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55 命を繋ぐために箱庭師が用意したもの(上)

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――カイルside――


この一カ月から二カ月ほど、リディアは常に何かと戦っているように見えた。
理不尽な扱いを受けた女性をみたからなのか、はたまた、弱者の生きる道が少ないからか。
リディアは店で稼いだお金を、皆に払う給料などは退(除)けて、虐げられている娼婦を買う事に使った。
金貨で溢れそうだった鞄の中も、ある程度はスッキリする程度の出費だったが、おかげで沢山の元娼婦の女性達を保護することが出来た。

そして――元娼婦たちに言うんだ。

『あなた方はこれから身体を売るのではなく、己の磨いた技術を売るのです!』

その言葉は元娼婦だった女性達の心に深く根付き、ネイリストとして開花していく者は多かった。
それでも向き不向きはあるもので、どうしてもネイリストにはなれそうにない二人は、俺の許で次のネイルサロンに向けて、商売人としての研修を受けさせることで事なきを得たが、二人の女性――シアンとササリンは貪欲に商売のノウハウを吸収し始めた時は驚いたもんだ。


何より一番驚いたのは、リディアがスキルボードを作っていた事だ。
ロストテクノロジーで作ったと言うスキルボードは、この王国では教会しか所持を許されていない。
バレれば斬首刑だろうが、リディアはそんなことはお構いなしだ。


『斬首刑? わたくしが箱庭師と言うユニークスキルを持っている時点で斬首刑と変わりませんわよ。今更何を怯えますの?』


呆れたように言い放ったリディアの強さに惚れ直した。
溜まらず思いっきり抱きしめたのは言うまでも無く、リディアは「暑苦しいですわ!」と顔を真っ赤にして嫌がっていたが、キスをしなかった俺は偉いと思う。
また、リディアは内部処理班と言う、箱庭内で活動するスキル持ちを結成し、皆にスキル上げをさせながら商品を作らせているらしい。
彼女たちのスキルが育ち、色々作れるようになったらリディアの負担も随分と減るだろう。
その為だったら魔石の大量買いくらいなんてことは無い。
現在、道具店サルビアと契約している魔石店は三つあり、それぞれで魔石を大量購入させてもらっている。
最初こそ不穏に思った店主たちだったが、道具店サルビアの名を出せば理解が早かった。
それ程までに店の名前は王国内に広がっているのだと、改めて気を引き締めた。


リディアの打ち出すやり方は、強引だが即効性のあるやり方だ。
それに、作り出すアイテムもまた凄いものが多い。
『破損部位修復ポーション』に至っては、心の傷もある程度治すことが出来ると分かり、用意した30本は全て使い切った。
今俺の鞄に入っている『破損部位修復ポーション』は全部で12本。
『神々の護符』は30個。
これは、リディアから雪の園の面子に渡して欲しいと頼まれたものだ。
そして、此れも渡して欲しいと言われて手渡された『エリクサー』は計6本。
『エリクサー』には使用回数が決まっているようで、一人2本までが限界らしい。
その辺りはキッチリと雪の園の面子に話をする予定だ。

店も閉店を迎え、シアンとササリン、そしてライト達が各々戻ってから数分後、店の扉が開き雪の園の面子が入ってきた。


「やぁ店主、久しぶりだね」
「ほんとうに」
「色々大変だった」
「お疲れさまです。奥の商談スペースへどうぞ」


にこやかに三人を迎え入れると扉のカギを閉め、三人からダンジョン活性化の現状を聞くことになった。


「外部にはあまり漏らしたくはないんだが、君は信用が出来るからね。色々愚痴を言わせてもらっても良いかな?」
「勿論です」
「では話をしよう。現段階で三か所のダンジョンの鎮静化にあたっているが、風のダンジョンと水のダンジョンに関してはある程度鎮静化出来ている。問題は炎のダンジョンなんだ」
「一番王都に近いダンジョンですね」
「ああ、私たちは風のダンジョンを担当し、朝の露は水のダンジョンを鎮静化出来ているが、紅蓮の華が炎のダンジョンの担当なんだが、上手くいっていない。聖水を使った鎮静化も同時進行しているが、噂では紅蓮の華は聖水を使わず貯めこんでいるのではないか……なんて声も上がっているほどだ」
「それは……」
「聖水は高いからねぇ……。使った振りをしたくなる気持ちもわからなくはない。だが、今そんな事をしている場合ではないことくらいは、紅蓮の華も分かっているはずなんだがね」
「紅蓮の華は、知名度はある」
「けど、それはロキシーがいた時代のこと」
「「今はクソ野郎の巣」」


