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第一章 魔王様、少年期をお過ごしになる
19 魔王様、御自分に出来る事を模索された
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――それから夏休みが空けるまでの事を振り返ろうと思う。
小雪はあの日の晩には両親と祖父母と共に帰ってきた。
精神安定剤を飲んだらしく深い眠りについていたが、小雪から目を離した祖父はその日から随分と弱々しくなったと思う。
我と同じく後悔の念が強いのだろう。
自分が話に夢中にならなければ……口癖のように言っていたが、曾婆様に思い切り背中を叩かれてからは少しずつ以前の祖父のように威厳ある姿を取り戻し始めた。
何より、小雪が祖父のその様な姿を望まなかったのだ。
「おじいちゃんはわるくないよ? わたしがいなくなったのがわるいのよ?」
「小雪……」
「いつものつよいおじいちゃんがいい」
祖父は声を殺して泣いた。
必死に声を殺して勇者を抱きしめ泣いたのだ。
まだ幼い小雪は祖父の心を癒そうとしていた。
その小雪はと言うと――あの事件から、勇者としての姿の小雪は消えてしまっていた。
前世の記憶が戻る前の妹らしい小雪が我の前にあったのだ。
事件の事は殆ど覚えてはいないらしい。
ならば、二度と記憶が戻らぬように前世の記憶を封印してしまおうとも思ったが、我の力は弾かれてしまった。
――拒絶だ。
その事は予想以上にショックを受けた。
勇者としての記憶を完全に封じて、我の妹として……小雪としての人生を歩ませたいと思ったのに、勇者は無意識にその事を拒んでいるのが解った。
曾婆様に相談したところ「勇者としての記憶を取るのも、小雪として生きる事を選ぶのも、あの子が決めることだよぅ」と我の頭を撫でて慰めてくれた。
確かに勇者は我と敵対した相手だ。
オル・ディールで戦い、この世界では切磋琢磨していける者だと思っていた。
その気の緩みがあの事件を生んでしまったのだから、我にも責任がある。
「勇者はもう……戻ってこないかもしれないのですね」
「ん――……戻ってくる可能性はあるねぇ」
「そうなのですか?」
「だって小雪から聞いたがぁ、あの子の仲間もこの世界に来ているんだろう?」
小雪が勇者としてハッキリと前世を受け入れるのは、過去の仲間達に会った時だろうと曾婆様は口にした。
それに、聖女の事もある。
勇者は聖女を取り戻したくてこの世界に来たのだから、聖女がいる限り勇者としての本能は失われないだろうとも語った。
「勇者としての小雪も、妹としての小雪も、一緒だよぅ?」
「……ええ」
「大丈夫、お前さんなら良い兄貴になるよぅ」
その言葉に寂しさを感じながらも、小雪が勇者としての記憶を鮮明に思い出すまで、我のたった一人の大事な妹として接して行こうと決めた。
いつか勇者としての記憶を昔のように受け入れた時は、以前のように言い合いながら成長していくのだと願った。
――勇者としての小雪。
――大事な妹としての小雪。
我にはその二つが大事だと思えた瞬間であった。
そして、アキラのことだが――アキラの入院は一ヶ月掛かると連絡を受けた。
退院してからは定期的に診察を受けなくてはならないらしいが、本当に運が良かったとミユが語ってくれたし、我も両親と小雪と共にお見舞いにも行った。
アキラはあんな目に遭ってもアキラだった。
小雪に事件当日の記憶が無い事を既に知っていたアキラに、小雪が質問した。
「アキラくんはなんでケガしたの?」
「コレ? 転んで怪我しちゃったんだよ~」
「もう! ドジなんだから~!」
「あはは!」
そう言って笑い小雪の頭を撫でるアキラは、我よりも兄らしかった。
少しアキラに嫉妬したが、我もアキラを見て確固たる決心がついたのだ。
――小雪をもっと大事にしようと。
その気持ちがすんなりと胸に落ちてきた時、やはりアキラには勝てないのだろうなと苦笑いが出たが、今は静かに小雪の成長を見守りたいと思っている。
長谷川は少年院に入った。
今回の事件は全国的なニュースにもなったが、幸いなことに小雪はまだ三歳。テレビを見ても理解が出来ない年齢で助かった。
それでもいつ忌まわしい記憶が戻るかも解らない為、今回の事件の事がニュースで流れるとテレビのチャンネルをかえて対応した。
その時、思ったのだ。
――勇者としての記憶は、三歳という幼い精神である小雪を守る為に盾になったのでは無いだろうかと。
