賢者と踊り子とラッキースケベ

桜羽根ねね

文字の大きさ
上 下
10 / 16
③踊り子は賢者の夢を見る

1

しおりを挟む
 懐かしく、馨しい星の香りを思い出す。

 魔力のまの字も込められていない、素敵な『魔法』をかけてくれた、彼のことを。

 微睡みの中で蘇るのは、太陽の下で輝く、はにかんだ笑顔だった。


*****


 賢者の弟子、リゼが交換条件で魔道具屋へと引き抜かれていってから早数日。リゼから厨房のことについて事細かに説明を受けたセイロンは、手際よく朝食の準備をしていた。

 早朝、最早当たり前のようにディンブラの隣で目覚めたが、流石にこう何回も続けば悲鳴をあげることもなくなった。普段から寝不足気味だというディンブラが、ぐっすり眠れているのは良いことだ。目の下にうっすらと残る隈を労しげに撫で、決して不快ではない胸の鼓動を抑えつつ、未だ夢の中なディンブラを起こさないようにそっと抜け出した。

 魔力がない自分には、リゼのように依頼の手伝いをすることは出来ない。そもそも魔法に関しては、文献で知識を得ただけの素人だ。

 だからこそ、せめて家事ぐらいはと申し出たのだ。そのなかでも料理が得意なため、毎回腕をふるっている。
 賢者の家の厨房となると、初めて見る食材も多かったが、美味しいものを作れるだけの自信はあった。ディンブラは渋い顔をしていたが、結局はセイロンの熱意に負けて折れてくれた。彼の中での自分はやはり『魔法をかけられた客人』なのですねと少し寂しい気分に浸りつつ、こうして厨房に立っているわけである。

 朝があまり強くないというディンブラのために、胃に優しい物を作っていく。
 魔力草を煮込んだ、東の国に伝わるスープと、野菜を細かく刻んでペースト状にし、練り込んで焼いた丸パン。
 前日に仕込んでおいた料理も手際よく盛り付け、あっという間に朝餉が出来上がる。時計を確認すると、そろそろディンブラが起きていてもおかしくない時分になっていた。

 配膳台に料理を乗せ、セイロンはころころとワゴンを押していく。「美味い」と言ってくれるディンブラの姿をほわりと思い出し、幸せそうに小さく微笑む彼の姿は、廊下を照らす燭台だけが見つめていた。

 ──ゆらりと美味しそうな湯気が立つ朝食を執務室に運ぶと、そこには既に羽ペンを動かしているディンブラの姿があった。眼鏡越しの翡翠と目が合うと、馬車馬のごとく走っていた手がぴたりと止まる。

「おはようございます、ディンブラさん。簡単ではありますが朝食を拵えましたので、よろしければどうぞ」
「すまないセイロン。客人であるというのに召使いのような真似事をさせて」
「いえ。……前にも申しましたが、好きでやっていることです。それに、リゼさんに家事は任せてほしいと言った手前、有言実行するのは当たり前のことでしょう?」
「……バカがつくほど真面目だな、お前は」
「よく言われます」

 くすりと苦笑して、サイドテーブルにトレイを載せる。食欲を擽るほんわりとした香りに、無意識の内にディンブラの頬も緩んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない

すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。 実の親子による禁断の関係です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

令息だった男娼は、かつての使用人にその身を買われる

すいかちゃん
BL
裕福な家庭で育った近衛育也は、父親が失踪した為に男娼として働く事になる。人形のように男に抱かれる日々を送る育也。そんな時、かつて使用人だった二階堂秋臣が現れ、破格の金額で育也を買うと言いだす。 かつての使用人であり、初恋の人でもあった秋臣を拒絶する育也。立場を利用して、その身体を好きにする秋臣。 2人はすれ違った心のまま、ただ身体を重ねる。

フルチン魔王と雄っぱい勇者

ミクリ21
BL
フルチンの魔王と、雄っぱいが素晴らしい勇者の話。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...