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1話、魔王がんばる
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昔昔あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
世界は幾つもの国に分かれて紛争しており、おじいさんもおばあさんも昔はこんなはずじゃなかったのにと嘆いています。
昔は魔王と名乗る邪悪な存在が世界を支配しようとしていました。
その頃は世界各国、手を取り合っていたものです。
まだ、おじいさんとおばあさんが若い頃の話でした。
おじいさんは過去の記憶と未来への嘆きを心に山へ芝刈に行きます。
おばあさんは昔の栄光と来たる日の苦悶を胸に川へ洗濯に行きました。
おじいさんが山に行くと、山道の茂みから「わ!」と黒い影が出てきました。
おじいさんが驚くと、黒い影は笑います。
大きな黒いローブと太い角、鋭い目付き。
小さな胸を張って「ファーハハハ!」と笑っていました。
まだ子供です。
女の子です。
その子は魔王でした。
昔の戦争で父が死に、その後を継いだ魔王なのです。
「ビックリしたか?」
魔王は聞きます。
おじいさんは「ビックリしたよ」と笑って、魔王に飴玉を上げました。
「やった! へへ!」
魔王は飴玉を貰うと口に放り込んで、嬉しそうに山を降りました。
そのあと、川でおばあさんが洗濯していると、川底からその女の子がいきなり現れます。
「わ!」と大きな声を出すと、おばあさんは驚いて「やあ魔王ちゃん。今日も驚いたよ」とタオルを渡しました。
魔王は満足げです。
小さな胸を張って笑おうとすると、「クチュン!」とくしゃみが出ました。
おばあさんは小さな魔王を家にあげて、暖炉に火をくべると魔王を温めます。
魔王は体があったまってうつらうつらと、船を漕ぎ出しました。
ですが、このまま寝てはいけないと頬をパンパン叩いて、「ファーハハハ!」と立ち上がります。
「世話になった! だが、私には腹を空かせた仲間が待っている!」
魔王はそう言って家を出ていきました。
おじいさんが芝刈に向かった山は長い山脈です。
山脈を越えた先には光の届かぬ暗雲が立ち込めていました。
人々はその地を生命の実らぬ不毛の大地。『死の大地』と呼びます。
魔王とその仲間は死の大地にそびえる魔王城に住んでいました。
魔王が意気揚々と帰ってくると、頬のコケて目が落窪んだ死体が出迎えます。
ソンビ・マジシャンロードというモンスターです。
この世界には生物とは一線を画すモンスターというものがいました。
ゾンビ・マジシャンロードは生きる死体です。
長生きです。
魔王の父に仕え、そのまた父にも仕えていました。
彼(本当は彼女)は礼儀正しいです。
片膝つき、小さな魔王の帰還に喜びました。
魔王は玉座に向かいます。
城の中は静かでした。
魔王の部下は、かつて何万も何十万もいました。
今は千人いれば良い方かも知れません。数えたことはないですが。
多くのモンスターは戦争で死にました。
残ったモンスターの半分は魔王が変わってから故郷に帰りました。
だって先代魔王は筋肉ムキムキで頭も良く、指先一つで恐ろしい魔法を使ったのです。
今の小さな魔王は、体は華奢だし頭もちょっと良くありません。
明るさが取り柄と本人は言うのですが、つまりは能天気でした。
それで残ったのは先代魔王に恩があるとか、今更どこかに行く宛のないモンスターばかりです。
魔王は玉座に座りました。
ビロードの張られた椅子です。
真紅だったビロードはすっかり色褪せていました。
先代魔王の大きさに合わせた椅子はとてもとても大きく、魔王が小さな人形のように見えます。
彼女の眼下には魔王の腹心がいました。
さっきのゾンビ・マジシャンロードもいましたし、狼の耳を持った美しい女性や炎と氷の塊なんかの珍妙なモンスター達がいます。
魔王は上機嫌で「我らの生きていく糧、恐怖のエネルギー手に入れたぞ」と、胸から邪悪に光る光線を放ちました。
