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③踊り子は賢者の夢を見る
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懐かしく、馨しい星の香りを思い出す。
魔力のまの字も込められていない、素敵な『魔法』をかけてくれた、彼のことを。
微睡みの中で蘇るのは、太陽の下で輝く、はにかんだ笑顔だった。
*****
賢者の弟子、リゼが交換条件で魔道具屋へと引き抜かれていってから早数日。リゼから厨房のことについて事細かに説明を受けたセイロンは、手際よく朝食の準備をしていた。
早朝、最早当たり前のようにディンブラの隣で目覚めたが、流石にこう何回も続けば悲鳴をあげることもなくなった。普段から寝不足気味だというディンブラが、ぐっすり眠れているのは良いことだ。目の下にうっすらと残る隈を労しげに撫で、決して不快ではない胸の鼓動を抑えつつ、未だ夢の中なディンブラを起こさないようにそっと抜け出した。
魔力がない自分には、リゼのように依頼の手伝いをすることは出来ない。そもそも魔法に関しては、文献で知識を得ただけの素人だ。
だからこそ、せめて家事ぐらいはと申し出たのだ。そのなかでも料理が得意なため、毎回腕をふるっている。
賢者の家の厨房となると、初めて見る食材も多かったが、美味しいものを作れるだけの自信はあった。ディンブラは渋い顔をしていたが、結局はセイロンの熱意に負けて折れてくれた。彼の中での自分はやはり『魔法をかけられた客人』なのですねと少し寂しい気分に浸りつつ、こうして厨房に立っているわけである。
朝があまり強くないというディンブラのために、胃に優しい物を作っていく。
魔力草を煮込んだ、東の国に伝わるスープと、野菜を細かく刻んでペースト状にし、練り込んで焼いた丸パン。
前日に仕込んでおいた料理も手際よく盛り付け、あっという間に朝餉が出来上がる。時計を確認すると、そろそろディンブラが起きていてもおかしくない時分になっていた。
配膳台に料理を乗せ、セイロンはころころとワゴンを押していく。「美味い」と言ってくれるディンブラの姿をほわりと思い出し、幸せそうに小さく微笑む彼の姿は、廊下を照らす燭台だけが見つめていた。
──ゆらりと美味しそうな湯気が立つ朝食を執務室に運ぶと、そこには既に羽ペンを動かしているディンブラの姿があった。眼鏡越しの翡翠と目が合うと、馬車馬のごとく走っていた手がぴたりと止まる。
「おはようございます、ディンブラさん。簡単ではありますが朝食を拵えましたので、よろしければどうぞ」
「すまないセイロン。客人であるというのに召使いのような真似事をさせて」
「いえ。……前にも申しましたが、好きでやっていることです。それに、リゼさんに家事は任せてほしいと言った手前、有言実行するのは当たり前のことでしょう?」
「……バカがつくほど真面目だな、お前は」
「よく言われます」
くすりと苦笑して、サイドテーブルにトレイを載せる。食欲を擽るほんわりとした香りに、無意識の内にディンブラの頬も緩んでいった。
魔力のまの字も込められていない、素敵な『魔法』をかけてくれた、彼のことを。
微睡みの中で蘇るのは、太陽の下で輝く、はにかんだ笑顔だった。
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賢者の弟子、リゼが交換条件で魔道具屋へと引き抜かれていってから早数日。リゼから厨房のことについて事細かに説明を受けたセイロンは、手際よく朝食の準備をしていた。
早朝、最早当たり前のようにディンブラの隣で目覚めたが、流石にこう何回も続けば悲鳴をあげることもなくなった。普段から寝不足気味だというディンブラが、ぐっすり眠れているのは良いことだ。目の下にうっすらと残る隈を労しげに撫で、決して不快ではない胸の鼓動を抑えつつ、未だ夢の中なディンブラを起こさないようにそっと抜け出した。
魔力がない自分には、リゼのように依頼の手伝いをすることは出来ない。そもそも魔法に関しては、文献で知識を得ただけの素人だ。
だからこそ、せめて家事ぐらいはと申し出たのだ。そのなかでも料理が得意なため、毎回腕をふるっている。
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朝があまり強くないというディンブラのために、胃に優しい物を作っていく。
魔力草を煮込んだ、東の国に伝わるスープと、野菜を細かく刻んでペースト状にし、練り込んで焼いた丸パン。
前日に仕込んでおいた料理も手際よく盛り付け、あっという間に朝餉が出来上がる。時計を確認すると、そろそろディンブラが起きていてもおかしくない時分になっていた。
配膳台に料理を乗せ、セイロンはころころとワゴンを押していく。「美味い」と言ってくれるディンブラの姿をほわりと思い出し、幸せそうに小さく微笑む彼の姿は、廊下を照らす燭台だけが見つめていた。
──ゆらりと美味しそうな湯気が立つ朝食を執務室に運ぶと、そこには既に羽ペンを動かしているディンブラの姿があった。眼鏡越しの翡翠と目が合うと、馬車馬のごとく走っていた手がぴたりと止まる。
「おはようございます、ディンブラさん。簡単ではありますが朝食を拵えましたので、よろしければどうぞ」
「すまないセイロン。客人であるというのに召使いのような真似事をさせて」
「いえ。……前にも申しましたが、好きでやっていることです。それに、リゼさんに家事は任せてほしいと言った手前、有言実行するのは当たり前のことでしょう?」
「……バカがつくほど真面目だな、お前は」
「よく言われます」
くすりと苦笑して、サイドテーブルにトレイを載せる。食欲を擽るほんわりとした香りに、無意識の内にディンブラの頬も緩んでいった。
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