5 / 16
②賢者の弟子の憂鬱
1
しおりを挟む
「……たちが悪すぎる……」
深く長い溜息と共に吐き出された鎮痛な声を、リゼは聞くともなしに流していた。なんてったってこれで本日数十回目の言葉である。始めこそ心配して色々と気をもんでいたが、流石に何度も繰り返されれば慣れてしまうというものだ。
ゴリゴリと薬草をすり潰しながら思い出すのは、数日前の来訪者。
セイロンと名乗った踊り子に、師匠が懸想したのではと勘繰っていたのが懐かしい。まさかその日にとある魔法で押しかけ、押し倒し、唇まで奪ったというのだからそれこそたちが悪い。
ちなみに、これらのことは夜中にどんがらがっしゃんと騒音を立て、放心状態になっていたディンブラから聞き出したことだ。なかなか要領が掴みづらかったが、おおよそ間違っていないだろう 。本人が聞いたら血相を変えて否定しそうなことではあるが。
それよりも、何よりも。
「ディンブラさん、お疲れですか? 僕、料理は得意なので、滋養強壮に良い物を作りますよ」
この場にいるもう一人の人物……渦中の人であるセイロンの存在が頭痛に拍車をかけていた。
なんともまあ、無理矢理にも近い不可抗力で襲われたというのに、甲斐甲斐しく世話を焼く姿はまるで新妻だ。
あれはそう、放心しているディンブラをどうにかベッドに押し込んだ、翌朝のことだった。
賢者にあるまじき悲鳴が聞こえて何事かと飛び込んで見れば、あまり広くないベッドの上、ディンブラを抱き枕代わりにしてすやすやと寝息を立てるセイロンの姿がそこにあった。思わず師匠の不貞を疑うと同時に生暖かい目になってしまったのも仕方がない話だろう。
磨り潰した薬草を瓶に詰めつつ、そんな回想に浸っていると。
「リゼさん。少々厨房をお借りしてもよろしいでしょうか」
さっきまでディンブラの傍にいたはずのセイロンが、音もなく近寄ってきていた。自分に声がかかるとは思わなかったため、うっかり瓶を落としそうになってしまう。
「え、あ、ボク? ……ああそっか、場所が分からないから案内しろってことかな?」
「そんな横柄なことは思っていませんよ……? ここの主はディンブラさんとリゼさんですから。突発的に潜り込んでいる僕が御伺いを立てるのは当然でしょう」
至極真面目にそう返され、こんな状況に巻き込まれているというのに、懐が深いのか、ただ単純なのか。そこを突き詰めたところでどうにかなるわけではないので、リゼは軽く頷いて了承の意を伝えた。
さっきから放置されているディンブラはといえば、心ここに在らずといった表情で手元の書類を睨みつけている。触らぬ賢者に祟りなしとばかりに、リゼはセイロンと連れ立って書類が山積みの執務室を後にした。
深く長い溜息と共に吐き出された鎮痛な声を、リゼは聞くともなしに流していた。なんてったってこれで本日数十回目の言葉である。始めこそ心配して色々と気をもんでいたが、流石に何度も繰り返されれば慣れてしまうというものだ。
ゴリゴリと薬草をすり潰しながら思い出すのは、数日前の来訪者。
セイロンと名乗った踊り子に、師匠が懸想したのではと勘繰っていたのが懐かしい。まさかその日にとある魔法で押しかけ、押し倒し、唇まで奪ったというのだからそれこそたちが悪い。
ちなみに、これらのことは夜中にどんがらがっしゃんと騒音を立て、放心状態になっていたディンブラから聞き出したことだ。なかなか要領が掴みづらかったが、おおよそ間違っていないだろう 。本人が聞いたら血相を変えて否定しそうなことではあるが。
それよりも、何よりも。
「ディンブラさん、お疲れですか? 僕、料理は得意なので、滋養強壮に良い物を作りますよ」
この場にいるもう一人の人物……渦中の人であるセイロンの存在が頭痛に拍車をかけていた。
なんともまあ、無理矢理にも近い不可抗力で襲われたというのに、甲斐甲斐しく世話を焼く姿はまるで新妻だ。
あれはそう、放心しているディンブラをどうにかベッドに押し込んだ、翌朝のことだった。
賢者にあるまじき悲鳴が聞こえて何事かと飛び込んで見れば、あまり広くないベッドの上、ディンブラを抱き枕代わりにしてすやすやと寝息を立てるセイロンの姿がそこにあった。思わず師匠の不貞を疑うと同時に生暖かい目になってしまったのも仕方がない話だろう。
磨り潰した薬草を瓶に詰めつつ、そんな回想に浸っていると。
「リゼさん。少々厨房をお借りしてもよろしいでしょうか」
さっきまでディンブラの傍にいたはずのセイロンが、音もなく近寄ってきていた。自分に声がかかるとは思わなかったため、うっかり瓶を落としそうになってしまう。
「え、あ、ボク? ……ああそっか、場所が分からないから案内しろってことかな?」
「そんな横柄なことは思っていませんよ……? ここの主はディンブラさんとリゼさんですから。突発的に潜り込んでいる僕が御伺いを立てるのは当然でしょう」
至極真面目にそう返され、こんな状況に巻き込まれているというのに、懐が深いのか、ただ単純なのか。そこを突き詰めたところでどうにかなるわけではないので、リゼは軽く頷いて了承の意を伝えた。
さっきから放置されているディンブラはといえば、心ここに在らずといった表情で手元の書類を睨みつけている。触らぬ賢者に祟りなしとばかりに、リゼはセイロンと連れ立って書類が山積みの執務室を後にした。
1
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
令息だった男娼は、かつての使用人にその身を買われる
すいかちゃん
BL
裕福な家庭で育った近衛育也は、父親が失踪した為に男娼として働く事になる。人形のように男に抱かれる日々を送る育也。そんな時、かつて使用人だった二階堂秋臣が現れ、破格の金額で育也を買うと言いだす。
かつての使用人であり、初恋の人でもあった秋臣を拒絶する育也。立場を利用して、その身体を好きにする秋臣。
2人はすれ違った心のまま、ただ身体を重ねる。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる