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52 嫌われ者の箱庭師の有用活用法に覚悟を決める。

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(少々グロテスクな表現がありますのでご注意ください)


そして、三日後の夜の事……。
この世界の娼館と言うのは、酷い環境だと聞いたことがある。
特殊性癖を持つ男性のオモチャ……と言えば、解かりやすいかしら。
レベルの高い娼館では、ある程度娼婦の『命』を優先してくれるけれど、そうではない娼館では、娼婦の『命』と言うのは、とても安いと言われてますわ。
銅貨1枚で消える命もあるとさえ言われています。
そんな中、ネイルサロン・サルビアに入ってきた娼館からの依頼は、レベルの高い娼館からなのかと思いきやそうではなく、どちらかと言えば、下から数えた方が早いレベルの娼館だったのだから驚きです。

スラム近くにある、壊れかけの娼館を前に、ロキシーお姉ちゃんたちは顔を見合わせていました。


『ここが、依頼があった娼館なんだけどね』
『なんか怖いです……うめき声がしてます……』
『レベルの低い娼館なんてそんなものよ。五体満足が何人いるか……二人もいれば御の字ね』


元々が身売りをしていた彼女たちの言葉はとても重い。
それでも、一度受けた依頼ならば行くしか他無く、ロキシーお姉ちゃんとカイルを先頭に崩れかけの娼館へと足を踏み入れたのでした。
顔を顰める程の悪臭……なのでしょうか。
皆さんは顔を歪めるほど、口を覆う程、環境が劣悪なのを感じます。


『どなたかいらっしゃいませんか?』
『はいはい、いますよっと』


そう言ってやってきたのは、随分とお年を召したご老人でした。


『ネイルサロン・サルビアの者です。依頼を受けてこちらに来たのですが』
『ああ、はいはい。確かにうちのに頼んで行って貰ったわ。でも金を払うのは俺じゃない、アンタたちは好きにやってくれ。今案内するの呼んでくるから』


なんだか雲行きが怪しいですわ。
不穏に思っていると、奥から5歳と3歳くらいでしょうか? 小さな女の子達が走ってきてカイルたちに頭をさげ『ごあんなします』と言うと壊れかけの室内を歩き始めました。
ギシギシと音が鳴り、所々床が抜け落ちた場所も多い娼館に、隣で様子を見ているライトさんも困惑しているようです。


『おねえさんたち、ごめんなさい』
『おかねはあまり、はらえないの』
『ひとりでいいから、きれいにしてほしい』
『あすには、ここは、もえるから』


女の子達の言葉にカイルとロキシーお姉ちゃんの顔が歪みました。
女の子の最後の言葉――『あすには、ここは、もえるから』とは、一体何を意味するのでしょう。


『明日、ここは処分になるのか?』
『うん』
『もう、ごたいまんぞく、いないから』
『あとは、もうダメね』
『もやすのよ』
『だって、それがここのルールだもの』
『しかたないのよ。おんなにうまれたから』


彼女たちの言葉に口を覆い言葉を無くしていると、カイルとロキシーお姉ちゃんは何を思ったのか、部屋を一つずつ開き始めました。
そして――。


『生き残っている女性は何人いる?』
『たすけるの?』
『たすからないのに?』
『でもおきゃくさまのいいつけはゼッタイだからおしえるね』


5歳と3歳の女の子はそう言うと走り出し、奥から三つの部屋を指さした。


『みぎにいるのが、サーシャさん』
『りょうあしがもうないよ、こえもつぶれてる』
『ひだりにいるのが、ノマージュさん』
『りょうてがないよ、みぎめもない』
『いちばんおくが、ママ』
『みぎてだけあるよ』
『他の女性達は?』
『さぁ?』
『きづいたらいなくなる、ここはそういうとこ』
『そうか……』


カイルは立ち止まり、小さく『話が違う』とロキシーに伝えると、ロキシーもまた『アタシも聞いていた話と違う』と困惑した様子だった。


『こんな劣悪な環境じゃ、何時死んでも可笑しくない状況なんだろうね。此処を燃やすって話があっただろう? 娼婦が逃げたか、逃げ出したくなる程の劣悪な場所なのかのどっちかだ』
『ロキシー姉さん、アタシたちあんまり長居したらヤバい気がします』
『裏稼業の匂いがプンプンするもの』
『計画変更。ロキシーは金貨3枚でここの娼婦と女の子達を買えるかどうか聞いて来てくれ。3枚で渋ったら4枚まで出せ。他のネイリストは此処で待機、直ぐに避難させる。ナルタニアとダルメシアンは生きていると言われている三人の保護を急げ』
『あいよ!』
『はい!』
『了解しました』
『リディア、箱庭経由で全て動かす、許可をくれ』


わたくし達が見ていることを理解した上での発言に、すぐブレスレットを口に当て許可を出すと、カイルは空き室の扉に自分の腕を突っ込み、ネイリストの安全をまず優先しましたわ。
初めて訪れる箱庭に驚きを隠せないネイリストさん達でしたが、わたくしの姿を見つけるや否や走り出し、池鏡を見て驚愕しながらも固唾をのんで見守っています。
緊迫した空気が池鏡からも伝わり、わたくしは隣で声を失っているライトさんの背中を撫で、この先何があろうと目を背けてはならないのだと決めました。


