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山波の山羊龍編
センの過去、カンコンの葛藤
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「じゃがどうやらそれだけではなかったのだ。実際に儂を含め何人かがあやつと山羊龍様が話しているところを目の当たりにしたがあやつの態度は決して礼を尽くしたものではなかった」
「むしろその逆で親しい間柄においてのみ許される遠慮のない物言いやからかうような態度で接するあやつを見て、もしやこの娘は特別な……なにか神がかった存在なのやもしれん、と多くの者が感じてしまったのじゃ」
「お気持ちは分かります。それだけ異常な状況だったということでしょう」
「そしてあやつの問題行動が発覚して村中にその話が広がると怒りや恐怖と皆の反応は様々じゃったが、一度あやつと山羊龍様の対話を見ると誰もあやつに意見できる者はおらんかった」
やがてスコーンは村の男と結婚しセンを生んだ。その時には既にスコーンを敵対視する者はほとんどなく、神の化身だとヤギ村の人々は崇めていた。
スコーンも夫もセンも仲の良いごく普通の家庭だった。
だがセンが五歳の時あの悲劇が起きた。多くの人が見守る祭儀の最中、スコーンは山羊龍カプリコーンによって殺されたのだ。
尾で空高く打ち上げられたスコーンはそのまま地面に勢いよく叩きつけられ絶命した。身体はぐにゃりと曲がり見ていられないものであった。
何が起きたのかその場にいた誰も理解できず凍りついたように固まっていた。ただ一つ言えるとしたらスコーンは山羊龍の怒りを買った。その結果あっさりと殺されてしまったのだということだけだった。
そしてその怒りの矛先が自分たちにも向けられるのではないか皆強い恐怖と不安に苛まれ、正気を保てず意識を失う者や逃げ出す者まで出る始末だった。
「それで……多くの人が犠牲になってしまったんですか?」
「いや、山羊龍様は荒ぶることなくその後平然と目の前の贄を喰らい続け結局龍奉祭は無事に終了した。山羊龍様は最後にご苦労だった、と一言おっしゃると翼を広げ自身の寝床へと帰っていった。緊張の糸が切れたのじゃろう、皆互いを抱き合いながら泣いて喜んでおった」
「不幸中の幸いと言えばいいのでしょうか……とにかく被害が大きくならなくてよかったです。つまり母親を龍に殺されたからそれを崇めるこの村を出たい……ということでしょうか?」
「それも理由の一つなのかもしれん……が、この話にはまだ続きがあるのじゃ」
「続き?」
極度の緊張、混乱、恐怖。そしてそれらから解放された喜び、安堵で皆がスコーンのことをすっかり忘れていた。
祭儀から数日がたち村が冷静さを取り戻すとようやく今回の発端であるスコーンのことを思い出した。
そして、山羊龍連合の村の者たちの多くが騒動の原因であるスコーンを糾弾し始めた。
「糾弾……といってもスコーンさんは既に亡くなられているんじゃ……」
「そうじゃ。死者を罰することは出来ん。じゃが、その結果あやつの家族であるセンたちに怒りの矛先が向いたのじゃ」
「そんな……」
「それからわしらがセンと父親にした仕打ちは酷いものじゃった……罵詈雑言をあびせ村八分になるまで追い込んだ……やがて父親は心を壊し行方をくらませた幼いセンを一人おいてな……」
「…………」
ひざにおいた自身の拳をヲチは自然と強く握りしめていた。
一体どれ程絶望しただろうか。幼くして母親を亡くし親の罪で多くの人から憎しみや怒りをぶつけられ、やがて唯一の味方だったはずの父親もいなくなり一人孤独になってしまった。
たった5才の子供がなぜそれほどの地獄を味わなければいけなかったのか、どうして大人たちは無力な5才の子供をよってたかって責めることができたのか。
目の前の老人を糾弾したい衝動にかられる。
(でも……)
ヲチには憤りと同時にそれと矛盾する感情もあった。
「僕は……村の人たちがセンにしたことは絶対に間違ってると思います。でも……彼らの恐怖や弱さを責めることも僕には出来ません」
「世話になっとるからといってわしらに気を使う必要はない」
「いえ、図々しく思われるかもしれませんが今のが僕の本音です」
少し照れながらも真っ直ぐにカンコンの目を見て答える。
カンコンはしばらくヲチの顔をじっと見つめていたが何度か頷くとまた話し始めた。
センの父親がいなくなってからようやくこれは過ちだと気付く者が現れ始めた。
謝罪と和解のためセンの家に行くと玄関の前でボロボロになって倒れているセンが発見された。
すぐさま療養部屋に運び込まれ必死の看病の末なんとか一命をとりとめることができたが、センの心のは深く傷ついたままだった
「そして今日に至るまであやつは無事健康に生きておるがわしらとあやつとの間には深い溝が残ったまま……と、これがヲチ殿の旅路に同行したいあやつの動機なのじゃろう」
ヲチはしばらく沈黙して今までの情報を整理しながら考えにふける。
「結局センのお母さん、スコーンさんはなぜ山羊龍様に殺されることになったのでしょうか。それまで良好な関係を築いていたのに……」
「そこが最も解せんのは確かじゃ…………実は生前に一度山羊龍様とどんな話をするのか聞いたことがあっての」
「なんて答えたんです?」
「ううむ…………『カプリコーンはああ見えて意外と寂しがり屋なのよ』と言っておったな」
「妙な返答ですね……質問の答えになってないというか……」
「あやつは昔から変なやつじゃった。人の話を聞いておらんのか、わざとずれた返事をするのか」
カンコンは煙管を咥え深くゆっくり煙を吐く。
「わしは山羊龍様とあやつの間には何か絆めいたものがあるのだと考えておったがあやつは死に、そして二人の関係を深く知ろうとする者はおらん。なぜスコーンが殺されたのか……知っているとすれば当事者である山羊龍様をおいて他にはおらんじゃろう」
「事情はなんとなく分かりました。もしかしてセンの親代わりというのは……」
「わしじゃ」
「そうでしたか……ではカンコン村長はセンが僕と共に旅をするのをどう思われますか?」
「わしは……反対じゃ。あの世間知らずのセンが外の世界に出たところで、のたれ死ぬだけじゃ……わざわざ死期を早める必要などない」
声色や表情からカンコンの意志が固いことがわかる。
「じゃが……このままでいいとも思わぬ……いつかあやつを送り出さねばならない時が来るのじゃろう。せめてあと三年あやつの成長をこの目で見届けたいのじゃ。それが親代わりとなった老い先短いわしの最後の願いじゃ……」
子を想う親の気持ちというのはまだヲチにはよく分からないがカンコンがセンの事を実の子のように想っているのはなんとなく分かった。
ヲチ自身、数多くの苦い体験から誰かを旅路に巻き込もうとは思わないし頼まれたとしても本人の覚悟を十分確認する必要があった。
センの暗い過去を聞いてたしかに不憫だとは思った……が、彼の側には彼を想ってくれる人が少なからずいる。それなら安定を捨て旅人になるよりきっとここにいた方が幸せな人生を送れる可能性は高いだろう。
「わかりました。でしたら、センの申し出も僕から断っておきましょう」
「おぉ!そうかそうか、面倒事に巻き込んでしまって申し訳ないがそうしてくれるとありがたい」
カンコンは安堵の表情を浮かべると大きく息を吐いた。
「それともう一つ話があるのじゃが」
「なんでしょう?」
「ヲチ殿、そなたのことじゃ」
「……そうですよね。やっぱりこの歳で一人旅だと相当珍しいですよね」
「差し支えなければ聞いてもよいかのう?」
「話せば……長くなるので簡潔にまとめると……要は故郷を追い出されたのです。三年ほど前に……」
「三年……では十二の頃にはもう一人で……?」
カンコンはおもわずため息をついた。惨いことだ。
たかだか十二の子供をなぜたった一人で故郷から追い出そうなどと考えるのか。自分達がセンにしたことを思えば他所のことを言えた立場ではないがそれでも冷酷ではないか、と。
「正確には一人ではありません。似た境遇の人に助けられて色々と教えてもらいながら一年ほど行動を共にしていました」
「親は……他の家族はどうしておるのじゃ?」
「きっと今でも故郷で慎ましくなんとか暮らしているはずです。僕のせいで親や妹たちには迷惑をかけましたから」
「一体何があったのじゃ?なぜ故郷の大人たちはまだ子供のヲチ殿にそれほど厳しい仕打ちを?」
「………………」
そう聞かれるとヲチは下を向いて黙ってしまった。
カンコンは下を向くヲチをしばらく眺めていたが、話しにくそうにしている彼を見て、これ以上はつらい過去を思い出させ余計に苦しめるだけと判断し、話題を変えようと口を開こうとした時だった。
