アンハッピーエンド短編集

桜羽根ねね

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バーコード

③お客様は神様です

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 三春と拓海、そして緋色は小さい頃からの友人同士だった。
 喧嘩もあったが、どこに行くのも三人一緒で、周りの人々はその様子を微笑ましく見守っていた。

 バーコードが、現れるまでは。

 それが起きたのは、ほぼ同時だった。
 緋色の頬に刻まれた黒い線に拓海が瞠目し、拓海の首の後ろに現れた印に三春が悲鳴をあげ、三春の左腕に浮かんだ証に緋色から笑みが消えた。

 今まで彼等を微笑ましく見てきた人々は、物を見るような目で彼等を鳥籠へと搬送した。
 一番力が強い三春をスタンガンで気絶させ、抵抗する緋色と拓海を屈強な男達が押さえつけて運び込んだその作業は、搬送というよりも拉致に近かった。

 そして、三春が目覚めた時。

 泣きじゃくる拓海はすぐに視界に入ったが、いつも明るく笑いが絶えない緋色の姿はどこを見ても見当たらず。

 鳥籠の人間から「あれは処分した」と知らされたものの、今でも二人は緋色が生きていると信じている。認めることが出来ないだけと言われれば、それまでなのだが。

「いらっしゃいませ。鳥籠ハコニワ支店にようこそ」

 はきはきとした店員の声が響き、三春は閉じていた目をそっと開く。
 強化ガラス越しに見える景色はいつも通り殺伐としたものだ。店内に流れるアップテンポなBGMがどこかちぐはぐな雰囲気を醸し出している。

 ガラスのケースに入れられ陳列された商品を、客はじっくり吟味していく。
 今日もまた、誰かが売られていくのだろう。あちらとこちらを隔てる越えられない壁に、やるせない想いを込めてそっと手の平を触れ合わせた。

「三春……?大丈夫?顔色が良くないけど……。やっぱりまだ本調子じゃないんじゃ」
「そんなことないって。もう元気なのに拓海ってば心配性~」
「……それなら、いいんだけど」

 三春と同じケースに入れられている拓海が心配そうに彼を見やる。
 二人の他にも数人の商品が一緒に入っているが、会話をするでもなく押し黙ったままだ。無意味に騒いで客に目を付けられたくないのだ。

「これはこれは……!このような辺鄙な所までようこそおいでくださいました。貴方様のお眼鏡にかなう商品があればいいのですが……」

 これまでとは違う浮き足立った店員の声が聞こえ、彼等は揃ってその方向へと顔を向けた。

 いくつもの視線が集まったそこには、すらっと背の高い青髪の青年の姿があった。紫水晶のような瞳の眉目秀麗な容姿に、三春は見惚れるより先に畏怖を覚えた。

 それは拓海も同様だったようで、ぶるりと肩を震わせ三春に寄り添ってくる。

「小さい店にしてはなかなかの商品が揃っているじゃないか」

口元に柔和な笑みを浮かべた青年は、一つ一つケースを見定めては緩慢な所作で歩みを進めていく。

「三春……」
「……大丈夫。大丈夫、だから」

 拓海を安心させるように撫でながら、視線だけは青年から逸らさずに気丈さを保つ。
 どうせこの図体で視界に入らないことなんて不可能だ。ならばせめてと拓海の身を隠すように前に出た時。

「これはまた……規格外の商品があったものだ」

 ガラス越しに、すぐ近くから聞こえてきた声。
 凛とした澄んだ声には純粋な物珍しさが混じっていたが、紫の瞳はどこまでも冷たく、一般客にはない威圧感を放っていた。

「この前の商品はすぐに壊れてしまってね。出来れば次は丈夫そうな物が欲しいと思っていたんだよ。……ああでも、ちょっと試したいことがあるから実験用にしようかな」

 形のよい唇から飛び出す物騒な言葉に、三春の顔が歪む。

「(折角、兵藤さんに治してもらったのにな……)」

 この分だとまた治してもらう羽目になるかもしれない。
 そう思って嘆息した三春の耳に、

「それじゃあ、それを買うことにするよ。──……ああ、手前の大きい物じゃなくて、後ろで震えている商品をね」

 予想外すぎる言葉が、飛び込んできた。

「っ……!?」
「お、俺……?」
「何を驚く必要がある。私が欲しい物を買って何が悪いんだ?」
「……どう考えても俺の方が丈夫そーでしょ。実際そうだし。こいつより役に立つ自信あるよ?」

 拓海を貶すのは本意ではないが、今はこうでも言わないとこの場を乗り切ることは出来そうになかった。
 青年は面白い物でも見たかのように目を細めると、「それじゃあ、」と言葉を紡ぐ。

「お前も含めて、二つ買うことにしよう」

 客である人間の言葉は絶対だということを、彼等は痛いくらいに知っていた。

「ごめ……、三春、また俺……お前を巻き込ん、で……っ」
「あーもー泣かないでよ。俺が勝手に巻き込まれただけだしさ。……拓海には手ぇ出させないようにするから、安心して」
「お、俺だって、三春のこと守るから……!」
「その気持ちだけで嬉しいよ、拓海」

 商品は暴れることがないよう、眠らせてから運ぶようになっている。ガラスケースの中に睡眠ガスが充満していき、次第に瞼が重くなっていく。

 薄れゆく意識の中で最後に見えたのは、青年のどこまでも冷徹な微笑みだった。
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