アンハッピーエンド短編集

桜羽根ねね

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バーコード

②商品のケアは欠かしません

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 この世界の人間は大きく二つに分けられる。

 即ち、『人』であるか『商品』であるか。

 商品には身体のどこかにバーコードが刻まれている。生まれつきだったりいきなり現れたりと時期は定まっていないが、それが現れる理由は徹底して一つだけ。

『神様が、この世に不必要な異物と判断したモノに現れる』

 本当かどうか定かでないその言葉を、人々は信じ切っていた。そして、異物と判断されたモノを商品として売買し始めたのだ。

 ──異物といえど形は人間。殺すには惜しい。それなら人間様の役に立つよう利用してやろうじゃないか──。

 人権を土足で踏みにじるようなその行為を、咎める者は誰もいなかった。

 バーコードが現れた者は老若男女関係なく、『鳥籠』と呼ばれる機関へと強制連行される。

 他者がバーコードに触れるとその商品の価値を知ることが出来るため、鳥籠ではまずその作業が行われる。
 そこで基準値に満たない場合、商品は処分される仕組みだ。泣こうが喚こうが、鳥籠で働く者に商品の叫びが届くことはない。

 非情な選定の後は、鳥籠が取り締まっている店へと並べられる。高級な店にはそれに見合った商品を、格安の店には底辺に近い商品を。
 そして、『人間』が気に入った商品を買っていくのだ。

 そこから先は何が起こるか分からない。
寵愛されるか痛めつけられるか利用されるか返品されるか、全ては購入者の気分次第。

 ただ一つ、殺すことは出来ないようになっている。商品に死を与えることが出来るのは、鳥籠で働く者達だけだというのが暗黙の了解だ。

 そんな、人間が人間を買うという狂ったような風習は、今では至って普通な日常の一部と化していた。

「──……全く、これで何度目だ。治さなきゃいけないオレの身にもなれよ」
「いたた……。ごめんねー、兵藤さん。俺だって好きで殴られたりしてるわけじゃないんだけど」
「……拓海から聞いたぞ。お前を買った奴は本当は拓海を買おうとしてたんだって?相手が嗜虐趣味だと分かって三春が有無を言わせず身代わりになった……、って泣きながら話してくれたわ」
「うげ……、拓海のお喋り。……俺はさ、別にいーの。無駄に身体おっきいから丈夫だし、そう簡単に壊れないし、……綺麗な身体でもないし。でも、拓海は違う。ちっさいし脆いからすぐに壊れちゃうでしょ。俺、そんなのやだし。拓海がボロボロになるとこなんか見たくない」
「……同じことを拓海も言っていたけどな。三春が痛々しい姿になるのを見たくない、って」
「ん~、じゃあこれからこんなことになったら真っ先に兵藤さんのとこに連れてってもらお。そんで先に怪我治してもらえば拓海が心配する必要もなくなるじゃん」
「はぁ……。それは十全な解決策とは言えねぇだろ。あと、返品ありきで考えんな」
「えー、良い考えだと思うの、に゛っ!ちょっと兵藤さん、消毒液染みるんだけど!」
「うるさい、自分を大切にしない罰だ。甘んじて受けておけ」

 黙々と治療を続ける兵藤は、商品専用の修復士だ。
 店には必ず数人の修復士がいて、商品に欠陥がないか確認したり、傷があった場合は治したりする仕事をしている。
 だが、患者ではなくあくまで商品として扱う修復士の中で、兵藤だけは異質の存在だった。

 修復という言葉を嫌い、治療という言葉を使う上に、商品ではなく人間として三春達と対等に接してくる。
 そのため、自分のことも修復士ではなく医者と呼んでいる。
 変わり者だと蔑む輩も多いが、本人は少しも気にせず「人間の治療」に勤しんでいるのであった。

「……よし。これで大丈夫だろ。後は2日くらい安静にしておけよ」
「ん。ありがと、兵藤さん。この薬効き目すっごく良いからすぐ治るんだよね~」
「…………そう、か。きっとあいつも喜ぶわ」
「え?」
「いや、何でもねぇよ。……三春、いくら回復力があるとはいえ、無理に激しく動くのは許さないからな」
「分かってるってば~」

 『あいつ』と言った時の兵藤の表情がどことなく寂しげに歪んだことに気づかないフリをして、三春は修復室を後にする。

「(無理に聞いても話してくれなさそーだし……。兵藤さんが自分から話してくれるのを待った方がよさそーだよね)」

 薬の効力で幾分か楽になった身体を動かして、三春は警備の人間に見張られながら寝静まった保管庫へと歩を進めていった。


*****


 かつん、かつんとヒールが鳴る音。

 錆び付いた扉が軋みながら開かれて、待ちわびていた人物が顔を覗かせた。

「ぁ……。ひょう、ちゃ…………」
「無理に喋んな、余計に体力を消耗するだろ」
「……へへ、いつも少ししか、会えないんだし……話すくらい、いいでしょ……?」
「…………今日はまた、三春の治療だったぞ。あの馬鹿はいつもいつも傷をこしらえて帰ってきやがるから……困ったもんだ。……薬の効き目がすごく良いって褒めてたぞ」
「そっか……。みっちゃん、まーたたぁちゃんのこと守ったんでしょ?昔っからそうなんだよね。みっちゃんはいつも……たぁちゃんと僕のこと、守ってくれて…………、っう、ぐ……」
「……そろそろ眠れ。今日も……色々投与されたんだろ?」
「だいじょーぶ、だって。何でひょうちゃんが泣きそうな顔してるの……、ふふ。……ん、でも、確かに眠いや……。やだな、ひょうちゃんと、もっとお喋り、したいのに……」
「また今度な。今日はゆっくり休め」
「……うん、ひょうちゃん。…………だいすき……」

 すうっ、と意識を落としていった彼を見下ろして、兵藤は唇を噛みしめる。

 彼の名前は緋色。三春と拓海の友人で彼等と共にバーコードが出現し、一人だけ基準値に満たず処分されかけた『商品』だ。
 表向きは死んだことになっており、こうして地下室で生かされているという事実を知る者は少ない。

 ──恋仲である彼を救う方法は、これしか思いつかなかった。

 薬物を投与し、身体の中で治癒力の高い薬を精製、それを血として取り出し加工して、商品を修復するための特効薬を作る。

 利用価値がなければ消される彼を生かすためには、何らかの価値を付ける他なかったのだ。

 清潔なベッドの上で幾数もの注射器に刺されながら眠る彼に、兵藤はそっと顔を寄せた。

「(……オレはお前に、死んだ方がマシだと思うような所業をしているのは分かっている。けど……、お前には生きていてほしいんだよ、緋色……っ)」

 唇で触れた頬のバーコードからは、『価値:0』という無慈悲で無機質な答えが返ってきた。
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