「罪を……犯しました。故郷で固く禁じられている掟を十二の僕は破ってしまったのです……」
「ヲチ殿、すまなかった。言いたくないのなら無理に話す必要はない」
「……はい」
「しかし、ヲチ殿……いつまでもその生き方を続けるのは大変じゃろう。今は若いから無理もできるじゃろうが」
「たしかに、いつも生きるか死ぬかの瀬戸際ですけど、これが僕の選んだ道ですから」
「そうか……そこまで言うならなにも言うまい。つき合わせて悪かったの」
「いえ、僕も村長さんとお話しできてよかったです。それで僕はなんの仕事を手伝えばいいでしょうか?」
「そうじゃな、とりあえずはセンが何かしでかさんか見張っといてもらえるかの」
「はあ……そんなことでよければ……」
そう言ってヲチが立ち上がり部屋を出ようとした時だった。
「ヲチ殿!」
不意にカンコンに呼び止められる。
「はい?」
「もし……本当に……センのことを……」
「カンコン村長……?」
不意に発せられた言葉の真意をヲチは図りかねる。
「あ……ああいや!何でもない、気にせんでくれ……ガッハッハッハッハッハ!」
「……?では、失礼します」
不思議に思いながらもヲチはカンコン宅を後にした。
(わしは今……何を言おうと……)
カンコンは自身の矛盾する気持ちに困惑する。いや、本当はわかっている……以前から抱いていたこの感情を。だがそんな自分の弱さを認めたくはなかった
「ふう‥‥‥」
ため息をつくとカンコンは立ち上がる。
「もう一息、じゃな」
外では変わらず多くの人が慌ただしく行き交っているのを確認しながら一人呟いた。
「スゥーン!」
昨日出会った目付きの悪い少年を見つけるとヲチは彼の元へと駆け寄っていく。
「ヲチ!捜したぜ、どこ行ってたんだよ」
「カンコン村長と話してたんだ。昨日山であった村の人に村長の自宅にくるように言われてたでしょ?」
「そういやあ、そうだったな……」
「それでさ……セン、君の過去に何があったのか聞いたよ」
「…………」
「何て言うか……すごく腹が立ったよ。幼い君をどうしてそこまで追いつめるんだ……って。君がこの村の人たちを恨む気持ちも理解できる」
「!……だったら!」
「でもねセン、今君がこの村を出て、望む物が手に入るのかい?」
「知らねぇよ。何があるかもわからないんだ」
「むしろその逆で親しい間柄においてのみ許される遠慮のない物言いやからかうような態度で接するあやつを見て、もしやこの娘は特別な……なにか神がかった存在なのやもしれん、と多くの者が感じてしまったのじゃ」
「お気持ちは分かります。それだけ異常な状況だったということでしょう」
「そしてあやつの問題行動が発覚して村中にその話が広がると怒りや恐怖と皆の反応は様々じゃったが、一度あやつと山羊龍様の対話を見ると誰もあやつに意見できる者はおらんかった」
やがてスコーンは村の男と結婚しセンを生んだ。その時には既にスコーンを敵対視する者はほとんどなく、神の化身だとヤギ村の人々は崇めていた。
スコーンも夫もセンも仲の良いごく普通の家庭だった。
だがセンが五歳の時あの悲劇が起きた。多くの人が見守る祭儀の最中、スコーンは山羊龍カプリコーンによって殺されたのだ。
尾で空高く打ち上げられたスコーンはそのまま地面に勢いよく叩きつけられ絶命した。身体はぐにゃりと曲がり見ていられないものであった。
何が起きたのかその場にいた誰も理解できず凍りついたように固まっていた。ただ一つ言えるとしたらスコーンは山羊龍の怒りを買った。その結果あっさりと殺されてしまったのだということだけだった。
そしてその怒りの矛先が自分たちにも向けられるのではないか皆強い恐怖と不安に苛まれ、正気を保てず意識を失う者や逃げ出す者まで出る始末だった。
「それで……多くの人が犠牲になってしまったんですか?」
「いや、山羊龍様は荒ぶることなくその後平然と目の前の贄を喰らい続け結局龍奉祭は無事に終了した。山羊龍様は最後にご苦労だった、と一言おっしゃると翼を広げ自身の寝床へと帰っていった。緊張の糸が切れたのじゃろう、皆互いを抱き合いながら泣いて喜んでおった」
「不幸中の幸いと言えばいいのでしょうか……とにかく被害が大きくならなくてよかったです。つまり母親を龍に殺されたからそれを崇めるこの村を出たい……ということでしょうか?」
