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44 とある神父の嘆きと希望

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 ――神父side――


 シャーロック町に神父を大勢配置された。
 それは上からの命令で逆らえなかったが、余りにも横暴過ぎた。
 町長も色々と苦労しているようで最近は髪が薄くなっていっている……なんて哀れな。
 大司教から選別されたという神父たちは皆王都生まれの王都育ち。
 シャーロック町の様なのどかな場所に慣れておらず、夜は夜な夜な娼館に通っていらっしゃいます。
 嗚呼、テリサバース女神よ、お許しください……。

 そんな苦労の中、教会の仕事を手伝ってくれていた人形に暴力を振るわれ「なんてことを為さるんです!」と倒れたシスター人形に駆け寄った。
 壊れてはいないようだが、悲しそうな顔をするシスター人形に胸が締め付けられる。


「リディはあなた方に何か無礼を働きましたか!?」
「ッチ!」
「こんな田舎臭い所にいると気が滅入るんだよ!!」
「だからと言って人形に手を出していいという訳ではないでしょう!? リディ、大丈夫かい?」


 そう私が心配するとリディは小さく頷き、立ち上がってシスター服を叩きました。
 私もリディの服から土埃を払い、ホッとした表情を見せると少しだけはにかんで微笑むリディ。
 もうずっとこのシャーロック町の神官となって長いですが、数回壊れて行ったシスター人形達を見送り、リディには私を看取って欲しいと思っているのです。
 もう私の身体も随分と老いた。
 リディが最後のシスター人形だろうと、私でも感じているのです。


「うぇっ。爺と人形の愛情劇かよ」
「気持ち悪い」
「全く、さっさと聖女様が見つからないと王都に帰れないってのによぉ」
「やってらんねぇよな!!」


 そう言って去って行った王都の神官たちに、私が悲しそうにしているとリディが背中を撫でて慰めてくれました。


「ああ、そうだねリディ……。あの態度は女神さまを冒涜する行為です……。なんて嘆かわしいのでしょうね……。でもリディが壊れていてはいけません。視て貰える人を呼びましょう」


 そう言うとリディは少し驚いた顔をして嬉しそうに微笑んだ。
 嗚呼、このリディには綺麗な心がある。
 その心を大事にして欲しい。
 何時までも――何時までも。
 そう思っていたのです、この日までは……。
 その日の夜、人形の魔素詰まり等も見て貰おうと人を呼んで貰う事にして眠った翌日――朝起きて何時ならリディが美味しい食事を作ってくれる匂いがしているのに、全く匂いがしなかったのです。
 寧ろ酒臭い匂いがして、嫌な予感がして……匂いのする場所に向かうとそこには変わり果てた姿のリディが磔にされていたのです。
 涙を流して……。


「リディ!! あなた方これはどういう事です!!」
「えー? 女神さまにお祈りしてたのよ。聖女様が見つかりますようにって」
「でもシスターがコレしかいないからさ」
「嫌がるからちょっと殴って大人しくさせたけど」
「早く磔から外してください!!」
「暫くこのままにしようぜー」
「面白いもんな!! 爺が泣く所とかウケる」
「はははははは!!」


 そう言って私をドンと押して倒すと、机の角で頭を打ったものの、なんとか立ち上がり「リディ、リディ……」と声を掛け続けた……。
 ぽたり……ぽたりと涙が私の頬に、額に、眼鏡に落ちて来て、何とかして助けてあげたかったが、老いた身体がいう事を聞かない。
 私も涙を流しながら必死に「痛かっただろう? 苦しかっただろう?」と声を震わせ必死に縄を解こうとする。
 すると、トントンと言う音が聞こえ、ドアが開いて一人の黒髪のメイド服を着た女性と、その女性にソックリの男性が入ってきた。
 私たちの様子に驚いたのでしょう。直ぐに駆けつけてくれて磔にされているリディの縄を解いてくれました。


