上 下
185 / 274

185 義弟ナスタの苦痛と苦悩。

しおりを挟む
――ナスタside――


貴族達から、王太子領での出来事を聞くようになった。
夜会に参加していると、沢山の貴族たちが義姉の話をする。
すると、数名の男性が私の方へ歩み寄ってきた。


「お聞きになられましたかな? ナスタ殿」
「ええ、尊敬してやまない義姉のリディアの事ですね」
「そうですとも。なんとも画期的な事を考えられる方ですな!」
「マルシャン家も何故リディア様のような方を追い出してしまったのか……眼が曇っておられたのでしょうな!」
「ははは、私は最後まで反対したんですが、父が愚者でして」
「確かに前公爵様はアレでしたな」
「父は姉の才能に全く気が付かなかったのです。アレだけ知恵の回る姉を何故追い出したのか、嫉妬かもしれませんね」
「しかもダンノージュ侯爵家に取られてしまっては手も足も出ませんな」
「ええ、何か秘策でもあると良いんですが」


そう言って内心イライラしつつも話を合わせていた。
姉を取り返したい一心でダンノージュ侯爵領にも赴き、腐敗させるところは腐敗させ、腐敗している所を更に腐敗させてやったというのに、ダンノージュ侯爵領はそれすらも片付けてしまう。
暗躍して、少しでも住みにくい領にして、そんな領に姉を嫁がせる等と言ってやろうと思っていたのに全く上手くいかない。
これ以上派手に動けば、マルシャン家が暗躍していることがバレてしまう可能性もある。
どうしたものか――。

多くの貴族が姉の事を絶賛する。
私の心から愛してやまない姉を「王太子領の救世主」だと口にする。
「知の化身」などと言う言葉も耳にするが、姉の一番すごい所は、あの美しさだ。
令嬢らしくもない服装に泥だらけになりながら作物や薬草や花の種を貰い、箱庭に入っては暫く出てこない。
出てきたかと思えば泥だらけで、心を掴む笑みを冒険者に送るあの姿。
全く公爵家らしくないその素振りと、輝かしいまでの美しい笑顔。
だが――、一度たりともその笑みを俺や家族に向けたことは無い。

嗚呼姉さん……あの笑みをダンノージュ侯爵家の跡継ぎには向けているんだろうか。
まさかもう獣のように襲われて初めてを散らしてしまっただろうか。
そうだとしたら、寝取らねばならない。
そうだとも、姉さえ手に入れば貴族である必要すらないのだから、姉と二人きりになれる方法さえあれば――。
箱庭に逃げられないようにだけは注意が必要だが、何とか姉との接点が欲しい。
だが、現状その接点を持てないでいる。

姉はスルリと箱庭に消えてしまう。
箱庭師と言うスキルからか、彼女は直ぐ見えなくなる。
恋しい恋しい姉さん……君をどうすれば独り占めできるんだろうか。


「ダンノージュ侯爵のアラーシュ様だ」
「何とも幸運の方よな」
「商売も上手くいって、知恵の女神までいらっしゃるのだから」


聞こえた声に目を向けると、老いて尚も大きく見えるその風貌と空気に皆が気圧される。
公爵家と言えど、上の侯爵家に先に声を掛けることは出来ない。
何とも歯がゆい気分を味わう。
他の者たちも次々にアラーシュの方へ流れていき、知恵の女神――姉に会いたいと懇願するが、アラーシュは聞き入れることは無い。


――ダンノージュ侯爵の呪いの所為だ。


ダンノージュ侯爵の血筋の者は、自分の伴侶と決めた相手を他の人間に見せることは無い。
妻となった者は社交すらさせず、己だけのものにするのがダンノージュ侯爵家の呪いだと聞いたことがあった。
姉は社交好きではなかったので、喜んで引き籠っている姿が想像できたが、義弟に会いたいという気持ちすら摘み取られているのではないだろうか?

そう思った途端、奥歯を強く噛み憎らしい目つきでアラーシュを見た。
一体何処で貴様の孫が姉と会ったのかは知らないが、どうせ孫の方から声を掛けたんだろ。
清らなかな姉を騙してまで、あの美しさが欲しかったのだろう。
なんて浅ましいんだ!!

そう叫びたい気持ちを抑え、飲み物を飲み干すと夜会を後にした。


嗚呼……ダンノージュ侯爵に捕らわれた姉を早く助け出さなくては。
両親さえ愚かでなければ、今頃姉は私の手元で愛されて自由に過ごせていただろうに、なんて可哀そうなんだ。
早く、早く助け出さねば。

だが、王太子にもナカース国王からも信頼の厚い姉を、どう奪い取る?
ナカース王すら、ダンノージュ侯爵に取られていなければ王家にと欲しがる姉を、どうすれば手元に置いておける?

姉の為に領地を豊かにし始めたばかりだというのに、余りにも道のりは長かった――。
早く次の一手を打たねば。
早く次の一手で、確実にダンノージュ侯爵にダメージを与え、姉を取りかえさねば。
気持ちだけが焦り、屋敷に帰ると牢屋につなげている両親の元へ向かい、今日の出来事を切々と話す。


如何にお前たちが愚弄であったか。
このまま毒殺してやろうか。


そう言いながら鞭を手に、両親だった者たちを鞭打ちしていく。
泣き叫ぶ声よりも姉の声が聴きたい。
長い事鞭打ちしていると、二人は動かなくなったので古くなったポーションを投げつけてから地下牢を出た。

姉がいなくなってから虚しい日々が続いている。
潤いが欲しい、姉が欲しい。
あの大好きな私に向ける顔が見たい。
姉に叩かれた頬が熱く感じる。


「嗚呼姉さん……早く私の許に戻ってきてくれ……気が狂いそうだ」


姉の部屋に入り、彼女のベッドに寝転がると外から見える月の輝きに姉を重ねて見つめた夜の事――。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。

バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。 そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。 ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。 言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。 この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。 3/4 タイトルを変更しました。 旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」 3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界で料理を振る舞ったら何故か巫女認定されましたけども~人生最大のモテ期到来中~

九日
ファンタジー
女神すら想定外の事故で命を落としてしまったえみ。 死か転生か選ばせてもらい、異世界へと転生を果たす。 が、そこは日本と比べてはるかに食レベルの低い世界だった。 食べることが大好きなえみは耐えられる訳もなく、自分が食レベルを上げることを心に決める。 美味しいご飯が食べたいだけなのに、何故か自分の思っていることとは違う方向へ事態は動いていってしまって…… 何の変哲もない元女子大生の食レベル向上奮闘記――

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

普通の勇者とハーレム勇者

リョウタ
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞】に投稿しました。 超イケメン勇者は幼馴染や妹達と一緒に異世界に召喚された、驚くべき程に頭の痛い男である。 だが、この物語の主人公は彼では無く、それに巻き込まれた普通の高校生。 国王や第一王女がイケメン勇者に期待する中、優秀である第二王女、第一王子はだんだん普通の勇者に興味を持っていく。 そんな普通の勇者の周りには、とんでもない奴らが集まって来て彼は過保護過ぎる扱いを受けてしまう… 最終的にイケメン勇者は酷い目にあいますが、基本ほのぼのした物語にしていくつもりです。

処理中です...