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5.花の舞踏会
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「うわ……、凄い人の数ですね……」
「香水くっせぇな……、ったく、無駄にかけりゃいいってもんじゃねぇだろ」
「あれ、ホークさん。アウル王子の傍にいなくていいんですか?」
「…………今日はあいつが頑として譲らなかったんだよ。チッ……、殿下に怪我でもさせやがったら絶対許さねぇ」
「あいつ……って、ああ、レイヴンさんですか。いつ見ても綺麗な人ですよね、あの人」
「はあぁ!?どこがだよ!あんな奴怪しくてうるせぇだけだろぉが!」
「そうですかね……?」
ちらり、と視線を向ける先には、数段ある階段の上の玉座に座るアウルと、その傍らに控えるレイヴンの姿があった。いつもの黒ローブ姿ではなく、側近の正装を身に纏い、アウルとはまた違った品のあるオーラを醸し出している。それこそ「一国の王子です」と言っても10人中10人が信じてしまいそうな、凛とした佇まいだ。
後輩がレイヴンを褒め称えるのが面白くないのか、ホークはそれならとばかりに口を開く。
「美と癒やしを司るだの何だの言ってっけどよ、昔のあいつは見るに耐えないくらい不細工で野暮ったかったらしいぜ?ま、噂だけどな」
「えっ!?ホークさん以上にですか!?」
「おいコラ口が過ぎんぞロビンちゃぁん?」
「いたっ、いだだだ!!すんません!ついうっかり!!」
拳で頭をぐりぐりと攻撃されながら、ロビンは壇上の魔法使いを改めて見やる。
不細工、野暮ったいなどという言葉とは無縁の、美しい姿。
やっぱり綺麗だなぁと見惚れるロビンに向かって、容赦のないでこピンが放たれるまであと少し。
「──……あいつらは、一体何をやっているんだ」
落ち着いた音楽が流れ、華美な飾り付けがなされたホールの壇上で、レイヴンは呆れたように小さく呟いた。視線の先では、近衛騎士団副団長でレイヴンとは犬猿の仲なホークが後輩いじめに徹している。
「ホークなりのスキンシップではないのか」
「……オレにはただ、いじめているようにしか見えんぞ」
ふう、と溜息を吐いて、色鮮やかなドレスで埋まりつつあるホールをざっと見渡す。
アウルの初恋の女性を見つけるのが目的な為、国内外に出したおふれには『幼き頃アウル王子と関わったことがある女性に限る』としていたのだが、それを無視して王子と懇意になろうと訪れて来た女性が大半であろう。
身分の規制はしなかったため、豪奢なドレスに身を包んでいる者もいれば、安価でシンプルな衣装を纏っている者もいる。この中にアウルの想い人がいれば万々歳だ。
ちくりと痛む胸には気付かないフリをしていると、不意に高らかな声が響いた。
「アウル殿下!お会いしとうございました……!」
亜麻色の髪を緩く巻いたその女性は、階下で優雅な一礼をすると、長い睫毛に縁取られた緑の瞳をうるりと潤ませた。
「覚えておりますでしょうか……。わたくし、殿下に一度だけお会いしたことがあるのです。その時に」
「ちょっと!抜け駆けなんて卑怯ですわ!アウル殿下、私のお話を聞いていただけませんこと?」
「そ、それなら、わたしも……!殿下のことを誰よりも深く想っております……!」
あっという間に、私が、わたくしが、と騒がしくなっていく会場に、レイヴンは何とも言えない気持ちを抱いていた。王子の御前で騒がしくするな、と言えればいいのだろうが、レイヴンもどちらかといえば彼女達寄りなのだ。言えるものなら自分も、「昔からアウルのことが好きだった」と、そう告げたい。
だからこそ、騒がしいながらも口々にアウルとの関係を叫ぶ彼女達を羨ましく思ってしまう。それが本当であれ嘘であれ、だ。
「──……一つ、問いたい」
きゃいきゃい姦しい声を割るように、落ち着いた低音が響く。
