異世界極楽マッサージ

桜羽根ねね

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神子と触手の新天地

3.触手と魔力

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 我の名は、ヌャメベィカ・グョミル・コャガゥキーラ。

 触手族の中でも、優れた知能を持ち人型にも成れる、特異な存在である。

 我らは人の魔力を糧とし、治癒効果がある粘液を精製することで共生していた。争いごとを好まぬ性質に加え、人に危害を与えない盟約まで交わしていたのだ。

 だが、人とは欲の塊だ。

 我が同胞は欲深い人間共に絞り殺され、気が付けば我だけが生き残っていた。触手の数が誰よりも多いという理由だけで生かされた我は、王都の神殿とやらに囚われた。
 そして、間接的に部屋に流れ込んでくる不味い魔力を吸っては、粘液を分泌する毎日を送らされることになった。

 そんな魔力が美味くなったのは、七日程前の話だ。腹の内側から満たされていく、極上の甘露。流れ込んできた少量のそれで、我の触手は歓喜の蜜を零していた。いつもならば部屋の魔法陣が発動して粘液を回収していくが、これは渡したくなかった。垂れ流さないように溜め、自らの口で嚥下すれば、甘美な味が喉を潤した。

 この美味な魔力の持ち主は、誰だ。
 確実に神殿関係の人間ではないだろう。

 ──直接、食べてしまいたい。

 無味な毎日に、蕩けるようなスパイスを感じていた、そんな時だった。

 扉の封印が、何とも呆気なく解けたのは。

 薄く開いた扉の向こう側、最近食していた芳醇な魔力の匂い。考えるよりも先に触手で捕らえた人間は、他の人間共とはまるで違っていた。

 我を蔑まず、我に媚びず、暴れることもなくすっぽりと収まった人間を前にして、我慢が出来ず口を吸っていた。

 魔力の吸収は間接的にも出来るが、粘膜同士で行うのが一番効率が良い。
 実際に試してみるのは初めてだったが、段違いの美味さだった。身体中に魔力が浸透していくのが分かる程に、力が湧いてくる。

 我を戒めていた鎖は、塵となって消えていった。

「フ……、もう、他の人間の魔力など吸えぬな」

 魔力を奪いすぎて力が抜けた人間を抱え直し、十二分に溜まったそれで結界を破壊して空を駆ける。

 我の見た目では、人里に入るのは難しいだろうな。
 まずは安全な場所で、拠点を作るとしよう。


*****


「──なんとも器用なものだね、青肌くん。たった数分足らずでここまでの家を造ってしまうとは」
「クハハっ、我の棲み処にしてはちと小さいがな。雨風を凌げればそれでよい」

 あれだけ魔力を吸い取ったというのに、普通に歩けるようになるまで回復した人間は、我が拵えた家を気に入ったようだ。

 山の一角の木々に魔法をかけただけだが、褒められて悪い気はしない。見様見真似で造った家具の一つ、背もたれ付きの椅子に座り、触手を揺らめかす。

「さあ、座れ。これからのことを構想する前に、我等のことを語ろうではないか」
「?椅子は一つしかないようだけれど」
「見れば分かるだろう。ここに座れと言っているんだ」

 更に複数の触手を揺らして手招いてやるも、人間は一向に動こうとしない。

「青肌くんとは少し見解の相違……、文化の違いがあるようだね。流石に君の上に座るのは気が引けるから、僕はこのままで構わないよ」

 無表情なのは変わらんが、早口になって焦っているようだ。この人間の新たな一面が垣間見えるのは、好ましく感じた。
 だが、時間を無駄にするのは好ましくないな。

「くどいぞ」
「う、わ」

 腹にぐるりと巻き付けて引き寄せれば、軽い肢体は簡単に我の膝の上だ。どうせなら顔が見える方向にすればよかったか。

「あ、青肌くん。僕は別に逃げたりしないから、」
「『青肌くん』ではない。我はヌャメベィカ・グョミル・コャガゥキーラ。貴様には名を呼ぶことを許そうぞ」
「ヌ、ヌヤ、ベイ?」
「貴様の名は何という?」
「……早乙女、誠」
「ふむ。オトメか」
「そこを抜き取られたのは初めてだよ」

