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第44話 不安な接点
しおりを挟む ――置いてかれた。見捨てられたんだ。あたしがあんな事したから。
後悔先立たず。あたしはゼーウェンが去っていった空を只ぼんやり黙って見つめる事しか出来なかった。
やがて、目頭が熱くなり、視界がぼやけた。涙が後から後からこぼれて来る。そのまま祈るように崩れ落ち、膝を大地についた。
「ひっ……うっく…う、う、うああああああっ!!」
声を盛大に張り上げて、あたしは体の中の水分が全て無くなるかと思うほど泣いた。
――なんであたしばっかりこんな目に遭うの? なんであたしはこんな所に居るの? 何で……!
好きでああした訳ではなかった。
好きでこの世界に来た訳では無かった。
好きでゼーウェンと一緒にいる訳では無かった。
――そうするしか生き延びる方法がなかったから!
そこまで考えた瞬間、あたしは背筋が凍りついた。
――そうだ。ゼーウェンが去った今、もはや自分は生き延びられ無い。のたれ死ぬのを待つだけだ。
でも――本当に行ってしまったのだろうか、と思う。
もしかしたら戻ってくるかもしれない。先日だって、あたしを自分の命を盾にして庇ってくれた人だ。
あたしはそんな風に考え直すと涙を拭き拭き、風穴の影に戻り、彼の帰りを待つことにしてみた。
***
30分、50分……。いくら待っても彼は戻ってくる気配が無かった。ささやかな期待が絶望に喰われていく。
あたしはゼーウェンを呪った。
勝手に此処まで連れて来ておいて、手におえなくなったら捨てる。そういう人だったんだ。
泣き腫らした目の周囲は相変わらず熱かったが、『死と直面している』という事実があたしを冷静にし始めた。
ゼーウェンはもう戻って来ないだろう。ということは即ち自分で何とかするしかない。でなければ終わりだ。
自分なりに状況判断を進める――ここでじっと待っていたら誰か人が通りかかる?
答えはノーだ。その確率はゼロでは無いもののそれに限りなく近い。
あの夜からこっち、他の旅人なんて影すら見なかった、と思う。
だったら此処で待っていても何の進展も無い。かといって此処を離れるにしてもどっち道一緒だと思う。
でも、『此処で待つ』のはゼーウェンが帰ってくることを当てにした選択だ。
頬に流れていた水滴はとっくに乾いて皮膚がパリパリになってきた。太陽が視界を白く染めるほど容赦なく降り注いだ。
彼はもう当てに出来ない。それにしたく無いしするつもりも、無い。
それに、自分にはその資格が無いのだから。
泣きすぎてまだ少しばかり痛む頭を宥めながら立ち上がる。穴に出来た日陰に戻った。
そこには先ほどあたしが残した肉がまだその皿に乗っているのが視界に入った。唯一自分に残された、今となっては貴重な食料。
少し考えて、帯の一部を切り裂いて、それを包んだ。
後は――あの不思議な焚き火の石。
しかし、肝心の火を起こす方法を知らないからそれは持って行かない事にした。
いざ出発とは言っても問題はどっちの方角に行くか。あたしは記憶を辿った。
旅の途中に気が付いた事だけど、朝日はいつも左手にあった、と思う。そう、ゼーウェンはずっと南下していた。
では。
「南に行けって事ね」
誰にも聞かれる事の無い言葉。自分を励ますようにして言ってみる。どうせ死ぬんなら、足掻けるだけ足掻いてから死んでやる。
太陽を見て方向を定めると、あたしは第一歩を踏み出した。
***
歩き始めて3時間。旅はあたしが思ったよりも甘くは無かった。熱風が水分と共に体力を確実に奪い取ってゆく。
肉はもうとっくに食べてしまった。少しは日差しを和らげようと、それを包んでいた布をバンダナにしている。
熱さでくらくらし始めた頭でじりじりとフライパンになりだした荒野を歩く。
乾燥した風が時折砂埃と共に吹き付けてきて唇の皮をかさかさにしていった。
額をだらだらと流れる汗、一歩ごとに重くなる足。
足取りがふらつき始めた。思考力はとっくに無くなっている。
――もうそろそろ限界かな……あたしはここで死ぬんだ……。
突然目の前に黒い影が映った。視界はもう霞んで来ていてそれが何なのか見極めることは不可能になっている。
朦朧とした意識の中、誰かの声がしたようにも思ったけれど。
――……ゼーウェン?
