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第二章 魔王様、小学校六年生をお過ごしになる

65 魔王様は小学6年の最後の夏休みを遊び倒したい⑨

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――話を戻そう。
担任の許可なく、大人の監視もなくプールで着の身着のまま遊ぶクラスメイトが現れた。
それも結構な人数、女子もいる。
その様子を見て呆れた我と、苦笑いながら「これは叱られるだろうなぁ」とぼやくアキラ。


「皆さん、担任の許可もなくプールを使う事は違反です。注意にもあったでしょう? 例え思い出作りであっても、これは加担出来ません。直ぐにプールから出てください」
「流石の大野ちゃんも激オコになってお祭り強制終了するんじゃないか? ほらほら女子は身体が冷えすぎるぞ。早く上がった上がった!」


そうやってプールで文句を垂れるクラスメイトを移動させようとした正にその時だった。


「生徒会なんざ、知ったこっちゃないね!!! 二人とも道連れだ!!」
「うわ!!」
「ぬあ!!!」


背後から魔法使いに足蹴にされ、我とアキラはプールの中に落ちた。
一体何が生徒会の事なんぞなのか、意味が解らない。
何とか顔を出し腕を組んで我とアキラを見つめる魔法使いは、ニヤリと笑うと手を挙げた。


「此れでお前たちも道連れだな! 二人ともプールに着の身着のまま入ったんだから!」
「こらアキラ!」
「卑怯ですよ!」
「生徒会……礼儀礼節を重んじ生徒の模範とならなければならない……。けどね! 今日くらいは普通の小学生に戻るのさ! 悪さをして何が悪い! 思いきりはっちゃけてやる!」


そう叫ぶと魔法使いは我たちの許に飛び込んできて、最早泥沼ならぬ、プールの中での言い合い説教合戦である。
寧ろ、魔法使いのアキラに対するアタリがキツイ。
失恋が尾を引いているようだ。


「そもそも最初に会った時からアキラは気に入らなかったんだ! 僕の小雪とイチャイチャイチャイチャしてさ!!」
「イチャイチャなんてしてないだろう!」
「いーやしてたね!! しかも夏祭りはデート? この僕を差し置いてデート!? 純粋培養液で育ったくせに手が早いんだよ!」
「俺はケジメをつけようと思って!」
「なんのケジメだよ! 『君を守りたい……あらゆるモノから守る為に将来は警察官になるよ。』 とか言って口説くつもりだったんだろ! 解ってるんだよ! 小雪可愛いもんな! 狙われちゃうよな!」
「既に狙われたから心配してるんだろが! その時お前いなかっただろう!?」
「僕が仮にいたら、長谷川は今頃ぶっ殺してるよ!!」
「物騒な!」
「物騒で何が悪い!」


我を挟んで喧嘩するアキラと魔法使い。
プールから出て何事かと見つめるクラスメイト。
我は青い夏空を見つめ遠い目をした……。


「いいかアキラ! 小雪を泣かせたら隣から掻っ攫ってやるからな! 寝取ってやるからな!!」
「ふざけんな!!」
「それくらいの覚悟もないなら小雪から離れろ!」
「離れられるわけないだろ!」
「あー言えばこう言う! 贅沢なんだよ!」
「お前だって贅沢だろう! 小雪と一つ屋根の下に住んでどんだけ贅沢と思ってんだよ!」
「贅沢じゃなくて必然だ!」
「同じことだろ!」
「あ――……すみません。二人ともそろそろお話を切り上げてく、」
「「祐一郎は黙ってろ!!」」
「いい加減になさい」


地を這うような声で二人に注意すると、肩で息をしながら二人はグッと言葉を呑み込んだ。
確かに勇者は可愛い。妹としてみれば可愛い部類に入るだろう。
方やオル・ディール時代からの恋を拗らせた魔法使い。
方や幼馴染で仲の良い兄貴分で初恋拗らせ中。


「……どちらを選ぶのかは、小雪次第でしょうが!」
「「うっ」」
「今ここで争って何になります! お互いに冷静になりなさい。そして見なさい! クラスメイトが驚いた様子であなた方を見つめていますよ!」


