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12話、大丈夫。生きてるよ。

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 鐘の音が鳴る。

 学校の尖塔の先にある複数の鐘が美しい音色を鳴らしていた。

――終わった。

 羽根ペンを置いて、私は静かに天を仰いだ。

 蝋燭に照らされる天井は薄暗いオレンジの光に照らされている。

 この天井の向こうには青い空が広がっている事だろう。

 そうだ……このテスト期間が終わったらリエルと飛行機械に乗ろう。
 そういう場所があるって聞いた事がある。

 学校の庭で箒を使って飛ぶよりも、飛行機械で高く高く、この浮遊大陸の空高くまで飛べばきっとスッキリすると思う。

 そうしよう……全てを忘れて空を飛び回ればきっと気持ちが良い。

 レクィッサ先生が「実技は来週にするわ。それまでちゃぁんと予習しておくように」とグノメ達から私達の答案を受け取っていた。

 リエルに肩を叩かれて私はようやく意識を取り戻す。

 リエルは調子が良かったようだ。
 もっとも、良い回答ができるように祈っては居たが。

 教室を出て行く生徒達はいい出来に嬉しそうにするか、自信がなくて不安そうにするかの二通り居た。

 そんな女生徒に囲まれたアーネストは穏やかな顔をしている。
 どうやらいい出来だったみたい。

 私と目が合うと軽くウィンクしてきた。
 凄い余裕な態度だ。

 それからラシュリーも教室から出てくる。

 彼女は私に気付くと、ガネッサとキルネを連れて近付いて来た。

 そしていつもの高笑い。

 相変わらず余裕な態度だ。

 ラシュリーはテストの出来が良くとも悪くとも、きっとこの態度を崩さないだろう。
 ある意味ポーカーフェイスだ。

「エメリー。その落ち着いた態度、どうやら悪くない成果だったようですね?」

 私もポーカーフェイスだ。
 まあ私の顔は意図してやってる顔じゃないが。

 ラシュリーが私の答案を見たらビックリするだろう。悪い意味で。

「まぁ、そのくらい余裕な態度じゃなくては私のライバルに相応しく無いですわ」

 次の教室に向かいながら得意気に笑っている。

 期待されて悪いけれど、多分リエルの方が良い結果を出せてると思う。

 生徒の波に乗って私達は次の試験が待つ教室へと入った。

「さあ、次もテストですわ。結果が楽しみですこと」

 ラシュリーは高笑いして席につく。

 私とリエルも、あの自信がうらやましいなんて言いながら席についた。

 まだ先生が来てないので私達は教科書を開く。

 今度は魔法と服装に関係の授業だ。

 魔力そのものは鉄に伝導してしまうので精製鉄の鎧は着てはならないとか、体内の魔力循環を良くする為にローブなどのゆったりとした服を着る事が推奨されるといった内容。

「伝導ってどういう意味だっけ?」

 たしか、鉄のスプーンの先を火に入れたら指も熱く感じるみたいな意味だった。

「ああ、そうだった。伝導、放射……対流?」

 眉にシワを寄せて教科書とにらめっこしている。

「とりあえずこのテストが終われば今日のテストはもうないでしょ?」

 うん。
 今日はもう普通の授業しか残ってない。

 どうせならテストを一つの日にやってくれたら良いのに。

 いや、それはそれで勉強が大変そうだ。

 こうやって別々の日にテストしてくれるから合間合間に復習できる。

 とにかく一週間、頑張ろう。

——そうして一週間、私達はテストに精を出した。
 この一週間、まぁ涙あり、笑いあり……いや、笑いはなかった。
 涙しか無かった。
 今なら人間族の宗教に改宗してでも神頼みしたい気分だ。

 私達は最後のテスト、基礎魔法学の実技テストを受ける。

 学校の庭、草原地帯に藁巻が立てられていた。

 束ねられた藁巻が四つ組み合わさり、人の形となっている。

 十歩は離れた場所に立って、藁巻人形に火、風、水、地の四大属性の魔法のいずれかの基礎魔法を当てれば良い。

 簡単だ。
 ……簡単だよね?