――勇者としての記憶が、小雪を守る為に戦い傷つき、今は眠っているだけではないだろうかと。
そう思った時、勇者にも我は勝てぬと溜息を吐いた。
だが……それも含めて妹を守る事は出来るはずだ。
「おにいちゃ~ん!」
「おやおや、小雪は甘えん坊ですね」
「だって、わたしはおにいちゃんがだいすきだも~ん!」
坐禅を組んでいる時、境内を掃除して居る時、小雪は我の側に駆け寄り抱きつくことが増えた。
失ったものもある、だが得たものも大きい。
幼く我に笑いかける妹を見て、我もまた一つ成長することが出来た。
「わたしね~? おおきくなったら、かんごふさんか~……びょういんのせんせいになりたい!」
「おやおや、もっと女の子らしい夢を語るかと思いましたよ?」
「だって、かんごふさんかびょういんのせんせいになれたら、アキラくんをなおせるもの!」
「小雪はアキラが好きですか?」
「すき――!!」
妹らしい、そして女の子らしい発言に我は苦笑いを浮かべた。
それでいて少しだけ寂しいような、アキラが憎らしいような気持ちもするのだから複雑だ。
「素敵な女性におなりなさい、私も出来る限りお手伝いしましょう」
「はーい!」
「まずはそうですね、朝ちゃんと起きられるようになりましょう。来年から貴女は幼稚園に通うのですから、規則正しい生活をしましょうね」
「ようちえんにはいったら、わたしもおねえちゃん?」
「赤ちゃんでは無いでしょう?」
可愛い問い掛けに返事を返すと、照れ笑いする小雪の姿があった。
小雪の為にしてやれることを我はしよう。
とりあえず、キャラ弁にでも挑戦してみるか……幼稚園ではお弁当が必要だからな。
朝は忙しい母に代わり、小雪のお弁当を作るのも良いだろう。
そうと決まれば後は早かった。
本屋でキャラ弁の作り方の載った本をお小遣いで購入し、小雪の為に練習も兼ねて昼食用のお弁当を作るようになったのだ。
最初こそ失敗は多かったが、小雪は喜んで綺麗に食べてくれた。
この調子で行けば、幼稚園に入る来年にはクオリティの高いキャラ弁が作れるだろう。
だが、ただ可愛いだけではな。
やはり栄養バランス、そして美味しさも大事であり、小雪の苦手な食べ物をどうやって入れ込んでいくかの戦いにもなる。
――こうして、夏休みが開けた今でも我は朝から台所で小雪の為にキャラ弁を作る日々が続き、いつしか我が家の料理担当になるのは、もう少し後の話。
小雪はあの日の晩には両親と祖父母と共に帰ってきた。
精神安定剤を飲んだらしく深い眠りについていたが、小雪から目を離した祖父はその日から随分と弱々しくなったと思う。
我と同じく後悔の念が強いのだろう。
自分が話に夢中にならなければ……口癖のように言っていたが、曾婆様に思い切り背中を叩かれてからは少しずつ以前の祖父のように威厳ある姿を取り戻し始めた。
何より、小雪が祖父のその様な姿を望まなかったのだ。
「おじいちゃんはわるくないよ? わたしがいなくなったのがわるいのよ?」
「小雪……」
「いつものつよいおじいちゃんがいい」
祖父は声を殺して泣いた。
必死に声を殺して勇者を抱きしめ泣いたのだ。
まだ幼い小雪は祖父の心を癒そうとしていた。
その小雪はと言うと――あの事件から、勇者としての姿の小雪は消えてしまっていた。
前世の記憶が戻る前の妹らしい小雪が我の前にあったのだ。
事件の事は殆ど覚えてはいないらしい。
ならば、二度と記憶が戻らぬように前世の記憶を封印してしまおうとも思ったが、我の力は弾かれてしまった。
――拒絶だ。
その事は予想以上にショックを受けた。
勇者としての記憶を完全に封じて、我の妹として……小雪としての人生を歩ませたいと思ったのに、勇者は無意識にその事を拒んでいるのが解った。
曾婆様に相談したところ「勇者としての記憶を取るのも、小雪として生きる事を選ぶのも、あの子が決めることだよぅ」と我の頭を撫でて慰めてくれた。
確かに勇者は我と敵対した相手だ。
オル・ディールで戦い、この世界では切磋琢磨していける者だと思っていた。
その気の緩みがあの事件を生んでしまったのだから、我にも責任がある。
「勇者はもう……戻ってこないかもしれないのですね」
「ん――……戻ってくる可能性はあるねぇ」
「そうなのですか?」
「だって小雪から聞いたがぁ、あの子の仲間もこの世界に来ているんだろう?」
小雪が勇者としてハッキリと前世を受け入れるのは、過去の仲間達に会った時だろうと曾婆様は口にした。