モンスターは人間の恐怖とか悲哀とか、苦痛とか、そういったネガティブな気持ちを食べて生きていました。
先代の魔王が人間に戦争を仕掛けたのもそういった事情があったのです。
ところが、この魔王ときたらほんのちょっぴりのネガティブな気持ちしか持ってきてないのです。
それをみんなで分け合うから、砂糖の一粒を舐めるような味気ないものなのでした。
「いい加減にしろ!」
そう言っていきり立ったのは氷炎魔神です。
氷炎魔神とは体の半分が炎でもう半分が氷でした。
本来は氷炎魔人というのですが、強そうということで氷炎『魔神』と名乗っています。
彼は乱暴者でした。
このようなみみっちい食事が数週間も続いていることをおこり、この程度の負のエネルギーしか持って来れないことに腹を立てました。
あまりカッカと熱くなると氷の方が溶けないか心配になりますね。
でも、彼の言葉がきっかけで、みんながみんな、「そーだ。そーだ」と魔王に抗議したのです。
まだ少女の魔王はみんなから怒られて泣きそうになりました。
こういう時、魔王はゾンビ・マジシャンロードを頼りました。
先代魔王の側近であったマジシャンロードは小さい魔王とも親しかったので、きっと助け舟を出してくれると思ったのです。
ところが、マジシャンロードもこればっかりは擁護できませんでした。
意外かも知れませんが、ゾンビ・マジシャンロードは生前、とても美しい女性だったのです。
そして、マジシャンロードと呼ばれる高位のゾンビはその高い魔力で生前の姿を保つことが出来たのでした。
でも今は、高い魔力もすっかり衰えて、すべすべの肌は腐って穴だらけですし、自慢の美しい鼻もぱっちり開いた目もぷっくり膨らんだ唇も、全部腐って見るも無残なのです。
サラサラと長かった髪の毛がほとんど抜け落ちた頭など想像できますか?
いくら親しいマジシャンロードといえども、魔王を擁護できなかったのです。
「負のエネルギーがダメなら肉を食わせろ肉を! 我が子らも腹を空かしておるわ!」
怒鳴ったのは狼の耳を生やした女性です。
化け狼です。ウェアウルフといいました。
彼女はウェアウルフ百匹の狼の群れのボスです。
百匹の狼はすっかりお腹を空かせて、今にも誰にだって襲いかかりそうでした。
襲いかかるのなら魔王が良いでしょう。お肉も柔らかそうですし。
「どうするんだ!」と氷炎魔神が怒鳴ると、今まで黙って目をつぶっていた魔王がぴょんと玉座から降りたのです。
みんなが魔王の言葉を待って黙りました。
広い玉座の間に、魔王が目いっぱい息を吸い込む音が響きます。
そして――
「うわあぁぁああぁん!!」
魔王は泣いてしまいました。
大きな声でわんわんと泣きます。
これには氷炎魔神もたじろぎました。
ウェアウルフは「あーあー。氷炎め、魔王様を泣かしたな」とため息をつきます。
この場の誰もが「あーあー」と氷炎魔神を見るのでした。
「お前達だって魔王に文句を言ってたじゃねえか!」と、氷炎魔神は怒鳴りながら魔王に近付きます。
「悪かったよ。謝るから。な? 泣き止んでくれや」
必死に魔王をなだめます。
「もう怒鳴らない?」。しゃくり上げながら魔王が聞きました。
「ああ、もう怒鳴らない。怒鳴らないから頼むぜ」
小さく頷く魔王を氷炎魔神は持ち上げて玉座に座らせます。
魔王は目の涙を袖でぬぐいなら、「リラはどうしたら良いの? どうしたら良いか分からないよぉ」と、どんどん涙声になりました。
魔王は名前をリラといい、気分が落ち込むと自分の名前で自分を呼ぶのです。
また泣くぞ。すぐ泣くぞ。
みんなの責める視線を感じた氷炎魔神は慌ててなだめますが、魔王の肩は小刻みに揺れて声は震えます。
「では、魔王様、いい案があります」
ゾンビ・マジシャンロードが立ち上がりました。
みんなの視線がマジシャンロードに注がれたので、醜い顔を見られたくないマジシャンロードはローブのフードを目深に被ります。
「その案とは?」。誰かが聞きました。
「この場のみんなで人間を恐れ上がらせる案を出すのです。そして、魔王様にその案を採択してもらうのです」
そりゃいいや!
