上 下
15 / 106

15 ユリは気配りが出来る素晴らしい女性だ。他の男が放っておく筈もなく……。(エンジュside)

しおりを挟む
 ――エンジュside――


 突然流星の如く我が家にやって来た、ユリと言う女性。
 シャース王国の冒険者ギルドからの推薦状には、「彼女はレアスキル持ちでアルメリアさんの役にたちます。どうか家に置いてあげてください」と書かれていた。
 しかもシャース王国でやったと言う勇者召喚に巻き込まれた女性でもあり、「石ころしか作れないなら出ていけ」と追い出されたのだと言う。
 ――石ころ???
 そう思った物の、実際は違った。
 とんでもないスキルだった。

 俺にあった借金を肩代わりし、我が家に掛かっていた悪い噂まで消し飛ばす爆弾娘でもあった。
 底なしのお人よしかと思ったがそうでもなく、悪意察知と敵意察知を持っていることが判明。
 さらに、ホムラと呼ばれるフェアリードラゴンは流暢に人間の言葉を話し、俺達が清らかな心を持っているのを知っていたからこそ助けたのだろうと教えてくれた。
 その時――初めて彼女に心の底から感謝した。
 そして、母の教えが間違っていなかったことも理解した。


『いつも心を清らかにしなさい。流れる川のように、悪い言葉は心の川に流して遠くへ、遠くへ……。良い言葉は受け取りなさい。そして心からの感謝を。嬉しい事をされたら愛しなさい。想いは何時か届くでしょう』


 まるで歌のようにいつも口にしていた母は、三年前流行り病で亡くなった。
 あの母の歌のような言葉が、彼女の前だとスッと出てくる。
 猫のように可愛らしい女性で、何時も笑顔が耐えなくて、仕事は真摯に励み、仕事の事も色々質問して、自分のスキルでは無くても吸収しようとする姿は凄いと思う。

 一度「分野が違うのに理解しようとしても理解出来ないだろう?」と聞いたら「知識は腐らないのよ? 知らないなんて勿体ない」と笑われてしまった。
「なら経験は?」と聞くと「経験は自分を豊かにするわ。豊かになったらまた新しい経験をするの。人生はその繰り返し」と静かに答え、宝石加工を延々としていた。

 達観した女性だとも思うのに、とっても目が離せない女性だとも思う。
 料理は美味しいし、掃除は綺麗にしてくれるし、何よりとてもいい香りがする。
 母上とは違う匂いだが、とても……真っ直ぐ前を向く凛とした花のような匂いがする。
 彼女の隣は何時も脳が冴えて仕事に集中できた。
 それと同時に、笑顔を見せられると凛とした香りが優しくフワッと香って……。

 気が付いたらのめり込んでいる自分に気づいた。
 情けない姿ではなく、ちゃんとした姿の自分になりと思った。
 今は彼女に色々と手伝って貰っているが、何時かは彼女の為に彫金でアクセサリーをと思っていた矢先、彫金スキルがやっと5になった。
 所謂「外に売る事が出来る商品を売れるようになった。」と言う駆け出しのスキルでもあった。
 それでも彼女は喜んで、髪留めとアクセサリーをお願いしてきた。

 それがとても嬉しくて、嬉しくて……彼女の為に今自分が出来る一番素晴らしい品をと想いスキルを使って彫金したし、出来た付与アイテムは彼女が違う世界から来たからこその視点でのアイディアだった。
 門外不出の付与だ。
 彼女は金を沢山持っているが、本当に金の成る木じゃないだろうか?
 そう不安になる時がある。
 いや、実際そうかも知れないけれど――魔物討伐隊の時では考えられない、別の意味での充実した日々を送っていた。


「兄上、この宝石を使ったブローチを作って欲しいんですが」
「となると、モチーフは可愛い女性向きだな」
「この前見た本ですと、カメオと言う宝石を彫金でも作れるそうですよ」
「ああ、カメオか……人の顔をした奴だろう?」
「ええ、美女の横顔とかですね」
「それは練習しているがまだ時間が掛かる。もっと楽な猫のブローチとかはどうだろうか?」
「猫ですか……首輪にダイヤ二つ、赤いガーネットをつけて作りたいですね」
「となると黒猫か……ブラックオニキスで作った方がよくないか?」
「ああ、それいいですね!! 姉上―! 姉上――!!」


 そう言ってこの前から『体感温度が下がる付与』のついたアクセサリー作りに励んでいる。
 既にいくつか作って売れており、貴族の間では待ちが出来ている状態だ。
 デザインは色々だが、指輪でお願いされる事もあり、その時もキッチリサイズを測って美しいデザインを脳内で考え彫金すれば、また評判が上がった。
 どれもこれも本の真似事だが、とても喜ばれた。

