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診療記録1
患者・池内早苗1-2
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「わたし、私は……わたしが、赤ちゃんを殺してしまったと……思いました。」
お腹の中で大切に育ててきた赤ちゃんが亡くなってしまったのは、絶対にお母さんのせいじゃないのにそんな風に、感じてしまうなんて。
「産まれてきた赤ちゃんは……
泣き声をあげることはありませんでした。
私は、記憶があまりないんですが、助けて、と……赤ちゃんを助けてと…泣いていました。
でも、かないませんでした。
泣かない赤ちゃんを、、わたしは、抱きました…
病院の方は、みんな…よくしてくださいました…私と、わたしと……夫と…子どもで………
その日は三人で……
川の字で寝させてもらいました……」
そこから少しの間、
早苗さんは静かに、静かに泣いた。
私は、映画のワンシーンみたいだ、
と不謹慎な事を思った。
早苗さんの涙は、キレイだった。
こういう時どうすればいいのか正直いつもわからない。私は、人前で泣くことがまず、ないから。
一度だけ友人の前で泣いたけど、
その時は背中をさすられて余計に悲しくなったので、その人にとってのベストがわからないのだ。
たか子先生は、
早苗さんの前にほんわり湯気のたつ飲み物をみっつ置いた。
「温かいものって不思議と心も和らぐものですね。麦茶かココアか、コーヒーか。
どれが良いですか?」
少し落ち着いてきた早苗さんに優しく声をかけた。
ふっと少し笑う声が聞こえた。
「すごい、3種類も。ありがとうございます。
じゃあ、麦茶を…」
「じゃあもえこさん、ココア。」
私に選択の余地はなかった。
たぶん、どっちでもいいですよ、と私が言うことを知ってるからだ。
もう~わたしのこと、なんでもわかってるんだから、たか子先生は。と思ってニヤリとしていると、たか子先生に見られてた。
あ、はい、不謹慎でごめんなさい。
両手で湯呑みを包み込んで、
こくり、と
温かい麦茶をひとくち飲むと、早苗さんはほんわり微笑んだ。
「先生、わたし…ひとつひとつ質問されてそれに考えながら答えてしまうと絶対泣いてしまうから、話すことを決めてこちらから話してしまって、足りない事だけ質問に答えれば泣かずにすむかなと、思ったんです。」
すこし、悲しそうな笑顔だった。
なんだか、安心した。
「病院の方はみんなほんとにすごく良くしてくださって。折り紙を折ってくれたり、子どもにメッセージを書いてくれたりしました。
お子さんのために出来ること、早苗さんもしませんかって材料や型紙を用意してくださって。
赤ちゃんのために産着を手縫いしました。
100均でね、造花を主人に買ってきてもらって。
産着の胸に縫いつけてあげたら、花がなんだか大きすぎて、赤ちゃんが笑ってるように見えて私も笑っちゃったんですけど。
よくよくみたらやっぱりかたくって、動かなくて、また泣きました……」
思い出してるんだろう、早苗さんは涙をうかべた。
「お名前は、なんとおっしゃるんですか。」
たか子先生が聞くと、早苗さんは少し目を丸くして嬉しそうに答えた。
「爽やかという字に、長男なんで太郎の太と書いて、『爽太』、です。」
「ステキな名前!」
つい、私が口に出すと、早苗さんは本当に嬉しそうに笑った。
「父も母も…名前では呼んでくれませんでした。でも病院の先生は皆、『爽太くん』って呼んでくれて。爽太のために折り紙折ってくれたり、『お母さんも、爽太くんのためにできることしませんか』って、一緒に産着縫ってくれたり…
ほんとにみんな良くしてくださったのに…私…ひどい態度、とったんです…
爽太の…動かない爽太を見るたびにつらくて…先生や看護師さんにひどい事言いました。触らないで、とか、放っておいて……食べたくない、話したくない、あんたになんか絶対私の気持ちは分からないとか、そんな事言ったような気がします。隣に聞こえるような大声で。最低ですよね…」
「…そんなことないと思いますよ」
「お別れの日……家族の判断で、私は病院で待っていました。
爽太は、思いのほかちっぽけな壺におさまって帰ってきました。
こんなに、こんなにちっさいのに…
私が守ってあげたかったのに、と…
思ったらまた泣きました。
何が悪かったのか、もっとあの時ああしておけばよかったのかも、あの時のあれが良くなかったのかも、私がもっともっと気をつけていればこんなことにならなかったのかも、
この子が死ぬことはなかったのかも……
私が、殺してしまったんじゃないか。
私が………
何をしていても、ずっとそんな風に考えてました。
ほんとに、何かにつけて泣いてました。
今は…これでも落ち着いてきたほうなんですよ。
でも…」
早苗さんは、口をつぐんだ。
「でも」…そのあと、何を、続けようとしたんだろう…
わたしは、
私だったら?と想像していた。
でも、とても想像なんかできなかった。
私の母は、私を産む前に一度流産したことがあると言っていた。それほど、深く考えなかった。
流産はよくあると聞く。
産まれずに死んじゃったんだ、へぇ。
