真実の理(しんじつのことわり)

kiyu_mitsuwaka

文字の大きさ
上 下
7 / 9
第1章

第7話 暗闇

しおりを挟む
◆第7話 暗闇

 ダッ、ダッ、ダッ、ダッ――。

 廊下からはせわしない足音が近づいてきているのがわった。
 
 青年は部屋の入口の方へ目をやった。するとそこには、身だしなみが非常に整った、紳士と淑女とでも言うべき品のある男女が息を乱しながら現れた。

 「おぉっ……。幸っ……」聞くに堪えない悲痛な声を上げながら淑女は彼女の手を握った。

 聡は起立した。
 「まだ幸さんの意識は戻っておりません。いったんこちらの病院で応急処置として造血剤の点滴を打っていただき、彼女の意識の回復を待っている状態です。」

 「貴方が救急にご連絡いただき、娘をこちらの病院に連れてきてくださったお方ですね。あなたは娘の命の恩人です。何とお礼を申し上げたらよいものか……」

 紳士はそう言うと青年に向けて深々と頭を下げた。

 「いえいえ、命の恩人だなんてそんな大したことはしておりません。それに、幸さんを外に連れ出したのは私ですので、今回の件は私の責任でもあります。」

 紳士はハッと顔を上げた。「差し支えなければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」

 「今川聡と申します。今、幸さんとお付き合いさせていただいております。お初にお目にかかります。」

 「おぉ、君があのサトシ君でしたか……。娘からよく話を聞いております。いつも娘が大変お世話になっております」
 紳士は再度頭を下げた。

 「いえいえ、私の方こそ幸さんにいつもお世話になっております」
 聡もそれに応えるようにお辞儀をした。

 「このような形でご挨拶させていただくことになるとは夢にも思っておりませんでしたが、私はこの花形幸の父である花形幸一郎と申します。こちらは妻の花形美世です。ほら、美世。幸の彼氏の今川聡さんだ。ご挨拶なさい」
 そう言うと彼女の背中にそっと手を添えた。

 淑女は悲壮な表情から夫の言葉を受けてハッとし、すぐに青年の方を真っすぐ見るよう姿勢を正した。

 「花形美世と申します。いつも娘が大変お世話になっております……」その声は力なく、今にも泣きだしてしまいそうな響きをしていた。

 「既に娘から話をお聞きになられているかと思いますが、娘はある病気を患っております」

 「ご病気……ですか。よく貧血で倒れがちであるということはお伺いしておりますが、そちらのことでしょうか……?」

 紳士はがっくりとうなだれた。そして右手でその傾いた頭を押さえていた。
 彼の顔は、何かとても重大なミスを犯した時に見せる悔恨のような表情を浮かべていた。

 「サトシ君……。誠に申し訳ない」
 紳士は3度目の謝罪の姿勢を見せた。

 青年は何となく察しがついていた。が、それがどういった病気なのかは皆目検討がついていなかった。

 「い、いえいえ。そんなお謝りいただくようなことではないですよ。幸さんは一体どのようなご病気を患われていらっしゃるんですか?」

 「サトシ君……。今からお伝えすることは、非常に残酷で、君を傷つけ、娘のことを恨めしく思うようになるかもしれない。それでも親の務めとして、また、親として娘の過ちの責任を取るという意味でも、どうかお話をさせていただければと思う」

 過ち……?聡はごくりと唾を飲んだが、いまいち釈然としない表情をしていた。

 「娘は『急性骨髄性白血病』という血液細胞の癌を患っている。5年内の生存率は40%程度。そしてその癌の診断をちょうど今から約5年ほど前に受けた」


 ――聡の頭は真っ白になった。が、同時に今まで彼女に所々で感じていた『違和感』についての点が、彼の頭の中で数珠繋ぎのように一本の線で繋がる感覚を覚えた。


 「血液の癌……。なるほど、そうだったのですね……。しかし今のお話ですと、治る可能性は40%はあるということですよね。幸さん、今日の日中は元気でしたし、大丈夫ですよね……?」

 「この病気は完治というのが中々難しいものでね。まずは寛解を目指して患者は治療を行うんだ。しかし、中には寛解に至らず、再発を繰り返す者もいる。そして再発を繰り返すごとに、生存率は徐々に下がっていく。娘のこの病気の再発は、これで3回目だ」

