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7話、輪っかと!箒で!大競走!  説明ッ!

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 快晴。
 風は穏やか。

 静かに揺れる草原。

 深く息を吸うと、清らかな空気が肺から指の先まで行き届く気がする。

 今日はラシュリーとリングブルームレースを行う日だ。

 昼休み、たくさんの一年生達が学校の裏に集まっていた。

 一部の上級生達も見に来てる。

 このレースはただのスポーツじゃないから生徒達も興味津々なのは当然だ。
 この戦いは魔族と人間の、互いの意地を掛けた種族戦争。
 
 .......なんて思うのは自意識過剰かな。

 私にとっては、下らない喧嘩と陰湿なイジメを無くす大事な戦い。
 ただそれだけだ。

「エメリー。十分に練習したんだから勝てるよ!」

 リエルが私を激励した。

 勉強が忙しい中、私の練習に付き合ってくれたリエル。
 私の親友。

 リエルを侮辱したアイリス達を見返す為に、私は絶対に負けられない。

 すると、オーホホホ! と高笑いが聞こえてラシュリーが学校から現れた。

 いつもの二人の家来を引き連れた彼女をみると、生徒達は一斉に声援を送る。

 高級箒を使う由緒正しき血筋のお姫様。
 人間を代表して、魔族の私をコテンパンにするヒロイン。

 そういう筋書きなんだ。

 だけど、私はラシュリーがこのレースの為にどれだけ陰で努力していたか知っている。
 彼女が決して、その地位や血筋を鼻に掛けただけのお調子者じゃないと私は知っていた。

「あらあら、逃げずによく来たものですわ。既に戦争で敗北している魔族なのだから二度も敗けに来なくて良いですのよ」

 小馬鹿にした様子で笑うラシュリー。

 ムッとした様子のリエルを私は抑えた。

 勝負は言葉じゃなくてレースだ。

 私の態度にラシュリーはフフンと鼻で笑い、「そんなに敗北の苦渋を舐めたければ、さっさと舐めさせて上げますわ」と箒にまたがると手首にベルトを巻いた。

 そのベルトはくぐったリングの得点を表示する特別なブレスレットだ。

 私も箒にまたがり、そのベルトを手首に巻くと互いに所定の高さまで上昇した。

 アイリスが革製の鞄を持って生徒の中から出てくる。

「ルールは簡単。黄色、緑、青のリングを十個くぐって、最後の赤色のリングが五点のゴール。互いにゴールインするか、全てのリングが魔力を失って元のサイズに戻った時、より点数の多い方が勝者になる」

 そう言ってアイリスが鞄からリングを取り出す。

 .......アイリス。
 彼女は何かを計画していた。

 多分、ラシュリーは知らないと思う。

 もしもアイリスが不正を働くなら、このリングに何かを仕込むのだろうか。
 油断は出来ない。

 私はアイリスが何かをしないか警戒してアイリスの動きを見ていた。

 リングが宙に浮く。

 比較的直線的な並びの黄色い一点のリングと、その周りを不規則に浮かぶ二点の緑と三点の青いリング。

 アイリスに何か怪しい動きは無かった。

 最後、五点の赤いゴールリングが浮かんだ時、スタートの笛の音がピー! と鳴る。

 私とラシュリーは同時にスタートした。

 .......ラシュリーが速い!

 私は魔族特有の魔力量の多さはあるものの制御魔法陣で速度を抑えてる。
 一方のラシュリーは魔力伝導率の高い高級箒に乗っていて、その制御もかなり容易。

 箒の差が如実に出てる。

 私とラシュリーは黄色のリングにくぐらず、弾かれたように左右へ分かれた。

 やはり緑と青のリングが狙いか。

 上下左右、バラバラに配置された緑と青のリングはくぐるのが難しい。
 手間取ろうものなら、時間切れでリングが次々と元のサイズに戻ってしまう。

 なのに緑と青のリングを狙うということは、ラシュリーは箒使いに自信があるという事だ。

 ラシュリーは放課後、ずっと一人で練習していた。
 その成果の程は分からないけど、私が油断出来るようなものじゃない。

 私は持てる全力を尽くして、リングをくぐって行った。

 かなり順調だったと思う。
 油断じゃないが、勝つ自信はあった。

 もうすぐゴールリングという所まで来た。
 その手前にある青色のリングを私はくぐろうとする。

 その時、ドンと何かにぶつかった。

 いや、こんな空中でぶつかるものなんて一つ.......いや、一人しかいない。

 ラシュリーだ。

 左右に別れた彼女もゴールリング手前の青リングをくぐろうとしていた。

 その時、リエルの声で「ほとんど同点だよ!」と聞こえてくる。

 私とラシュリーは同時に加速し、青いリングをほぼ同時にくぐった。

 リングから青白い魔力が放出される。

 どっちだ?
 どっちが先にくぐった?
 どっちが青いリングの三点を貰えた?

