【中学突入!】転生魔王は寺に生まれる

うどん五段

文字の大きさ
上 下
25 / 107
第一章 魔王様、少年期をお過ごしになる

【閑話】

しおりを挟む
その日、兄貴から呼び出されて組に向かった。


ヤクザ家業から足を洗い真っ当な仕事をしていた俺に兄貴は連絡をよこし、来ないなら子供の【恵】を拉致すると言われて渋々行ったんだ……。
あんな子だが、俺の大事なたった一人の子供だ。
父親が守らなくてどうする!

数年ぶりに帰ってきた我が家……親父の跡を継いだ兄貴には双子の子供がいる。
恵とは三つ違いの子供達だ……兄貴だって子供が可愛いのは解っているだろうに、恵を……あの子を拉致すると脅してまで呼び出した理由を聞きたかった。


「「「お帰りなさいやし!」」」
「おう、兄貴は?」
「奥座敷にいらっしゃいやす」


組の者に聞くと俺は地獄へと入って行った。
俺は結婚を期に、嫁の為に……腹に宿った命の為にヤクザを辞めた。
そりゃぁ親父も兄貴もぶち切れたもんだ。
このままだと俺も嫁も、腹の子も殺されるんじゃないかと逃げ回った日々だったが、それを救ってくれたのがあの寺だった。

俺と嫁を匿い守ってくれた。
だが恵が生まれた時、嫁は難産だったゆえに亡くなってしまった……。
大恋愛の末の結婚だった……泣き崩れ途方に暮れた俺だったが、寺の皆は嫁をちゃんと供養してくれて、生まれたばかりの恵だって大事にしてくれた。
けれど――俺達が寺にいる事がばれちまった……。

生まれたばかりの恵を連れて逃げようと、寺の皆に迷惑をかける訳にはいかねぇと思ったが、寺の皆は果敢にも兄貴達に打って出た。
一番驚いたのは副住職の娘さんだ。

妹さんの気の強さに兄貴は一発で惚れ込んじまった。

後に「俺は嫁に脳天と心臓を打ち抜かれた」と組の者達に惚気る程、今も大事にしてるようだ。
そんな兄貴が子供を拉致すると脅してまで、子供がどれだけ宝か知った上で脅してきた。
これは只ならぬ問題が勃発しているに違いない……。
奥座敷に案内され、襖が開かれるとそこには兄貴と親父が待ち構えていた。


「よう、久しぶりだな」
「とりあえず座れ」


緊張した空気……俺はここで死ぬ事も考え真新しい畳の上に座った。


「それで……話っていうのは何です。恵に関係する事じゃありやせんよね?」
「いや、恵に関することだ」


一番潰しておきたかった問題が、どうやら本題らしい。
俺の息子の恵は、父親の俺が言うのもなんだがヤクザの息子に相応しい程の息子だ。その事が兄貴にとって脅威なのはわかる……もし兄貴のところに生まれてきちまっていたら、組は更にデカクなっていただろう。


「恵の事は良く聞いている。俺のところが娘二人だから何時かはお前のところから養子にとは思ってるくらいだ。だがたった一人の息子を奪おうなんてことは今のところはまだ考えちゃいねぇ」


その言葉に俺は顔面蒼白で両手を握り締めるしかない。
組の今後を考えれば致し方ないことだろう……だが俺はたった一人の息子を諦めるつもりは無かったし、親父も兄貴もその気持ちは良く解っているようだ。


「確かに恵ほどの逸材は早々いないのは解ってる……だがあの子は組に入ればきっと問題ばかり起こすだろう」
「……お前の考えは俺達も同意だ」
「親父っ」
「だが、恵の歪んだ精神を整えられる可能性があることと……お前が世話になった寺から恵に手伝って欲しいと言う要請がきたらお前はどうする?」


思わぬ言葉に目を見開くと、兄貴が大きく溜息を吐いた。


「お前達を匿ってた……って言い方はよくねぇな、俺の嫁の家から恵を寺に預けないかと連絡が来ていてな」
「なっ!?」
「無論、オメーも一緒にだ。あの寺の長男坊と恵は同じ学年だろう? 住む場所は用意してやるから恵と一緒にいってやってくれねぇか?」