みんなが納得しました。
魔王もそれが良いと頷きます。
そして、みんなで案を一つ一つ出しました。
ですが、考えも身体的特徴もばらばらのモンスター達です。
人間の田畑を焼こうと誰かが言えば、自然を焼くなんてとんでもないと木のモンスターが拒否しました。
水源を潰して干上がらせようと岩のモンスターが言えば、水棲のモンスターが「支配した後に私たちも住めなくする気か!」と怒るのです。
難航しました。
難航しましたが、最後には幾つかの案は残りました。
一つは、みんなで森の中に潜んで、行き交う人を驚かせるというものです。
結局魔王と同じ方法ですが、みんなが納得するにはこうするしかありませんでした。
もう一つは、かつてのように人間へ宣戦布告して戦争を仕掛けるというものです。
これはもう非難轟々でした。
「もう一度、俺たちを貧しくさせるつもりか」とみんなが口々に言いましたが、少なくともみんなが餓えを解消するのにいい案である事を認めなくてはいけませんでした。
そして最後の一つが、一番近くの王国に、国王の溺愛するお姫様がいます。そのお姫様をさらって酷い拷問(ここには書けないようなことです)をして、人間の国に送り返すというものです。
この最後の案を述べたのは氷炎魔神でした。
まあ野蛮な氷炎魔神が考えそうなことです事。なんてみんなが氷炎魔神を非難がましく見るのです。
だって、そんな事をしたら人間と戦争になることは必至なのです。
だったら宣戦布告と変わらないじゃないかとみんなが思ったのです。
氷炎魔神は「け!」とコケにしたような態度で全く悪口に堪えた様子はありません。
「俺は強いヤツと戦えれば良いんだよ。戦争? けっこうなことじゃねえか!」
ウェアウルフは「かつての戦力より大幅に弱まった今、戦争をしてもみんなが死ぬぞ。私の息子たちにも死ねと言うか」と鋭い犬歯を剥き出しにします。
爪は太く鋭く曲がり、全身から毛がわさわさと生え始めました。
ウェアウルフは美しい女性から全身に毛を纏った人狼の姿になろうとしています。
それは、ウェアウルフが本気で戦おうとしている証拠でした。
氷炎魔神は、これこそウェアウルフと戦う好機と見ます。
ですが、二人が戦うことはありませんでした。
ゾンビ・マジシャンロードが二人の間に入って、どんな案でも最終決定は魔王にあるのだと言ったからです。
どうせ魔王はみんなで仲良く人間を驚かそうとするに決まっています。
氷炎魔神がどんな提案をしても、彼の物騒な提案が採択されることはないのです。
そう思ったウェアウルフは毛を収め、牙を唇に隠しました。
氷炎魔神もウェアウルフが戦う気を失ったので、彼もまた戦う気を無くしました。
ゾンビ・マジシャンロードは彼らをしり目に、最後の三つの案を紙に書いて魔王に見せます。
「どれが良いですか?」
玉座の間に座るモンスター達は答えを知っているのでつまらなそうにしていました。
まだ狼にしか見えないウェアウルフの息子たちも大きなあくびをしています。
魔王は顎の先に指を当てて「んーっとね」と考えました。
みんなは「もう早くしてくれないかな」と思っています。
「うん! これ!」
魔王が一枚の紙を手にして掲げました。
そして、モンスター達は紙の字を見て驚きに飛び上がります。
モンスター達が驚いたのも無理はないのです。
なぜなら、その紙には「姫をさらう」と書いてあったからです。
世界は幾つもの国に分かれて紛争しており、おじいさんもおばあさんも昔はこんなはずじゃなかったのにと嘆いています。
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その頃は世界各国、手を取り合っていたものです。
まだ、おじいさんとおばあさんが若い頃の話でした。