 放出された魔力は手首のベルトに吸収されるが確認している暇は無い。

 分からない。
 分からないけど、だったらゴールリングを先にくぐって五点を貰えばきっと勝ちだ!

 私がそう思った時、視界の端を何かが高速で通過した。

 .......え?

 いつの間にか前方をラシュリーが飛んでいて、ゴールリングをくぐっている。

 皆も呆然としているのか、歓声も聞こえない。

 ありえない加速。
 ラシュリーにこんな加速が出来るような実力があったのだろうか。
 やはり王族という事で、何か不思議な力が.......と思ったらラシュリーの悲鳴が聞こえた。

「助けてえええ!」

 ラシュリーの箒が異常に加速していく。

 ラシュリー自身、箒の柄に掴まるのがやっとで、体が箒の上でなびいていた。

 いつ箒から落ちてもおかしくない。

 あの加速はまるで、初めて箒に乗った私が魔力を込めすぎた時と同じ感じだ。
 だけど人間の子供であるラシュリーの魔力量から考えて、箒があんなに加速する訳ない。

 なんだか妙。
 よく見ると、ラシュリーの箒の穂先.......枝が束ねられている部分の中に何かが青白く光っている。

 魔力的な光だ。

 きっとラシュリーの箒が異様に加速しているのは、穂先にある『何か』のせいに違いなかった。

 .......だけど、凄い加速だ。
 私じゃ追い付けない。

 まあでも、この学校には結界が張られている。
 衝突しても痛くないよう、優しく包み込むように受け止めてくれる機能だから、このままラシュリーが飛んでいても問題ない。

 うっかりラシュリーが手を離した時に受け止めれば良いか。

 と、思ったのだけど、その考えは甘かった。
 というのも、明らかに結界が張られている場所をラシュリーが通過したのに、そのまま彼女は進んで行ってしまったのだ。

 結界が機能してない。

 こんな時に限って、何かの不具合だろうか?

 とにかく、ラシュリーはもう丘を越えて森へと差し掛かっていた。

 このまま引き離されたらラシュリーが危険だ。

 私は指先に魔力を込めると、箒の柄を一撫でした。
 箒に描かれていた魔法陣が浮かび上がると、私の一撫でによって亀裂が入り、粉々に砕けて粒子状の煙となって消える。

 制御魔法陣は消えた。
 これでリミッター解除した速度で飛べる。

 急加速。
 さっきまで穏やかだった風が悪魔のように恐ろしい唸り声を上げて私の顔を打つ。
 頭が後方に飛んでいきそうになる。

 私の体もラシュリーのように箒から浮いた。
 両手に魔力を込めて必死に箒へとしがみつく。

 だが、ラシュリーより私の方が速い。

 ラシュリーに耐えるよう伝えて、私が彼女の箒の穂先に手を突っ込んだのは草原地帯を越えた森林地帯上空に差し掛かった時だった。

 雲海にまで飛び出なくて良かったと思いながら穂先をまさぐると、何か硬くて丸いものがある。

 引き抜くと、それは魔力石という魔力を蓄える石だった。

 魔法機械の動力にも使われる魔力石が穂先に仕込まれていて、ラシュリーの意思とは無縁に魔力を放っていたんだ。

 なんでこんなものがとか言わないよ。
 おおかた、アイリスが仕込んでいたんだろう。

 だけど、もう大丈夫だよ。

 そうラシュリーに伝えようとした時、突如、ラシュリーが落下した。

 ラシュリーは箒への魔力供給を停止していたんだ。
 そんな時に私が魔力石を取ってしまったら、魔力を失った箒が落ちるのは当然だった。

 ラシュリーの悲鳴がこだまする。
 空間をつんざくような絶叫だ。

 ラシュリーは落下した時に箒を手放してしまった。
 このままだと落ちる事しか出来ない。

 私は急いで箒を操作して急降下した。

 私は相当速いけど、ラシュリーの落下速度も思ったより速い。

 心臓が早鐘を打つ。
 気を抜くと私も箒から落ちそうという恐怖はあるし、ラシュリーを助けられるだろうかという緊張もあった。

 眼下に広がる緑の森がグングンと近付いてくる。
 森がまるで深緑の壁のような錯覚がした。

 間に合え。
 間に合え!