それがあたしの覚えている最後の記憶になった。
***
起きるとそこはいつもの自分の部屋だった。
そっか、やっぱりあれは夢だったんだ。嬉しくなって起き上がり、階段を駆け下りるとリビングのドアを開ける。
そこには毎日繰り返される光景があった。
新聞を読みながら目玉焼きをつつくお父さん、離れたソファーでドライヤーを必死でかけているお姉ちゃん、そして――台所に立つお母さん。
「お母さん! おはよう。昨夜ね、」
あたし怖い夢見たの、怪物が出てきてそれでゼーウェンって人にあって……と続く言葉はしかし、最後まで言えなかった。様子が変だ。
「お母さん?」
慣れ親しんだ母の顔は、まるであたしの言葉が聞こえていないかのようだった。
「お父さん?」
首をかしげて周りを見渡す。あれだけ盛大に入ってきた筈なのに、誰もこっちに注意を向けなかった。
まるで、あたしがそこに居ないみたいに。
背筋に冷たいものが走った。そんな、と思わずリビングから出る。
左手には玄関のドア。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
不意に、耳に遠く、それでいて、体で感じるような大きな『音』がした。それは、目の前の玄関から響いてくる。
「誰?」
――怖い。
本能的な恐怖。しかし、自分の体は思うように動いてくれなかった。
いやだ、そのドアを開けたくない、と思っても手はその取っ手を掴んでしまった。
そのまま思いっきり開く――
――嫌!
扉を開く瞬間、あたしは目をギュッと閉じた。
後悔先立たず。あたしはゼーウェンが去っていった空を只ぼんやり黙って見つめる事しか出来なかった。
やがて、目頭が熱くなり、視界がぼやけた。涙が後から後からこぼれて来る。そのまま祈るように崩れ落ち、膝を大地についた。
「ひっ……うっく…う、う、うああああああっ!!」
声を盛大に張り上げて、あたしは体の中の水分が全て無くなるかと思うほど泣いた。
――なんであたしばっかりこんな目に遭うの? なんであたしはこんな所に居るの? 何で……!
好きでああした訳ではなかった。
好きでこの世界に来た訳では無かった。
好きでゼーウェンと一緒にいる訳では無かった。
――そうするしか生き延びる方法がなかったから!
そこまで考えた瞬間、あたしは背筋が凍りついた。
――そうだ。ゼーウェンが去った今、もはや自分は生き延びられ無い。のたれ死ぬのを待つだけだ。
でも――本当に行ってしまったのだろうか、と思う。
もしかしたら戻ってくるかもしれない。先日だって、あたしを自分の命を盾にして庇ってくれた人だ。
あたしはそんな風に考え直すと涙を拭き拭き、風穴の影に戻り、彼の帰りを待つことにしてみた。
***
30分、50分……。いくら待っても彼は戻ってくる気配が無かった。ささやかな期待が絶望に喰われていく。
あたしはゼーウェンを呪った。
勝手に此処まで連れて来ておいて、手におえなくなったら捨てる。そういう人だったんだ。
泣き腫らした目の周囲は相変わらず熱かったが、『死と直面している』という事実があたしを冷静にし始めた。
ゼーウェンはもう戻って来ないだろう。ということは即ち自分で何とかするしかない。でなければ終わりだ。
自分なりに状況判断を進める――ここでじっと待っていたら誰か人が通りかかる?