 この先の言葉は聞きたくなかった――。

 聡「……。それはつまり……」

 コンコンコン――。
 ドアをノックする音が聞こえた。
 
 「失礼します」

 白衣を着た医師と看護師が病室の中に入ってきた。

 「娘さんはまだご意識が戻られていないようですね。ですが、恐らくこの赤血球量であれば、明日にはご回復されるかと思います」

 そう言うと、医師は即席で行った採血の結果が記載されたプリントを幸一郎の方へ差し出した。

 「しかし……。白血球の数値のほうで相当な異常値が出ており、症状はかなり進行していると思われます。むしろ、この状態で入院せず生活できていたことが奇跡と思われるくらいです。ヘルプマークカードにご記載の延天堂(えんてんどう)大学病院が恐らく以前がん治療をされた医療機関かと思いますので、明日意識が戻り次第娘さんを救急車で搬送しようと考えておりますが、よろしいでしょうか」

 「はい、問題ございません。延天堂大学病院へ搬送される時間が決まりましたら、そちらのヘルプマークカードに記載の連絡先にご一報いただけますと助かります」
幸一郎は頷きながらそう言った。

 「わかりました」医師はちらりと看護師の方を見ると、ヘルプマークカードに記載の連絡先をメモ帳に控え始めた。そうして記載が終わると、カードは幸一郎のもとへ返された。

「あの……。お父様、もしご迷惑でなければ、明日私も延天堂大学病院へ伺ってもよろしいでしょうか……。幸さんと少しお話をさせていただたくて……」

 幸一郎は一瞬口を噤んだ。が、すぐに聡の方を見て、「わかった。君は娘の命の恩人でもあるし、交際相手でもある。来ていただく資格は十分にある。
明日、搬送予定時間の連絡を受け次第、サトシ君にも連絡するので、その予定時間の2時間後くらいに病室に来てもらえるかな。
到着後は検査など色々とバタバタすると思うので、少し時間を空けたほうがいい」
 
 聡はこくりと頷いた。

 「サトシ君の連絡先を教えてもらえるかな」
 「はい」
 そう言うと、聡は自身の電話番号を幸一郎へ口頭で伝えた。
 
 「それではまた明日。本日は娘を助けてくださり、本当にありがとうございました」
 幸一郎と美世は聡に向け深々と頭を下げた。

 「いえ……。また明日よろしくお願いいたします」

 青年の帰りの足取りは重かった。
 
 そしてその目からは生気が消え失せ、瞳の焦点は一切ぶれることなく、ただ過ぎ行く地面の1点を見つめながら、真っ暗な夜道をただひたすらに、歩き続けた。

 その様はまるで、あてもなく、ゆらりゆらりと夜道を彷徨う屍のようであった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

秋月の鬼

凪子
ファンタジー
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。 安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。 境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。 ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。 常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

ペット(老猫)と異世界転生

童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪女の代役ステラの逃走。〜逃げたいのに逃げられない!〜

朝比奈未涼
ファンタジー
リタ・ルードヴィング伯爵令嬢(18)の代役を務めるステラ(19)は契約満了の条件である、皇太子ロイ(20)との婚約式の夜、契約相手であるルードヴィング伯爵に裏切られ、命を狙われてしまう。助かる為に最終手段として用意していた〝時間を戻す魔法薬〟の試作品を飲んだステラ。しかし時間は戻らず、ステラは何故か12歳の姿になってしまう。 そんなステラを保護したのはリタと同じ学院に通い、リタと犬猿の仲でもある次期公爵ユリウス(18)だった。 命を狙われているステラは今すぐ帝国から逃げたいのだが、周りの人々に気に入られてしまい、逃げられない。 一方、ロイは婚約して以来どこか様子のおかしいリタを見て、自分が婚約したのは今目の前にいるリタではないと勘づく。 ユリウスもまたロイと同じように今のリタは自分の知っているリタではないと勘づき、2人は本物のリタ(ステラ)を探し始める。 逃げ出したいステラと、見つけ出したい、逃したくないユリウスとロイ。 悪女の代役ステラは無事に逃げ切り、生き延びることはできるのか? ***** 趣味全開好き勝手に書いております! ヤンデレ、執着、溺愛要素ありです! よろしくお願いします!

処理中です...