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144 ダンノージュ侯爵領に蔓延る腐敗と、サルビアの花の為に。

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――カイルside――


――ダンノージュ侯爵領は腐敗が進んでいる。
それを強く感じるのは、道具屋の一件があったからだろうか。
あれから祖父に話を聞けていない事もあり、屋敷に到着すると呼び鈴を鳴らした。
夜遅くに来た際に人を呼べるよう、部屋に呼び鈴を用意して貰っておいたのだ。


「ようこそお越しくださいましたカイル様」
「緊急案件で来た。祖父はまだ起きているか?」
「はい。ご案内致します」


やってきたブラウンさんと共に祖父の執務室へと向かうと、遅い時間だと言うのに祖父は仕事をしていた。
どうやら王様案件らしい。


「久しぶりだなカイルよ。忙しく飛び回っていると聞いているぞ」
「ええ、大口依頼も多く飛び回っております。そこで、ダンノージュ侯爵領で起きた道具屋の一件のその後の報告を、まずはお伺いに来ました」
「ああ、道具屋の一件で馬鹿をしていた者たちだが、全員牢にぶち込んで入る。ただ、一人自害してしまってな」
「どなたですか?」
「酒場通りの元道具屋、バルナルディだ」


思わぬ話に目を見開くと、祖父は立ち上がり俺の許へと歩み寄ると、ソファーに座るように指示を出した。


「バルナルディは自害と言う形になっているが、牢番が言うには面会の人物が来た後に亡くなったそうだ」
「面会ですか?」
「ああ、リディアの義理の弟、ナスタだ」
「!」


思わぬ人物の名前に俺がソファーから立ち上がろうとすると、祖父は「落ち着いて座れ」と口にした為、一呼吸置いてからソファーに座り直した。


「リディア嬢からも調べを進めるように頼まれていたのだ。バルナルディとナスタが繋がっていると言う情報はリディア嬢から貰った情報だった。だが、ナスタの事を調べれば調べる程分からぬことだらけだ」
「と言うと?」
「ナスタの事で分かっていることは、義姉であるリディア嬢を手元に戻そうとしている事だけだった。無論、ダンノージュ侯爵家の婚約者となったリディア嬢を連れ帰る事は不可能に近い。国王陛下からも評価の高いリディア嬢を、陛下も追い出された実家に帰せとは言わんだろう。故に、どんな手を使ってくるかは不透明だ」
「……」
「そして、代替わりしてナスタが領地経営を始めると、傾いていた領地経営は持ち直して上手くいっているようだ。今のところダンノージュ侯爵家にあちらの家からの接触はまだない。つまりは、時がまだ来ていないと言う事だろう。恐らく、ダンノージュ侯爵家よりも己の家の方が優れていると周囲に解らせるまではな」
「その件ですが、火急の知らせが御座います」
「ほう?」
「ダンノージュ侯爵領の薬師協会からの連絡はどの様なものがありますか?」
「至って普通。売り上げともに問題ないと」
「その事ですが――」


そこで、ドミノが言っていたダンノージュ侯爵領の薬師と薬局の現状及び、ダンノージュ侯爵家に伝えるべき人物にお金を渡して嘘の申告をしていることも伝えると、祖父の目はユラリと燃えた。


「なるほど……では、担当者を変えてもまた癒着があるか」
「可能性は高いかと。薬師曰く、ゴミ箱のような状態だと言う事でしたので」
「ふむ、梃入れが必要か……」
「そこで、商店街で薬局を作る事になっているのですが、薬師協会に入らない特別措置を出して頂ければと」
「と言うと?」
「リディアが言うには、現在の薬師協会の在り方は人災だと言う事です。そのような場に、民を助けたいと真に願う若者たちを入れることは本意ではありません。なので、新しいモデルケースとして薬局を作りたく思います」
「ほう」
「それ故の特例措置です」
「具体的には?」
「箱庭では当たり前ですが、民の為の薬師の活動です。子供に薬を飲ませやすくするシロップや、老人が誤飲を防ぐための服薬のゼリーなど、薬師協会で出していない商品は多数あります。それが、どれくらいの効果があるのかと言う特例措置を出して欲しいのです」
「なるほど……。ダンノージュ侯爵家に報告が上がっている状態と、お前たちの作る薬局の違いを民にも見せつけ、尚且つ膿を洗い出すと言うことか」
「ですが、俺たちだけでは無理でしょう。出来れば各薬局に、ダンノージュ侯爵家に恥じない監査員を出して頂ければと思います」
「神殿契約を果たした監査員か、良かろう。それで膿が出せるのなら早い方が良い」
「有難うございます。出来れば俺達の作る薬局が出来上がってからが助かります」
「分かった、ダンノージュ侯爵領は後に冬に入る。急ぎ薬局を作る様に」
「はい」


報告が終わり、ホッと安堵の息を吐きかけたその時だった。


「それからカイル」
「はい」
「お前たちは良くやっている。王太子領でもダンノージュ侯爵領でも、サルビアは無くてはならない花となっているのだ。花とは水と土が無くては育たない。だが、害虫も寄ってきやすい。その害虫駆除は、ワシも手伝おう」
「有難うございます」


これ程、嬉しい言葉はない。
サルビアとは俺たちのやっている店であり、土や水は民や冒険者の事だろうとは直ぐに理解できる。
そして害虫も――祖父の力を借りることが出来るのであれば、早々に駆除は出来そうだ。

今、ダンノージュ侯爵領を蝕んでいる問題を一つずつ解決し、より住みやすい土地に変えることが出来れば、それだけで助かる命が増えるのであればそれに越したことは無い。
王太子領を変えていったように、俺達がダンノージュ侯爵領を変えていく。
民が泣いて暮らす土地ではなく、笑って生きていける土地に。


「時に、リディア嬢は色々商品開発に勤しんでいるかね?」
「ええ、最近では料理関係の店も手掛けるようになっています」
「ほほほ! 流石はダンノージュ侯爵家に相応しい娘よ」
「ロキシーもライトを支え、ダンノージュ侯爵領にある商店街を纏めています」
「うむうむ、大変良い事だ」
「箱庭の皆は、人の為に出来ることをしたいと、自ら動いています。子供達には教室を作り読み書きや計算が出来るようにしている所です」
「実に良い事だ。子こそ宝だからな」
「それに、リディアは新しい試みを次々生み出しています。それが巡り巡って、民の為に成ればと思います」
「うむ、それを聞いて安心した。お互いの仲も良好のようで何よりだ」
「はい。それではそろそろ帰ってリディアを安心させたいと思います」
「うむ。早めに薬屋を作ることを建築師にも言っておいてくれ」
「分かりました」


こうして祖父との会話も終わり箱庭に戻ると、リディアは心配してかまだ起きていた。
そこで、祖父との会話で出た事をリディアに告げると、リディアは「では尚更、ダンノージュ侯爵領をより住みやすい領へ変えなくてはなりませんわね」と意気込んでいたが、流石に夜も遅かったので、興奮冷めやらぬリディアを宥めて眠りについた。
そして翌朝、ライトに祖父からの言葉で薬屋を早く作る為に建築師に急いでもらう様伝えて欲しいと言伝を頼み、リディアには何も言わなくともやる事は分かっているようだった。

そして、ライトにダンノージュ侯爵領の宿屋協会に渡すガーゼシリーズ残り250セットをアイテムボックスで手渡すと、俺は最終段階に入っている焼肉店の研修状態の様子見へ、リディアは箱庭でせねばならない事を優先することにした。
そして――帰ってくると、とんでもない事態になっているとは、この時思ってもいなかった。

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