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第一章 魔王様、少年期をお過ごしになる
【閑話】
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その日、兄貴から呼び出されて組に向かった。
ヤクザ家業から足を洗い真っ当な仕事をしていた俺に兄貴は連絡をよこし、来ないなら子供の【恵】を拉致すると言われて渋々行ったんだ……。
あんな子だが、俺の大事なたった一人の子供だ。
父親が守らなくてどうする!
数年ぶりに帰ってきた我が家……親父の跡を継いだ兄貴には双子の子供がいる。
恵とは三つ違いの子供達だ……兄貴だって子供が可愛いのは解っているだろうに、恵を……あの子を拉致すると脅してまで呼び出した理由を聞きたかった。
「「「お帰りなさいやし!」」」
「おう、兄貴は?」
「奥座敷にいらっしゃいやす」
組の者に聞くと俺は地獄へと入って行った。
俺は結婚を期に、嫁の為に……腹に宿った命の為にヤクザを辞めた。
そりゃぁ親父も兄貴もぶち切れたもんだ。
このままだと俺も嫁も、腹の子も殺されるんじゃないかと逃げ回った日々だったが、それを救ってくれたのがあの寺だった。
俺と嫁を匿い守ってくれた。
だが恵が生まれた時、嫁は難産だったゆえに亡くなってしまった……。
大恋愛の末の結婚だった……泣き崩れ途方に暮れた俺だったが、寺の皆は嫁をちゃんと供養してくれて、生まれたばかりの恵だって大事にしてくれた。
けれど――俺達が寺にいる事がばれちまった……。
生まれたばかりの恵を連れて逃げようと、寺の皆に迷惑をかける訳にはいかねぇと思ったが、寺の皆は果敢にも兄貴達に打って出た。
一番驚いたのは副住職の娘さんだ。
妹さんの気の強さに兄貴は一発で惚れ込んじまった。
後に「俺は嫁に脳天と心臓を打ち抜かれた」と組の者達に惚気る程、今も大事にしてるようだ。
そんな兄貴が子供を拉致すると脅してまで、子供がどれだけ宝か知った上で脅してきた。
これは只ならぬ問題が勃発しているに違いない……。
奥座敷に案内され、襖が開かれるとそこには兄貴と親父が待ち構えていた。
「よう、久しぶりだな」
「とりあえず座れ」
緊張した空気……俺はここで死ぬ事も考え真新しい畳の上に座った。
「それで……話っていうのは何です。恵に関係する事じゃありやせんよね?」
「いや、恵に関することだ」
一番潰しておきたかった問題が、どうやら本題らしい。
俺の息子の恵は、父親の俺が言うのもなんだがヤクザの息子に相応しい程の息子だ。その事が兄貴にとって脅威なのはわかる……もし兄貴のところに生まれてきちまっていたら、組は更にデカクなっていただろう。
「恵の事は良く聞いている。俺のところが娘二人だから何時かはお前のところから養子にとは思ってるくらいだ。だがたった一人の息子を奪おうなんてことは今のところはまだ考えちゃいねぇ」
その言葉に俺は顔面蒼白で両手を握り締めるしかない。
組の今後を考えれば致し方ないことだろう……だが俺はたった一人の息子を諦めるつもりは無かったし、親父も兄貴もその気持ちは良く解っているようだ。
「確かに恵ほどの逸材は早々いないのは解ってる……だがあの子は組に入ればきっと問題ばかり起こすだろう」
「……お前の考えは俺達も同意だ」
「親父っ」
「だが、恵の歪んだ精神を整えられる可能性があることと……お前が世話になった寺から恵に手伝って欲しいと言う要請がきたらお前はどうする?」
思わぬ言葉に目を見開くと、兄貴が大きく溜息を吐いた。
「お前達を匿ってた……って言い方はよくねぇな、俺の嫁の家から恵を寺に預けないかと連絡が来ていてな」
「なっ!?」
「無論、オメーも一緒にだ。あの寺の長男坊と恵は同じ学年だろう? 住む場所は用意してやるから恵と一緒にいってやってくれねぇか?」
親父と兄貴の言葉に俺は今の職場の事を考えた。
確かに稼ぎは良くないが、あの寺から通うには些か遠すぎた……俺だって出来ることなら世話になったご恩を返したい。
だが――恵みの将来を、金の事を考えると踏ん切りがつかなかった。
「でもそれだと俺の仕事が……」