 一人ずつ名前を呼ばれて位置に立つ。

 皆の前でテストをするのか。これは緊張しそうだ。

 待機中の生徒達は皆、基礎魔法学の教科書を開いて魔法の行使の項目を穴が開くほど見つめていた。

 私もだ。

 魔法を使うには触媒が必要。
 これは魔族の角に該当するものだ。
 角に膨大な魔力を貯蔵する魔族と違って魔力の少ない人間族は杖を振って魔力を増大させたり、魔法陣の装丁された魔導書で魔力を増大させた。

 そして、杖や魔導書で呼び出した精霊達に呪文を詠唱して呼びかけ、魔法を発動する。

 今回のテストでは杖でも魔導書でもどちらでも良いが、振り方を覚えなくてはいけない杖は誰も持ってきていない。
 皆、魔導書を使うようだ。

 私も当然、魔導書。
 簡単な方が良いもん。

 私の前にリエルが呼ばれた。

 リエルは紫色の装丁のされた本を抱えていた。
 どうやら風の魔法を使うみたい。

 四属性は人によって得手不得手があって、リエルは風の魔法が得意だった。

 リエルが魔導書を開き、深く深呼吸する。

 魔導書のページには一応、呪文が書いてあった。
 でも、古代精霊語という古語なので読むよりも暗記するしか手が無かったけど。

『風にたゆたう精霊よ。我が声に耳を傾けたまへ。気ままなるソナタは我に力を貸してくらたまへ。そよ風を我が手に収めたまへ! ウィンド!』

 基礎魔法は四行程度の呪文で詠唱される。
 一行で精霊を指定。
 二行目と四行目で精霊にお願いしながら、どうして欲しいのか述べる。
 最後は行使したい魔法の名前を口にして、精霊から借りた力を魔法として発現させるのだ。

 発音が悪くて精霊に伝わらないと威力が弱まったり、最悪、魔法そのものが発動しない。

 とはいえ、詠唱が上手く行くと魔導書に精霊が集まって来て発光するから一目で分かる。
 リエルの魔導書も風の精霊が集まって来て紫に発光している。

 小さな光の粒子一つ一つが風の精霊なのだ。

 リエルは見事に魔法を発動させたみたいで、草原の草が激しく横薙ぎに倒れて藁巻がギシギシと軋んだ。

「はい。次、エメリー」

 レクィッサ先生はリエルの魔法を見て何かを書きながら私を呼ぶ。

 リエルはホッと安堵した顔で私とすれ違う。

 無事に魔法が使えて安心しているのだ。

「エメリーも頑張ってね」

 私は頷いて藁巻の十歩前に立った。

 私は得意な属性も苦手な属性も無い。
 人間族と体の構造が違うからだ。

 とりあえず火の魔導書を持ってきた。

 角を使えば基礎魔法は簡単に使えるけど、今回は人間族の術式を使用する事が目的だから、魔族式の魔術は封印。

 緊張してきた。
 藁巻がすごく遠くに見える。
 十歩ってこんなに離れていたっけ?

 何だか緊張でクラクラしてきた。

 深呼吸すると、少しだけ頭がハッキリしたけど、万全とは言えない。

 緑の大地が視界の左右からすぼまって来る気がした。

 このまままごまごしてると緊張でどうしようも無くなってしまうだろう。
 早くテストを終わらせないと。

 私は魔導書を開いて、詠唱を始めた。

 えっと、火に棲まう精霊よ。我が声に耳を傾けたまへ。強き力と強き……強き……。

 あれ? 何だっけ?

 ああ、しまった。緊張で文言が頭からすっぽり抜けちゃった。

 詠唱と共に魔導書へ集まってきた火の精霊により、赤く発光していたが、私が呪文を上手く唱えられなくて発光が収まって来た。

 ええい! ままよ!

