上 下
31 / 33

32 異世界では結婚ラッシュが訪れるらしい。

しおりを挟む
「全く、あの兄妹には振り回されたが……中々刺激的で楽しかったな」
「ギルマスたちの事は良いですから~!もう少し企画計画書の納期の時間を多めに取ってくださいよぅ」
「錬金ギルドではそろそろ販売用の納期がギリギリです。増員を求めますわ」
「彫金師も新たに雇用を考えています。現在の人数ではギリギリですので」
「付与師も増やしてください。マリリン様とカズマ様だけの付与だけで現在限界です」
「はいはい。増員と納期ね」


実質、レディー・マッスルに一番貢献しているのはマイケルであった。
各所への連絡や困ったことが無いか、全てはギルドがスムーズに動くための人員であり、いわば中間管理職。
渡される紙を読み進めて各箇所の問題点を洗っていくのが仕事だ。


「全部のアイテムにSランクの敵が落とすアイテムが入ってるのはどういう事だ?」
「今一番人気の商品です」
「AランクとBランクが主ですが、どうしてもSランクは入ってきてしまいますね」
「現在マリリンさんとジャックさんがお忙しいようですし、暫く値上げして調整しますか?」
「是非そうしてくれ、俺一人じゃ回らないな」
「畏まりました」
「それと、マリリンとカズマ様に送る書類を全員このボックスに入れておいてくれ。後で魔法転移させて確認を行う。マリリンに送る依頼書はピンク、カズマ様は青だ。間違えるなよ」


こういう細かな指示も忘れない男マイケル。
マイケルは元々、ジャックが貴族として立ち振る舞う際の執事として育てられてきた。
だが、ジャックが家を飛び出すついでに自分もついてきた為、執事としてのスキルを活かしつつ二人を支えてきたのだ。


「それよりマイケル様こそ好きな女性いらっしゃらなんですか?」
「心に決めた御方とか」
「飯が美味い女性が良いな。一人気になってる人が居る」
「「「「おおおおお」」」」
「ギルドも賑やかになりますねぇ」
「俺の春は当分先だ。納期の方が早く来るぞ。気を引き締めろ」


そう言うと各箇所の面子は急いで席を立ち持ち場へと戻るが、まだ早朝の7時だ。
朝飯でも食いに行くかとマイケルは席を立ち、レディー・マッスルの経営する飲食店へと向かった。
平民に人気の高いこの店は朝から既に大賑わいで、仕事に行く前の独身男性が沢山集まっている。
その中にマイケルもいるのだが、マイケルは何時もの席に座ると決まった朝食を頼む。


「野菜スープとサラダ、後は肉を挟んだパンをくれ」
「かしこまりました~!」


今日も元気よく働くその女性目当てでもある。
彼女は未亡人のファナ。一般市民だ。
夫とは別居婚だったそうだが、結婚して一か月もせずに夫が酒におぼれて死亡。
未亡人のまま生活をする羽目になった不幸な女性だ。
しかし……彼女の作る飯は美味い。
年齢的には26歳と、普通に考えれば行き遅れとも言われる年齢だが、彼女は全く気にしていなかった。
一度酒を飲みに誘って話を聞いたことがあるが、『男なんてもうウンザリ』と言って、当時自分には脈が無かった事をマイケルは知っている。
それでも毎日通ってしまうのは、胃袋を掴まれたと言う事だろう。
出された温かな食事を楽しみ、周囲の声に耳を澄ませると、この国が良い方向へと進んでいるのが良く解る。
庶民の会話は国の幸福度を測るには丁度いい。
確かにまだ不満は聞こえるが、大きな問題ではなさそうだ。


「食べながらお仕事中ですか?」
「まぁな」


水差しを持ってやってきたファナに声を掛けると、持ってきていた新聞のチェックを始める。
この時間こそがマイケルの至福の時間でもあった。
大きな災害も無い、ムギーラ王国は安定して国を回しているのが良く解る。
どこかの国できな臭い話がでれば、小麦などの値段が上がるが、そう言う兆しも見当たらない。
仮に戦争になった場合、冒険者は国からの依頼で準ずる事もあるが、負け戦なら断ることが出来る。
マリリン達とギルドを立ち上げたばかりの時は、準ずることもあったが、今では大手ギルドだし、カズマもいることから準ずることは無いだろう。