親父と兄貴の言葉に俺は今の職場の事を考えた。
確かに稼ぎは良くないが、あの寺から通うには些か遠すぎた……俺だって出来ることなら世話になったご恩を返したい。
だが――恵みの将来を、金の事を考えると踏ん切りがつかなかった。


「でもそれだと俺の仕事が……」
「お前の仕事は既に寺の爺さんが用意してある。全く……ヤクザの次男坊ってのに、お前は何で花屋なんかで働いてるんだかなぁ」


そう、俺はヤクザの次男に生まれたのに花が好きだった。
だから嫁との出会いも花屋だ。
親父達にばれないようにフラワーアレンジ教室に通い資格を取り、憧れの花屋に着くことができた。
恵は残念ながら俺と嫁の優しい感性を受け継がなかったようだが、それでも無事に成長してくれている。


「恵は寺で世話になりながら、お前は仕事は直ぐ近くの花屋で正社員だ。給料も寺の爺さんが手を回して今よりもずっと高い。お前の憧れだったウエディングブーケもそこでは予約が多いらしいぞ。お前の腕前ならブーケを作る事もできるだろう」


その言葉に顔を上げると、親父と兄貴は少しだけ呆れたように俺を見つめていた……。
ヤクザの次男坊が花だなんだと恥ずかしいと散々言われてきたのに、二人とも俺の仕事をまるで何かの縁のように思っているように感じられた。


「親父……兄貴っ」
「花屋ではヤクザみてねぇな喋り方すんなよ? なんせその花屋は寺の長男坊の嫁になる娘の実家なんだからな」
「うむ、つまり……うちの組とも縁が出来ちまう訳だ。あとは解るな?」


その言葉に、俺にその花屋を守れといっているのだと理解し強く頷いた。
恵が生まれる少し前、寺の嫁さんは長男を産んだ。
嫁が難産で死んだ後、寺の嫁さんは恵に母乳を分け与えてくれた恩はデカイんだ。


「恩返しが出来るんでしたらなんでもしたい……ですが、俺には恵が最優先なんです」
「うむ」
「解った、だが転学届けも必要になるだろうし、暫くは恵にも寺に入る前の自由な時間が必要だろうってんでな? 中学上がる前に来て欲しいとの寺のご住職の計らいだ、時期は恵と相談してから引越しを決めれば良い。金は出してやる」


こうして、俺は急いで帰宅して恵と相談した。
今の小学校を気に入っている恵は引っ越す事を一瞬だけ躊躇ったが、(ためらった)直ぐに引っ越しても構わないと言って来た。


「こっちだともう遊びつくしたっていうか……まぁそんな感じ」
「そ、そうか」
「どこの世界でも上からの命令って逆らえないんだよねぇ……」


どこか悟ったように口にする恵に俺は溜息を吐いた。
元々精神的に成熟していた恵は、今年に入って更に人生を達観しているようにも見える。
なのに、大人でも驚くほど残忍なことが出来てしまうのが恵だった。
こんな子を寺に預けて大丈夫だろうか……いいや、少しは良い方向に感性が向かってくれるかも知れないと淡い期待だって持ちたい。


だが――この恵だ。
安心することが出来ない。


「寺が忙しくなる十二月前に引越しを含めて動こうと思うが良いか?」
「ボクとしては先に寺に行っててもいいよ。学校の勉強は簡単すぎて退屈なんだ」
「そうか……」


優しく微笑む恵に俺は溜息を零した。
なにより、世話になるんだ、ちゃんとケジメはつけなきゃならねぇ。
毎年お中元やらお歳暮を贈ってはいるが、成長した恵を見せる事も大事な事だろう。
そうとなれば、俺は寺に電話を入れ日曜に恵を連れて挨拶にいくと告げた。親父さんはご健在で「宜しく頼む」と言ってくれたし、恵は既に鞄に着替えや必要最低限の物だけを詰め込み始めている。


