小説、学生のための発明と特許のすすめ

ヤマシヤスヒロ

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小説、学生のための発明と特許のすすめ

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 「これ、特許出願したいのですが」
 大学4年生の冬休み、英一は、卒業論文のための実験を一通り終わり、卒業論文をまとめながら、特許出願用の書類を作成し、特許庁の国内出願の窓口に持って行ったのである。
窓口の前のソファーには、2,3人のスーツ姿の男性が大きな鞄を持って座っていた。
窓口のカウンターの向こう側には、ワイシャツにネクタイをして作業着を着た中年の窓口担当の人が、
「はい、書類を見せてください」
と、英一に丁寧な感じで言い、
「はい、分かりました。この書類です」
と英一は、作成してきた特許書類を、窓口の担当の人に渡した。
担当の人は、書類を一枚一枚ページをめくりながら、書類に不備がないか調べ、不備がないことを確認したところで、
「それでは、そこで、14000円分の特許印紙を買って書類に貼ってください。」
と、指でとなりの方をさしながら、言った。
「はい、分かりました」
と言いながら、英一は、窓口を出て、右手にある販売所で特許印紙を買い、書類の願書に貼って、また、窓口に行き、書類を提出した。
それで、英一は、卒業研究に基づいて発明した「色可変発光素子とそれを用いたディスプレイ」を特許出願することができた。
 山田英一の通っている大学では、3年生の秋頃に、研究室を訪問し、卒業研究をするための研究室を決めることになっていた。
その日も、研究室を、仲のいい村中君と2人で訪問していた。
「ぼくは、素粒子の理論に興味があるので、山田君、いっしょに訪問しない」
と村中君が言うので、
「ああ、いいよ。ぼくも興味あるので、聞きに行こう」
と英一は、ニコニコしながら、村中君に言った。
理工学部の3号館5階に素粒子理論の研究室があるので、そこに博士課程の先輩がいるので、1時間ほどいろいろ話しをしてくれた。
研究室を出て、村中君は、英一に、
「山田君は、もう決めているんだね。今度はその研究室に行こう」
と言い、
英一は、
「そうなんだ。ぼくは、もう決めているんだ」
村中君は、
「どの研究室かな」
と英一に聞き、
英一は、
「3号館6階にある固体素子研究室なんだ」
と言いながら、村中君といっしょにエレベータに乗った。
6階に着いたエレベータから降りた村中君は、英一に、
「何かやりたいことが決まってるんだね」
英一は、
「そうなんだ。実は、発光現象に興味があってね」
「それを使って世の中にない物を作りたいと思っているんだ」
「固体素子研究室では、発光材料の研究もやってるので、それをやりたいと思ってる」
と言った。
村中君は、
「山田君は、すごいなー。もう具体的に目標が決まってるんだね」
「ぼくは、漠然と素粒子を研究したいと思っているだけなんだけどなー」
と歩きながら、話しして、固体素子研究室についた。
やはりここでも、博士課程の先輩から話しを1時間ほど聞いた。
 その後、英一と村中君は、大学を出て、高田馬場の駅前にあるカンタベリーという喫茶店に行き、コーヒーを飲みながら、卒業研究についての話をした。
「実はね、村中君」
と英一は、村中君に話し始めた。
「ぼくは、何か発明をして、特許出願をしたいと思っているんだ」
「それで、固体素子研究室に決めたんだ」
「大学3年のはじめに、大学で発明と特許についての自由参加のセミナーがあったの覚えてるかなー」
「そのセミナーの講師の一人のサンエイ科学研究所の所長である市山博士がこんな話をしたんだ」
「市山博士は、特許にかかわったのは、30才ぐらいに大学を出て、企業の研究所に入ってからだったそうだ。
 会社ではじめて、自分の発想を発明提案書に書き、知的財産部にそれを提出し、特許事務所で特許明細書として書いてもらい、特許庁に出願されたんだ。
 市山博士は、大学にいるときも、特許というものがあるということは、いくらかきいていたそうだが、どうやればいいのか、ぜんぜん勉強しなかったのでわからなかったんだって」
