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58 ライトの白と黒の在り方と、恋の行方。

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――ライトside――


その通達は、朝一で冒険者ギルドが聖水を受け取りに来た時にありました。
冒険者ギルドに聖水を渡す作業をしていた私に対し、ギルド職員の方からこう言われたのです。


「今日の朝10時、王都広場で紅蓮の華のメンバーが奴隷に堕とされる」
「え?」
「騎士を殺して王都からの逃走を図ったらしい。その上、聖水を横領した上にサラマンダーの涙を闇オークションに出した証拠が見つかった。更に国王陛下への侮辱罪だそうだ」


その話を聞いていた時、背後で物が落ちる音がした。
振り返ると目を見開き動けないでいるロキシーさんがいて、私は「そうなんですね」と話を切ると、聖水を何時も通りに渡してドアを閉めた。


「ロキシーさん」
「……え、あ」
「朝10時、王都の広場だそうです。……行きますか?」


思わぬ言葉だったんでしょう。
ロキシーさんは一瞬狼狽えた様子を見せましたが、私は彼女へ歩み寄ると腕を掴んで彼女の顔を見上げた。


「……元の仲間が心配なのでしょう? 行くのでしたら、私も貴女に着いていきます」
「ライト……」
「私が隣にいます。会いたいのでしたら、一緒に行きます。でも……もう過去の事だと思って会いたくないのでしたら、一緒に店にいましょう?」
「……」
「ロキシーさん」


ロキシーさんは言葉が出てこない様子で、困惑の色を隠さず俯いていました。
元の仲間が奴隷に堕ちるところなんて見たくないでしょう。
けれど、何故そんな事をしたのか怒鳴りつけたい気持ちもあるんだと思います。


「ロキシー。素直になってください」
「ライト……?」
「あなたの中で、心の中で決着がついてないのでしたら、決着をつけて何時もの貴女に戻って欲しい。逃げても構いません。けれど貴女は逃げたらその場で立ち止まってしまうでしょう?」


思わぬ言葉だったのか、ロキシーさんは驚いた様子だったけれど、小さく「そうだね、まさにその通りだよ」と小さく呟き、今度は私の手を握りしめた。


「でも一人じゃ怖い……」
「私が貴女の隣にいます」
「……うん」


小さく頷いたロキシーに、兄さんに店番を頼むと二人で走って王都の広場へと向かった。
広場には既に紅蓮の華のメンバーがロープで繋がれて立っていて、大勢の人だかりが既に出来ていたけれど、私とロキシーさんは離れることなく人込みをかき分けて前に向かい、一番前までくると、胡乱な目をした紅蓮の華のメンバーを見た。
中には、兄を裏切った男も立っていて一瞬殺気がでそうになりましたが、何とか堪えました。
それよりも、ロキシーの事が心配だったからです。


「アニーダ……それにサーディス」


二人の名を呼んだロキシーさんに、私はリーダーであった女性と、隣にいる魔法使いをみました。
ロキシーさんはこのサーディスへ恋をし、振られて紅蓮の華を抜けたと言われています。
どうしてロキシーさん程の女性を振ることが出来るのか、未知の領域で分かりませんが、二人はロキシーさんに気が付くと目を見開いたようでした。


「ロキシー……アンタ!」
「ロキシーお願いだ! 昔みたいに僕を助けて!!」
「サーディス! アンタは私の彼氏でしょ!?」
「ふざけるな! こんな目に遭わせておいて彼女面すんなよな! なぁロキシー……僕が悪かったよ。今なら分かる、僕は間違ったんだ。君こそが僕の未来だったんだ!」
「サーディス!!」
「君があんなにも繊細な女性だって気が付かなかったんだ! ねぇロキシー僕を助けてよ!」


喚く二人にロキシーさんと繋いでいた手が……僕の手を強く握りしめたのが分かった。
その手を僕は絶対に離さない。そう誓うように強く握り返した。
ロキシーさんは驚いたのか私を見つめたけれど、私は努めて優しい笑顔でロキシーさんを見つめた。


