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第一章 夢だったもの

私の夢

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 夢だった。
 素敵な男性と結ばれて、別に大きな家じゃなくてもいいし、子供も一人いたらいいかなって。

 男性も優しくて、面白くて、何より一緒にいて楽しいと思える男性ならだれでもよかった。
 そんな夫と私で子供を挟んで、笑顔で歩いたり休日には遊園地に行って思い出を残す。

 夫は早くに死んでしまって、私と子供と子供の家族で小さくてもいいから葬儀をして、そして最後を子供と子供の家族、孫なんかに囲まれて「あぁ、もう後悔はない」って思えるような人生を送る。

 まるで夢物語だけど、そんな物語が私の夢だった。実際に会社で出会った”鈴原隼人”は優しいし面白いし、一緒にいて楽しいと思える人。少しおっちょこちょいでまるで犬系彼氏と呼ばれるようなそんな人だったけど、そんな面影は結婚式一週間前に崩れ落ちた。

「もうぅ、隼人ぉ、じらさないでよぉ」

 仕事が終わり自宅につくと玄関に見覚えのない靴が置いてあった。女ものの靴で若い子が好みそうなそんなデザインだった。

 といっても私もまだ29歳で、若い! ほうだと思いたい。
 そんな年上の私すらも受け入れてくれた隼人が浮気なんてありえない、嘘だ! そう私は自分に言い聞かせるように汗が滲んできた手をドアノブにかけリビングを開こうとする。

「でもぉ、いいの? 先輩との結婚もうすぐなんでしょぉ?」

 この声は!
 聞き覚えがあった、というより隼人と同じ時期、いわゆる隼人の同僚の子”南楓”ちゃんだった。

「ん? いいんだよ、あんなババア。あの年でそこそこの金をもらってるから結婚するだけで本命はお前だよ、楓」
「いやぁん! 隼人ったらぁ」

 は?
 聞き間違えか? あんな優しかった隼人、いや鈴原は私のお金、いや私を寄生先にしようとしていたのか…。

 彼は私に対して「歳なんて関係ない。好きになっちゃったんだから」そう言ってくれた、だから信じた、愛した、なのに、なのに…。
 こんな仕打ちってありなの…。
 気が付いたら私は手に持っていたカバンも、脱ぎ掛けだったコートもおいて家を出ていた。

「あー、空はこんなにきれいなのになぁー」

 きっと私の目からは涙が流れている、そんな気がする。そんな気がするというのも時期は冬でコートもおいてきてしまって体はもう冷えてしまっている。頭もボーってするし、何より感覚がない。
 だから、こんな場所に突っ立ってしまっているのもしょうがないんじゃないかって言い訳になってしまう。

「あんた!! 危ない!!」
「…? ッ!!」

 私はどうやら道路の真ん中に立ってしまっているらしく、横に顔を向けるとまぶしい光が私の身体を包むように当たっている。

「あ…」

 目の前に迫ってきている車、轢かれる前は時間がゆっくりに感じると聞いたけど本当だったんだなぁ。
 だって、ナンバーも色も、運転している人の顔、瞳まで見える。
 瞬間強い衝撃が体にぶつかる。
 グギャ!!
 なんだろう、とても――

「ガァァアアァ!!!」

 熱い! 体が熱くて、腕の感覚、足の感覚がない。動かない。ゆっくりと腕と足に視線を向けると、関節からは骨が剥き出ている。

 痛みなのか、熱さなのか、恐怖なのかただただ声が出る。そんなことしても楽になんてならないのに。
 だんだんと痛みも熱さも引いてきて、寒くなっていく。さっきまでとは比べ物にならない寒さに声も出ず、悟ってしまう。

 あぁ、私は死んでしまうんだろうなと。
 さっき私に注意を呼び掛けてくれた男性は気が付いたら私の元まで来ており、見てられないのか目を背けながらも私の生死の確認をしようとしてくれている。
 たぶん隼人だったら、恐怖で逃げてるんじゃないだろうか。
 あぁ、そう思うとこの男性はとてもいい人なんじゃないだろうか。そんな男性と婚約していたら私は幸せになれたのだろうか、浮気されなかったんじゃないだろうか。

 苛立ちとともに、私は意識を落としそうになる。

「あ…り…、とう」
「――!? しっかりしてください!!」

 最後にそんな男性の必死の声を聴いて私は29歳と若くに死んでしまった。



「あなた、この子の名前は決めてくれた?」

 赤い髪のまるで女神みたいな女性が私の顔を覗き込みながら、近くにいる眼鏡をかけた涙で顔がぐしゃぐしゃの男性が言った。

「あぁ、決めているよ。この子の名前は
                アンナ・ヴァルヘイムだ」
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