途端に静かになったホールに、彼……アウルの声だけが反響する。
「花の、名を。……幼少の頃、俺に渡した花の名を。答えてほしい」
花。
初恋の人から花を貰ったというエピソードを聞いたのは、レイヴンもこれが初めてだった。
そもそも、レイヴンが知っている事実もそこまで多くないのだ。小さい頃会って、好きになって、でも名前も顔も分からない、その程度のことしか。
「お花……ですか?でしたら、ローズリアでございます!真っ赤な大輪のローズリアをお贈り致しましたわ!」
「わたくしはブーゲンアリアを」
「リ、リーカーションの花束をお渡ししましたわ!」
口々に飛び出てくるのはてんでバラバラな花の名前。どれもこれも王宮の庭園で育てられているような、有名なものばかりだ。
適当に言えば当たるかもしれないと思っているのが大半だろう。だが、選択肢がありすぎる花の中から一つだけ選び取るなど至難の技だ。
それこそ、想い人当人でもない限り。
やはり数年経った今になって見つけようとするなど、難しすぎたかと、そう思った瞬間だった。
「シロロメクサ、です」
ぽつん、と届いた澄んだ声に、今まで無表情だったアウルの目が大きく見開かれた。反射的に椅子から立ち上がり、声の主を見据える。
シロロメクサと発した女性……あどけない少女のような可愛らしい容姿と、ドレスとは言い難い簡素な服に身を包んだ彼女は、王子から真っ直ぐ見つめられていることに気付いてぱっと口元を手で覆った。
「え、あ、あの……」
戸惑う彼女の元へ、アウルは迷うことなく歩を進める。周りの女性達は悔しそうに歯噛みしたり仕方ないかと諦めたりと反応は様々だ。まさか一国の王子に、そこら辺に生えている野草を贈るなど、考えもしなかったのだから。
そっと彼女の手を取り、その甲に軽い口付けを落とすアウルを、誰もが目で追っていた。
──だから。
アウルがシロロメクサの彼女をリードして静かに踊り出す姿を、レイヴンが呆然と見つめていることに、誰も気付くことが出来なかった。
「…………レイヴンさん……?」
懲りずに彼に視線を送っていた、近衛兵以外は。
「香水くっせぇな……、ったく、無駄にかけりゃいいってもんじゃねぇだろ」
「あれ、ホークさん。アウル王子の傍にいなくていいんですか?」
「…………今日はあいつが頑として譲らなかったんだよ。チッ……、殿下に怪我でもさせやがったら絶対許さねぇ」
「あいつ……って、ああ、レイヴンさんですか。いつ見ても綺麗な人ですよね、あの人」
「はあぁ!?どこがだよ!あんな奴怪しくてうるせぇだけだろぉが!」
「そうですかね……?」
ちらり、と視線を向ける先には、数段ある階段の上の玉座に座るアウルと、その傍らに控えるレイヴンの姿があった。いつもの黒ローブ姿ではなく、側近の正装を身に纏い、アウルとはまた違った品のあるオーラを醸し出している。それこそ「一国の王子です」と言っても10人中10人が信じてしまいそうな、凛とした佇まいだ。
後輩がレイヴンを褒め称えるのが面白くないのか、ホークはそれならとばかりに口を開く。
「美と癒やしを司るだの何だの言ってっけどよ、昔のあいつは見るに耐えないくらい不細工で野暮ったかったらしいぜ?ま、噂だけどな」
「えっ!?ホークさん以上にですか!?」
「おいコラ口が過ぎんぞロビンちゃぁん?」
「いたっ、いだだだ!!すんません!ついうっかり!!」
拳で頭をぐりぐりと攻撃されながら、ロビンは壇上の魔法使いを改めて見やる。
不細工、野暮ったいなどという言葉とは無縁の、美しい姿。
やっぱり綺麗だなぁと見惚れるロビンに向かって、容赦のないでこピンが放たれるまであと少し。
「──……あいつらは、一体何をやっているんだ」
落ち着いた音楽が流れ、華美な飾り付けがなされたホールの壇上で、レイヴンは呆れたように小さく呟いた。視線の先では、近衛騎士団副団長でレイヴンとは犬猿の仲なホークが後輩いじめに徹している。
「ホークなりのスキンシップではないのか」
