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49 こうして俺は、古代人形達の陰に隠れる

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 ――元テリサバース教会の元大司教が【オリタリウス監獄】でその命を終えた半年後。
 テリサバース教会の権利は縮小される事が決定した。
 規律も今まで以上に厳しくなり、破った者は鞭打ち100回の刑に処されるらしい。

 テリサバース教会にあった奪われた人形達は大半持ち主が見つかり人形師に送られ葬られた。
 見つからなかった古い人形は、人形保護施設の墓に入れられる事となった。
 今は安らかに眠っている事だろう。


「しかし、オリタリウス監獄か。アレを提案したのは俺なんだがな」
「え! アンクさんが?」
「ああ、あの土地なら最高の処刑場になるだろうと思ってな。中の規則や規定が変わってなければ俺が進めた通りだな」
「うわぁ」
「私恨もあったが、いい出来になったと思う」


 そう淡々と語るアンクさんですが、一般市民にすらそのオリタリウス監獄の話は広まりかけており、罪人で最も罪ある者が連れて行かされる場所で死んでも氷漬けになって永遠に姿をさらす事になるとして有名になったほどだ。
 貴族達は震えあがり「その名を呼んではならぬ」とさえ言われているオリタリウス監獄。
 それを考え付いたアンクさんも凄いですが……。


「とはいえ、絶対に許してはならない犯罪を犯した者が入る訳だ。ただ死ぬ等生ぬるいだろう?」
「確かに被害者からすれば、ただ死ぬだけなんて生ぬるいとさえ思いますが」
「一番ムカつくのは被害者面している加害者だ。加害者が被害者ぶるなと言いたい」
「なるほど」
「そもそも、わたくしが生きている間にオリタリウス監獄なんてあったら、わたくし此処にはいませんわ」
「確かに……」
「でもよう御座いましたわ。わたくしたち古代人形の陰に隠れて何とか聖なる者として隠れることが出来ましたわね?」
「仮を返せない程ですよ」
「仮なら最初に返して貰っている。俺はその仮にたいしてお返ししただけだ」
「ニャムさんの事ですか?」
「ああ」


 そう、アンクさんとニャムさんは古代時代から、いいえ、人間であった頃からとても愛し合っていたそうなのです。
 そのニャムさんが政府に捕まっているのではないかとずっとずっと心を病みそうになりながら過ごしていたアンクさん。

 所が、助けたのが俺の先祖だったという事と、大事に保管されていた事でニャムさんのアンクさんに関する内容も全て飛ぶことなく残り、こうして戻って愛し合えるようになった。
 それはとても大きいのだという事でした。
 先祖から代々引き継いできたニャムさんは、その度に綺麗に手入れされてきた。
 そして俺が命を新たにマリシアとして吹き込んだ事で目を覚まし、動き出す事が出来た。
 それから紆余曲折あってマリシアとニャムさんとで別れ、この施設に戻したのは――もう一年も前なんですね。
 今は春の嵐の真っ最中。
 外は大荒れですが、施設の中は静かなものです。


「しかし、大人もスキルボードと言われた時は肝が冷えました……」
「ははは」
「確かに何時も冷静なトーマがかなり焦ってたからねぇ」
「でも、焦るなと言う方が無理だと思うわ?」
「そうよ~。マスターいなくなったらミルキィちゃん生きていけないわ?」
「確かに。愛する妻を残してはいけませんからねぇ」
「その愛する妻をトーマは俺に返してくれたんだ。礼をするのは道理だろう?」
「そうですね。ありがとう御座いますアンクさん、シャルロットさん」
「ふふふっ! 世界樹の研究も終わってませんもの。これからもどんどん研究させて貰いましてよ?」
「ええ、思う存分に」


 そう言って微笑み茶を飲むと、俺はやっと静かに暮らせる事にホッとした。
 いつも通りの日常とは、とても尊いのだと改めて感じることが出来て幸せです。
 そして――シャーロック町にあるテリサバース教会の神父さんとシスター人形さんが、俺の事を黙っていてくれたことにも感謝せねばなりませんね。
 あの後様子を見に行ったところ、神父さんの怪我は治りシスター人形と静かに暮らしているようです。
 元々気の優しい神父さんだった故に、テリサバース教会の神父と言うだけで弾圧されたりと言う事も無く、穏やかに過ごしておられます。
 その事に関しては、【人間してきた事しか返って来ないのだな】と、改めて勉強になりました。


「俺も清く正しくとは難しいでしょうが、真っすぐ前を向いて歩いていけるようになりたいですね」
「あら、【人形達のメンテナンスと言えばトーマに頼め!】って言われるくらい今ではシャーロック町で知らない人はいないわよ?」
「それはそうですが、やはり、大事にされている人形を見るとホッとします。泣いている人形を見ると心が痛みます。俺も何だかんだと人形師だったのだなと……改めて思いましたよ」


 モグリの人形師であっても、人形を直す力あって良かった。
 確かにチートな技は使えても、結局性格と言う問題が解決せず人形を作る事はヘロスで最後となったけれど、今では人形保護施設の皆さんの定期メンテにシャーロック町の人形のメンテにと忙しい日々を送っている。

 それらはとてもやり甲斐のある仕事で、人形達からお礼に頭を下げられる事もある。
 人形とて心がある。涙を流す事だってある。
 それを分からない人間も多いが、分る人間だっている。
 だからこそ――人形師は苦しい。
 人間に期待したいけど、人間に絶望する事もあって辛い。

 俺はそれが嫌で、人形を作り出せなくて良かったと……ミルキィに語ってしまったことがあった。
 だがミルキィは微笑んで「貴方は優しいから、直す方を中心にして行くのが一番なのよ」と頭を撫でてくれたのも嬉しかった。


「何年、何十年掛るか分かりませんが、また人間と人形が分かりあって生きていける世界が来ると良いですね」
「そうだねぇ」
「ワシはトーマとミルキィと分かりあって居ると思っとるぞ?」
「いやん、私もよ? マスターにミルキィちゃん♡」
「ありがとう御座います」
「ふふっ! そうね、私達みたいな家族が増えれば、もっと素敵ね!」


 そう語り合い皆と今後の話をする。
 遠い未来かもしれないし、その頃には俺はもう死んでいるかもしれません。
 でも、それでも何時かは人形と人間が仲良く手を取り合う時代が来る事を祈って願って――考えて。


「そう言えばそろそろメンテナンスの時間じゃないかい?」
「そうでした。そろそろ失礼しますね」
「ああ、解った」
「また来いよ」
「ありがとう御座います」


 ――今日も今日とて、俺は人形のメンテナンスをして行く。
 人形師である事を隠し、聖なる者である事も隠し、普通の人間として人形達の身体を直してたったの20年しか生きられない人形達の尊さを感じる。
 何時か、この寿命と言う20年が撤廃される日を願って――。

 俺はモグリの人形師。
 それと同時に、古代人形達の陰に隠れて――時折人形の寿命を延ばす。
 無論これは……秘密ですよ?


 ――完――
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