瓶を取り出す勇者様。そのライムグリーンの液体には見覚えがあった。甘すぎて飲めないとロージェから渡された、新商品の酒だ。
ぽんと放られて慌てて受け取ってしまったものの、どうしていいのか分からない。
「それさぁ、ニグルが依頼されて作った惚れ薬が混じってんだよ。魔法薬店以外の店で、酒に混ぜて売るなんて言語道断だろ?ニグルがブチ切れてたよ」
「ほ……れ、ぐすり……?」
「酒のせいで、大量に飲まなきゃ効かなくなってるみたいだけどな。無駄に甘くて飲めないらしいから今んとこ被害者はゼロ。今はその店摘発してきた帰りなんだわ」
「…………」
「全部処分するけど、お前には一応世話になったから特別な。それ飲んで好きになってもらいたい相手の顔みたら、相手の方から好きになってくれるってさ。まあ、俺みたいに既に妻が居る身じゃ無理だけど」
勇者様は、悪意に近い施しをしている気分なんだろう。
けれど、もう俺は勇者様のことなんてどうでもよかった。
俺は、この惚れ薬を飲んで、ロージェの顔を見てしまっている。ニグルが作る薬なら、失敗なんてあるはずがない。
ああ……、だからか。
だからロージェは、俺のことが『好き』なんだな。
今までぐずぐずと考えていた靄が、全て晴れた気分だ。
「リザに何してんの、勇者くん」
不意に響いた低い声は、普段のロージェとまるで違っていた。ほくほくと湯気を立てる二つのパイ包みを持って、ぎろりと目を眇める彼は、別人のように見えた。
「ああ、ロージェも居たんだ。ちょっと話してただけさ。じゃあ、マリアンヌが家で待ってるから帰るわ」
そう言ってあっさりと去っていく勇者様から視線を逸らして、ロージェが心配そうに駆け寄ってきた。
「ごめん、リザ。やっぱり一緒に行くべきだったね。何か嫌なこと言われたりしてない?」
「……いや、大丈夫だ。買ってきてくれてありがとう、ロージェ。美味そうだな」
咄嗟に酒瓶を鞄の中に隠した自分を褒めてやりたい。俺は嘘が得意な方じゃないから、きっとすぐにバレてしまう。
「(……違う。バラさないといけないんだ。お前はただ、惚れ薬のせいで俺を好きになっているんだと)」
熱々のパイ包みを頬張るロージェを見つめながら、早くこの茶番から解放してやることを心に決めた。
*****
旅をしていた時、よく二人で……ほとんど二人で買い出しに出かけていたから、デートというよりそっちの感覚が近い。
足を向けた場所が、武具屋ではなく服屋だったり、道具屋ではなく劇場だったりしただけで。そう、特別な感情は何も湧いてきていない、はずだ。
「リザ、お腹空いてない?あそこの屋台のパイ包みが美味しいから買ってくるよ」
「それなら俺も一緒に……」
「いいっていいって!ほら、そこのベンチ座って待ってて!」
「あ……」
呼び止める暇もなく、ロージェが嬉々として買いに行ってしまう。
……服屋でもそうだったな。俺に似合う服をコーディネートすると言って聞かなくて、金は出すと言ったのに買わせてしまった。俺はいい大人で、可愛い見た目なわけでもないのに。しきりに可愛いと言ってくるロージェは視力が悪いのかもしれないな。
ベンチの隅に腰掛けて、少し離れたところにいるロージェの背中を見つめていると、不意に視界が遮られた。
「よぉ。久しぶり……ってほどでもないか。一人で何してんだ?」
「クラ……っ、……勇者、様」
どくり、と心臓が嫌な音を立てる。何故ここに。いや、王都に住んでいるのだから会う可能性はある。だが、どうしてわざわざ話しかけた?俺の反応を嘲笑いたいのだろうか。
握りしめた拳の中に汗が浮かぶ。言葉が上手く出てこない。
「てっきり第六騎士団に戻ってんのかと思ったわ。ま、褒賞も貰ったし働かなくても食っていけるもんな」
「…………」
「怖い目で睨むなよ。今更同意でヤってたことほじくり返すか?」
同意……、確かに、同意していた。
たとえただの性欲処理でも、俺は勇者様に抱かれることが幸せだったから。
小さく首を横に振ると、勇者様がにこりと微笑んだ。昔はその笑顔が大好きだったのに、今はただただ怖い。
「そうだよな。お前は俺のこと慕ってるんだもんなぁ?……ああ、そうだ、折角だからいいモンやるよ」
持っていた紙袋の中から、小さめの瓶を取り出す勇者様。そのライムグリーンの液体には見覚えがあった。甘すぎて飲めないとロージェから渡された、新商品の酒だ。
ぽんと放られて慌てて受け取ってしまったものの、どうしていいのか分からない。
「それさぁ、ニグルが依頼されて作った惚れ薬が混じってんだよ。魔法薬店以外の店で、酒に混ぜて売るなんて言語道断だろ?ニグルがブチ切れてたよ」
「ほ……れ、ぐすり……?」
「酒のせいで、大量に飲まなきゃ効かなくなってるみたいだけどな。無駄に甘くて飲めないらしいから今んとこ被害者はゼロ。今はその店摘発してきた帰りなんだわ」
「…………」
「全部処分するけど、お前には一応世話になったから特別な。それ飲んで好きになってもらいたい相手の顔みたら、相手の方から好きになってくれるってさ。まあ、俺みたいに既に妻が居る身じゃ無理だけど」
勇者様は、悪意に近い施しをしている気分なんだろう。
けれど、もう俺は勇者様のことなんてどうでもよかった。
俺は、この惚れ薬を飲んで、ロージェの顔を見てしまっている。ニグルが作る薬なら、失敗なんてあるはずがない。
ああ……、だからか。
だからロージェは、俺のことが『好き』なんだな。
今までぐずぐずと考えていた靄が、全て晴れた気分だ。
「リザに何してんの、勇者くん」
不意に響いた低い声は、普段のロージェとまるで違っていた。ほくほくと湯気を立てる二つのパイ包みを持って、ぎろりと目を眇める彼は、別人のように見えた。
「ああ、ロージェも居たんだ。ちょっと話してただけさ。じゃあ、マリアンヌが家で待ってるから帰るわ」
そう言ってあっさりと去っていく勇者様から視線を逸らして、ロージェが心配そうに駆け寄ってきた。
「ごめん、リザ。やっぱり一緒に行くべきだったね。何か嫌なこと言われたりしてない?」
「……いや、大丈夫だ。買ってきてくれてありがとう、ロージェ。美味そうだな」
咄嗟に酒瓶を鞄の中に隠した自分を褒めてやりたい。俺は嘘が得意な方じゃないから、きっとすぐにバレてしまう。
「(……違う。バラさないといけないんだ。お前はただ、惚れ薬のせいで俺を好きになっているんだと)」
熱々のパイ包みを頬張るロージェを見つめながら、早くこの茶番から解放してやることを心に決めた。
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