おじいさんは過去の記憶と未来への嘆きを心に山へ芝刈に行きます。
おばあさんは昔の栄光と来たる日の苦悶を胸に川へ洗濯に行きました。
おじいさんが山に行くと、山道の茂みから「わ!」と黒い影が出てきました。
おじいさんが驚くと、黒い影は笑います。
大きな黒いローブと太い角、鋭い目付き。
小さな胸を張って「ファーハハハ!」と笑っていました。
まだ子供です。
女の子です。
その子は魔王でした。
昔の戦争で父が死に、その後を継いだ魔王なのです。
「ビックリしたか?」
魔王は聞きます。
おじいさんは「ビックリしたよ」と笑って、魔王に飴玉を上げました。
「やった! へへ!」
魔王は飴玉を貰うと口に放り込んで、嬉しそうに山を降りました。
そのあと、川でおばあさんが洗濯していると、川底からその女の子がいきなり現れます。
「わ!」と大きな声を出すと、おばあさんは驚いて「やあ魔王ちゃん。今日も驚いたよ」とタオルを渡しました。
魔王は満足げです。
小さな胸を張って笑おうとすると、「クチュン!」とくしゃみが出ました。
おばあさんは小さな魔王を家にあげて、暖炉に火をくべると魔王を温めます。
魔王は体があったまってうつらうつらと、船を漕ぎ出しました。
ですが、このまま寝てはいけないと頬をパンパン叩いて、「ファーハハハ!」と立ち上がります。
「世話になった! だが、私には腹を空かせた仲間が待っている!」
魔王はそう言って家を出ていきました。
おじいさんが芝刈に向かった山は長い山脈です。
山脈を越えた先には光の届かぬ暗雲が立ち込めていました。
人々はその地を生命の実らぬ不毛の大地。『死の大地』と呼びます。
魔王とその仲間は死の大地にそびえる魔王城に住んでいました。
魔王が意気揚々と帰ってくると、頬のコケて目が落窪んだ死体が出迎えます。
ソンビ・マジシャンロードというモンスターです。
この世界には生物とは一線を画すモンスターというものがいました。
ゾンビ・マジシャンロードは生きる死体です。
長生きです。
魔王の父に仕え、そのまた父にも仕えていました。
彼(本当は彼女)は礼儀正しいです。
片膝つき、小さな魔王の帰還に喜びました。
魔王は玉座に向かいます。
城の中は静かでした。
魔王の部下は、かつて何万も何十万もいました。
今は千人いれば良い方かも知れません。数えたことはないですが。
多くのモンスターは戦争で死にました。
残ったモンスターの半分は魔王が変わってから故郷に帰りました。
だって先代魔王は筋肉ムキムキで頭も良く、指先一つで恐ろしい魔法を使ったのです。
今の小さな魔王は、体は華奢だし頭もちょっと良くありません。
明るさが取り柄と本人は言うのですが、つまりは能天気でした。
それで残ったのは先代魔王に恩があるとか、今更どこかに行く宛のないモンスターばかりです。
魔王は玉座に座りました。
ビロードの張られた椅子です。
真紅だったビロードはすっかり色褪せていました。
先代魔王の大きさに合わせた椅子はとてもとても大きく、魔王が小さな人形のように見えます。
彼女の眼下には魔王の腹心がいました。
さっきのゾンビ・マジシャンロードもいましたし、狼の耳を持った美しい女性や炎と氷の塊なんかの珍妙なモンスター達がいます。
魔王は上機嫌で「我らの生きていく糧、恐怖のエネルギー手に入れたぞ」と、胸から邪悪に光る光線を放ちました。
モンスターは人間の恐怖とか悲哀とか、苦痛とか、そういったネガティブな気持ちを食べて生きていました。
先代の魔王が人間に戦争を仕掛けたのもそういった事情があったのです。
ところが、この魔王ときたらほんのちょっぴりのネガティブな気持ちしか持ってきてないのです。
