【中学突入!】転生魔王は寺に生まれる

うどん五段

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第一章 魔王様、少年期をお過ごしになる

18 魔王様、御自分を見つめ直される

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その瞬間のアキラの表情は、今でも覚えている。


『東小雪ちゃんを探しています。三歳くらいの女の子で茶色の髪をお団子にております。浴衣の色はオレンジの花柄です。お見かけになった方は――』


祭りの会場で迷子が保護されて親を探すというのは良くある事だった。
大きなスーパーに行けば一度や二度は聞いたことがあるくらいだ。
だがコレは違う。

明らかに祖父が頼んだことだと解った時、最初は「またあの子は」と口にしたが――。


「小雪……」
「アキラ?」


アキラは小さく勇者の名を呼んだ。
その表情は恐怖しているようにも見えた。
途端、アキラは駆け出したが我がその手を強く掴む。


「アキラ、落ち着きなさい」
「落ち着いてられるか! 小雪が行方不明なんだぞ!?」
「誰かが小雪を見かけている可能性もあります。闇雲に動くより情報を得たほうが早い」


我の言葉にアキラは苦虫を噛む様な表情をしたが、強く頷くと露天の並ぶ場所へと入っていく。
そこで放送に流れた子を見なかったかと聞くと、何人もの人々が勇者を見たというのだ。
しかも六年生か中学生くらいの男に抱きかかえられて走り去ったのだという。
――直ぐに長谷川が浮かんだ。


「おじさん達! 小雪ちゃんどっちの方角に走って行った!?」
「あぁ、この道を真っ直ぐ……真っ直ぐ行けば祭りの出口があって、その先は河川敷だ」


その言葉にアキラは我の肩を強く掴んだ。
何でも、近くにある川は深く流れも早いのだという。


「最悪の事態を考えて姉ちゃんと心寿姉ちゃんは大人の人を河川敷に呼んできて。ユウはオレと一緒に河川敷を探そう」
「解った」
「直ぐに行くから!」


こうして女性陣には祖父も待つ放送席がある方へ、我とアキラは河川敷へと走った。
アレでも勇者だ、下手なことは無いとは願いたいが……まだ三歳では身体が思うようには動かないだろう。
無事でいてくれると良いが相手が長谷川だ、嫌な予感がする。

河川敷に出ると、我とアキラは右と左で別れた。
祭りの喧騒の所為で勇者の気配が解りにくい。
我は右側に来たがどうにも勇者の気配はしてこなかった、と言う事は左だ。


踵を返し、左側へと走っていると大人たちと合流することが出来た。
右側にはいなかった事を告げた途端――勇者の悲鳴が聞こえてきたのだ。


「小雪っ」
「お爺様は救急車を呼んでください! 先に行きます!」


そう祖父に告げると一気に駆け出した。
大人数人も我と一緒についてきたが、最初に目に飛び込んできたのは長谷川の姿だった。


「長谷川!!」
「よぅ」


血の臭いがする……それは大人たちも感じ取ったようで近くに駆け寄った次の瞬間目に飛び込んできたのは、ずぶ濡れで血が流れ落ちるアキラの姿と、まるで守られるように抱きしめられている勇者の姿だった。


「アキラ、小雪!!」
「折角殺そうとしたのにさぁ……瓶が割れるんだぜ? でも少しスッキリしたかなぁ」


そう言って背伸びをする長谷川はニヤニヤと笑みを浮かべ、一人の大人に腕を捕まえられていた。
大人の一人が傷口を塞ごうとしているが、どうやら血が止まらないらしい。
アキラに守られるように抱きしめられていた勇者は声をなくし震えながら呆然としている。


「小雪……小雪!! しっかり為さい!」
「……」
「あははははは!! ザマァみろ!! 悔しいか? 悔しいだろ? 俺がそうしてやったんだぜ!!」


その言葉に頭に血が上らなかったかと言われれば嘘になる。
遠くから聞こえる救急車の音、震えて言葉を無くした勇者……そして血だらけのアキラ。


一発でも殴れば気が済むか?
いいや。
殺せば気が楽になるか?
そうだとも。
けれど、この世界では許される事では無いだろう?
……そうだったな。


「……哀れな人だ」


我の言葉に長谷川の狂ったような笑い声が途絶えた。


「こんな手を使う事でしか表現する事を、気持ちを表すことが出来ない貴方が哀れでならない」
「ち……違うだろ? もっとこうさ……俺に怒鳴り散らしたり喚き散らしたりしてみろよ」
「その様な無駄な労力、貴方に使うことすら勿体無い」
「――ふざけるな! 俺はお前の妹を殺そうと思ってさらったし! 川に放り投げて溺れさせようとしたし! アキラだって!」
「ええ……貴方はなんて哀れな人なんでしょうね。哀れで愚かだ」