「恵」
「ん?」
「お寺にはお前と同じ年の祐一郎くんと、まだ幼い小雪ちゃんがいる。いじめたりするんじゃないぞ?」
「もしイジメたらどうなるの?」
「……俺達は住む場所と仕事を失う」
「了解」


それだけ言うと恵は荷物をまとめ終え、それから一週間学校を休んだ。
恵なりに友達……は、いないか、親しい相手に挨拶にでも行くかと思ったがその様な様子もなく、あっと言う間に日曜になってしまった。
久しぶりの寺……なにやら建物が建築されているようだ。
挨拶を終え、恵を預ければ新しい職場にも挨拶に行かなくちゃならない。


大人しい恵に不安を感じながらも門を潜り覚悟を決めた。
――だが本当に覚悟が必要なのは俺ではなく恵であったことに、その時の俺は気がつかずにいた。

しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

猫のお菓子屋さん

水玉猫
絵本
クマのパン屋さんのおとなりに、猫のお菓子屋さんができました。 毎日、いろんな猫さんが、代わる代わるに、お店番。 お店番の猫さんが、それぞれ自慢のお菓子を用意します。 だから、毎日お菓子が変わります。 今日は、どんなお菓子があるのかな? 猫さんたちの美味しい掌編集。 ちょっぴり、シュールなお菓子が並ぶことも、ありますよ。 顔見知りの猫さんがお当番の日は、是非是非、のぞいてみてください!

小さな王子さまのお話

佐宗
児童書・童話
『これだけは覚えていて。あなたの命にはわたしたちの祈りがこめられているの』…… **あらすじ** 昔むかし、あるところに小さな王子さまがいました。 珠のようにかわいらしい黒髪の王子さまです。 王子さまの住む国は、生きた人間には決してたどりつけません。 なぜなら、その国は……、人間たちが恐れている、三途の河の向こう側にあるからです。 「あの世の国」の小さな王子さまにはお母さまはいませんが、お父さまや家臣たちとたのしく暮らしていました。 ある日、狩りの最中に、一行からはぐれてやんちゃな友達と冒険することに…? 『そなたはこの世で唯一の、何物にも代えがたい宝』―― 亡き母の想い、父神の愛。くらがりの世界に生きる小さな王子さまの家族愛と成長。 全年齢の童話風ファンタジーになります。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

中学生ユーチューバーの心霊スポットMAP

じゅん
児童書・童話
【第1回「きずな児童書大賞」大賞 受賞👑】  悪霊のいる場所では、居合わせた人に「霊障」を可視化させる体質を持つ「霊感少女」のアカリ(中学1年生)。  「ユーチューバーになりたい」幼なじみと、「心霊スポットMAPを作りたい」友達に巻き込まれて、心霊現象を検証することになる。  いくつか心霊スポットを回るうちに、最近増えている心霊現象の原因は、霊を悪霊化させている「ボス」のせいだとわかり――  クスっと笑えながらも、ゾッとする連作短編。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
国の端っこのきわきわにある辺境の里にて。 不自由なりにも快適にすみっこ暮らしをしていたチヨコ。 いずれは都会に出て……なんてことはまるで考えておらず、 実家の畑と趣味の園芸の二刀流で、第一次産業の星を目指す所存。 父母妹、クセの強い里の仲間たち、その他いろいろ。 ちょっぴり変わった環境に囲まれて、すくすく育ち迎えた十一歳。 森で行き倒れの老人を助けたら、なぜだか剣の母に任命されちゃった!! って、剣の母って何? 世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 それを産み出す母体に選ばれてしまった少女。 役に立ちそうで微妙なチカラを授かるも、使命を果たさないと恐ろしい呪いが……。 うかうかしていたら、あっという間に灰色の青春が過ぎて、 孤高の人生の果てに、寂しい老後が待っている。 なんてこったい! チヨコの明日はどっちだ!

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

処理中です...