賢者と踊り子とラッキースケベ

桜羽根ねね

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②賢者の弟子の憂鬱

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 リゼの予想通り、そこには手早く洗い物を終えたセイロンがいた。だが、予想外の人物もそこにいた。
 鮮やかな花を片手に、にこにこと目を細める赤髪の奇術師が大仰な仕草で振り返る。

「これはこれは! お久しぶりだね、賢者殿のお弟子君。ご機嫌はどうかな? 良ければ笑おう、悪ければ笑わせてあげようじゃないか!」
「び、っくりした……。何で当たり前のようにいるんですか、ルクリリさん」

 高らかに謳う彼のことを、リゼは嫌というほど知っていた。ディンブラと同期の魔法使い。賢者に成り得る程の魔力を秘めながら、奇術師を名乗る変わり者。何かとディンブラに厄介な依頼を持ちこんできては多忙にさせる張本人だ。言わずもがな、ディンブラは彼のことを毛嫌いしている。

「その、言い方悪いんですけど……、何しに来たんですか?」
「もっと強く糾弾してもいい立場だというのに、君は相変わらず及び腰だね? 私は俗に言う不法侵入者だよ! 賢者殿にもバレないよう魔力を隠した不審者だよ?」

 堂々と侵入者だと名乗るルクリリに、乾いた笑いを返すことしか出来ない。魔法学校時代から、この人のペースには狂わされてばかりだ。だが、いつまでも押し問答をしている場合ではない。大人しく口を噤んだままのセイロンにちらりと目をやって、リゼは一つ息を吸っ た。

「大方、予想は出来てますけど。地獄耳で神出鬼没なルクリリさんのことですから、どこかでセイロン君のことを知ったんじゃないですか? それで、師匠にも関わりがあることだから、からかうためにやって来た、とか……」

 尻切れトンボになってしまったが言いたいことは言えた。十中八九この理由で間違いないだろうと思うリゼの前で、ルクリリはにまりと口角を吊り上げた。

「御明答、と言いたいところだけどまだまだだね。からかい半分、助力半分というのが正解かな! 自らに蓋をした愚鈍な狼と、古代の魔法にかけられた仔羊のために、旧知の友より頂戴した触媒をもたらそうじゃないか!」
「え?」

 ワン、ツー、スリー。カウントダウンと共にぱっと現れたのは、血のように真っ赤な液体が入った小瓶、煌めくクリスタルの甲羅、オーロラを切り取ったかのようなヴェール、古い魔力を秘めた羊皮紙、そして透明な花びらを持つ薔薇の花。ぽんぽんと現れる触媒は、ディンブラとセイロンにかけられた魔法を解くのに必要なものばかりだった。思わずぱちくりと目を瞬かせながら、おずおずと問いかける。

「ル、ルクリリさん。有難くはあるんですけど、その……、何が望みなんですか?」

 これほどまでの希少な物を無償で貰えるとは思えない。ルクリリのことだからきっと何かあるはずだと勘繰ると、「フッフッフ」と悪役のような笑みが返ってきた。

「頭のいい子は好きだよ! すこーーしばかり君の力を借りたいんだよ、お弟子君。君の魔力というより、君自身と言った方が正しいかな」
「……? 師匠じゃなくて、僕に……?」

 何故だろう、嫌な予感しかしない。予想がついてしまうところが、これまた辛い。じっとりとした冷や汗をかきつつ、食えない笑みを浮かべたままの奇術師を見やる。黙ってやり取りを聞いていたセイロンも、心配そうにリゼを窺った。

「その……、あまり僕が入り込むべきではないかもしれないのですが、不当な契約であれば断った方がいいと思います」
「うーん……、確かに嫌な予感はひしひしと感じるけど、これだけの触媒があれば呪いを解くのも早く出来そうだし……」

 脳裏に蘇るのは、彼等の不可抗力なハプニング。一度会っただけの男と何度もあんな目にあってしまうのは、精神的に辛いものがあるだろう。セイロンは朗らかに振舞っているが、その心の内を計り知ることは出来ない。
 あと、それを目撃する羽目になる自分の精神を削られたくない。

 数秒逡巡した後、リゼはこくりと首肯した。自分の身一つでこれだけの触媒が手に入るのなら安いものである。不安げに目尻を下げるセイロンは何か言いたそうにしていたが、目線でそっと言葉を制す。師匠の不手際は弟子の不手際。どんなことでも乗り切る精神力は魔法学校で嫌というほど培ったはずだ。

「おや? 内容を詳しく聞かないまま頷いてよかったのかい?」
「まあ、気にはなりますけれど。常日頃から無茶難題をふっかけられてたジャワ君を見ていたので、ある程度予想は出来ています」
「それは重畳! 一つ訂正するならジャワ君に対するあれそれは私の溢れんばかりの愛故なのだよ!」

 一頻り自らの弟子への愛を謳ったルクリリは、楽しそうに三日月を描いた。歌い上げるように、最後通告をするかのように、悲喜が入り混じったような声音でそれを告げる。

「きっと予想通りだと思うがね。君には一週間、魔道具屋『銀の翼』で住み込みのお手伝いをお願いするよ!」
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