困惑していたクラスメイトに指さすと、アキラも魔法使いもクールダウンしたのか、互いに頭を抱え深い溜息を吐いた。


「もう充分でしょう。お互いを罵り合ったところで選ばれる男はたった一人。それも選ぶのはあなた方ではなく妹です。努々お忘れないように」
「「……はい」」
「さ、先生に叱られに行きますよ。プールに無断で入った人は全員です!」


――こうして、ずぶ濡れのまま校庭に向かい、ずぶ濡れの我らを見た担任は驚いたが、プールには無断で入らない様にと注意するだけで事なきを得た。
事なきを得たが……親の目線、保護者の目は厳しい……。
少なくとも、我は止めに入った事を知っている親たちからは、同情の眼差しが飛んでくる。
何故よりによって、夏休み最後の思い出作りでこんな目にあわねばならぬのか。


「まぁ、天気も良いし直ぐにお前たちの服も乾くだろう! 生乾きで暫く気持ち悪いだろうが、自業自得だ!」


そう笑い飛ばした担任に頭を下げ、我は一人校舎の日当たりのいい場所に座り溜息を吐く。
アキラと魔法使いがあれほど激しい喧嘩をしたのは初めてだった。
それも、妹である勇者を巡っての大喧嘩。
勇者が罪づくりなのか、二人が恋したのが運悪く妹だっただけなのか……両方だな。
魔法使いとて、別に悪い奴ではない。
仕事はキッチリこなすし朝のお勤めもサボらない。
ただ――将来の夢が無いだけだ。
将来の夢、将来の目標を六年生が決めるというのも難しい話ではあるのだが、我のように将来が決まっている者、アキラのように明確に目標を持っている者の方が断然少ない。
慌てて目標を作ったとしても、それはハリボテで出来た崩れ去る幻のようなものだ。
だから、魔法使いが悪い訳でもなんでもないのだ。
ただ、勇者や我のような家で育ったものには、精神が成熟し、既に未来の目標に突き進んでいる者の方が好ましく見えるのは仕方ない事なのだろう。


「生まれ育った場所が場所なだけに……ですかねぇ」
「なにがだ?」


ふと聞こえた声に顔を上げると、そこには汗だくになった勇者がいた。
僧侶と武闘家はお茶を貰いに母の許に行っているらしい。
そこで、先程プールで起きたアキラと魔法使いの喧嘩の話をすると驚いた様子ではあったが――。


「確かに私達の生まれ育った場所が寺なだけに、一般とは少し違う見方をしてしまうのはあるかもしれないな」
「ですよね」
「それに、この異世界での人生において、何が切っ掛けで将来の夢が決まるのかは分からない。あちらの世界では生まれた時から将来が決まっているのが庶民や貴族だろう? だが、この異世界は違うんだ。なりたいものになれるんだ。それは、とても素晴らしい事なんだ」


そう語る勇者に我は顔を上げると「そうですね」とだけ口にした。
そして、ハタと気付く。


「では、勇者の夢は既にあるのですか?」
「ああ、既になりたい職業はある。私は将来……看護師になる!」
「何故に看護師に?」
「アキラが怪我をした時に、助けられるようにだ!」


そう言って輝いた笑顔で語った勇者に、我は苦笑いが出てしまった。
――結局、勇者はアキラの事が好きなのだ。
きっと、あの長谷川事件の前からずっと。
憧れの異世界の勇者様なのだろう。


「良いんじゃないですか? ウッカリ注射をミスしそうですが」
「そう言うのは慣れだ! 私は諦めない」
「応援しましょう」
「ありがとう!」


勇者の、いえ……妹の真っ直ぐな気持ちにやっと沈んでいた気持ちが上向きになり、我は立ち上がると背伸びをしてから息を吐く。
――さて、逸れたままの二人を探しに出かけましょう。
やはり三人でいないと落ち着きません。


「アキラと魔法使いを見つけたら母の所で合流しましょう」
「わかった。私は先に戻っているぞ」
「ええ」


こうして、我は一人、少しだけ広く感じる校舎に向かい、アキラと魔法使いを探し始めるのだった。



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