 ラシュリーが私に気付いて手を伸ばす。
 私は全身に魔力を漲らせて箒から片手を離し、ラシュリーの手へ伸ばした。

 互いの手が触れ合う。

「助けて!」

 助けを求めるラシュリーの手が強く私の手を握った。

 分かってる。必ず助けるよ。

 ラシュリーを抱きかかえると、私は箒の高度を急いで上げようとした。

 重力が信じられない力で私とラシュリーを下へ下へ押さえ付けようとしてくる。

 駄目だ。間に合わない。
 眼前にまで木々の枝が迫る。

 私はラシュリーを庇うように抱えて、森の中に突っ込んだ。

 全身を枝が打つ。
 痛い。

 そう思っていたら突如、視界が開けて、代わりに地面が目の前にあった。

 あ――まずい――

 箒の柄が地面にぶつかってへし折れる光景を最後に、私は激しい衝撃と共に意識を失った。

――それからどれだけ経っただろう。
 暗い闇の中、私は眠っている。
 いや、ただ目を閉じてるだけかも知れない。

 寝てるのか起きているのか自分でも判別つかなかった。

 ただ、私の全身を鈍痛が襲っていた。
 だけど、夢のまどろみの方が心地良い。

 .......ってまどろんでいる場合じゃない。

 私は箒ごと落下して気絶していたんだ。

 状況を確認する為に、せめて目だけでも開けないと。

 目をゆっくりと開けると、魔光石の柔らかな光が痛いほどに私の瞳を刺した。

 眩しい。

 瞳を突き刺す光に慣れるまで視界がぼんやりとしている。

 ようやく光に目が慣れると、眼鏡を掛けた可愛らしい顔がパチクリと私を見ていた。
 ああ、リエルか。

 私が彼女の顔を認識すると、リエルは満面の笑みになって私に強く抱きついてきた。

 痛い。
 全身が痛いのにそう強く抱き締められると余計痛い。

 リエルが大声で先生を呼ぶと、保健医がやって来た。
 優しそうな瞳の、若い女の先生だ。

「話は聞いたよぉ。健全な競走なら良いけど、随分とまあ無茶しちゃってぇ」

 快活な笑い声を上げながら、先生は泥色の液体を私に差し出した。

 湯気が立っている。
 臭いをかぐと鼻が曲がりそうだ。

「差別する訳じゃないけど、人間族と魔族は魔力神経が違うみたいで治癒魔法が効かなかったのさ。だから、先生謹製の魔法薬だよ。よく味わわないで飲みな」

 あっけらかんとした先生だ。
 名前はアンティラ先生だっけ。
 さっぱりした性格で一部の女子はアンティラ先生に会うために保健室を溜まり場にしてると聞いた事がある。

 なるほど確かに、こざっぱりしてハキハキした態度は接してて気持ちが良い。

 でも、大雑把そうな性格だ。
 この魔法薬も、怪我の治療を目的にして飲みやすさは一切考慮してないだろう。

 飲まないで自然回復に任せたいんだけど.......。

「飲みたくないかい? まあそれでも良いけど、その手じゃ勉強に支障があるでしょ」

 言われて気付いたけど、右腕に添え木と包帯が巻かれている。
 腕が折れてたんだ。

 こういう時、普通は治癒魔法で怪我を治すものだけど、先生の言った通り、角に大量の魔力を溜めてから全身に行き渡らせる魔族と、全身に満遍なく魔力を溜めている人間とでは治癒魔法のかかり方が違う。