「……この国は平和だな」
「私も今から朝食ですがご一緒して良いですか?」
「ああ、構わないよ」


そう言うと、ファナはマイケルと共に朝食を頂く。
二人は付き合っているわけではない。
だが、こうして当たり前のように、二人で食事を共にすることが多かった。
公認の仲ともいえる二人だが、敢えてそれを言いふらすことはしない。
ファナに関しては身に危険が迫った際にはマイケルの名を出すことがあるが、マイケルは「それは女性が身を守る事として大切な事だろう」と容認している。


「今日の野菜スープは絶品だったな」
「あら、私が作ったんですよ」
「やっぱりそうか。味付けも塩加減も良くて幾らでも入りそうだったぞ」
「まぁ! お褒め頂き光栄です」
「そろそろ暑い時期がやってくるからな、厨房に少し香辛料を多めに降ろすように伝えておく。後はカズマ様がカレーを食べたいらしい。マリリンとカズマ様が帰宅したら料理を頼めるか?」
「お任せくださいませ」
「農地や野菜関連で困ったことは?」
「やせた土地が幾つかあり、そこで育つ野菜か果物を探していると言う話を聞きました」
「了解だ」


業務的な会話だが、これも改革には必要な事だ。
と、言うのもカズマからの受け売りだが、カズマは異世界の野菜の種を、場合によっては持ってきてくれる。
痩せた土地に適した野菜は育ちが良く、病気にも強い。
ムギーラ王国の人々が飢えずに済むのは、そう言う細々とした配慮もあるのだろう。


「それで、そちらでは変わった話は御座いませんか?」
「ああ、ジャックが貴族に戻って嫁さんを近々貰うらしい」
「まぁ! おめでたい事ですね!」
「おかげで周囲からマイケル様はどうなんですか? って言葉が耳に痛いよ」
「まぁ! ふふふふ」
「いっそ、飯の美味い未亡人さんが嫁に来てくれるといいんだがな。仕事に張りが出る」
「そうですね、マリリン様にお子様がお生まれになりましたら考えましょうか?」


思わぬ言葉で水を吹き出しそうになったが、ファナはニコニコしながら言葉を続けた。


「離乳食作りには自信があります。暫く孤児院で働いてましたから」
「そいつは助かるな。ところで妊婦の食事には詳しいのか?」
「それなりには」
「なら、早い雇用が求められるな」
「そうですね、母体の栄養面も大切ですから」
「マリリンが妊娠して帰ってくる事を祈るよ」
「ええ、その時はお嫁に向かいますわ」
「綺麗なウエディングドレスを用意して待ってる」
「ふふふ」


穏やかな朝食の時間、とびっきりの場所でのプロポーズでもなく、まるで普通の日常会話のように繰り広げられたプロポーズ。
だが、二人にはそれが丁度良いのだろう。
ファナは食事を終えるとマイケルの分の食器を片し、仕事へと戻っていった。
そしてマイケルも新聞を片手にギルドへと戻る。
マリリンとジャックが諸々終わって帰ってきたら報告することが出来た。
暫くは結婚ラッシュだなと思いつつも、自分たちが結婚するのは最後だろう。
それでいい、それがいい。
ずっと一緒に頑張ってきた二人のお祝いが先だ。
特にマリリンは苦労してきた分、幸せになって欲しいと切に願っている。


「そろそろ三カ月か……カズマ様とマリリンが戻ってくるな」


果たしてマリリンはカズマ様との大事な一粒種をお腹に宿して帰ってくるだろうか。
こればかりは神のみぞが知る事だろうが、出来れば懐妊しているといい。


「さて、ギルドの近くに大きな屋敷でも買うか」


将来、マリリンとカズマが子育てを平和に出来るように。
そして、ファナがそこで働けるように。
そうなると雇用問題が更に解決するだろう。
やる事は山積みだ。
だが、それがいい。
マイケルは青い空を見上げて大きく深呼吸してからギルドへと戻っていった。
それから数日後――。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

処理中です...