上 下
253 / 274

253 狂い始める歯車⑤

しおりを挟む
――ナウカside――


箱庭を閉じてから一カ月後。
ダンノージュ侯爵家から呼び出されたカイル様とリディア様が帰宅すると、リディア様は震える手で俺を抱きしめ、カイル様は苦渋の決断をしたかのように俺を見ると、たった一言口にした。


「クウカが死んだ」
「――え?」


それは、思いもよらない言葉だった。
何時、何処で……そう思ったら、マリシアが立ち上がりオレの隣に立った。


「クウカが亡くなったのは、つい最近ですか?」
「いいや、死後一カ月は過ぎていた。雪解け水の中から遺体が発見された。原型を留めていたのは雪に覆われて凍っていたからだろう。マリシアの姉は捜索したが見つからなかった」
「そうですか……」
「他に行きそうな場所を探しているが、今のところまだ見つかってはいない。だが、既に箱庭師の箱庭には居ない事は分かっている。何処に潜伏しているかは不明だが、」
「余りにも呆気ない最期でしたね」
「ナウカ……」
「罰が当たったんです。良い行いをすれば良い事が返ってくるのと同じで、悪い事をすれば罰が当たります。兄は悪い事をしました。それは紛れもない事実ですから仕方のない事です」


そう口にすると、リディア様が強く俺を抱きしめた。
仕方ない事だと――割り切るしかなかった。
犯罪者を匿い、最後は切り捨てられるように殺されて終わる結末。
だからと言って、マリシアを恨む気持ちも一切湧かなかった。
マリシアとその姉は別人だ。
マリシアのように何時もオレの事を気にかけてくれた女性はいない。
姉のように、母のように接してくれるマリシアを恨むなんてオレには出来ないんだ。


「では、今は王都内を大捜索中でしょうか?」
「そうなる。懸賞金も跳ね上がって見つけた者には金貨500枚まで吊り上がった」
「陛下を害そうとした者です。そうなるのも必然でしょう」
「ナウカは……私の事を恨まないの?」
「恨む事なんて出来ないよ。オレはマリシアの素晴らしい所を沢山知っている。マリシアと姉は別人だろう?」
「……ありがとうナウカ」
「現在、貧困地区も含め多数の憲兵も配置され監視が行われている。これ以上の被害を出さない為にも十分な数の人数で当たっているそうだ。マリシアの姉が行きそうな場所は探したらしいが見つからなかった」
「では、違う場所に向かったと言う事はあり得ませんか?」
「と言うと?」
「王都にいないのなら、王太子領やダンノージュ侯爵領とか」
「分からない。だが王太子領でもダンノージュ侯爵領でも懸賞金と顔の絵は出回っている。早々見つかりそうにはないと思うが」
「取り敢えず、様子を見るしかないのね……」
「ダンノージュ侯爵領ではライトが情報を集めてくれている。何かあれば直ぐに連絡があるはずだ」
「そうですね……ですが、領を跨ぐとなると相手は貴族となりますね」
「マリシアの姉に貴族の知り合いが居ればだが」


そう語ったところで、実際に貴族の知り合いがいるのかどうかは分からない。
分かっていることは、兄が不要となり殺されたと言う事だけだ。
愚かな兄ではあったけれど、最後は不用品のように殺されたと言うのは、居た堪れない気分になる。


その後――兄の葬儀は、行われることは無かった。
罪人として最後は火葬され、罪人専用の墓に入る事になった。
一度父に会う事があったが、酷くやつれていたのを覚えている。
商売は信用があってこそだが、兄の仕出かした事により商売は傾き始めていた。
それを支えたのがダンノージュ侯爵家だった。
カイル様やリディア様には感謝しかない。

それから程なくして、父と兄から手紙が届いた。
アカサギ商店は規模を縮小する事にはなったものの、ダンノージュ侯爵家のお陰で踏みとどまれていることや、多額の支援を受けている事、そして何時もカイル様がオレの事を褒めてくださっていることが書かれていて涙が溢れた。

長兄である、オレを何時も気遣ってくれていたアスカ兄さんからは、クウカの事は残念と思うが、同じ過ちを犯さぬよう襟を正して生きていく事が綴られていた。
そして、近いうちにアスカ兄さんは結婚することが決まったらしい。
相手の女性の家からも支援され、将来の妻に身も心も支えられ、何とか踏ん張れたことも書かれていた。
最初こそ跡継ぎを産んでくれればそれでいいと思っていた兄だったが、今ではとても円満で過ごしていると嬉しそうに書かれていた。
そして――。

『ナウカも将来、素晴らしい女性と出会うだろう。その時は心の底から大事に出来るような男に育っていて欲しい』

そう書かれていた。
支え合い、お互いが添え木になり、長い将来を歩んでいける女性……。
今はまだその考えに行きつく暇はないけれど、何時かはオレも……支え合って生きていける女性を見つけたいと思えた瞬間だった。

そう言えば、マリシアには婚約者がいたんだろうか?
貴族女性と言えば婚約者がいても可笑しくはないが、マリシアからそんな話を聞いたことが無い。
商売のノウハウを自主勉強している最中、オレは気になってマリシアに話しかけた。


