アンハッピーエンド短編集

桜羽根ねね

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④使用方法はお客様の自由です【終】

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 自身を襲う息苦しさに、三春は重たい瞼をこじ開けた。

 目が覚めた時、知らない天井を見上げていた……なんてことはこれまでに何度も体験してきた。
 鎖で繋がれていたり、狭い部屋に閉じ込められていたりとシチュエーションが様々だったため、多少のことでは動揺しなくなっていた。

 ……なっていたのだが、これはあまりにも予想外すぎて、三春は切れ長の瞳を限界まで見開いた。

「んんっ!?ん、っ、やめ……!なに、してんだ……っ!」

 頬を擽る、自分の物ではない髪の感触。近すぎてぼやけて見える輪郭、唇に触れる柔らかい熱。
 何をされているのか一瞬で把握した三春は、反射的にその物体を押しのけた。

「……ああ、起きたんですね。おはようございます、三春君。素敵な夢は見れましたか?」

 そう言って、勝手に唇を奪っていた黒髪の青年は、悪意なく微笑んだ。丁寧な口調で話されるのも、キスをされてこうしてベッドの上に居るのも初めてのことで戸惑うが、今は他のことを考えるべきだと脳が動く。

 この青年と三春は初対面だが、自分の名前を知っているということは、彼があの青髪の青年と何らかの関わりを持っているということだ。

 そこまで考えて、はっと気付く。
 今、自分の見える範囲に拓海の姿がないことに。

 無理矢理奪われた唇を拭いながら、三春は殺気のこもった視線を青年へと向けた。

「拓海、どこにやったんだよ」
「タクミ?……ああ、君と一緒に君が買ってきた子のことですね。それなら今頃、九条君に可愛がられているはずですよ」
「っ……!」
「そう怖い顔をしないでください。会いたいなら会わせてあげますから」

 てっきり交流を断絶させられるかと思っていた三春は、彼のあっさりとした物言いに虚を突かれた。

「こちらですよ」

 と、先導していく青年の後を注意深く追っていく。何せ寝ている商品を襲うような人物だ。警戒するに越したことはない。

「──さあ、ここです」

 幾許かもしない内に青年が示した扉を、三春は逸る思いで押し開けた。

 青年の口ぶりから最悪の想像をしていた三春の視界に、

「一目見た時から君のことしか頭に入らなくなったんだ。あの場では立場上あんな風に言うしかなかったが、私は君のことを一人の人間として愛しているよ。いきなりこんなことを言われても信じられないだろうけど、これからじっくり私の愛を植え付けていってあげるから。……覚悟していてね」
「う、あ、え?ど、どういうこと、てか、あ、あああああいって……!?」

 先程までの威圧感とは一転、甘いオーラを撒き散らして拓海に迫る九条……という異端な光景が飛び込んできた。

 予想外の出来事に思わずフリーズしてしまった三春と、混乱している拓海の目がぱちりと合う。

「三春……!よかった、無事だったんだな……!」
「無事も何もそっちの彼には私は何もしていないからね。私の目的はあくまで君だよ、拓海」
「ひっ……!か、顔ちか……っ」

 怯えと困惑で声が震えている拓海だが、暴力的にも性的にも酷いことはされていなかったという事実にほっとする。
 しかし、だからといってこの状況を見逃すわけにはいかない。これが心を伴わない上辺だけの甘言という可能性もある。

 ようやく膠着状態から回復出来た三春は、拓海を取り戻すために彼等へと近付いて──……行こうとしたところで、黒髪の青年が立ちはだかった。

「……何。そこ、どいてほしーんだけど」
「もう会わせてあげたのですから、これ以上は駄目ですよ。九条君の邪魔をすると後が怖いですからね」
「はぁ?」
「九条君が彼に暴力を振るうことは一切ありませんし、性的な触れ合いも同意がない限りはしませんよ。折角実験用に買った君達を壊すなんて、そんな馬鹿な所行を彼がするはずがないですしね」
「……実験?」

 そういえば、買う時にも実験台がどうのと言っていた。良いイメージを持たない言葉にあからさまに眉を顰める三春に、青年は緩やかに弧を描いた唇をそっと開く。

「そう、実験です。……『真実の愛を知った商品のバーコードは消える』。その真偽を確かめるための実験ですよ。そういうわけですので、三春君。君の実験相手は僕です。……ああ、まだ名前を言っていませんでしたね。僕は有馬。好きに呼んでくれて構いません。これからよろしくお願いしますね、三春君」
「……は?え、ちょっと待って意味分かんな……っんぅ!?」

 深く唇を奪われ、生温い舌に捕らわれる。初めての快感に抵抗する力が薄れていき、押しのけるはずだった三春の手は、有馬の服を縋るように握りしめていた。

「……全く、有馬は性急だな」
「三春……っ!た、助けないと……」
「拓海、彼の心配をする暇があるなら私のことを考えてほしいな」
「だっ、だから顔近……」
「必ず君に愛を抱かせてみせるよ。そして、君を商品という枷から外してあげよう」
「ひぇっ……」

 商品として買われ、何故か愛を囁かれ、友人のキスシーンを目の当たりにし、唇が触れ合いそうな距離で見つめられ、拓海のキャパシティは既に限界を越えていた。
 ただ一つ、頭にしっかりと残るのは「バーコードが消える」という魅惑の言葉。

 九条の巧みな話術に絆されて、彼を愛してみようかと思うようになるのは、そう遠くない未来の話である。



































「──……今回の実験は順調に進んでいるかい、有馬」
「はい。最近は三春君の方から甘えてくれるようになりましたよ」
「そうか。拓海も怖がらなくなってきて笑顔が増えてきたな。……良い塩梅だ。そろそろ実験結果が現れる頃だろう」
「そうですね。……ふふ、三春君達、驚きますかね。無事に成功するといいのですが」
「成功してもらわないと困る。次の論文はこれでいこうと思っているからね」

 秘め事のように小さく囁かれる、愉悦に満ちた声音。
 商品を人として扱い、愛おしげに接してきた彼等は、──一転し、冷たい海の底を思わせる笑みをひっそりと浮かべた。


『真実の愛を知った商品の価値は0になる』


 もうすぐ結果として現れる実験の成果を、心待ちにしながら。

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