——強き生命『らく』よ。火『へん』を我が手に収めたまへ! ファイアー!——

 角が熱くなるのを感じながら、私は手から火炎球を放った。

 火炎球は私の『角から充分な魔力を補充し』肥大化する。
 魔族式中級魔法、ヘスティアだ。

 基礎魔法ファイアーに大量の魔力を注ぎ込むだけで発動する簡単な魔法だが、人間族はそれだけの魔力を持ってないので魔族専用の魔法と言える。

 本当はヘスティアを発動する気は無かったけど、緊張のあまり魔力を注ぎ込み過ぎちゃったみたい。

 ああ、まずい。

 藁巻に肥大化した火球がぶつかった瞬間、巨大な火球が爆発。
 周囲に火炎の塊をばら蒔いた。

 皆が悲鳴を挙げたが、私は即様に火の精霊をヘスティアから取り除くと、火は一瞬で消滅した。
 誰も怪我はしていない。

 この世の天地自然は精霊によって成り立っている。
 精霊そのものを取り除く事でどんなものも即座に消滅させられるのだ。

「エ、エメリー」

 レクィッサ先生が冷や汗を垂らしながら見ている。

 私は彼女と目を合わせられなかった。

 正直、詠唱は失敗したと私だって分かる。
 だけど、誤魔化したし、魔法自体は発動してるから……ダメ?

 いや、うん、聞かないよ。
 聞かないけど、多分ダメだよね。

「エメリー。下がりなさい。あと、無茶は、絶対に、しないで」

 釘を刺されてしまった。

 大事にはなってないとはいえ、ヘスティアが爆発した時、かなり怖かったと思う。
 この後、怒られちゃうかな。

 そう思いながら私は待機列に戻った。

 藁巻はヘスティアで消滅してしまったので小人のグノーメ達がトテトテと走ってきて地面に刺した棒に藁巻を人型に巻き付けている。

 リエルが小さな声で大丈夫かと聞いてきた。
 私は大丈夫だったけど、皆に飛び火してなかっただろうか?

「うん。エメリーがすぐに火を消してくれたから、こっちに届いてないよ」

 それは良かった。

 良かったけど、さっきからアイリスとその取り巻きに睨まれている。
 今回ばかりは言い訳のしようが無く、私が悪い。

 でも無言で睨んでくるのは堪える。
 アイリス達以外の子からも無言の圧力みたいなものは感じた。

 元々、魔族という事で大なり小なり偏見を持っていた所で今の失敗は悪い感情を抱かせるに充分だった。

「次、ラシュリー」

 私が顔を俯かせていると、いつもの陽気な高笑いが響く。

「エメリー。中々派手なパフォーマンスでしたわ。私よりも目立つだなんて褒めて差し上げますが、あのような派手さが試験において何一つのアドバンテージにならない事をお見せ致しましょう!」

 ラシュリーはレクィッサ先生に「分かったから早くしなさい」とたしなめられてそそくさと位置についた。

 ラシュリーが私のやったことを言ってくれて良かったと思う。

 さっきまで何だか私のやった事は口にしてはならないような誤ちのような気がしたが、ラシュリーに派手なパフォーマンスと言われるとそういう見方もある気がした。

 確かに私は一歩間違えれば大惨事な事をしてしまったけど、幸い怪我人は居ない。
 反省はすべきだけど、落ち込んでクヨクヨして、この白い目に怯える必要なんて無い気がしたのだ。