「マリシアには、婚約者はいなかったの?」
「え?」
「貴族女性なら婚約者がいても可笑しくないんじゃないかと思って」
「私には居なかったわ。そもそも何時も姉と比べられて、やれ美しくないだの淑女らしくないだの可愛げがないだの、散々言われてたんだから」
「それは、言った相手の目が腐ってたんじゃないのか?」
「ええ、腐っていたのかもしれないわね。その父も姉に殺されて、全く周りは阿呆ばかりよ」
「マリシアは心根も綺麗なのに」
「そう言ってくれるのは此処の箱庭の方々と、ナウカくらいよ。お世辞でも嬉しいわ、ありがとう」
「オレが嘘を言わないのを知ってて、それ言う?」
「恥ずかしいのよ!」
「ははは!」
「でも、私もナウカは心根がとても綺麗な人だと思ってるわ。じゃないとあんな素敵な箱庭は作れないもの。とっても優しさに溢れている男性だと思うわ。将来は女性が引く手あまたでしょうね」
「お金にならない箱庭と言うだけで、女性は逃げていくさ」
「そうかしら?」
「女性は現金な生き物だからね」
「それは言えてるわね。でも、引退するまで安定した給料が手に入って、性格も穏やかなら貴方は大丈夫よ」
「そうかな?」
「そうよ」
「じゃあ、何時か恋をする時が来たら、思い切って告白してみようかな」
「頑張ってね。私は姉の事があるから一生独身だろうけれど」
「じゃあその時はオレがマリシアを奥さんに貰うよ」
「――そう」
「うん」
「……待って」


不意にマリシアにそう言われ、オレは顔を上げるとマリシアは眉間にシワを寄せて何かを考え込んでいるようだった。
オレへの返事か、それとも――。


「……カイル様かリディア様の元へ向かいましょう。思い出したことがあるわ」
「分かった。リディアさまなら今日は休憩室でカイル様といる筈だよ。日の曜日だし」
「急ぎましょう」


ナニカを思い出したのか、互いにノートを閉じて筆記用具をアイテムボックスに仕舞うと二人で駆けだした。
一体マリシアは何を思い出したんだろうか?
少しだけ青い顔をした彼女が心配だったが、俺とマリシアはカイル様とリディア様のいる休憩所へと走っていたその時だった――。


「クソ! 殺やれた!!」
「ダンノージュ侯爵領に来るとは大胆だね」


そんな話が聞こえ、思わずマリシアと共に足を止めた。
すると――。


「殺された数は20人か……結構な人数を殺られたね」
「冒険者も馬鹿ではない筈なんだけどね……」
「今ナインさんたちも走り回って調べている所ですが、これと言った情報は無かったようで」
「深夜の犯行か?」
「だとしても――」


そう聞こえた声にマリシアは声を上げた。


「皆さんにお話があるんです! 聞いてくれますか!!」




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】天候を操れる程度の能力を持った俺は、国を富ませる事が最優先!~何もかもゼロスタートでも挫けずめげず富ませます!!~

udonlevel2
ファンタジー
幼い頃から心臓の悪かった中村キョウスケは、親から「無駄金使い」とののしられながら病院生活を送っていた。 それでも勉強は好きで本を読んだりニュースを見たりするのも好きな勤勉家でもあった。 唯一の弟とはそれなりに仲が良く、色々な遊びを教えてくれた。 だが、二十歳までしか生きられないだろうと言われていたキョウスケだったが、医療の進歩で三十歳まで生きることができ、家での自宅治療に切り替わったその日――階段から降りようとして両親に突き飛ばされ命を落とす。 ――死んだ日は、土砂降りの様な雨だった。 しかし、次に目が覚めた時は褐色の肌に銀の髪をした5歳くらいの少年で。 自分が転生したことを悟り、砂漠の国シュノベザール王国の第一王子だと言う事を知る。 飢えに苦しむ国民、天候に恵まれないシュノベザール王国は常に飢えていた。だが幸いな事に第一王子として生まれたシュライは【天候を操る程度の能力】を持っていた。 その力は凄まじく、シュライは自国を豊かにするために、時に鬼となる事も持さない覚悟で成人と認められる15歳になると、頼れる弟と宰相と共に内政を始める事となる――。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載中です。 無断朗読・無断使用・無断転載禁止。

石しか生成出来ないと追放されましたが、それでOKです!

udonlevel2
ファンタジー
夏祭り中に異世界召喚に巻き込まれた、ただの一般人の桜木ユリ。 皆がそれぞれ素晴らしいスキルを持っている中、桜木の持つスキルは【石を出す程度の力】しかなく、余りにも貧相なそれは皆に笑われて城から金だけ受け取り追い出される。 この国ではもう直ぐ戦争が始まるらしい……。 召喚された3人は戦うスキルを持っていて、桜木だけが【石を出す程度の能力】……。 確かに貧相だけれど――と思っていたが、意外と強いスキルだったようで!? 「こうなったらこの国を抜け出して平和な国で就職よ!」 気合いを入れ直した桜木は、商業ギルド相手に提案し、国を出て違う場所で新生活を送る事になるのだが、辿り着いた国にて、とある家族と出会う事となる――。 ★暫く書き溜めが結構あるので、一日三回更新していきます! 応援よろしくお願いします! ★カクヨム・小説家になろう・アルファポリスで連載中です。 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

処理中です...