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253 狂い始める歯車⑤
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――ナウカside――
箱庭を閉じてから一カ月後。
ダンノージュ侯爵家から呼び出されたカイル様とリディア様が帰宅すると、リディア様は震える手で俺を抱きしめ、カイル様は苦渋の決断をしたかのように俺を見ると、たった一言口にした。
「クウカが死んだ」
「――え?」
それは、思いもよらない言葉だった。
何時、何処で……そう思ったら、マリシアが立ち上がりオレの隣に立った。
「クウカが亡くなったのは、つい最近ですか?」
「いいや、死後一カ月は過ぎていた。雪解け水の中から遺体が発見された。原型を留めていたのは雪に覆われて凍っていたからだろう。マリシアの姉は捜索したが見つからなかった」
「そうですか……」
「他に行きそうな場所を探しているが、今のところまだ見つかってはいない。だが、既に箱庭師の箱庭には居ない事は分かっている。何処に潜伏しているかは不明だが、」
「余りにも呆気ない最期でしたね」
「ナウカ……」
「罰が当たったんです。良い行いをすれば良い事が返ってくるのと同じで、悪い事をすれば罰が当たります。兄は悪い事をしました。それは紛れもない事実ですから仕方のない事です」
そう口にすると、リディア様が強く俺を抱きしめた。
仕方ない事だと――割り切るしかなかった。
犯罪者を匿い、最後は切り捨てられるように殺されて終わる結末。
だからと言って、マリシアを恨む気持ちも一切湧かなかった。
マリシアとその姉は別人だ。
マリシアのように何時もオレの事を気にかけてくれた女性はいない。
姉のように、母のように接してくれるマリシアを恨むなんてオレには出来ないんだ。
「では、今は王都内を大捜索中でしょうか?」
「そうなる。懸賞金も跳ね上がって見つけた者には金貨500枚まで吊り上がった」
「陛下を害そうとした者です。そうなるのも必然でしょう」
「ナウカは……私の事を恨まないの?」
「恨む事なんて出来ないよ。オレはマリシアの素晴らしい所を沢山知っている。マリシアと姉は別人だろう?」
「……ありがとうナウカ」
「現在、貧困地区も含め多数の憲兵も配置され監視が行われている。これ以上の被害を出さない為にも十分な数の人数で当たっているそうだ。マリシアの姉が行きそうな場所は探したらしいが見つからなかった」
「では、違う場所に向かったと言う事はあり得ませんか?」
「と言うと?」
「王都にいないのなら、王太子領やダンノージュ侯爵領とか」
「分からない。だが王太子領でもダンノージュ侯爵領でも懸賞金と顔の絵は出回っている。早々見つかりそうにはないと思うが」
「取り敢えず、様子を見るしかないのね……」
「ダンノージュ侯爵領ではライトが情報を集めてくれている。何かあれば直ぐに連絡があるはずだ」
「そうですね……ですが、領を跨ぐとなると相手は貴族となりますね」
「マリシアの姉に貴族の知り合いが居ればだが」
そう語ったところで、実際に貴族の知り合いがいるのかどうかは分からない。
分かっていることは、兄が不要となり殺されたと言う事だけだ。
愚かな兄ではあったけれど、最後は不用品のように殺されたと言うのは、居た堪れない気分になる。
その後――兄の葬儀は、行われることは無かった。
罪人として最後は火葬され、罪人専用の墓に入る事になった。
一度父に会う事があったが、酷くやつれていたのを覚えている。
商売は信用があってこそだが、兄の仕出かした事により商売は傾き始めていた。
それを支えたのがダンノージュ侯爵家だった。
カイル様やリディア様には感謝しかない。
それから程なくして、父と兄から手紙が届いた。
アカサギ商店は規模を縮小する事にはなったものの、ダンノージュ侯爵家のお陰で踏みとどまれていることや、多額の支援を受けている事、そして何時もカイル様がオレの事を褒めてくださっていることが書かれていて涙が溢れた。
長兄である、オレを何時も気遣ってくれていたアスカ兄さんからは、クウカの事は残念と思うが、同じ過ちを犯さぬよう襟を正して生きていく事が綴られていた。
そして、近いうちにアスカ兄さんは結婚することが決まったらしい。
相手の女性の家からも支援され、将来の妻に身も心も支えられ、何とか踏ん張れたことも書かれていた。
最初こそ跡継ぎを産んでくれればそれでいいと思っていた兄だったが、今ではとても円満で過ごしていると嬉しそうに書かれていた。
そして――。
『ナウカも将来、素晴らしい女性と出会うだろう。その時は心の底から大事に出来るような男に育っていて欲しい』
そう書かれていた。
支え合い、お互いが添え木になり、長い将来を歩んでいける女性……。
今はまだその考えに行きつく暇はないけれど、何時かはオレも……支え合って生きていける女性を見つけたいと思えた瞬間だった。
そう言えば、マリシアには婚約者がいたんだろうか?