冷静に淡々と喋る我に長谷川は力が抜けたようにその場に膝をついた。
救急車とは違う別の音が聴こえる……警察も着いたようだ。


駆けつけてきた祖父たちは惨状を見て言葉を無くした。
祖父は必死に「小雪!」と呼んだが、返事は無かった。
勇者を抱き上げた祖父は到着した救急車にアキラと一緒に乗って去って行った。
長谷川は警察の車に押し込まれ、そのまま消えていった。



――あの時、勇者を置いていかなければこうはならなかっただろう。
――あの時、勇者の年齢がまだ三歳である事をもっと自覚していれば。


そうは思っても、過ぎた時間は戻っては来ない。
握り締めた拳からは血が流れていたが、最早我にはどうする事も出来ぬのだ。

騒がしい大人達が行き交う中、聖女は我の肩を叩いた。
不安げな表情を浮かべているが、我は大きく深呼吸をすると真っ直ぐに前を向いた。


「誰か寺にご連絡して下さいましたか?」
「ああ、直ぐに病院に向かった筈だ」
「アキラの両親には連絡が着きましたか?」
「直ぐに病院に向かうそうよ」


今の状況確認をせねばならない。
アキラの容態もそうだが、勇者の精神状態も気になる。
それに、ショックを受けているミユを放っておく事も出来ない。家に帰っても一人でいるよりは三人でいた方が安心するだろう。


「心寿、ミユ、一先ず寺に行きましょう。大丈夫です、大丈夫……」
「ミユちゃん……」


涙で足元がおぼつかないミユを連れ寺に帰ると、曾婆様が出迎えてくれた。
両親も祖母も病院に行っているらしく、曾婆様は我たちを迎え入れると温かいお茶を用意してくれた。
母から連絡があり勇者とアキラの容態を聞くと、勇者は家に帰宅できるがアキラは頭や額を縫う大怪我らしい。暫くは入院するだろうと連絡があったが、幸いなことに命に別状は無かった。


我もホッと安堵の息を吐けたが、ミユが我が家に居る事も伝えると今日は泊まって行って貰おうと言う事になった。
無論、アキラは命に別状が無い事も伝えた。ミユはやっと安堵出来たようで「全くあの子は!!」と今度は泣きながら怒っていた。
そして客間にミユと聖女を呼び布団を出していると――。


「アキラってば、昔からなの」
「どうしたの?」


お茶を飲みながら客人用の作務衣に着替えた聖女とミユが語り始めたのだ。

「いつもはヘラヘラしてる癖に、無駄に正義感が強くなる時があるの」
「確かにその気配は前々からありましたね」
「祐一郎君もそう思ったの?」
「ええ、危なっかしいなとは思いました。でもそれも一つの個性だとも」
「個性で済んでたらこんな事にはならなかったわよ」


呆れた様子で、でも少し怒り気味に口にするミユに我はどう反応を返せば良いか悩んだが答えは出るはずも無い。
布団を敷き終わり三人で座るとミユはこうも語りだす。


「アキラね、小雪ちゃんが小さい頃から知ってるでしょ? だから本当の妹みたいに思ってたの」
「そうなのですか……」


だからあの時、アキラは小雪の事をあそこまで心配したのだと初めて理解できた。
実の兄である我よりもアキラはずっと兄らしかった……。


「全く……本当に手のかかる弟だわ。もっと祐一郎君みたいに理性的、論理的だったら良かったのに」
「ですが、そんなアキラが側にいてくれるからこそ私も安心できるのです」
「そう言ってくれると救われるわ、ありがとう」


いつもは「和装萌え」と騒いでいるミユとて姉らしい表情をしているではないか。
我も、もう少し兄らしく勇者をみるべきであった……そこが悔やまれてならないのだ。


「私はもう少しアキラを見習ったほうが良さそうですね」
「やめときなって! ヘラヘラ笑ってる祐一郎君なんて見たくないわよ!」
「いえ、そう言う意味ではなく」


何時もの調子に少し戻ってきたミユに我と聖女がホッとすると、ミユは力が抜けたのか「眠くなっちゃった」と言い出し、聖女と共に客間で寝る事になった。
そして我も自室に戻り着替えを済ませると坐禅を組む。


今日の出来事が、まるで走馬灯のように流れた。
それはきっと、我の後悔の念が強いからだ。

薄く目を開け、息を吐くとまた目を閉じる。
アキラのことも、勇者のことも、我がまだまだ未熟であることも含め、早く成熟したいとも思ったが、一から十に直ぐいけない様に時間が掛かるのだと言い聞かせる。

焦らず、急がず、それでいて慎重に……人間の精神的成長とは痛みが伴うと祖父から教えられたが、本当にそうだなと思う。
だがそれ以上に、喜びも精神を、人を成長させるとも。


今は勇者が無事に帰ってくる事を喜ぼう。
命に別状が無かったアキラの事を喜ぼう。


そして目が覚めたら我はもっと兄らしく勇者を導こうと思った。
我は勇者の兄なのだから――。
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