 はぁ。これを飲まないといけないか。

 私は息を深く吐くと、息を止めて一気に飲み干した。

 うぇぇ。不味い.......。
 何で作ったらこんな味になるんだろう。
 三日は洗ってない服でも煎じてるんじゃないか。

 今ほど魔族の生まれを呪った事は無いかも。

「おや。意外と平気そうだね。これを飲んで不味そうにしない人は初めて見たよ」

 アンティラ先生は私からコップを受け取りながらカカカと笑う。

 全然平気じゃない。
 今にも吐きそう。

 もしも私の血色が良かったら青ざめている所だ。
 まあ魔族特有の青白い肌のせいでそれも分からないだろうけど。

 私が気分を悪くしてるなんて気付きもしないアンティラ先生が白いカーテンの向こうに姿を消した。

 ふうと息を吐いて、私はリエルに、吐けるゴミ箱は無いかと聞く。

 リエルが苦笑して、吐かない方が良いよと言っていた。

 吐かない方が良いとは思えない味なんだけど。

 でも、確かに体の痛みは無くなった気はする。

 それでも、体の痛みよりはこの苦味の方が苦痛なんだ。

 枕に頭を乗せて、深く息を吐こうとして、やっぱり止めた。
 今、息を深く吐いたら空気の代わりに魔法薬を吐きそう。

 とにかく気を紛らわせたくてリエルに何か話して欲しいとお願いした。

「一方的に私が喋れば良いの?」

 私は頷く。
 だって私はあまり喋るのが得意じゃない。

 だからリエルに喋っていて欲しいのだけど、リエルも私ほどじゃないがお話とかは得意じゃなかった。

 リエルは困惑しながら、私が気絶している間に渡された授業の羊皮紙を読もうとしたのである。
 多分、怪我人に読み聞かせるには相応しくないと思うんだけど.......。

 まあでも良いか。
 互いに口下手だからこそ気が合う所はあるんだもん。

 他に友達は居ないけど、困ってる時にずっと連れ添ってくれる友達はかけがえの無いものだ。

 そんな事を考えてると、アンティラ先生の声がカーテンの向こうから聞こえてきて、「エメリーかい? そこのベッドだよ」と誰かが私のベッドはどこかと質問したようだ。

 私とリエルは自然と顔を見合わせた。

 リエルは少し不安げな顔だったし、もしも私の表情が豊かだったら私も嫌な顔をしていたかも。

 だってわざわざ私に会いに来る人なんて、どうせ意地悪を言いに来た子達に決まってる。
 そういえば、レースは私が負けたから、それを馬鹿にしに来たのかも。あるいは怪我をして無様とか笑いに来たかも。

 何にせよロクな事じゃ無いと思う。

 私は身構えて、訪問者に備える。

 足音が近づいてきて、勢いよくカーテンが開けられた。

 同時に「オーホホホ!」と高笑い。

「まあエメリーったら、無様ですこと」

 開口一番、無礼な言葉で登場したのはラシュリーだ。

 彼女は私になにかを言おうとしたが、アンティラ先生に「ラシュリー。保健室じゃ静かにしてちょうだいよ」と注意されて、調子を崩された様子で顔をしかめた。

 出鼻を挫かれたラシュリーはこほんと小さく咳払いをすると小さな声で「オーホホホ」と笑う。

 そこまでして高笑いする必要はあるのだろうか。
 思えば、彼女が話し始める前には必ず高笑いしている気がする。
 喋る前に「あ」と言う人が居るけど、ラシュリーにとって高笑いはそういう言葉のフィラーなのかも知れない。

 そんなラシュリーは「ガネッサ」と家来の名前を呼んで指を弾く。

 すると、ラシュリーの後ろからふくよかな方の家来が姿を現わす。
 その手にラシュリーの高級箒が握られていた。

 その箒がなんだろうかと思うと、ガネッサが「ん」と私の上に箒を置くのだ。

 えっと、これがなんだと言うのだろう?

 私とリエルが困惑した顔を見合わせる。

「オーホホホ。私、お父様から最高級箒を頂く事になりましたの。世界を支える亀アクパーラのその背に生える世界樹ユグドラシルから採った枝の箒ですのよ」

 それはすごい。
 一国が買えそうな値はつきそうな箒だ。

 だけど、だからってこっちの高級な杖が私の目の前にある理由が分からない。

 ラシュリーは私達の様子を見て、察しが悪いと呆れ返った。

「私、他人には絶対に借りを作らない主義ですのよ。特に魔族にはね」

 ラシュリーは高笑いをあげながら私に背を向けると「箒が無いのは可愛そうだから恵んで上げますの。魔族に新品なんて勿体無いから、私のお下がりをありがたくお使いなさい」と保健室から出て行った。

 パタンとラシュリー達が扉を閉めた後、私とリエルはしばらく呆然としていた。

「ラシュリーさんって、意外と良い人なのかな」

 リエルが高級箒に目を落として、ようやく口を開く。

 その言葉に私は小さくうなずいた。

 この高級杖だって相当の値が張る。
 中古とはいえ、浮遊島の一つや二つは容易に買える値段があるだろう。

 多分、不器用なだけで良い子だと思う。
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