それに、聖女の事もある。
勇者は聖女を取り戻したくてこの世界に来たのだから、聖女がいる限り勇者としての本能は失われないだろうとも語った。
「勇者としての小雪も、妹としての小雪も、一緒だよぅ?」
「……ええ」
「大丈夫、お前さんなら良い兄貴になるよぅ」
その言葉に寂しさを感じながらも、小雪が勇者としての記憶を鮮明に思い出すまで、我のたった一人の大事な妹として接して行こうと決めた。
いつか勇者としての記憶を昔のように受け入れた時は、以前のように言い合いながら成長していくのだと願った。
――勇者としての小雪。
――大事な妹としての小雪。
我にはその二つが大事だと思えた瞬間であった。
そして、アキラのことだが――アキラの入院は一ヶ月掛かると連絡を受けた。
退院してからは定期的に診察を受けなくてはならないらしいが、本当に運が良かったとミユが語ってくれたし、我も両親と小雪と共にお見舞いにも行った。
アキラはあんな目に遭ってもアキラだった。
小雪に事件当日の記憶が無い事を既に知っていたアキラに、小雪が質問した。
「アキラくんはなんでケガしたの?」
「コレ? 転んで怪我しちゃったんだよ~」
「もう! ドジなんだから~!」
「あはは!」
そう言って笑い小雪の頭を撫でるアキラは、我よりも兄らしかった。
少しアキラに嫉妬したが、我もアキラを見て確固たる決心がついたのだ。
――小雪をもっと大事にしようと。
その気持ちがすんなりと胸に落ちてきた時、やはりアキラには勝てないのだろうなと苦笑いが出たが、今は静かに小雪の成長を見守りたいと思っている。
長谷川は少年院に入った。
今回の事件は全国的なニュースにもなったが、幸いなことに小雪はまだ三歳。テレビを見ても理解が出来ない年齢で助かった。
それでもいつ忌まわしい記憶が戻るかも解らない為、今回の事件の事がニュースで流れるとテレビのチャンネルをかえて対応した。
その時、思ったのだ。
――勇者としての記憶は、三歳という幼い精神である小雪を守る為に盾になったのでは無いだろうかと。
――勇者としての記憶が、小雪を守る為に戦い傷つき、今は眠っているだけではないだろうかと。
そう思った時、勇者にも我は勝てぬと溜息を吐いた。
だが……それも含めて妹を守る事は出来るはずだ。
「おにいちゃ~ん!」
「おやおや、小雪は甘えん坊ですね」
「だって、わたしはおにいちゃんがだいすきだも~ん!」
坐禅を組んでいる時、境内を掃除して居る時、小雪は我の側に駆け寄り抱きつくことが増えた。
失ったものもある、だが得たものも大きい。
幼く我に笑いかける妹を見て、我もまた一つ成長することが出来た。
「わたしね~? おおきくなったら、かんごふさんか~……びょういんのせんせいになりたい!」
「おやおや、もっと女の子らしい夢を語るかと思いましたよ?」
「だって、かんごふさんかびょういんのせんせいになれたら、アキラくんをなおせるもの!」
「小雪はアキラが好きですか?」
「すき――!!」
妹らしい、そして女の子らしい発言に我は苦笑いを浮かべた。
それでいて少しだけ寂しいような、アキラが憎らしいような気持ちもするのだから複雑だ。
「素敵な女性におなりなさい、私も出来る限りお手伝いしましょう」
「はーい!」
「まずはそうですね、朝ちゃんと起きられるようになりましょう。来年から貴女は幼稚園に通うのですから、規則正しい生活をしましょうね」
「ようちえんにはいったら、わたしもおねえちゃん?」
「赤ちゃんでは無いでしょう?」
可愛い問い掛けに返事を返すと、照れ笑いする小雪の姿があった。
小雪の為にしてやれることを我はしよう。
とりあえず、キャラ弁にでも挑戦してみるか……幼稚園ではお弁当が必要だからな。
朝は忙しい母に代わり、小雪のお弁当を作るのも良いだろう。
そうと決まれば後は早かった。
本屋でキャラ弁の作り方の載った本をお小遣いで購入し、小雪の為に練習も兼ねて昼食用のお弁当を作るようになったのだ。
最初こそ失敗は多かったが、小雪は喜んで綺麗に食べてくれた。
この調子で行けば、幼稚園に入る来年にはクオリティの高いキャラ弁が作れるだろう。
だが、ただ可愛いだけではな。
やはり栄養バランス、そして美味しさも大事であり、小雪の苦手な食べ物をどうやって入れ込んでいくかの戦いにもなる。
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