貴族女性と言えば婚約者がいても可笑しくはないが、マリシアからそんな話を聞いたことが無い。
商売のノウハウを自主勉強している最中、オレは気になってマリシアに話しかけた。
「マリシアには、婚約者はいなかったの?」
「え?」
「貴族女性なら婚約者がいても可笑しくないんじゃないかと思って」
「私には居なかったわ。そもそも何時も姉と比べられて、やれ美しくないだの淑女らしくないだの可愛げがないだの、散々言われてたんだから」
「それは、言った相手の目が腐ってたんじゃないのか?」
「ええ、腐っていたのかもしれないわね。その父も姉に殺されて、全く周りは阿呆ばかりよ」
「マリシアは心根も綺麗なのに」
「そう言ってくれるのは此処の箱庭の方々と、ナウカくらいよ。お世辞でも嬉しいわ、ありがとう」
「オレが嘘を言わないのを知ってて、それ言う?」
「恥ずかしいのよ!」
「ははは!」
「でも、私もナウカは心根がとても綺麗な人だと思ってるわ。じゃないとあんな素敵な箱庭は作れないもの。とっても優しさに溢れている男性だと思うわ。将来は女性が引く手あまたでしょうね」
「お金にならない箱庭と言うだけで、女性は逃げていくさ」
「そうかしら?」
「女性は現金な生き物だからね」
「それは言えてるわね。でも、引退するまで安定した給料が手に入って、性格も穏やかなら貴方は大丈夫よ」
「そうかな?」
「そうよ」
「じゃあ、何時か恋をする時が来たら、思い切って告白してみようかな」
「頑張ってね。私は姉の事があるから一生独身だろうけれど」
「じゃあその時はオレがマリシアを奥さんに貰うよ」
「――そう」
「うん」
「……待って」
不意にマリシアにそう言われ、オレは顔を上げるとマリシアは眉間にシワを寄せて何かを考え込んでいるようだった。
オレへの返事か、それとも――。
「……カイル様かリディア様の元へ向かいましょう。思い出したことがあるわ」
「分かった。リディアさまなら今日は休憩室でカイル様といる筈だよ。日の曜日だし」
「急ぎましょう」
ナニカを思い出したのか、互いにノートを閉じて筆記用具をアイテムボックスに仕舞うと二人で駆けだした。
一体マリシアは何を思い出したんだろうか?