「それも理由の一つなのかもしれん……が、この話にはまだ続きがあるのじゃ」
「続き?」
極度の緊張、混乱、恐怖。そしてそれらから解放された喜び、安堵で皆がスコーンのことをすっかり忘れていた。
祭儀から数日がたち村が冷静さを取り戻すとようやく今回の発端であるスコーンのことを思い出した。
そして、山羊龍連合の村の者たちの多くが騒動の原因であるスコーンを糾弾し始めた。
「糾弾……といってもスコーンさんは既に亡くなられているんじゃ……」
「そうじゃ。死者を罰することは出来ん。じゃが、その結果あやつの家族であるセンたちに怒りの矛先が向いたのじゃ」
「そんな……」
「それからわしらがセンと父親にした仕打ちは酷いものじゃった……罵詈雑言をあびせ村八分になるまで追い込んだ……やがて父親は心を壊し行方をくらませた幼いセンを一人おいてな……」
「…………」
ひざにおいた自身の拳をヲチは自然と強く握りしめていた。
一体どれ程絶望しただろうか。幼くして母親を亡くし親の罪で多くの人から憎しみや怒りをぶつけられ、やがて唯一の味方だったはずの父親もいなくなり一人孤独になってしまった。
たった5才の子供がなぜそれほどの地獄を味わなければいけなかったのか、どうして大人たちは無力な5才の子供をよってたかって責めることができたのか。
目の前の老人を糾弾したい衝動にかられる。
(でも……)
ヲチには憤りと同時にそれと矛盾する感情もあった。
「僕は……村の人たちがセンにしたことは絶対に間違ってると思います。でも……彼らの恐怖や弱さを責めることも僕には出来ません」
「世話になっとるからといってわしらに気を使う必要はない」
「いえ、図々しく思われるかもしれませんが今のが僕の本音です」
少し照れながらも真っ直ぐにカンコンの目を見て答える。
カンコンはしばらくヲチの顔をじっと見つめていたが何度か頷くとまた話し始めた。
センの父親がいなくなってからようやくこれは過ちだと気付く者が現れ始めた。
謝罪と和解のためセンの家に行くと玄関の前でボロボロになって倒れているセンが発見された。
すぐさま療養部屋に運び込まれ必死の看病の末なんとか一命をとりとめることができたが、センの心のは深く傷ついたままだった
「そして今日に至るまであやつは無事健康に生きておるがわしらとあやつとの間には深い溝が残ったまま……と、これがヲチ殿の旅路に同行したいあやつの動機なのじゃろう」
ヲチはしばらく沈黙して今までの情報を整理しながら考えにふける。
「結局センのお母さん、スコーンさんはなぜ山羊龍様に殺されることになったのでしょうか。それまで良好な関係を築いていたのに……」
「そこが最も解せんのは確かじゃ…………実は生前に一度山羊龍様とどんな話をするのか聞いたことがあっての」
「なんて答えたんです?」
「ううむ…………『カプリコーンはああ見えて意外と寂しがり屋なのよ』と言っておったな」
「妙な返答ですね……質問の答えになってないというか……」
「あやつは昔から変なやつじゃった。人の話を聞いておらんのか、わざとずれた返事をするのか」
カンコンは煙管を咥え深くゆっくり煙を吐く。
「わしは山羊龍様とあやつの間には何か絆めいたものがあるのだと考えておったがあやつは死に、そして二人の関係を深く知ろうとする者はおらん。なぜスコーンが殺されたのか……知っているとすれば当事者である山羊龍様をおいて他にはおらんじゃろう」
「事情はなんとなく分かりました。もしかしてセンの親代わりというのは……」
「わしじゃ」
「そうでしたか……ではカンコン村長はセンが僕と共に旅をするのをどう思われますか?」
「わしは……反対じゃ。あの世間知らずのセンが外の世界に出たところで、のたれ死ぬだけじゃ……わざわざ死期を早める必要などない」
声色や表情からカンコンの意志が固いことがわかる。
「じゃが……このままでいいとも思わぬ……いつかあやつを送り出さねばならない時が来るのじゃろう。せめてあと三年あやつの成長をこの目で見届けたいのじゃ。それが親代わりとなった老い先短いわしの最後の願いじゃ……」
子を想う親の気持ちというのはまだヲチにはよく分からないがカンコンがセンの事を実の子のように想っているのはなんとなく分かった。
ヲチ自身、数多くの苦い体験から誰かを旅路に巻き込もうとは思わないし頼まれたとしても本人の覚悟を十分確認する必要があった。