そんなもんだった。
お母さんは、こんなにも、こんなにも
こんなにも。
子どもを愛しているんだ。
お腹の中で大切に育ててきた赤ちゃんが亡くなってしまったのは、絶対にお母さんのせいじゃないのにそんな風に、感じてしまうなんて。
「産まれてきた赤ちゃんは……
泣き声をあげることはありませんでした。
私は、記憶があまりないんですが、助けて、と……赤ちゃんを助けてと…泣いていました。
でも、かないませんでした。
泣かない赤ちゃんを、、わたしは、抱きました…
病院の方は、みんな…よくしてくださいました…私と、わたしと……夫と…子どもで………
その日は三人で……
川の字で寝させてもらいました……」
そこから少しの間、
早苗さんは静かに、静かに泣いた。
私は、映画のワンシーンみたいだ、
と不謹慎な事を思った。
早苗さんの涙は、キレイだった。
こういう時どうすればいいのか正直いつもわからない。私は、人前で泣くことがまず、ないから。
一度だけ友人の前で泣いたけど、
その時は背中をさすられて余計に悲しくなったので、その人にとってのベストがわからないのだ。
たか子先生は、
早苗さんの前にほんわり湯気のたつ飲み物をみっつ置いた。
「温かいものって不思議と心も和らぐものですね。麦茶かココアか、コーヒーか。
どれが良いですか?」
少し落ち着いてきた早苗さんに優しく声をかけた。
ふっと少し笑う声が聞こえた。
「すごい、3種類も。ありがとうございます。
じゃあ、麦茶を…」
「じゃあもえこさん、ココア。」
私に選択の余地はなかった。
たぶん、どっちでもいいですよ、と私が言うことを知ってるからだ。
もう~わたしのこと、なんでもわかってるんだから、たか子先生は。と思ってニヤリとしていると、たか子先生に見られてた。
あ、はい、不謹慎でごめんなさい。
両手で湯呑みを包み込んで、
こくり、と
温かい麦茶をひとくち飲むと、早苗さんはほんわり微笑んだ。
「先生、わたし…ひとつひとつ質問されてそれに考えながら答えてしまうと絶対泣いてしまうから、話すことを決めてこちらから話してしまって、足りない事だけ質問に答えれば泣かずにすむかなと、思ったんです。」
すこし、悲しそうな笑顔だった。
なんだか、安心した。
「病院の方はみんなほんとにすごく良くしてくださって。折り紙を折ってくれたり、子どもにメッセージを書いてくれたりしました。
お子さんのために出来ること、早苗さんもしませんかって材料や型紙を用意してくださって。
赤ちゃんのために産着を手縫いしました。
100均でね、造花を主人に買ってきてもらって。
産着の胸に縫いつけてあげたら、花がなんだか大きすぎて、赤ちゃんが笑ってるように見えて私も笑っちゃったんですけど。
よくよくみたらやっぱりかたくって、動かなくて、また泣きました……」
思い出してるんだろう、早苗さんは涙をうかべた。
「お名前は、なんとおっしゃるんですか。」
たか子先生が聞くと、早苗さんは少し目を丸くして嬉しそうに答えた。
「爽やかという字に、長男なんで太郎の太と書いて、『爽太』、です。」
「ステキな名前!」
つい、私が口に出すと、早苗さんは本当に嬉しそうに笑った。
「父も母も…名前では呼んでくれませんでした。でも病院の先生は皆、『爽太くん』って呼んでくれて。爽太のために折り紙折ってくれたり、『お母さんも、爽太くんのためにできることしませんか』って、一緒に産着縫ってくれたり…
ほんとにみんな良くしてくださったのに…私…ひどい態度、とったんです…
爽太の…動かない爽太を見るたびにつらくて…先生や看護師さんにひどい事言いました。触らないで、とか、放っておいて……食べたくない、話したくない、あんたになんか絶対私の気持ちは分からないとか、そんな事言ったような気がします。隣に聞こえるような大声で。最低ですよね…」
「…そんなことないと思いますよ」
「お別れの日……家族の判断で、私は病院で待っていました。
爽太は、思いのほかちっぽけな壺におさまって帰ってきました。
こんなに、こんなにちっさいのに…
私が守ってあげたかったのに、と…
思ったらまた泣きました。
何が悪かったのか、もっとあの時ああしておけばよかったのかも、あの時のあれが良くなかったのかも、私がもっともっと気をつけていればこんなことにならなかったのかも、
この子が死ぬことはなかったのかも……
私が、殺してしまったんじゃないか。
私が………
何をしていても、ずっとそんな風に考えてました。
ほんとに、何かにつけて泣いてました。
今は…これでも落ち着いてきたほうなんですよ。
でも…」
早苗さんは、口をつぐんだ。
「でも」…そのあと、何を、続けようとしたんだろう…
わたしは、
私だったら?と想像していた。
でも、とても想像なんかできなかった。
私の母は、私を産む前に一度流産したことがあると言っていた。それほど、深く考えなかった。
流産はよくあると聞く。
産まれずに死んじゃったんだ、へぇ。
そんなもんだった。
お母さんは、こんなにも、こんなにも
こんなにも。
子どもを愛しているんだ。
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