それをみんなで分け合うから、砂糖の一粒を舐めるような味気ないものなのでした。
「いい加減にしろ!」
そう言っていきり立ったのは氷炎魔神です。
氷炎魔神とは体の半分が炎でもう半分が氷でした。
本来は氷炎魔人というのですが、強そうということで氷炎『魔神』と名乗っています。
彼は乱暴者でした。
このようなみみっちい食事が数週間も続いていることをおこり、この程度の負のエネルギーしか持って来れないことに腹を立てました。
あまりカッカと熱くなると氷の方が溶けないか心配になりますね。
でも、彼の言葉がきっかけで、みんながみんな、「そーだ。そーだ」と魔王に抗議したのです。
まだ少女の魔王はみんなから怒られて泣きそうになりました。
こういう時、魔王はゾンビ・マジシャンロードを頼りました。
先代魔王の側近であったマジシャンロードは小さい魔王とも親しかったので、きっと助け舟を出してくれると思ったのです。
ところが、マジシャンロードもこればっかりは擁護できませんでした。
意外かも知れませんが、ゾンビ・マジシャンロードは生前、とても美しい女性だったのです。
そして、マジシャンロードと呼ばれる高位のゾンビはその高い魔力で生前の姿を保つことが出来たのでした。
でも今は、高い魔力もすっかり衰えて、すべすべの肌は腐って穴だらけですし、自慢の美しい鼻もぱっちり開いた目もぷっくり膨らんだ唇も、全部腐って見るも無残なのです。
サラサラと長かった髪の毛がほとんど抜け落ちた頭など想像できますか?
いくら親しいマジシャンロードといえども、魔王を擁護できなかったのです。
「負のエネルギーがダメなら肉を食わせろ肉を! 我が子らも腹を空かしておるわ!」
怒鳴ったのは狼の耳を生やした女性です。
化け狼です。ウェアウルフといいました。
彼女はウェアウルフ百匹の狼の群れのボスです。
百匹の狼はすっかりお腹を空かせて、今にも誰にだって襲いかかりそうでした。
襲いかかるのなら魔王が良いでしょう。お肉も柔らかそうですし。
「どうするんだ!」と氷炎魔神が怒鳴ると、今まで黙って目をつぶっていた魔王がぴょんと玉座から降りたのです。
みんなが魔王の言葉を待って黙りました。
広い玉座の間に、魔王が目いっぱい息を吸い込む音が響きます。
そして――
「うわあぁぁああぁん!!」
魔王は泣いてしまいました。
大きな声でわんわんと泣きます。
これには氷炎魔神もたじろぎました。
ウェアウルフは「あーあー。氷炎め、魔王様を泣かしたな」とため息をつきます。
この場の誰もが「あーあー」と氷炎魔神を見るのでした。
「お前達だって魔王に文句を言ってたじゃねえか!」と、氷炎魔神は怒鳴りながら魔王に近付きます。
「悪かったよ。謝るから。な? 泣き止んでくれや」
必死に魔王をなだめます。
「もう怒鳴らない?」。しゃくり上げながら魔王が聞きました。
「ああ、もう怒鳴らない。怒鳴らないから頼むぜ」
小さく頷く魔王を氷炎魔神は持ち上げて玉座に座らせます。
魔王は目の涙を袖でぬぐいなら、「リラはどうしたら良いの? どうしたら良いか分からないよぉ」と、どんどん涙声になりました。
魔王は名前をリラといい、気分が落ち込むと自分の名前で自分を呼ぶのです。
また泣くぞ。すぐ泣くぞ。
みんなの責める視線を感じた氷炎魔神は慌ててなだめますが、魔王の肩は小刻みに揺れて声は震えます。
「では、魔王様、いい案があります」
ゾンビ・マジシャンロードが立ち上がりました。
みんなの視線がマジシャンロードに注がれたので、醜い顔を見られたくないマジシャンロードはローブのフードを目深に被ります。
「その案とは?」。誰かが聞きました。
「この場のみんなで人間を恐れ上がらせる案を出すのです。そして、魔王様にその案を採択してもらうのです」
そりゃいいや!