「お前の仕事は既に寺の爺さんが用意してある。全く……ヤクザの次男坊ってのに、お前は何で花屋なんかで働いてるんだかなぁ」
そう、俺はヤクザの次男に生まれたのに花が好きだった。
だから嫁との出会いも花屋だ。
親父達にばれないようにフラワーアレンジ教室に通い資格を取り、憧れの花屋に着くことができた。
恵は残念ながら俺と嫁の優しい感性を受け継がなかったようだが、それでも無事に成長してくれている。
「恵は寺で世話になりながら、お前は仕事は直ぐ近くの花屋で正社員だ。給料も寺の爺さんが手を回して今よりもずっと高い。お前の憧れだったウエディングブーケもそこでは予約が多いらしいぞ。お前の腕前ならブーケを作る事もできるだろう」
その言葉に顔を上げると、親父と兄貴は少しだけ呆れたように俺を見つめていた……。
ヤクザの次男坊が花だなんだと恥ずかしいと散々言われてきたのに、二人とも俺の仕事をまるで何かの縁のように思っているように感じられた。
「親父……兄貴っ」
「花屋ではヤクザみてねぇな喋り方すんなよ? なんせその花屋は寺の長男坊の嫁になる娘の実家なんだからな」
「うむ、つまり……うちの組とも縁が出来ちまう訳だ。あとは解るな?」
その言葉に、俺にその花屋を守れといっているのだと理解し強く頷いた。
恵が生まれる少し前、寺の嫁さんは長男を産んだ。
嫁が難産で死んだ後、寺の嫁さんは恵に母乳を分け与えてくれた恩はデカイんだ。
「恩返しが出来るんでしたらなんでもしたい……ですが、俺には恵が最優先なんです」
「うむ」
「解った、だが転学届けも必要になるだろうし、暫くは恵にも寺に入る前の自由な時間が必要だろうってんでな? 中学上がる前に来て欲しいとの寺のご住職の計らいだ、時期は恵と相談してから引越しを決めれば良い。金は出してやる」
こうして、俺は急いで帰宅して恵と相談した。
今の小学校を気に入っている恵は引っ越す事を一瞬だけ躊躇ったが、(ためらった)直ぐに引っ越しても構わないと言って来た。
「こっちだともう遊びつくしたっていうか……まぁそんな感じ」
「そ、そうか」
「どこの世界でも上からの命令って逆らえないんだよねぇ……」
どこか悟ったように口にする恵に俺は溜息を吐いた。
元々精神的に成熟していた恵は、今年に入って更に人生を達観しているようにも見える。
なのに、大人でも驚くほど残忍なことが出来てしまうのが恵だった。
こんな子を寺に預けて大丈夫だろうか……いいや、少しは良い方向に感性が向かってくれるかも知れないと淡い期待だって持ちたい。
だが――この恵だ。
安心することが出来ない。
「寺が忙しくなる十二月前に引越しを含めて動こうと思うが良いか?」
「ボクとしては先に寺に行っててもいいよ。学校の勉強は簡単すぎて退屈なんだ」
「そうか……」
優しく微笑む恵に俺は溜息を零した。
なにより、世話になるんだ、ちゃんとケジメはつけなきゃならねぇ。
毎年お中元やらお歳暮を贈ってはいるが、成長した恵を見せる事も大事な事だろう。
そうとなれば、俺は寺に電話を入れ日曜に恵を連れて挨拶にいくと告げた。親父さんはご健在で「宜しく頼む」と言ってくれたし、恵は既に鞄に着替えや必要最低限の物だけを詰め込み始めている。
「恵」
「ん?」
「お寺にはお前と同じ年の祐一郎くんと、まだ幼い小雪ちゃんがいる。いじめたりするんじゃないぞ?」
「もしイジメたらどうなるの?」
「……俺達は住む場所と仕事を失う」
「了解」
それだけ言うと恵は荷物をまとめ終え、それから一週間学校を休んだ。
恵なりに友達……は、いないか、親しい相手に挨拶にでも行くかと思ったがその様な様子もなく、あっと言う間に日曜になってしまった。
久しぶりの寺……なにやら建物が建築されているようだ。
挨拶を終え、恵を預ければ新しい職場にも挨拶に行かなくちゃならない。
大人しい恵に不安を感じながらも門を潜り覚悟を決めた。
――だが本当に覚悟が必要なのは俺ではなく恵であったことに、その時の俺は気がつかずにいた。
ヤクザ家業から足を洗い真っ当な仕事をしていた俺に兄貴は連絡をよこし、来ないなら子供の【恵】を拉致すると言われて渋々行ったんだ……。
あんな子だが、俺の大事なたった一人の子供だ。
父親が守らなくてどうする!
