賢者と踊り子とラッキースケベ

桜羽根ねね

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①二度目の逢瀬は賢者の魔法で

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 来訪者を告げるベルが鳴ったのは、それから数刻後のことだった。

 煮詰めた魔法薬を瓶に詰めていたリゼは、難解な依頼が舞い込んでこないことを祈りつつ入口へと向かう。

 ディンブラとリゼが根城としている屋敷は、賢者という肩書きにも関わらず小ぢんまりしているが、そこかしこに魔法が施されている。絶版となった魔術書が並ぶ地下書庫や、一度訪れたことがある場所ならどこへでも通じる扉、廊下を照らす燭台は決して蝋が溶けることはない。

 ふかりとした絨毯を踏みしめて廊下を抜け、ヤドリギで作られた扉を開ける。悪意ある者には罠が発動する物騒な魔法が込められているため、相手を確認する必要もない。それに、ここを訪れるのは大方同業者か、迷って辿り着いた者、若しくはディンブラが招きの呪文を教えた者のいずれかだ。最後に関しては未だそのような客を見たことがないのだが。

 それでも遅まきながら形式的に「どちら様ですか」と声をかけようとしたリゼだったが、それよりも早く相手の声が重なってきた。

「……突然の訪問、失礼いたします。僕の名はセイロン。各地を渡り歩いている踊り子です。……不躾な頼みで申し訳ないのですが、その、……水を一杯、いただけないでしょうか……?」
「あ、わっ!? ここで倒れないでね!? 師匠っ、急患ですー!」

 踊り子特有の露出が目立つ優美な衣装に身を包んだ青年は、とんでもなく美しかった。だが、その顔色は酷く悪く、まともに立っていられないのかふらついている。今にも死にそうな声にどこかデジャヴを感じつつ、リゼは屋敷の主の名を呼んだ。

 同業者ではなく迷い子ではあったが、このままだと行き倒れてしまいそうな彼を無視することは出来ない。喉どころか腹も空いているようで、盛大な虫の音が届く。

「っ」

 恥ずかしそうに俯く青年……セイロンに合わせて、装身具がしゃらりと音を立てた。程よく筋肉がついた身体は確かに男性のそれだが、髪が長いのも相まって女性のような可憐さも感じてしまう。今は少しやつれているが、綺麗な人だなぁと場違いな感想を抱いていると。

「……ここに来るだけの元気はあるようだが、空腹には勝てんか。全く、旅をしているなら体調管理ぐらい徹底しろ」

 そっくりそのままブーメランしたくなる言葉を発しながら、ディンブラが歩み寄ってきた。そのまま手に持った羽ペンで呪文のスペルを宙に綴ると、三人の視界が一転した。
 先程まで居たはずのエントランスから、清潔感溢れる食堂へ。初めて転移魔法に触れたのか、椅子に腰掛けた状態のセイロンは呆けた顔をしてぱちくりと瞬きをした。

「今のは、魔法ですか……?」
「そうだ。更に言うなら俺はディンブラ。この屋敷の主で賢者の称号を持っている」
「すごいっ……、すごいです! 僕、本物の魔法に触れたのは初めてです! ……あ、申し遅れたが、……初めまして。僕はセイロンと申します」

 空腹なのは変わらないはずなのに、途端に目をキラキラと輝かせる彼からは純粋で透き通ったオーラを感じる。荒んだ心が癒されるようで、ディンブラは小さく頬を緩めた。初対面ではあるが、ころころと笑う彼のことは見ていて心地好い。少しだけその笑顔に既視感を覚えたが、気のせいだろうと追いやった。

 今の時代、魔法に触れない者の方が少ないというのに、子供のようにはしゃぐセイロンはどこか新鮮だ。自らも席につき、ディンブラは試しにとばかりにセイロンの目の前でキラリと光る青い星を散りばめて見せた。金平糖のようにパラパラと降った星はぱちんと弾けて空気に溶ける。たったそれだけの、子供だましの魔法だが、セイロンはいたく感動した様子で、どこか懐かしい物を見るような目で魅入っていた。

 そんな二人の様子を見届けつつ、リゼは手早く軽食と飲み物を用意した。普段はなるべく魔法を使わないようにしているが、スピード重視の場合は別だ。回復魔法を練りこんだマンドレイクのサンドイッチと、リラックス効果があるブレンドハーブティー。きっと疲れているであろうディンブラの分もしっかり作って、星が散る食卓へと足を早めた。助けを求める客人をもてなすのも、魔法使いの仕事である。

「簡単な物で悪いけど、どうぞ。師匠もしっかり栄養取ってください」
「俺の分は必要なかったのだが……、折角の好意を無碍には出来んな」
「あ、ありがとうございます」

 居住まいを正し、小さく祈りの言葉を述べて、セイロンは差し出された軽食にかぶりついた。余程お腹が空いていたのか、大きめに切ったはずのサンドイッチが次々と食されていく。幸せそうに頬張る姿はどこか小動物を想起させ、ディンブラはハーブティーを含みながらそっと笑みを零した。
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