「マリシア、俺はこの子を視ます。マリシアは神父様の怪我の治療を!」
「ああ、分ったよ!!」
「治療?」
「気づいてないのかい!? アンタ頭から血を流してるよ!! ……傷が深いね。医者を連れてくるからちょっと待ってな!!」


 そう言うとマリシアと呼ばれた女性は走って行き、男性はリディのハッチを開けて中のチェックをしています。
 嗚呼、どうかテリサバース女神よ……リディをお助け下さい!!!
 そう祈りを捧げていると、男性はキョロキョロと周囲を見渡し――。


「神父様」
「は、はい!」
「この子の寿命がもう残っていないんですが」
「え!」
「誕生してどれくらいです?」
「まだ2年です……嗚呼リディなんて事にっ!!」


 号泣する私にリディは涙を流し私に手を伸ばして来る。
 その手を這いずって握りしめ、「リディ……リディすまない!! 助けてやれずすまない!」と口にした。すると――。


「こうなった経緯を教えて下さい」
「は、はい。実は――」


 そう言うと私は王都からやってきた神父たちの横暴さと町長ですら手を焼いている事を伝えました。
 店でも問題を起こしているようで、私以外の神父が来るだけで皆さん嫌な顔をされるのだとか。
 何人かから注意をしてくれと言われましたが聞いて貰えず笑われるばかり……。


「テリサバース教会では娼館に行くことは禁じられています。ですが彼らは平気なようで」
「ふむ……」
「その上、暴飲暴食を繰り返し、教会のお金も尽きそうなんです……」
「なるほど」
「幾ら注意しても、幾らお願いしても聞いて貰えず……。最後にはリディがこの様な事に……うっうぅぅぅぅっ!」


 自分が老いている事に此処まで絶望したことは無い。
 人が老いる事は仕方ない事だと理解しています。
 でも、人形に心がある事も理解しているのです。
 そのリディにこのような真似を……許せない!!


 そう声が枯れるように叫び咳き込むと、リディの手がそっと私の手を握り、その姿はまるでテリサバース女神の様でした。
 嗚呼、何て優しい……あんな目にあったのに、人間を怖がらずいてくれるのですか?


「許せない問題ですね。俺の方からとある方に連絡しておきます。それと……神父様は口が堅い方ですか?」
「え? あ、はい。テリサバース女神に誓って」
「そうですか。では今から言う事、見る事は黙っておいてください。リディさんを助けたいですよね?」
「それは無論です!!」
「では失礼して……」


 そう言うとハッチに手を当て何か……魔素を注ぎ込むような感じを受けましたが、リディの身体がキュイイイイインと音を立てそれが落ち着く頃、男性はハッチを絞めて私の耳元で――。


「魔素を入れ直しておきましたので、後20年持ちます。内緒ですよ?」
「!?」
「心に傷は負ったようですが、今後は神父様と同じ部屋で眠らせてあげて下さい」
「分かりました」
「トーマ! 医者連れて来たよ!!」
「神父様を直ぐ見て貰って下さい」
「神父様大丈夫ですか!?」


 そう言って数名の医者と看護師が駆け込んできて私の頭を見て驚き、治療してくれることになりました。
 魔素を入れ込んでリディの尽きそうだった寿命は元に戻った事はホッと安堵出来る。
 この事は墓場まで持って行きましょう。
 私の手を握って涙を流すリディを守って下さったお礼です……。
 決して人には話せぬ内容なのは理解出来ましたからね……。
 まるで聖女様のような奇跡でした。
 そう、聖女様のような……?
 いいえ、聖女様と言えば女性です。
 あの方は男性でしたね。


「不思議な方でしたね、リディ」


 治療を終えると暫く安静と言われ、その間はリディは私の部屋で生活する事になり、何かあれば直ぐこの部屋に駆け込む様に伝えてあります。
 そして暫くして――シャーロック町に城から騎士団が配備されたのです。
 警備は厳しくなり、宿泊場所に教会を貸す事にもなり……リディの危険は一気に下がりました。
 やはり不思議な方でした……。
 あの方は一体何者なのでしょう。
 あの、【トーマ】と呼ばれたあの方は――。

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