上 下
63 / 66
第四章 これからも世紀末覇者で心乙女な君と一緒に!

第64話 ジャックと、その婚約者の行方(上)

しおりを挟む
 ――ジャックの婚約者side――


 わたくし、シャナリア・エスターク伯爵令嬢は、現在21歳。
 婚期を既に逃しているわたくしだけど、未だ 『婚約中』 を継続中なのです。
 相手は妹を追いかけて家を飛び出していった、ジャック。
 わたくしとジャックの婚約関係は、とても良好であった。
 幼い頃から婚約し、宰相の息子とは思えぬほどに大らかで、体の細い宰相夫妻とは違い、体の大きな勇ましいジャックに、わたくしは心の底から慕っていた。
 しかし、宰相がジャックの妹、マリリンを家から追放してから、ジャックの口数は一気に減り、食事も喉を通らなくなっていった姿に胸を痛め、大事な妹を追いかけたい気持ちをわたくしの為に我慢しているジャックを焚き付け、解放したのだ。

 去っていくジャックの背を見送りながらも、わたくしは気高く真っ直ぐと立ち、涙を零しながらもジャックの行く末を祈った。
 それと同時に、自分にルールを決めたのである。

 それが――婚約破棄をせず、ジャックが結婚しない限り、生涯待ち続けると言うものであった。

 無論、マギラーニと両親は「ジャックは平民となったのだから」と煩く言ってきたが、全て突っぱねた。
 婚約破棄には互いの署名が無いと出来ない。
 ましてや、ジャックとわたくしは婚約届を既に教会に提出しており、互いの血が必要だったのだ。
 理由があれば教会側も婚約破棄をさせてくれるが、わたくしが頑なにジャックとの婚約を破棄しないと言い張った為、21歳になる彼女は今も独身である。


 そのジャックが、妹のマリリンと共にムギーラ王国に帰ってきたとき、誰よりも喜んだのは言うまでもなくわたくしであった。
 しかし、待てど暮らせどジャックは会いに来ない。
 それもその筈、ジャックを送り出す際にわたくしは言ってしまったのだ。


「貴方との婚約破棄はコチラからしておきますから、どうぞマリリンを追って助けて差し上げてくださいませ」


 その言葉を信じたからこそ、ジャックはマリリンの許へと行けたのだ。
 無論、ジャックが結婚していれば婚約破棄をしようと決めていた。
 だがジャックは結婚どころか恋人すら作っていなかったのだ。
 その情報が入ってきたとき、シャナリアは部屋で一人嬉し泣きをした。

『君以上の素晴らしい女性はこの世にいないよ』

 かつてジャックはそう言ってわたくしと婚約したのだ。
 まるでそれを守っているかのように、ジャックの周りを探っても女の影は無かった。
 花街にはいるのではと探したが、それすらなかったのである。
 ジャックの誠実さを感じたが、自分からジャックに連絡することもしなかった。

(これで良いのよ。ジャックは自由であるべきだもの……わたくしがいれば足枷になるわ)

 だからこそ……涙を人に見せぬよう、毅然とした対応で生きてきた。
 それは全て、今も愛してやまないジャックの為に――……。





 わたくしは今日もいつも通り過ごしていた。
 人気作家が書いたと言うマリリンとカズマ様を題材にした小説を読み、紅茶を飲んでひと息入れたその瞬間――屋敷の中を誰かが音をたてて走っている事に気が付いた。
 何事かと立ち上がろうとした次の瞬間、部屋の扉が開き、肩で息をしながらこちらを見つめる男性と目が合った。


「シャナリア」
「―――っ」


 あの頃よりも筋肉質になったジャックの登場に、わたくしは驚きのあまり力が抜けて椅子に座り込んでしまった。

 ――会いたかった。
 ずっとずっと昔から憧れていた婚約者。
 ――無事で良かった。
 怪我をしていないか毎晩神に祈りを捧げ続けた。
 ――今も変わらず、彼だけを愛してる。
 けれど、絶対に口に出してはいけない事……。


「……お帰りなさい、ジャック」


 何とか口から出た言葉に、ジャックは顔をクシャリと歪ませた後、涙を流しながら歩み寄った。
 言いたい事、話したい事、沢山あるのに二人は言葉が中々出てこない。
 それでも。それでも――。