双子からそんな辛辣な言葉が飛び出す程、今の紅蓮の華は宜しくないらしい。


「既にほぼ鎮静化された風のダンジョン、水のダンジョンから私たち高ランク冒険者を炎のダンジョンへ投入し、鎮静化させるのが今度の目的だ。二週間以内に鎮静化しなくてはならない以上、少々無理が出来てしまうだろう」
「では、その間二週間、炎のダンジョンに篭るんですか?」
「護符が一日一回の使い切りだからね。一週間毎日篭る事になるだろう。それに嫌な話もあってね」
「嫌な話とは?」
「炎のダンジョンは、絶対触れてはならない、ある物があるんだ。それは、【サラマンダーの涙】と呼ばれるもので、今あるダンジョンで見つかっている最後の休憩所に存在する像なんだが」
「どこかのアホが」
「像の涙を奪った」
「何ですって?」
「紅蓮の華の連中が盗んだらしい。しかも涙が無くなり休憩所のサラマンダーが動き出し、休憩所ではなくボス部屋となっている……と言う話だ。紅蓮の華の連中は自分たちではないと否定しているが証拠もある。炎のダンジョンの鎮静化に、聖水を本当に使っているのかアイテムボックスの中身を確かめさせろと言っても見せようとはしない。故に、騎士団との亀裂が生まれている」
「ですが、サラマンダーを倒すことは不可能では?」


この国では、サラマンダーは守り神の一種とされており、守り神が守っているモノを奪う事は絶対に許されない。
もし奪った場合は極刑に処されることになっているのだが、それを紅蓮の華が知らない訳はないのだ。
サラマンダーを鎮める方法は、その涙を返す事だけだが……。


「まぁ、紅蓮の華のアイテムボックスにはないだろうね」
「何故です?」
「闇オークションで出てた」
「サラマンダーの涙」
「はあ!?」
「主催側はサラマンダーの涙を紅蓮の華から買い取ったと言っている。書類にサインもあったから間違いはない。だが、紅蓮の華のリーダーはそれを拒否している。いわば泥沼さ」
「では、サラマンダーの涙は誰が返すことになるんですか? 下手をすれば命の危険がありますよ」
「王家からの指示はこうだ。王命により紅蓮の華をサラマンダーの囮に使う。朝の露が彼らのアイテムボックスを没収し、中にある聖水もサラマンダーに使う。その間に私たち雪の園メンバーでサラマンダーの台座に涙を返す。まずはそこから始めないと鎮静化もなにもない」
「………」
「だが、反対にサラマンダーが暴れているからこそ鎮静化していないのかも知れない。もしサラマンダーが鎮静化し、元の像に戻れば」
「炎のダンジョンの鎮静化が成功する……と言うことですか?」
「恐らく。私たち雪の園と朝の露はそう見ている。少なくとも、王命により紅蓮の華はサラマンダーの囮として使い潰され死ぬだろう。私たちも五体満足で居られるかは分からないが、出来る限りの事はしようと決めている」


言葉が出ない。
紅蓮の華はロキシーが居た時代は本当に強くて皆の憧れのSランク冒険者の集まりだった。
だが、ロキシーが抜けてからは一人抜け、二人抜け……今残っている面子は魔法使いと、ロキシーと競い合っていたリーダーの女性の前衛が一人、後は何処の誰かも分からない面子だ。


「今の紅蓮の華には黒い噂が絶えない。王家としても、その様な者たちをSランク冒険者として置いておくことは困難とみたんだろうな」
「そう……ですか」
「私たちも、この戦いが終わったら冒険者を辞める準備を始めている。王家からは報奨金もでるが、五体満足で居られる保証がどこにもないんだ」
「死なないにしても」
「多分、無事じゃない」
「それに、今回の作戦に王国の騎士団は参加しない。参加するのは囮の紅蓮の華と、私たち雪の園と朝の露のメンバーのみ。死ぬ気で頑張れっていう事だね」
「死にたくないけど」
「生き残るために頑張る」


そう言って双子はリディアが作った髪飾りに触れた。
途端、思い出したかのようにアイテムボックスを開き、俺は一つの箱を取り出した。


「雪の園の皆さんに、今から取引を申し出ます」
「取り引き?」
「「なんの?」」
「これから幾つか出す物について、仮に命令相手が国王陛下であっても絶対に秘密にする取引です。もし守って頂けるのでしたら、命がある限り五体満足で戻ってこれる保証を致します」


思わぬ言葉だったのだろう。
雪の園のメンバーは目を見開いていたが、顔を見合わせ頷きあうと――。


「良いだろう、取引をしよう」
「命だいじ」
「秘密を守る」
「分かりました。信じます。ではまず此方をレイスさんにお渡しします」


そう言って、まず一つ目のアイテムをレイスさんに手渡した――。
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