答えはノーだ。その確率はゼロでは無いもののそれに限りなく近い。
あの夜からこっち、他の旅人なんて影すら見なかった、と思う。
だったら此処で待っていても何の進展も無い。かといって此処を離れるにしてもどっち道一緒だと思う。
でも、『此処で待つ』のはゼーウェンが帰ってくることを当てにした選択だ。
頬に流れていた水滴はとっくに乾いて皮膚がパリパリになってきた。太陽が視界を白く染めるほど容赦なく降り注いだ。
彼はもう当てに出来ない。それにしたく無いしするつもりも、無い。
それに、自分にはその資格が無いのだから。
泣きすぎてまだ少しばかり痛む頭を宥めながら立ち上がる。穴に出来た日陰に戻った。
そこには先ほどあたしが残した肉がまだその皿に乗っているのが視界に入った。唯一自分に残された、今となっては貴重な食料。
少し考えて、帯の一部を切り裂いて、それを包んだ。
後は――あの不思議な焚き火の石。
しかし、肝心の火を起こす方法を知らないからそれは持って行かない事にした。
いざ出発とは言っても問題はどっちの方角に行くか。あたしは記憶を辿った。
旅の途中に気が付いた事だけど、朝日はいつも左手にあった、と思う。そう、ゼーウェンはずっと南下していた。
では。
「南に行けって事ね」
誰にも聞かれる事の無い言葉。自分を励ますようにして言ってみる。どうせ死ぬんなら、足掻けるだけ足掻いてから死んでやる。
太陽を見て方向を定めると、あたしは第一歩を踏み出した。
***
歩き始めて3時間。旅はあたしが思ったよりも甘くは無かった。熱風が水分と共に体力を確実に奪い取ってゆく。
肉はもうとっくに食べてしまった。少しは日差しを和らげようと、それを包んでいた布をバンダナにしている。
熱さでくらくらし始めた頭でじりじりとフライパンになりだした荒野を歩く。
乾燥した風が時折砂埃と共に吹き付けてきて唇の皮をかさかさにしていった。
額をだらだらと流れる汗、一歩ごとに重くなる足。
足取りがふらつき始めた。思考力はとっくに無くなっている。
――もうそろそろ限界かな……あたしはここで死ぬんだ……。
突然目の前に黒い影が映った。視界はもう霞んで来ていてそれが何なのか見極めることは不可能になっている。
朦朧とした意識の中、誰かの声がしたようにも思ったけれど。
――……ゼーウェン?
それがあたしの覚えている最後の記憶になった。
***
起きるとそこはいつもの自分の部屋だった。
そっか、やっぱりあれは夢だったんだ。嬉しくなって起き上がり、階段を駆け下りるとリビングのドアを開ける。
そこには毎日繰り返される光景があった。
新聞を読みながら目玉焼きをつつくお父さん、離れたソファーでドライヤーを必死でかけているお姉ちゃん、そして――台所に立つお母さん。
「お母さん! おはよう。昨夜ね、」
あたし怖い夢見たの、怪物が出てきてそれでゼーウェンって人にあって……と続く言葉はしかし、最後まで言えなかった。様子が変だ。
「お母さん?」
慣れ親しんだ母の顔は、まるであたしの言葉が聞こえていないかのようだった。
「お父さん?」
首をかしげて周りを見渡す。あれだけ盛大に入ってきた筈なのに、誰もこっちに注意を向けなかった。
まるで、あたしがそこに居ないみたいに。
背筋に冷たいものが走った。そんな、と思わずリビングから出る。
左手には玄関のドア。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
不意に、耳に遠く、それでいて、体で感じるような大きな『音』がした。それは、目の前の玄関から響いてくる。
「誰?」
――怖い。
本能的な恐怖。しかし、自分の体は思うように動いてくれなかった。
いやだ、そのドアを開けたくない、と思っても手はその取っ手を掴んでしまった。
そのまま思いっきり開く――
――嫌!
扉を開く瞬間、あたしは目をギュッと閉じた。
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