数年ぶりに帰ってきた我が家……親父の跡を継いだ兄貴には双子の子供がいる。
恵とは三つ違いの子供達だ……兄貴だって子供が可愛いのは解っているだろうに、恵を……あの子を拉致すると脅してまで呼び出した理由を聞きたかった。
「「「お帰りなさいやし!」」」
「おう、兄貴は?」
「奥座敷にいらっしゃいやす」
組の者に聞くと俺は地獄へと入って行った。
俺は結婚を期に、嫁の為に……腹に宿った命の為にヤクザを辞めた。
そりゃぁ親父も兄貴もぶち切れたもんだ。
このままだと俺も嫁も、腹の子も殺されるんじゃないかと逃げ回った日々だったが、それを救ってくれたのがあの寺だった。
俺と嫁を匿い守ってくれた。
だが恵が生まれた時、嫁は難産だったゆえに亡くなってしまった……。
大恋愛の末の結婚だった……泣き崩れ途方に暮れた俺だったが、寺の皆は嫁をちゃんと供養してくれて、生まれたばかりの恵だって大事にしてくれた。
けれど――俺達が寺にいる事がばれちまった……。
生まれたばかりの恵を連れて逃げようと、寺の皆に迷惑をかける訳にはいかねぇと思ったが、寺の皆は果敢にも兄貴達に打って出た。
一番驚いたのは副住職の娘さんだ。
妹さんの気の強さに兄貴は一発で惚れ込んじまった。
後に「俺は嫁に脳天と心臓を打ち抜かれた」と組の者達に惚気る程、今も大事にしてるようだ。
そんな兄貴が子供を拉致すると脅してまで、子供がどれだけ宝か知った上で脅してきた。
これは只ならぬ問題が勃発しているに違いない……。
奥座敷に案内され、襖が開かれるとそこには兄貴と親父が待ち構えていた。
「よう、久しぶりだな」
「とりあえず座れ」
緊張した空気……俺はここで死ぬ事も考え真新しい畳の上に座った。
「それで……話っていうのは何です。恵に関係する事じゃありやせんよね?」
「いや、恵に関することだ」
一番潰しておきたかった問題が、どうやら本題らしい。
俺の息子の恵は、父親の俺が言うのもなんだがヤクザの息子に相応しい程の息子だ。その事が兄貴にとって脅威なのはわかる……もし兄貴のところに生まれてきちまっていたら、組は更にデカクなっていただろう。
「恵の事は良く聞いている。俺のところが娘二人だから何時かはお前のところから養子にとは思ってるくらいだ。だがたった一人の息子を奪おうなんてことは今のところはまだ考えちゃいねぇ」
その言葉に俺は顔面蒼白で両手を握り締めるしかない。
組の今後を考えれば致し方ないことだろう……だが俺はたった一人の息子を諦めるつもりは無かったし、親父も兄貴もその気持ちは良く解っているようだ。
「確かに恵ほどの逸材は早々いないのは解ってる……だがあの子は組に入ればきっと問題ばかり起こすだろう」
「……お前の考えは俺達も同意だ」
「親父っ」
「だが、恵の歪んだ精神を整えられる可能性があることと……お前が世話になった寺から恵に手伝って欲しいと言う要請がきたらお前はどうする?」
思わぬ言葉に目を見開くと、兄貴が大きく溜息を吐いた。
「お前達を匿ってた……って言い方はよくねぇな、俺の嫁の家から恵を寺に預けないかと連絡が来ていてな」
「なっ!?」
「無論、オメーも一緒にだ。あの寺の長男坊と恵は同じ学年だろう? 住む場所は用意してやるから恵と一緒にいってやってくれねぇか?」
親父と兄貴の言葉に俺は今の職場の事を考えた。
確かに稼ぎは良くないが、あの寺から通うには些か遠すぎた……俺だって出来ることなら世話になったご恩を返したい。
だが――恵みの将来を、金の事を考えると踏ん切りがつかなかった。
「でもそれだと俺の仕事が……」
「お前の仕事は既に寺の爺さんが用意してある。全く……ヤクザの次男坊ってのに、お前は何で花屋なんかで働いてるんだかなぁ」
そう、俺はヤクザの次男に生まれたのに花が好きだった。