「大丈夫ですよ。貴方の隣には私が居ます」
「ライト」
「貴女の好きにして良いんです。言いたかった言葉を彼らに投げてもいいんですよ。ロキシーにはそれだけの理由があります」
「……ありがとう」


ロキシーさんは前を見つめ、その表情にもう迷いはなかった。


「――僕を無視すんなよな! 助けろって言ってるんだよ!!」
「嫌なこった! 自分のやった罪も償えないような奴、お断りだね!」
「はぁ!?」
「聖水の横領、サラマンダーの涙の裏オークション流し、その上騎士殺しに国王陛下への侮辱罪。それだけ罪を重ねておいて、何都合の良い事いってんのさ。恥を知りな!」


ロキシーの透き通る声が木霊し、紅蓮の華のメンバーはこちらを殺す勢いで睨んできましたが、ちっとも怖くなんてありませんでした。


「本当に情けないねぇ……。情けなさすぎて笑えちまうよ」
「ロキシー……アンタ私に好きだった男を寝取られて落ちぶれてたくせに!」
「おやまぁ? それは何時の頃の話だい? 随分と昔の事を話してくれちゃって。それより今の話を聞きたいねぇ?」
「「今は……」」
「今ではロキシーさんは王都で一番人気のネイルサロン・サルビアのオーナーですもんね!」
「アンタの兄貴……カイルのお陰で雇われオーナーだけどね」
「いいえ。ロキシーさんは本当に凄いです。心の底から尊敬してます! けどあなた方は、誰かに誇れるような、尊敬できるような事をしたんですか? 教えて頂けますでしょうか?」


私がにこやかに口にすると、紅蓮の華のメンバーは顔を背けました。
誇れることも、尊敬出来るようなことも無かったんでしょうね。


「無いんですか? 何一つ、無いんですか?」
「う……煩いガキだね! アンタなんかお呼びじゃないんだよ!」
「はぁ、負け犬の遠吠えって奴ですか? 自分たちとロキシーさんの違いを見せつけられたのがそんなに嫌だったんですか?」
「ロキシー! 誰なんだよそのガキは!!」
「カイルの弟だろ!! テメーぶっ殺してやる!!」


それまで黙っていた兄の宿敵と言うべきか……唾を吐き散らしながら私の方に叫んできたので笑顔で「は?」と答えておいた。


「冒険者として、人として恥ずかしく、誇ることも出来ない人生を歩んだ人間の末路を分かりやすく教えてくださる機会を下さり有難うございますね」
「このっ」
「心に刻み、真っ当な人生を歩もうと思えました。無論、ロキシーさんの前で無様な生き方をしようなんて思いもしませんが」
「ライト」
「ロキシーさんはまだ彼らにお話はありますか?」
「いや、もう無いね。此処まで落ちぶれてるなんて思っても無かったよ。興味もなくなった」
「そうですか、では私から申し上げたいことがあるんです。宜しいですか?」
「好きにしな」


ロキシーさんから許可が出たので、紅蓮の華のリーダーと魔法使いの近くまで行くと、笑顔で私は言葉を口にする。


「私のロキシーを自由にして下さってありがとうございます。あなた方はこれから死ぬのでしょうが、安心してください。誰も貴方たちの死など、誰も気にも留めないでしょう」
「「……は?」」
「ですが、私は二人にとても感謝しているので、伝えておこうと思います。ロキシーの事は私が幸せにしますから安心して死んでいってくださいね。今まであなた方が散々ロキシーを苦しめた時間の数倍の時間をかけて、私が彼女を幸せにします。きっとロキシーの記憶にあなた方が残る事は無いでしょう。安心して地獄へ行ってきてくださいませ!」
「ふ……ふざけるな! ロキシーは僕の事が、」
「もう、あなた方に興味がないそうですよ? 今になって惜しくなったんですか? ロキシーが美しくなっていて、誰よりも輝いているから惜しくなったんですね? フフフ、本当に愚かだなぁ……。彼女は元から美しく清く正しい女性でしたよ? 貴方たちの目が腐っているから異物に見えたんでしょう?」


