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②賢者の弟子の憂鬱
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ところ変わって執務室。セイロンお手製の薬膳粥はあっという間にぺろりと飲み込まれていった。ふう、と小さく息を吐いて目元を緩める賢者の眉間は皺一つなく、なだらかになっている。
「美味かった。ありがとう、セイロン」
「お粗末様です」
素直に賛辞を述べるディンブラを見据え、ふんわりと微笑むセイロン。リゼも味見の段階で一口貰っていたが、確かにプロと言われてもおかしくないレベルだった。主に滋養にいい薬草を使用したからか、心なしか身体も軽く感じる。全て食べ終えたディンブラも、だいぶ血色がよくなったようだ。
「(セイロン君効果もあるんだろうけど)」
口には出さずにそっと苦笑していたリゼだったが、次の瞬間その口角は引きつることになる。
「僕が口出しすることではないかもしれませんが、休息をとっ、て、っわ!?」
「っ!?」
「えっ、わ、セイロン君!?」
まるで見えない何かに背中を押されたかのように、前傾するセイロンの肢体。あまりにも不自然で唐突なそれに、ディンブラもリゼも判断が遅れた。体勢を崩した彼が行き着くのは、眼前で椅子に座っているディンブラのところ。ぶつかって怪僕をさせるわけにはいかないと、どうにか踏ん張ろうとしたものの、結局は顔からダイブすることになってしまった。
「っぷ! むぐ、す、すみませんディンブラさん」
反射的に目を瞑ったまま、もごもごと謝罪をする。口が触れているのはお腹あたりだろうか。
「あ、ああ……。できれば、すぐ、離れてくれ」
先程までとは打って変わった震える声が鼓膜に届く。ぱちりと目を開けて視線をついと向ければ、耳まで紅く染め上げたディンブラの姿があった。緑色の瞳がせわしなく動き、赤らんだ頬にかかる空色の髪がきらりと映える。
そうして、ようやく、セイロンは自らの状況を把握した。ディンブラの足の間にすっぽりと入り込み、股間に顔を埋めてしまっている、謀ったかのような体勢を。
「~~~っ!! ? もっ、申し訳ありません! あ、その、僕、っ……、う、器を洗ってきます!!」
弾かれたようにがばりと身を起こし、空っぽの器を引ったくるようにして走り去るセイロン。
その相貌もディンブラに負けず劣らずな色に塗られているのを、一部始終を目撃する羽目になったリゼはどこか遠い気持ちで眺めていた。ただでさえ恥ずかしい呪いを、第三者に見られるのはもっと恥ずかしいことだろう。かくいう第三者であるリゼですらもいたたまれない気持ちになっているというのに。
「……大丈夫ですか、師匠」
余程の衝撃だったのだろう、未だ固まったままのディンブラに問いかけると、機械仕掛けの絡繰のようにかくりと首肯を一つ。全くもって大丈夫には見えないが、これ以上掘り下げるのも気まずいものがある。
「えっと……、セイロン君の様子、見てきますね!」
逃げの口上のようにそう告げて、リゼもいそいそとその場を後にした。今の師匠は一人にしておいた方がいいだろうという判断からだ。駿馬のごとく走り去っていったセイロンは、きっとご丁寧に厨房で器を洗っていることだろう。会って何を話すかなんてこの際考えず、灯りが照らす長い廊下を一直線に駆けていった。
「美味かった。ありがとう、セイロン」
「お粗末様です」
素直に賛辞を述べるディンブラを見据え、ふんわりと微笑むセイロン。リゼも味見の段階で一口貰っていたが、確かにプロと言われてもおかしくないレベルだった。主に滋養にいい薬草を使用したからか、心なしか身体も軽く感じる。全て食べ終えたディンブラも、だいぶ血色がよくなったようだ。
「(セイロン君効果もあるんだろうけど)」
口には出さずにそっと苦笑していたリゼだったが、次の瞬間その口角は引きつることになる。
「僕が口出しすることではないかもしれませんが、休息をとっ、て、っわ!?」
「っ!?」
「えっ、わ、セイロン君!?」
まるで見えない何かに背中を押されたかのように、前傾するセイロンの肢体。あまりにも不自然で唐突なそれに、ディンブラもリゼも判断が遅れた。体勢を崩した彼が行き着くのは、眼前で椅子に座っているディンブラのところ。ぶつかって怪僕をさせるわけにはいかないと、どうにか踏ん張ろうとしたものの、結局は顔からダイブすることになってしまった。
「っぷ! むぐ、す、すみませんディンブラさん」
反射的に目を瞑ったまま、もごもごと謝罪をする。口が触れているのはお腹あたりだろうか。
「あ、ああ……。できれば、すぐ、離れてくれ」
先程までとは打って変わった震える声が鼓膜に届く。ぱちりと目を開けて視線をついと向ければ、耳まで紅く染め上げたディンブラの姿があった。緑色の瞳がせわしなく動き、赤らんだ頬にかかる空色の髪がきらりと映える。
そうして、ようやく、セイロンは自らの状況を把握した。ディンブラの足の間にすっぽりと入り込み、股間に顔を埋めてしまっている、謀ったかのような体勢を。
「~~~っ!! ? もっ、申し訳ありません! あ、その、僕、っ……、う、器を洗ってきます!!」
弾かれたようにがばりと身を起こし、空っぽの器を引ったくるようにして走り去るセイロン。
その相貌もディンブラに負けず劣らずな色に塗られているのを、一部始終を目撃する羽目になったリゼはどこか遠い気持ちで眺めていた。ただでさえ恥ずかしい呪いを、第三者に見られるのはもっと恥ずかしいことだろう。かくいう第三者であるリゼですらもいたたまれない気持ちになっているというのに。
「……大丈夫ですか、師匠」
余程の衝撃だったのだろう、未だ固まったままのディンブラに問いかけると、機械仕掛けの絡繰のようにかくりと首肯を一つ。全くもって大丈夫には見えないが、これ以上掘り下げるのも気まずいものがある。
「えっと……、セイロン君の様子、見てきますね!」
逃げの口上のようにそう告げて、リゼもいそいそとその場を後にした。今の師匠は一人にしておいた方がいいだろうという判断からだ。駿馬のごとく走り去っていったセイロンは、きっとご丁寧に厨房で器を洗っていることだろう。会って何を話すかなんてこの際考えず、灯りが照らす長い廊下を一直線に駆けていった。
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