「市山博士が言ってたんだけど、自分のアイデアを知的財産として権利化すれば、事業も起こせる可能性もあるし、実際、アイデアを特許にし、それをもとにベンチャーを立ち上げているところが多くあるんだってさ」
「そしてね、市山博士が言っていたのは、ものごとを研究すれば、必ずと言っていいほど、新しいアイデアが生じているはずで、大学の学部での卒業研究でもそのはずなんだって」
これまで、大学の学部の卒業のためには、卒業論文を書くことが必要なんだけど、特許出願については、まったく考えられていないそうだ」
「市山博士が言うには、企業では、学会発表や論文発表をするためには、特許出願をしておく必要があるように決められていることが多いんだってさ」
「それと同じように、大学、少なくとも理工系の大学生は、卒業論文と同時に特許出願も必須にすることがいいのではないかと言っていたんだ」
「そして、その時点までに特許明細書を自分で書いて、自分で特許庁に出願できるようにしておくとよいのではないだろうかとも言ってた」
「すると、学生によっては、その自分の出願したアイデアでベンチャーを立ち上げたり、また、大学院に進学する学生は、その出願したアイデアをさらに、発展させる研究をしたりすることができるし、大学院に進んだ後、自分で、会社をおこすことがしやすくなるとも言ってたんだ」
「そしてね、まさに、アイデアを財産にするのであると言ってたんだ」
 「また、学生のうちに、特許明細書を自分でかけるようになっていれば、企業に入った後も、有利だと思うし、さらに、学生のうちに特許出願していれば、企業にも自分を売り込みやすいのではないかとも言ってた」
 「自分のアイデアを企業に売り込むことができるっていうことだよね」
「いいことだらけだよね、村中君」
「また、市山博士が言っていたのは、生きていくためには、お金、財産が必要だってこと。
 「そのためにも、ぜひ、学生のうちから一つでも特許出願しておくことを
おすすめしたい。できれば、卒論とセットで特許出願を。」
って市山博士は言ってたんだ。」
「ぼくは、市山博士の言うとおりだと思うし、それを卒業研究で実践したいと思っているんだ」
と、英一は、得意そうに、村中君に話した。
「すげーなー、山田君は」
「そこまで真剣に考えてたのか、あのセミナーのことを」
と村中君は、感心した顔で、山田君の顔を見つめた。
「ぼくは、素粒子の解明だね。あんまり、発明とは関係なさそうだね」
と言い、2人とも冷めたコーヒーを飲みおわり、喫茶店を出て、別れた。
 大学3年の冬休みも終わり、後期試験も終わり、春休みになった。
英一も、村中君も無事希望の研究室に入ることができ、春休みから、研究室に行くことになった。
 英一は、春休みに研究室に行くと、まず、固体素子研究室でこれまでやられた研究の論文をよみあさった。
その中に、一つの論文が英一の目にとまった。
「A物質のドナーーアクセプター対による発光現象の研究」
という論文である。
 その論文では、A物質に不純物Bと不純物Cを導入すると不純物Bがドナーとなり、不純物Cがアクセプターとなり、室温でA物質に紫外光を照射すると、ドナーーアクセプター対の発光が起こるとあった。
 どういうことかというと、紫外光により、価電子帯の電子が、伝導帯に励起され、その励起された電子がドナーである不純物Bに捕獲され、価電子帯に生じた正孔がアクセプターである不純物Cに捕獲され、ドナーに捕獲された電子とアクセプターに捕獲された正孔が再結合し、そのときに可視光の発光をするというのである。
 英一は、その論文を読んでひらめいた。
「A物質が発光しているときに電圧を印加したらどうなるだろう」
「アクセプターかドナーの種類を増やしたら、3色の可変の発光素子ができるのではないか」
英一は、ノートに書き込んだ。
 さっそく、春休みも終わり近くの日に、研究室の教授にノートのメモを見せながら、卒業研究のテーマについて相談した。
すると、教授は、すぐに、
「それ、やってみたら」
と、言ってくれた。
 博士課程の先輩にも相談し、実験装置の使い方などをならって、英一は、実験を始めた。
まず、粉末状のA物質に、不純物Bと不純物Cと不純物Dと不純物Eを混ぜあわせ、白金るつぼに入れて、電気炉にセットした。