『カイル! 金貨4枚でここにいる皆を買い取らせてもらったよ!』
『カイル! サーシャと呼ばれた女性だ、辛うじて生きている』
『直ぐに箱庭に。リディアの許へこのアイテムボックスを持って行ってくれ。中に入ってる【アレ】を使えと言えばわかるはずだ』
『解った』
『カイルさん! ノマージュさんもまだ生きてます! でも呼吸が浅いです!』
『リディアの許へ急げ、ロキシーはさっきの女の子二人とママを連れてこい』
『急いで行ってくるよ』


その言葉と同時に、ダルメシアンが布に覆って連れてきたのはサーシャさんと呼ばれた元娼婦さん。
呼吸は浅く、痩せこけ、今にも死んでしまいそうな状態でした。
次に運ばれてきたのはノマージュさんで、こちらも同じような状態。
カイルからと手渡されたアイテムボックスを開くと、三つの瓶を取り出しました。
それから数分もせず、右腕だけがダラン……と力なく揺れている布にくるまれた女性と、二人の女の子がやってきて、カイルが最後に箱庭に来ると、瓶を一本手渡しました。


「リディア、このアイテムは身体にかけるタイプで良いのか?」
「飲んでもかけても大丈夫ですわ。わたくしはサーシャさんを」
「俺はノマージュさんを助ける」
「アタシにも瓶をおくれ、ママって呼ばれた人を助けてくる」
「はい!」


こうして、瓶を開け布にくるまれた女性三人に【破損部位修復ポーション】を掛けていくと、眩い光を放ち失われていた足や腕、つぶれた目などが光り輝いて修復、いや、復活しましたわ。
奇跡とも呼べるその光景にネイリストの皆さんは声を失い驚愕しておられましたが、暫くすると三人の呻き声と同時に、意識を取り戻したようです。


「ここは……?」
「私たち……なにが」
「此処は天国……?」


困惑している女性達にネイリストの皆さんは声を上げて感動した様子ですが、ロキシーお姉ちゃんもカイルも、ナルタニアさんとダルメシアンさんも緊張を解いておりません。


次第に自分たちの状況の把握を少しずつ採れてきた三人は、先程まで失われていた自分たちの手や足を見て驚愕し、やっと周囲を見渡して自分の置かれている状態に困惑しているようです。
そして、男性であるカイルに一瞬恐怖した時でした。


「「ママ!!」」
「リリー! アンリ!」


5歳と3歳くらいの女の子が言っていたママと呼ばれる方が、女の子たちを見つけると両手で抱きしめておられました。
途端、キッとこちらを睨みつける表情に、カイルは辛そうに眉を顰め、わたくしは彼の隣に立ち、三人に向き合いましたわ。


「あなた方を苦しめるつもりはありません。お話を聞いてくださいますか?」
「何を……」
「あなた方を、金貨4枚でわたくしが買いました。此処にいれば衣食住の保証はされます。安全です。それと、暫くはわたくしの言葉に従って貰いますが、ある程度体力が戻ったら好きに決めていただいて構いません。それより、三人は身体の痛みなどはありませんか?」


わたくしの言葉に三人は自分の元に戻った手足を見て、困惑した様子でしたが、特に痛みなどは無さそうですわね。


「特別なポーションを使わせて頂きました。此処にいる皆さんも、この事はご内密にお願いします」
「「「「はい」」」」
「ロキシーお姉ちゃんは今から洋服屋に行って、彼女たちの服の購入をお願いできますか? お金は後で支払います」
「人数分だね、わかったよ」
「ナルタニアさんとダルメシアンさんはネイリストの皆さんをお店まで送って宿屋まで護衛をお願いしますね」
「分かった」
「了解です」
「見ての通り、私たちはあなた方に危害をくわえるつもりはありません。それだけ、今は覚えておいて欲しいです」


わたくしの言葉に三人から敵意は薄れたものの、まだ警戒しているのが伝わりました。
皆さんが箱庭から出る頃、ライトさんが助けた三人と女の子二人用にと、ホットミルクを持ってくると、警戒しながらも一口、また一口と口に入れ、次第に三人の女性はボロボロと涙を零し嗚咽を零しながら、何度も「ありがとう」と言って下さいました。


明日には死んでいた命。
それを助けることが出来たのは、たまたまスキルが上がって、たまたま作ったアイテムのお陰。
彼女たちはきっと――運が良かったのです。
でもそう思うと同時に、わたくしの心に炎が灯り、一つの決め事を作りましたわ。

この国では嫌われ者の――箱庭師。
これを使わずになんとする。
最初から嫌われているんですもの、何てことありませんわよね。


「わたくし、決めましたわ」
「リディア?」
「え、あ、何を?」
「娼館からネイリストになりたい娼婦、見つけましょう。買いましょう。手に入れましょう。身体を売るのではなく、彼女たちに手に職を持たせるんです。今後手に職を持った彼女たちは身体ではなく技術を売るんです。この国が、女性に仕事をさせない国だというのなら、わたくしが仕事を与えますわ!」


ネイリストは今では狙われる程貴族が欲していて、なにより女性からの憧れの職業。
そんな仕事に、虐げられていた女性がなってもいいじゃありませんの!


「此処からは戦争ですわ!」
「リディア……」
「カイルも手伝ってくれますわよね?」
「リディアが向かう未来は俺も目指す未来だからな」
「では、その第一歩として、まずはあなた方三人と小さなお嬢様に、当たり前の衣食住を与えますことを誓いましてよ!」


わたくしの言葉に、三人の女性は涙をそのままに強く頷き、女の子二人は泣いている女性達を気遣っている。
わたくしは生粋に引き籠りですわ。
でも、与える力は誰よりもありますもの!
この戦い。
負けませんことよ!!

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