「……父から聞いた。シャナリアは俺と婚約破棄したんじゃなかったのか?」
「――っ」
「マリリンを追いかけて助けさせるために、お前は犠牲になろうとしたのか?」
「………」


 返事が出来なかった。
 どれもこれも当たっていたからだ。


「そう言う貴方だから、言えなかったのよ」
「シャナリア」
「わたくしはマリリンの事を大事に思うジャックの事も愛していたの! 止められない、止めたくもない! でもわたくしは貴方だけの婚約者であり続けたかったの!」


 口に出せばもう止まらない。
 会いたかった。
 ずっと心配し続けた。
 毎朝毎晩神に祈った、無事であるようにと。
 ジャックが生きてくれてさえいれば、それだけで良かったのだとシャナリアは声を荒げて伝えた。


「……無論、貴方が別の女性と結婚したと言うのであれば、婚約は破棄したわ。ずっと調べさせてたの……花街の情報だって仕入れてたわ」
「シャナリア……君は、」
「酷い独占欲でしょう? 嫌になったでしょう? でもこれがわたくしなのよ」


 気付けば涙が溢れていた。
 それでも構わずわたくしは語り続けた。


「マリリンは無事、運命の相手と出会えたのね……」
「……ああ、君も知っているだろうが、今ではムギーラ国王の相談役だ」
「凄い男性を夫にしたわねマリリン。誇らしいわ」


 もう、義妹とは呼べないだろうけれど、それでも自分の事のように誇らしかった。
 幼い頃からマリリンとは姉妹のように仲良くて、そんなマリリンが追い出された時は怒り狂ったほどだった。


「シャナリア、君に言わなくちゃならない事がある」
「……なに?」
「もう一度、俺を選んでくれるかい?」


 思いがけない言葉だった。
 わたくしは目を見開きジャックを見ると、ジャックは頭を掻きながら次の言葉を何とか言おうと頑張っているではないか。


「昨日の夜、父がギルドに来て……全部話してくれた。君が俺と婚約破棄をしていないことも。他の婚約も突っぱねていることも。このまま独身を貫く覚悟があることも」
「……何故」
「もし、まだこんな俺に気持ちがあるのなら、俺と結婚を前提にもう一度付き合って欲しい。それに俺は一度家に戻る事になった。冒険者は続けるが、建前的に貴族に戻ったんだ」


 マギラーニ宰相は、このままアスランが修道院に入った際、家の跡継ぎとしての人間がいなくなれば分家が乗り込んでくることが分かり切っていた。
 故に、目くらましでもいいから貴族に戻る事を許してくれたのだ。


「君にもう一度言わせて欲しい。君以上の素晴らしい女性はこの世にいないよ……だから俺と婚約してください」


 ドレスコードもしてなければ、贈り物もない。
 ただ、自室にてジャックから言われた言葉は、どんなプレゼントよりも、何よりも嬉しかった。


「……仕方ありませんわね。でも勘違いなさらないで欲しいの」
「何を……」
「貴方とわたくし、まだ婚約中ですわよ? だったら言う言葉が違うとは思いません?」


 欲しい言葉ではあった。
 でも、もっともっと、ずっと言って欲しかった言葉が欲しい。


「……俺を選べシャナリア。俺と結婚して欲しい」
「勿論よ。待ち草臥れちゃったわ」


 そう言うとわたくしは立ち上がりジャックを抱きしめた。
 ずっとずっと想い続けてきた相手。
 ずっとずっと帰りを待ち続けて、やっと手に入れた大好きな愛しい男性。


「ふふふ……マギラーニ宰相から何を言われたのか教えてくださる?」
「恥ずかしいが、君の我儘をきけない俺じゃないよ」
「ええ、解かってますわ」


 こうして、ジャックはマギラーニに何を言われたのか語り始めるのだった。
 それは昨日の夜の事――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