 電気炉を1000℃まで加熱し、A物質の融点である850℃まで、1分間に3℃程度で冷却した。840℃ぐらいから速い冷却速度で冷却し室温にした。
そして、A物質を取り出した。フラックス法である。フラックスかすをとり、結晶化したA物質を研磨し、電極をつけた。
 その作業に1か月ほどかかり、4月の末となっていた。
5月になり、連休中も英一は、研究室に行き、実験をした。
紫外光には、水銀ランプの光に紫外光だけを透すフィルターを用い、紫外光をA物質に照射しながら、電圧をかけていった。
そのときの発光を分光器をとおして、発光スペクトルを記録した。
1日目は、電圧を印加しないで発光スペクトルを記録した。その発光スペクトルは、青色のものであった。
2日目は、電圧を5Vかけて発光スペクトルを記録した。その発光スペクトルは、緑色のものであった。
3日目は、電圧を10Vかけて発光スペクトルを記録した。その発光スペクトルは、赤色のものであった。
うまくいきそうである。
予想通りである。
英一は、飛び上がって喜んだ。
この現象を英一は、考えた。
A物質に電圧を印加すると電流が流れ、そのジュール熱により、A物質の温度が上昇し、アクセプターに捕獲されている正孔が、電圧によって、価電子帯に励起され、発光に関与するアクセプターが、不純物Cから不純物D、不純物Dから不純物Eへと徐々に変化し、色が変わるのだろうと考えた。
この実験を、英一は、4年生の夏休みが終わるころまで、毎日行った。
また、英一は、実験の合間に、特許明細書の書き方という本を買ってきて、読み、書き方を考えた。
 夏休みが終わって、10月からは、英一は、これまでの実験からどのように特許書類にまとめるかを考えた。
 特許明細書の書き方という本によると、まず、発明の名称と特許請求の範囲はどうするかということである。
 発明の名称は、「色可変発光素子とそれを用いたディスプレイ」と決めた。
特許請求の範囲は、次のようにした。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
紫外光発光層とその紫外光発光層から発する紫外光が照射されることにより発光する蛍光体層と前記蛍光体層の発光色を変化させる電圧を印加する前記蛍光体層の両端に設けられた電極からなり、
前記蛍光体層を前記紫外光発光層から発する紫外光を照射することにより発光させながら、前記電極に電圧を印加することにより発光色を変化させることを特徴とする色可変発光素子。
【請求項2】
前記蛍光体層に用いる蛍光体は、3種類のそれぞれ異なるエネルギー準位を有するアクセプタ準位と、1種類のドナー準位を有し、発光がドナー-アクセプター対再結合により起こることを特徴とする請求項1記載の色可変発光素子。
【請求項3】
前記蛍光体層に用いる蛍光体は、3種類のそれぞれ異なるエネルギー準位を有するドナー準位と、1種類のアクセプタ準位を有し、発光がドナー-アクセプター対再結合により起こることを特徴とする請求項1記載の色可変発光素子。
【請求項4】
前記蛍光体がA物質であることを特徴とする請求項1または2記載の色可変発光素子。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項の前記色可変発光素子を単位画素として面内に前記単位画素を複数配列し、前記単位画素毎の前記紫外光発光層の発光強度を制御する輝度制御部と、前記単位画素毎の蛍光体層に印加する電圧を制御することにより発光色を変化させることを制御する色調制御部を有することを特徴とする色可変発光素子を用いたディスプレイ。
英一は、あと、発明の詳細な説明と、図面を描いて、願書を添付して特許書類を作成した。
こうして、山田英一は、卒業研究の内容を、特許書類にまとめ、4年生の冬休みに、特許庁に行き、特許出願することができたのである。
 英一は、その後、大学院に進み、さらに研究を続け、それと同時に、発光科学技術研究所というベンチャー企業を立ち上げ、卒業研究から考えた「色可変発光素子とそれを用いたディスプレイ」という特許を実現するために企業活動も行っている。



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