みんなが納得しました。
魔王もそれが良いと頷きます。
そして、みんなで案を一つ一つ出しました。
ですが、考えも身体的特徴もばらばらのモンスター達です。
人間の田畑を焼こうと誰かが言えば、自然を焼くなんてとんでもないと木のモンスターが拒否しました。
水源を潰して干上がらせようと岩のモンスターが言えば、水棲のモンスターが「支配した後に私たちも住めなくする気か!」と怒るのです。
難航しました。
難航しましたが、最後には幾つかの案は残りました。
一つは、みんなで森の中に潜んで、行き交う人を驚かせるというものです。
結局魔王と同じ方法ですが、みんなが納得するにはこうするしかありませんでした。
もう一つは、かつてのように人間へ宣戦布告して戦争を仕掛けるというものです。
これはもう非難轟々でした。
「もう一度、俺たちを貧しくさせるつもりか」とみんなが口々に言いましたが、少なくともみんなが餓えを解消するのにいい案である事を認めなくてはいけませんでした。
そして最後の一つが、一番近くの王国に、国王の溺愛するお姫様がいます。そのお姫様をさらって酷い拷問(ここには書けないようなことです)をして、人間の国に送り返すというものです。
この最後の案を述べたのは氷炎魔神でした。
まあ野蛮な氷炎魔神が考えそうなことです事。なんてみんなが氷炎魔神を非難がましく見るのです。
だって、そんな事をしたら人間と戦争になることは必至なのです。
だったら宣戦布告と変わらないじゃないかとみんなが思ったのです。
氷炎魔神は「け!」とコケにしたような態度で全く悪口に堪えた様子はありません。
「俺は強いヤツと戦えれば良いんだよ。戦争? けっこうなことじゃねえか!」
ウェアウルフは「かつての戦力より大幅に弱まった今、戦争をしてもみんなが死ぬぞ。私の息子たちにも死ねと言うか」と鋭い犬歯を剥き出しにします。
爪は太く鋭く曲がり、全身から毛がわさわさと生え始めました。
ウェアウルフは美しい女性から全身に毛を纏った人狼の姿になろうとしています。
それは、ウェアウルフが本気で戦おうとしている証拠でした。
氷炎魔神は、これこそウェアウルフと戦う好機と見ます。
ですが、二人が戦うことはありませんでした。
ゾンビ・マジシャンロードが二人の間に入って、どんな案でも最終決定は魔王にあるのだと言ったからです。
どうせ魔王はみんなで仲良く人間を驚かそうとするに決まっています。
氷炎魔神がどんな提案をしても、彼の物騒な提案が採択されることはないのです。
そう思ったウェアウルフは毛を収め、牙を唇に隠しました。
氷炎魔神もウェアウルフが戦う気を失ったので、彼もまた戦う気を無くしました。
ゾンビ・マジシャンロードは彼らをしり目に、最後の三つの案を紙に書いて魔王に見せます。
「どれが良いですか?」
玉座の間に座るモンスター達は答えを知っているのでつまらなそうにしていました。
まだ狼にしか見えないウェアウルフの息子たちも大きなあくびをしています。
魔王は顎の先に指を当てて「んーっとね」と考えました。
みんなは「もう早くしてくれないかな」と思っています。
「うん! これ!」
魔王が一枚の紙を手にして掲げました。
そして、モンスター達は紙の字を見て驚きに飛び上がります。
モンスター達が驚いたのも無理はないのです。
なぜなら、その紙には「姫をさらう」と書いてあったからです。
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