センの暗い過去を聞いてたしかに不憫だとは思った……が、彼の側には彼を想ってくれる人が少なからずいる。それなら安定を捨て旅人になるよりきっとここにいた方が幸せな人生を送れる可能性は高いだろう。
「わかりました。でしたら、センの申し出も僕から断っておきましょう」
「おぉ!そうかそうか、面倒事に巻き込んでしまって申し訳ないがそうしてくれるとありがたい」
カンコンは安堵の表情を浮かべると大きく息を吐いた。
「それともう一つ話があるのじゃが」
「なんでしょう?」
「ヲチ殿、そなたのことじゃ」
「……そうですよね。やっぱりこの歳で一人旅だと相当珍しいですよね」
「差し支えなければ聞いてもよいかのう?」
「話せば……長くなるので簡潔にまとめると……要は故郷を追い出されたのです。三年ほど前に……」
「三年……では十二の頃にはもう一人で……?」
カンコンはおもわずため息をついた。惨いことだ。
たかだか十二の子供をなぜたった一人で故郷から追い出そうなどと考えるのか。自分達がセンにしたことを思えば他所のことを言えた立場ではないがそれでも冷酷ではないか、と。
「正確には一人ではありません。似た境遇の人に助けられて色々と教えてもらいながら一年ほど行動を共にしていました」
「親は……他の家族はどうしておるのじゃ?」
「きっと今でも故郷で慎ましくなんとか暮らしているはずです。僕のせいで親や妹たちには迷惑をかけましたから」
「一体何があったのじゃ?なぜ故郷の大人たちはまだ子供のヲチ殿にそれほど厳しい仕打ちを?」
「………………」
そう聞かれるとヲチは下を向いて黙ってしまった。
カンコンは下を向くヲチをしばらく眺めていたが、話しにくそうにしている彼を見て、これ以上はつらい過去を思い出させ余計に苦しめるだけと判断し、話題を変えようと口を開こうとした時だった。
「罪を……犯しました。故郷で固く禁じられている掟を十二の僕は破ってしまったのです……」
「ヲチ殿、すまなかった。言いたくないのなら無理に話す必要はない」
「……はい」
「しかし、ヲチ殿……いつまでもその生き方を続けるのは大変じゃろう。今は若いから無理もできるじゃろうが」
「たしかに、いつも生きるか死ぬかの瀬戸際ですけど、これが僕の選んだ道ですから」
「そうか……そこまで言うならなにも言うまい。つき合わせて悪かったの」
「いえ、僕も村長さんとお話しできてよかったです。それで僕はなんの仕事を手伝えばいいでしょうか?」
「そうじゃな、とりあえずはセンが何かしでかさんか見張っといてもらえるかの」
「はあ……そんなことでよければ……」
そう言ってヲチが立ち上がり部屋を出ようとした時だった。
「ヲチ殿!」
不意にカンコンに呼び止められる。
「はい?」
「もし……本当に……センのことを……」
「カンコン村長……?」
不意に発せられた言葉の真意をヲチは図りかねる。
「あ……ああいや!何でもない、気にせんでくれ……ガッハッハッハッハッハ!」
「……?では、失礼します」
不思議に思いながらもヲチはカンコン宅を後にした。
(わしは今……何を言おうと……)
カンコンは自身の矛盾する気持ちに困惑する。いや、本当はわかっている……以前から抱いていたこの感情を。だがそんな自分の弱さを認めたくはなかった
「ふう‥‥‥」
ため息をつくとカンコンは立ち上がる。
「もう一息、じゃな」
外では変わらず多くの人が慌ただしく行き交っているのを確認しながら一人呟いた。
「スゥーン!」
昨日出会った目付きの悪い少年を見つけるとヲチは彼の元へと駆け寄っていく。
「ヲチ!捜したぜ、どこ行ってたんだよ」
「カンコン村長と話してたんだ。昨日山であった村の人に村長の自宅にくるように言われてたでしょ?」
「そういやあ、そうだったな……」
「それでさ……セン、君の過去に何があったのか聞いたよ」
「…………」
「何て言うか……すごく腹が立ったよ。幼い君をどうしてそこまで追いつめるんだ……って。君がこの村の人たちを恨む気持ちも理解できる」
「!……だったら!」
「でもねセン、今君がこの村を出て、望む物が手に入るのかい?」
「知らねぇよ。何があるかもわからないんだ」
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