だから嫁との出会いも花屋だ。
親父達にばれないようにフラワーアレンジ教室に通い資格を取り、憧れの花屋に着くことができた。
恵は残念ながら俺と嫁の優しい感性を受け継がなかったようだが、それでも無事に成長してくれている。
「恵は寺で世話になりながら、お前は仕事は直ぐ近くの花屋で正社員だ。給料も寺の爺さんが手を回して今よりもずっと高い。お前の憧れだったウエディングブーケもそこでは予約が多いらしいぞ。お前の腕前ならブーケを作る事もできるだろう」
その言葉に顔を上げると、親父と兄貴は少しだけ呆れたように俺を見つめていた……。
ヤクザの次男坊が花だなんだと恥ずかしいと散々言われてきたのに、二人とも俺の仕事をまるで何かの縁のように思っているように感じられた。
「親父……兄貴っ」
「花屋ではヤクザみてねぇな喋り方すんなよ? なんせその花屋は寺の長男坊の嫁になる娘の実家なんだからな」
「うむ、つまり……うちの組とも縁が出来ちまう訳だ。あとは解るな?」
その言葉に、俺にその花屋を守れといっているのだと理解し強く頷いた。
恵が生まれる少し前、寺の嫁さんは長男を産んだ。
嫁が難産で死んだ後、寺の嫁さんは恵に母乳を分け与えてくれた恩はデカイんだ。
「恩返しが出来るんでしたらなんでもしたい……ですが、俺には恵が最優先なんです」
「うむ」
「解った、だが転学届けも必要になるだろうし、暫くは恵にも寺に入る前の自由な時間が必要だろうってんでな? 中学上がる前に来て欲しいとの寺のご住職の計らいだ、時期は恵と相談してから引越しを決めれば良い。金は出してやる」
こうして、俺は急いで帰宅して恵と相談した。
今の小学校を気に入っている恵は引っ越す事を一瞬だけ躊躇ったが、(ためらった)直ぐに引っ越しても構わないと言って来た。
「こっちだともう遊びつくしたっていうか……まぁそんな感じ」
「そ、そうか」
「どこの世界でも上からの命令って逆らえないんだよねぇ……」
どこか悟ったように口にする恵に俺は溜息を吐いた。
元々精神的に成熟していた恵は、今年に入って更に人生を達観しているようにも見える。
なのに、大人でも驚くほど残忍なことが出来てしまうのが恵だった。
こんな子を寺に預けて大丈夫だろうか……いいや、少しは良い方向に感性が向かってくれるかも知れないと淡い期待だって持ちたい。
だが――この恵だ。
安心することが出来ない。
「寺が忙しくなる十二月前に引越しを含めて動こうと思うが良いか?」
「ボクとしては先に寺に行っててもいいよ。学校の勉強は簡単すぎて退屈なんだ」
「そうか……」
優しく微笑む恵に俺は溜息を零した。
なにより、世話になるんだ、ちゃんとケジメはつけなきゃならねぇ。
毎年お中元やらお歳暮を贈ってはいるが、成長した恵を見せる事も大事な事だろう。
そうとなれば、俺は寺に電話を入れ日曜に恵を連れて挨拶にいくと告げた。親父さんはご健在で「宜しく頼む」と言ってくれたし、恵は既に鞄に着替えや必要最低限の物だけを詰め込み始めている。
「恵」
「ん?」
「お寺にはお前と同じ年の祐一郎くんと、まだ幼い小雪ちゃんがいる。いじめたりするんじゃないぞ?」
「もしイジメたらどうなるの?」
「……俺達は住む場所と仕事を失う」
「了解」
それだけ言うと恵は荷物をまとめ終え、それから一週間学校を休んだ。
恵なりに友達……は、いないか、親しい相手に挨拶にでも行くかと思ったがその様な様子もなく、あっと言う間に日曜になってしまった。
久しぶりの寺……なにやら建物が建築されているようだ。
挨拶を終え、恵を預ければ新しい職場にも挨拶に行かなくちゃならない。
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