 脱力したのか、苦笑しながらオトメが身体を預けてくる。触れ合っているだけで、魔力を吸ってもいないのに満足感を覚えてしまう。

「君の名前の方は、僕には呼べなさそうだよ。縮めてキーラくんでもいいかい」
「我もそう呼ばれるのは初めてだ。ふむ、嫌な気はせんな」

 それから我等は互いのことを語り合った。

 我が触手族の生き残りであること、触手族の特別な力のこと、オトメの住んでいた異界の話、神子として召喚されたこと。

 オトメが神子と呼ばれる存在なら、この魔力量にも納得だ。きっと王都は追手を出してくるだろう。それなら、人間共の手の届かぬ場所まで行けばいい。

「これは数十年前に伝え聞いた話だが、亜人のみしか入れぬ秘境の土地があるという。例外として、亜人が認める者のみ人間も足を踏み入れることが出来るらしい。共にそこを目指さぬか?」
「僕に異論はないよ。キーラくんの好きなように、僕を使うといい」

 ──その土地の名は、シュドエルーヴ領。
 常に幻惑の魔法がかけられ、人間だけでは決して入れぬ場所だ。ガーシュという街を中心に栄えている、緑豊かな所らしい。

 そこに辿り着くための方法は三つ。

 一つは、結界が張られたその土地まで直接赴くこと。二つめは、上位魔法である転移魔法で移動すること。三つめは、 その土地自体が招き入れることだ。

 まず、一つめは場所自体を知らぬため却下だ。

 三つめに関しては、主に行き場をなくした者達に起きる現象だと聞いたことがある。例えば、人間に捕まり、逃げ出し、力もなく行く宛もないままさ迷っていると、気が付けば街に居たという流れだ。

 だが、それがいつ発動するのかは定かではない。
 不明瞭な現象を待つぐらいならば、転移した方が速い。

「オトメ、貴様は転移の魔法が使えそうか」
「転移……。別の場所に移動する、という認識で合っているかい?」
「ああ」

 少しの間黙り込んだオトメの姿が、唐突に掻き消えたが、その後、すぐに我の腕の中に戻ってきた。
 今度は向かい合う形だ。

 一瞬、オトメの瞳が動揺したかのように揺れて、すぐにまた無表情に戻ってしまった。愛い奴だ。隠さずともいいというのに。

「……転移自体は、僕にも使えそうだけれど……。思い描いた場所には行けなくて、弾かれてしまったよ」
「そうか。ならば我が貴様の魔力を使って試してみるとしよう。目測すら分からぬからな、その分大量に貰い受けるぞ」
「大量か……。それは、どのくらい口を合わせていないといけないんだい?」

 オトメは、口同士でないと魔力の受け渡しが出来ないと思っている。
 そうさせたのは我だが、勘違いを正すつもりはない。

「口吸いだけでは効率が悪い。ここから直接貰えればもっと効率的に溜まるだろう」
「あ……」

 服越しに、触手でオトメの中心を撫でる。嫌がってはいないようだが、戸惑っているようだ。

「我は寛大だ。オトメが嫌と言うのなら、口吸いだけでもどうとでもなる。時間はかかるがな」
「キーラくん……。いや、僕を使えと言ったのは僕自身だから、それを違える気はないよ。効率よく摂取してくれ」

 まっすぐ見つめてくるオトメは、相変わらずの無表情だ。だが、その瞳はうっすらと濡れ、頬は火照り、表情よりも豊かな感情が伝わってくる。

 なんとも美味そうな果実のようだ。
 じっくりしゃぶり尽くして、味わいたくなってしまう。

 我慢できずに赤く色づいた唇を舐めると、蕩けるような蜜の味がした。
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