 心がスっと軽くなった。

 私は心の中でラシュリーにお礼を述べながら、彼女を応援した。

 ラシュリーはちょうど魔導書を開いている。

『火に棲まう精霊よ。我が声に耳を傾けたまへ。強き力と強き生命力よ。火炎を我が手に収めたまへ! ファイアー!』

 凄い。完璧な発音だ。
 私みたいに「生命らく」みたいな舌足らずな発音じゃなかった。

 ラシュリーの成功を確信したのは私だけじゃない。
 リエルやアーネスト、アイリスだってそうだし、レクィッサ先生だって確信しただろう。

 しかし、異変はすぐに、誰の目から見ても分かった。

 ラシュリーの持つ魔導書が、とてつもなく赤色に発光したのだ。

 ラシュリーは魔導書の光に驚いて「なんですの!?」と叫んだ。

 その直後、ラシュリーの眼前の中空に赤色の魔法陣が現れたのである。

 そして、その魔法陣から火炎の渦が大蛇の如くうねり這い出て、草原の草を焼き払い、藁巻を蒸発させた。

 火炎の渦は焼き払った総てを巻き込み、中心の黒炎へ呑み込んで消滅させていく。
 中心部の温度は想像したくもない高熱だろう。

 皆が必死に、「ラシュリー! 魔力供給を絶って精霊を散らして!」と騒げば、「やってるのに! 消えないのです!」とラシュリーが答えた。

 ラシュリーは必死にその炎を制御しようとしたが、大きく首をもたげた火炎の渦は制御を失って大きく首を振った。

 私達の方へと向かって来たのだ。

 皆が悲鳴を挙げた。

『大地よ! 生命の慈しみと恵み。そして勇壮なる姿。我ら大地の子を、その慈しみで護りたまへ! アースシールド!』

 レクィッサ先生が地面に手をついた直後、地面から分厚い岩の壁が現れて私達を護る。

 それでも火炎渦がぶつかると巨岩越しに高い熱を感じたし、岩が焼ける不吉な音と火の粉が飛んできて生徒達は恐怖におののいた。

 何とか炎を凌ぎ切った巨岩は、火炎渦が過ぎると同時にボロボロと崩れて落ちる。

 私達は火炎の渦がどこに行ったのか目で追った。

 火炎は……ちょうど真上へと昇っている。
 まるで『噴火(ヴォルケーノ)』だ。

 レクィッサ先生が今のうちに城へと逃げるよう命じながらラシュリーの元へと駆ける。

 ラシュリーはすっかり腰を抜かして、魔導書も地面に落としてへたりこんでいた。

 おかしい。
 ラシュリーが本を落としているという事は、魔導書は魔力が供給されていないという事だ。

 それなのに、空間に魔法陣が浮かんで、今なお火炎の渦は暴れている。

 あの魔導書そのものに魔力が発生する何かが組み込まれているに違いない。

 私がそんな事を考えていたその時、上空へと伸びていた火炎の渦がその首を百八十度も曲げて急転直下した。

 そこにはラシュリーとレクィッサ先生がいる。

 レクィッサ先生は炎の渦の動きに気付いたが詠唱が間に合わない。
 咄嗟にラシュリーを抱き締めて自分の体を盾にした。

 だが、あの火力ではレクィッサ先生ごとラシュリーを焼き払うなんて余裕だろう。

 生徒達がレクィッサ先生の名前を叫んでいた。
 絶叫だ。

 私はそんな悲鳴を聞きながら、角から全力で魔力を脚へと送った。

 魔族の得意とする身体強化魔法で脚の筋力を挙げ、踏み込んだ。

 ギュンと視界が一瞬で後方へと飛ぶ。
 一足跳でレクィッサ先生と火炎の間に割って入る事が出来た。

「エメリー!?」

 レクィッサ先生が驚きの声を上げている。

 火炎は目の前だ。

 私の前髪が焼ける嫌な臭いがした。

 私が両手を火炎に向けた次の瞬間、私の視界は真っ白になる。

 ……凄い湿気だ。

 私の髪の毛が水蒸気で濡れてじっとりとしている。

 私は振り向いて、レクィッサ先生とラシュリーに、もう大丈夫だと伝えた。

 ラシュリーを抱き締めていたレクィッサ先生が何が起こったのか理解出来ない様子で私を見ている。

 体が震えているレクィッサ先生は、背の小さいドワーフ族という事もあって小さな子供にしか見えなかった。

 ラシュリーも恐る恐ると目を開けて、周りが真っ白な景色で「私、死んだの?」なんて言っていた。

 大丈夫。生きてるよ。

 あの火炎の渦は、私がレジスト(打ち消し)した。
 大量の水を発生させて一瞬にして鎮火させたのだ。

 レクィッサ先生は信じられないような顔で私を見ていた。

「だって、そんな事をしたら水蒸気爆発が起こって……」

 確かに超高温に多量の水を当てると水蒸気爆発が起こるが、それをさせないのが魔法使いの腕の見せ所……ですよね?

 私は手を一振りする。

 ぶわと風が起こり、水蒸気が晴れた。

 青い空。爽やかな風。
 緑の大地……はだいぶ焼けて禿げているが、何にせよ心地良い。

 皆が私達の無事を確認して、歓喜の声を上げていた。
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