 オニキスは無事確保できたらしく、猫の形をセンジュが綺麗に作り、俺はそれに合う台座と周りのデザインも考えて彫金する。
 俺はまだ宝石加工にまで進めていないが、まずは彫金スキルを父上と同じ8まで上げたい為、頑張っている最中だ。

『体感温度が下がる付与』に関しては既に特許を取り、ガーネットの店でしか使えない。
 やり方も教えていない為、付与師であるセンジュだけの知識となっていることもあり、本当に売り上げがドンドン伸びて行った。
 今は完全予約制にしていて、店に商品はないが、相手は貴族だ。
 大事に一つずつ作っている最中である。

 一日に10個作れればいい方だが、猫型のブローチが5つ、男性用の指輪が5つ出来上がり、付与はセンジュに任せて背伸びをする。
 すると――。


「お疲れ様です。冷たいお茶は如何?」
「ありがとうユリ」


 トレーの上に氷がたっぷり入ったお茶が用意されていて、お代わりも出来るようにしてくれている。
 今日は天気が良かったから家族分のベッドシーツなども綺麗に洗濯して付け替えてくれているらしい。
 午後は商業ギルドに行っていたようだが、恙なく仕事は終わって帰ってきたそうだ。


「今月のノルマは達成出来そうだな」
「特許取ってから直ぐの御依頼が終わるわね」
「貴族は凄いな、何処にアレだけの金を持ってるんだか」


『体感温度が下がる付与』のついたアクセサリーは高い。
 色々物価が上がっているのだから当たり前だが、付与魔法だってタダではないのだし、『体感温度が下がる付与』のついたアクセサリーで宝石も石も安いものにしただけで金貨6万枚にしてあるのに、次から次に予約が入る。
 最早【ガーネット】の看板商品だ。

 しかも素材はお金が掛からないと来ているから、注文があって作ればお金が入って来るだけだ。
 お陰で黒ずんでいた外装も綺麗にできたし、屋根も綺麗に作り直すことが出来た。
 彫金スキルも上がり今では6まで上がっている。
 毎日毎日仕事して作り続けているとそこまで上がったのだ。


「君に贈る婚約指輪を作る時間が作れない……嬉しい悲鳴だが」
「気長に待っていますよ。今はお仕事優先で」
「ありがとうユリ」


 ユリは欲しい物を強請らない。
 ナナリーはアレだけ「アレコレ欲しい」と文句を言っていたのに、ユリは「落ち着いてからでいいですよ」と言って気にしない。
 出来た女性だと思う。
 それに甘えることのない様にしなくては。

 最近ではノートを横に置き、何か気が付いたらメモを取っている姿をよく見る。
 アイデアノートだろうか? よくわからないが、仕事が落ち着いたら見せると言う事だったので今は黙って見ているしかない。
 ただ、猫のような可愛らしい顔で、その瞳で色々な事を不思議と思って書いているのかもしれないと思うと、それはそれで可愛いと思ってしまう。


「あと少し依頼品を作ったら今日は終わりにしようか」
「そうですね、プラチナとか足りてます?」
「いや、そろそろ無くなりそうだったんだ」
「なら追加しますね」


 そう言って気配りを忘れない。
 ――嗚呼、本当に大好きだ。
 ユリの仕事をしている姿を微笑んで見ていると、時折父上から「蕩けた顔しとるぞ」と言われてハッとする。
 だが、自分の婚約者がこんなに可愛いなら仕方ないと思う。
 互に恋愛には至ってないにしても、片思いだけでこんなに楽しいとは思いもしなかった。

 だが、その片思いに暗雲が立ち込めるようになる。
 だって相手は――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

パーティー会場で婚約破棄するなんて、物語の中だけだと思います

みこと
ファンタジー
「マルティーナ!貴様はルシア・エレーロ男爵令嬢に悪質な虐めをしていたな。そのような者は俺の妃として相応しくない。よって貴様との婚約の破棄そして、ルシアとの婚約をここに宣言する!!」 ここ、魔術学院の創立記念パーティーの最中、壇上から声高らかに宣言したのは、ベルナルド・アルガンデ。ここ、アルガンデ王国の王太子だ。 何故かふわふわピンク髪の女性がベルナルド王太子にぶら下がって、大きな胸を押し付けている。 私、マルティーナはフローレス侯爵家の次女。残念ながらこのベルナルド王太子の婚約者である。 パーティー会場で婚約破棄って、物語の中だけだと思っていたらこのザマです。 設定はゆるいです。色々とご容赦お願い致しますm(*_ _)m

卸商が異世界で密貿易をしています。

ITSUKI
ファンタジー
主人公、真崎隼人。 平凡ながらも上等なレールを進んできた彼。仕事思う所が出てきたところだったが転機が訪れ実家の卸商を継ぐことに。 その際、ふと異世界への扉を見つけ、異世界と現代両方での商売を考え始める。

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

処理中です...