少しだけ青い顔をした彼女が心配だったが、俺とマリシアはカイル様とリディア様のいる休憩所へと走っていたその時だった――。
「クソ! 殺やれた!!」
「ダンノージュ侯爵領に来るとは大胆だね」
そんな話が聞こえ、思わずマリシアと共に足を止めた。
すると――。
「殺された数は20人か……結構な人数を殺られたね」
「冒険者も馬鹿ではない筈なんだけどね……」
「今ナインさんたちも走り回って調べている所ですが、これと言った情報は無かったようで」
「深夜の犯行か?」
「だとしても――」
そう聞こえた声にマリシアは声を上げた。
「皆さんにお話があるんです! 聞いてくれますか!!」
箱庭を閉じてから一カ月後。
ダンノージュ侯爵家から呼び出されたカイル様とリディア様が帰宅すると、リディア様は震える手で俺を抱きしめ、カイル様は苦渋の決断をしたかのように俺を見ると、たった一言口にした。
「クウカが死んだ」
「――え?」
それは、思いもよらない言葉だった。
何時、何処で……そう思ったら、マリシアが立ち上がりオレの隣に立った。
「クウカが亡くなったのは、つい最近ですか?」
「いいや、死後一カ月は過ぎていた。雪解け水の中から遺体が発見された。原型を留めていたのは雪に覆われて凍っていたからだろう。マリシアの姉は捜索したが見つからなかった」
「そうですか……」
「他に行きそうな場所を探しているが、今のところまだ見つかってはいない。だが、既に箱庭師の箱庭には居ない事は分かっている。何処に潜伏しているかは不明だが、」
「余りにも呆気ない最期でしたね」
「ナウカ……」
「罰が当たったんです。良い行いをすれば良い事が返ってくるのと同じで、悪い事をすれば罰が当たります。兄は悪い事をしました。それは紛れもない事実ですから仕方のない事です」
そう口にすると、リディア様が強く俺を抱きしめた。
仕方ない事だと――割り切るしかなかった。
犯罪者を匿い、最後は切り捨てられるように殺されて終わる結末。
だからと言って、マリシアを恨む気持ちも一切湧かなかった。
マリシアとその姉は別人だ。
マリシアのように何時もオレの事を気にかけてくれた女性はいない。
姉のように、母のように接してくれるマリシアを恨むなんてオレには出来ないんだ。
「では、今は王都内を大捜索中でしょうか?」
「そうなる。懸賞金も跳ね上がって見つけた者には金貨500枚まで吊り上がった」
「陛下を害そうとした者です。そうなるのも必然でしょう」
「ナウカは……私の事を恨まないの?」
「恨む事なんて出来ないよ。オレはマリシアの素晴らしい所を沢山知っている。マリシアと姉は別人だろう?」
「……ありがとうナウカ」
「現在、貧困地区も含め多数の憲兵も配置され監視が行われている。これ以上の被害を出さない為にも十分な数の人数で当たっているそうだ。マリシアの姉が行きそうな場所は探したらしいが見つからなかった」
「では、違う場所に向かったと言う事はあり得ませんか?」
「と言うと?」
「王都にいないのなら、王太子領やダンノージュ侯爵領とか」
「分からない。だが王太子領でもダンノージュ侯爵領でも懸賞金と顔の絵は出回っている。早々見つかりそうにはないと思うが」
「取り敢えず、様子を見るしかないのね……」
「ダンノージュ侯爵領ではライトが情報を集めてくれている。何かあれば直ぐに連絡があるはずだ」
「そうですね……ですが、領を跨ぐとなると相手は貴族となりますね」
「マリシアの姉に貴族の知り合いが居ればだが」
そう語ったところで、実際に貴族の知り合いがいるのかどうかは分からない。
分かっていることは、兄が不要となり殺されたと言う事だけだ。
愚かな兄ではあったけれど、最後は不用品のように殺されたと言うのは、居た堪れない気分になる。
その後――兄の葬儀は、行われることは無かった。
罪人として最後は火葬され、罪人専用の墓に入る事になった。
一度父に会う事があったが、酷くやつれていたのを覚えている。
商売は信用があってこそだが、兄の仕出かした事により商売は傾き始めていた。
それを支えたのがダンノージュ侯爵家だった。
カイル様やリディア様には感謝しかない。
それから程なくして、父と兄から手紙が届いた。
アカサギ商店は規模を縮小する事にはなったものの、ダンノージュ侯爵家のお陰で踏みとどまれていることや、多額の支援を受けている事、そして何時もカイル様がオレの事を褒めてくださっていることが書かれていて涙が溢れた。
長兄である、オレを何時も気遣ってくれていたアスカ兄さんからは、クウカの事は残念と思うが、同じ過ちを犯さぬよう襟を正して生きていく事が綴られていた。
そして、近いうちにアスカ兄さんは結婚することが決まったらしい。
相手の女性の家からも支援され、将来の妻に身も心も支えられ、何とか踏ん張れたことも書かれていた。
最初こそ跡継ぎを産んでくれればそれでいいと思っていた兄だったが、今ではとても円満で過ごしていると嬉しそうに書かれていた。
そして――。
『ナウカも将来、素晴らしい女性と出会うだろう。その時は心の底から大事に出来るような男に育っていて欲しい』
そう書かれていた。
支え合い、お互いが添え木になり、長い将来を歩んでいける女性……。
今はまだその考えに行きつく暇はないけれど、何時かはオレも……支え合って生きていける女性を見つけたいと思えた瞬間だった。
そう言えば、マリシアには婚約者がいたんだろうか?