笑っているけれど目は笑ってない。
話はしているけれど、あなた方には興味がない。
それをハッキリと解らせるように言葉を紡いでいく。


「腐りきった心のままだったから、こんな未来になったんですよ? でも、あなた方が腐っていたお陰で、私のロキシーは幸せになれるんです。そこだけは感謝しますね」
「このガキが!」
「まぁ、あれこれ話しましたが、私はあなた方に興味なんて無いんですよ。あなた方はそれだけの小さい人間なんです。魅力が無いんですよ。ですので、これ以上話しても時間の無駄ですので帰りますね。それでは、楽しい死の時間をお楽しみくださいませ」


そう言うと彼らは一瞬ビクッと恐怖するように私を見た。
笑顔から素に戻った私の目を見て、震えあがったのは――何故でしょうね?

けれど、ロキシーさんの手を離すことは一切することも無く、またロキシーさんは顔を赤くしながら言葉を呑み込んでいるようでしたが、「行きましょう」と笑顔で彼女の手を引くと店の方角へ歩き出した。
後ろから紅蓮の華のメンバーが何かを叫んでいますが、もう人の言葉を話すことが出来ないようになったのでしょう。
まるで獣のような声でしたので私の耳には何一つ残りませんでした。

会場の外に出ると、ロキシーは大きく息を吐いて、「あ―――全くもう!」と大きな声を出した為驚きましたが……。


「アンタ、スラスラと火に油どころか爆薬投げ込むような真似して!」
「そうですか? 私としてはごく普通の事しか話していませんし、当たり前のことしかお話ししてませんよ?」
「だからってっ」
「彼らには心から感謝してますよ? 彼らが愚かだったが故に、ロキシーを愛することが出来る喜びを貰えたんですから」
「だからそうじゃなくて」
「私は本気ですよ」
「ああ……うん、そうかい」
「はい!」


素直に返事を返すと、ロキシーさんは顔を真っ赤に染めて、でもシッカリと手を繋いで歩き始めました。
それでも、繋いだ手が……ロキシーさんの手が熱くなっているのを感じて、一人幸せな気分になってしまいました。


「厄介な男に惚れられたかねぇ……」
「私の事ですか?」
「他に誰かいるかい?」
「居ないと思いたいですね」
「流石カイルの弟と言うべきか、何なのか……」
「フフフ、私たち兄弟は好きになった相手には真っ直ぐなんです。絶対に横から取られたりしない様にガッチリと。もう、私から逃げられませんよ。ロキシー?」
「……はいはい。じゃあシッカリとアタシを捕まえておきな」
「身動きが取れなくなる程捕まえてもいいんですか?」
「愛が重いんだよ! もっと軽くしな!」
「此れでも精一杯軽くしてます!」
「全くもう」
「ええ、本当に。……早く私だけのものにしたい」


そう言って彼女の手を強く握り、真っ直ぐロキシーを見つめて口にすると、ボンッ! と音が出そうなほどに顔を真っ赤にしたロキシーさんが私を見つめて口をハクハクと動かしていました。
何をそんなに照れているんでしょうか?


「ロキシー?」
「アンタ……年齢詐欺だろう」
「まだ11歳です。コレからもっとイイ男になりますよ?」
「そうだったね、期待しとく」
「ええ、是非期待してくださいね!」


――こうして、その後は二人して店に戻りいつも通りの仕事になりましたが、冒険者の方々が言うには、紅蓮の華のメンバーは泣き叫びながら奴隷の首輪をつけられ、炎のダンジョンに連れていかれたらしいです。
まぁ、もうそんな話を聞いても、私もロキシーも何も思う事はありませんでしたがね。


あんな人たちが何時までもロキシーの心にいること自体が許せないですし、シッカリと消していけるように、愛を沢山注ごうと思います。
沼にハマって、もう抜け出せないくらいにズブズブに――。


「ん? ライトどうしたんだい?」
「いいえ、なんでもありませんよ」


これからどうぞ、末永く宜しくお願いしますね? ロキシー。
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