諦めた恋が追いかけてくる

キムラましゅろう
恋愛
初恋の人は幼馴染。 幼い頃から一番近くにいた彼に、いつの間にか恋をしていた。 差し入れをしては何度も想いを伝えるも、関係を崩したくないとフラレてばかり。 そしてある日、私はとうとう初恋を諦めた。 心機一転。新しい土地でお仕事を頑張っている私の前になぜか彼が現れ、そしてなぜかやたらと絡んでくる。 なぜ?どうして今さら、諦めた恋が追いかけてくるの? ヒロインアユリカと彼女のお店に訪れるお客の恋のお話です。 \_(・ω・`)ココ重要! 元サヤハピエン主義の作者が書くお話です。 ニューヒーロー?そんなものは登場しません。 くれぐれもご用心くださいませ。 いつも通りのご都合主義。 誤字脱字……(´>ω∂`)てへぺろ☆ゴメンヤン 小説家になろうさんにも時差投稿します。

『お前よりも好きな娘がいる』と婚約を破棄させられた令嬢は、最強の魔法使いだった~捨てた王子と解放した令嬢の結末~

キョウキョウ
恋愛
 公爵家の令嬢であるエレノア・アークライトは、王国第一王子アルフレッド・ローレンスと婚約していた。しかし、ある日アルフレッド王子から「他に好きな女性がいる」と告白され、婚約破棄を迫られます。  王子が好きだという相手は、平民だけど実力のあるヴァネッサ。彼女は優秀で、その才能を大事にしたいと言い出した。  実は、王国屈指の魔法の才能を持っていたエレノア。彼女は面倒を避けるため、目立たないように本当の実力を隠していた。婚約破棄をきっかけに、彼女は本当の実力を解放して、アルフレッドとヴァネッサに復讐することを決意する。  王国第二王子であるエドガー・ローレンスは、そんなエレノアを支え、彼女の味方となります。  果たしてエレノアは、アルフレッドとヴァネッサへの復讐を遂げることができるのでしょうか?  そして、エドガーとの関係は、どのように発展していくのでしょうか。エレノアの運命の行方は――。 ※設定ゆるめ、ご都合主義の作品です。 ※カクヨムにも掲載中です。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます! ◆ベリーズカフェにも投稿しています

王宮まかない料理番は偉大 見習いですが、とっておきのレシピで心もお腹も満たします

櫛田こころ
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞〜癒し系ほっこりファンタジー賞〜受賞作品】 2022/7/29発売❣️ 2022/12/5【WEB版完結】2023/7/29【番外編開始】 ​───────『自分はイージアス城のまかない担当なだけです』。 いつからか、いつ来たかはわからない、イージアス城に在籍しているとある下位料理人。男のようで女、女のようで男に見えるその存在は、イージアス国のイージアス城にある厨房で……日夜、まかない料理を作っていた。 近衛騎士から、王女、王妃。はてには、国王の疲れた胃袋を優しく包み込んでくれる珍味の数々。 その名は、イツキ。 聞き慣れない名前の彼か彼女かわからない人間は、日々王宮の贅沢料理とは違う胃袋を落ち着かせてくれる、素朴な料理を振る舞ってくれるのだった。 *少し特殊なまかない料理が出てきます。作者の実体験によるものです。 *日本と同じようで違う異世界で料理を作ります。なので、麺類や出汁も似通っています。

ようこそ、追放村へ!~冤罪で婚約破棄され国外追放された4人の令嬢達

真理亜
ファンタジー
ここは通称「追放村」 東のイースト王国、西のウエスト王国、南のサウス王国、北のノース王国のちょうど真ん中に位置する罪人の捨て場所だ。 公爵令嬢であったシイナは、冤罪を被せられてこの村に追放された。すると時を同じくして同じように冤罪を被せられて追放された3人の令嬢と出会う。 シイナは彼女達と力を合わせて、脱出不可能と言われた追放村からの脱出を決意する。 全ては自分達を貶めた連中に復讐するために! 4人の令嬢達の復讐劇が今幕を開ける。

義理の妹が妊娠し私の婚約は破棄されました。

五月ふう
恋愛
「お兄ちゃんの子供を妊娠しちゃったんだ。」義理の妹ウルノは、そう言ってにっこり笑った。それが私とザックが結婚してから、ほんとの一ヶ月後のことだった。「だから、お義姉さんには、いなくなって欲しいんだ。」

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

処理中です...