貴族女性と言えば婚約者がいても可笑しくはないが、マリシアからそんな話を聞いたことが無い。
商売のノウハウを自主勉強している最中、オレは気になってマリシアに話しかけた。
「マリシアには、婚約者はいなかったの?」
「え?」
「貴族女性なら婚約者がいても可笑しくないんじゃないかと思って」
「私には居なかったわ。そもそも何時も姉と比べられて、やれ美しくないだの淑女らしくないだの可愛げがないだの、散々言われてたんだから」
「それは、言った相手の目が腐ってたんじゃないのか?」
「ええ、腐っていたのかもしれないわね。その父も姉に殺されて、全く周りは阿呆ばかりよ」
「マリシアは心根も綺麗なのに」
「そう言ってくれるのは此処の箱庭の方々と、ナウカくらいよ。お世辞でも嬉しいわ、ありがとう」
「オレが嘘を言わないのを知ってて、それ言う?」
「恥ずかしいのよ!」
「ははは!」
「でも、私もナウカは心根がとても綺麗な人だと思ってるわ。じゃないとあんな素敵な箱庭は作れないもの。とっても優しさに溢れている男性だと思うわ。将来は女性が引く手あまたでしょうね」
「お金にならない箱庭と言うだけで、女性は逃げていくさ」
「そうかしら?」
「女性は現金な生き物だからね」
「それは言えてるわね。でも、引退するまで安定した給料が手に入って、性格も穏やかなら貴方は大丈夫よ」
「そうかな?」
「そうよ」
「じゃあ、何時か恋をする時が来たら、思い切って告白してみようかな」
「頑張ってね。私は姉の事があるから一生独身だろうけれど」
「じゃあその時はオレがマリシアを奥さんに貰うよ」
「――そう」
「うん」
「……待って」
不意にマリシアにそう言われ、オレは顔を上げるとマリシアは眉間にシワを寄せて何かを考え込んでいるようだった。
オレへの返事か、それとも――。
「……カイル様かリディア様の元へ向かいましょう。思い出したことがあるわ」
「分かった。リディアさまなら今日は休憩室でカイル様といる筈だよ。日の曜日だし」
「急ぎましょう」
ナニカを思い出したのか、互いにノートを閉じて筆記用具をアイテムボックスに仕舞うと二人で駆けだした。
一体マリシアは何を思い出したんだろうか?
少しだけ青い顔をした彼女が心配だったが、俺とマリシアはカイル様とリディア様のいる休憩所へと走っていたその時だった――。
「クソ! 殺やれた!!」
「ダンノージュ侯爵領に来るとは大胆だね」
そんな話が聞こえ、思わずマリシアと共に足を止めた。
すると――。
「殺された数は20人か……結構な人数を殺られたね」
「冒険者も馬鹿ではない筈なんだけどね……」
「今ナインさんたちも走り回って調べている所ですが、これと言った情報は無かったようで」
「深夜の犯行か?」
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