「……オレにはただ、いじめているようにしか見えんぞ」
ふう、と溜息を吐いて、色鮮やかなドレスで埋まりつつあるホールをざっと見渡す。
アウルの初恋の女性を見つけるのが目的な為、国内外に出したおふれには『幼き頃アウル王子と関わったことがある女性に限る』としていたのだが、それを無視して王子と懇意になろうと訪れて来た女性が大半であろう。
身分の規制はしなかったため、豪奢なドレスに身を包んでいる者もいれば、安価でシンプルな衣装を纏っている者もいる。この中にアウルの想い人がいれば万々歳だ。
ちくりと痛む胸には気付かないフリをしていると、不意に高らかな声が響いた。
「アウル殿下!お会いしとうございました……!」
亜麻色の髪を緩く巻いたその女性は、階下で優雅な一礼をすると、長い睫毛に縁取られた緑の瞳をうるりと潤ませた。
「覚えておりますでしょうか……。わたくし、殿下に一度だけお会いしたことがあるのです。その時に」
「ちょっと!抜け駆けなんて卑怯ですわ!アウル殿下、私のお話を聞いていただけませんこと?」
「そ、それなら、わたしも……!殿下のことを誰よりも深く想っております……!」
あっという間に、私が、わたくしが、と騒がしくなっていく会場に、レイヴンは何とも言えない気持ちを抱いていた。王子の御前で騒がしくするな、と言えればいいのだろうが、レイヴンもどちらかといえば彼女達寄りなのだ。言えるものなら自分も、「昔からアウルのことが好きだった」と、そう告げたい。
だからこそ、騒がしいながらも口々にアウルとの関係を叫ぶ彼女達を羨ましく思ってしまう。それが本当であれ嘘であれ、だ。
「──……一つ、問いたい」
きゃいきゃい姦しい声を割るように、落ち着いた低音が響く。
途端に静かになったホールに、彼……アウルの声だけが反響する。
「花の、名を。……幼少の頃、俺に渡した花の名を。答えてほしい」
花。
初恋の人から花を貰ったというエピソードを聞いたのは、レイヴンもこれが初めてだった。
そもそも、レイヴンが知っている事実もそこまで多くないのだ。小さい頃会って、好きになって、でも名前も顔も分からない、その程度のことしか。
「お花……ですか?でしたら、ローズリアでございます!真っ赤な大輪のローズリアをお贈り致しましたわ!」
「わたくしはブーゲンアリアを」
「リ、リーカーションの花束をお渡ししましたわ!」
口々に飛び出てくるのはてんでバラバラな花の名前。どれもこれも王宮の庭園で育てられているような、有名なものばかりだ。
適当に言えば当たるかもしれないと思っているのが大半だろう。だが、選択肢がありすぎる花の中から一つだけ選び取るなど至難の技だ。
それこそ、想い人当人でもない限り。
やはり数年経った今になって見つけようとするなど、難しすぎたかと、そう思った瞬間だった。
「シロロメクサ、です」
ぽつん、と届いた澄んだ声に、今まで無表情だったアウルの目が大きく見開かれた。反射的に椅子から立ち上がり、声の主を見据える。
シロロメクサと発した女性……あどけない少女のような可愛らしい容姿と、ドレスとは言い難い簡素な服に身を包んだ彼女は、王子から真っ直ぐ見つめられていることに気付いてぱっと口元を手で覆った。
「え、あ、あの……」
戸惑う彼女の元へ、アウルは迷うことなく歩を進める。周りの女性達は悔しそうに歯噛みしたり仕方ないかと諦めたりと反応は様々だ。まさか一国の王子に、そこら辺に生えている野草を贈るなど、考えもしなかったのだから。
そっと彼女の手を取り、その甲に軽い口付けを落とすアウルを、誰もが目で追っていた。
──だから。
アウルがシロロメクサの彼女をリードして静かに踊り出す姿を、レイヴンが呆然と見つめていることに、誰も気付くことが出来なかった。
「…………レイヴンさん……?」
懲りずに彼に視線を送っていた、近衛兵以外は。
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