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4章・大鷲は嵐に乗って大空へ

灼熱

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 鶴翼陣は魚鱗陣と同じく縦に長い陣形の為、横からの攻撃に弱い。

 シバルトの隊はたちまち壊滅。
 シバルト隊を救援しようとルーガの本隊が右翼へ移動。

「我等はルカオット国王陛下直下、カイエン防府太尉軍! キュレイン南政婦を援護に参った」

 丘のてっぺんよりロイバックがそう宣言し、事態を飲み込めたキュレインは助けを得たりと、撤退を再開したのである。

 これに左翼のガラナイはキュレインを追うかどうか悩んだものの、総指揮官たるルーガの指示が無ければ迂闊に動けないと断じ、ルーガ本隊と共にシバルトを助ける事に決めた。

 こうして、ルーガ軍とカイエン軍は激しい乱戦と相成ったのである。

 この乱戦の最中、ルーガは戟(ハルバード)を振るって、既に三人の敵兵を殺し、突撃によって混乱した味方を鎮めようと盛んに鼓舞していた。

 そんなルーガへ一騎の敵が馬駆けて来る。

「雑魚に用はねえ。大将首寄越せや!」

 斧を振るって兵達を倒しながら、ルーガの前へやって来たのは、シュエンである。

 いかにも山賊然とした彼を見たルーガは「荒くれ者如きが調子に乗るな」と怒りを爆発させて立ち向かった。

 戟(ハルバード)と斧が激しくぶつかる。
 シュエンは自分の一撃を受けて体勢の怯まぬ相手に驚き、ルーガも自分の一撃で武器を吹き飛ばされぬ相手に驚いた。

 互いに、野獣の如く吠えると、目にも止まらぬ速さで武器を振るう。

 斧も戟(ハルバード)も一撃一撃が重い代わりに手数や取り回しに難があるのだが、二人ともまるで小枝のように振るうのである。

 一回武器がぶつかる事を一合として、二人は目にも止まらぬ速さで五十合は打つ。

 まったく同等な戦いだ。
 互いに超攻撃的な力任せの戦いであるが、押しも押されもせぬ戦いを繰り広げた。

 これが百合を越えた時、彼らの周りの兵達は攻撃の手を止めて、その戦いを魅入っていた。
 完全に一騎討ちとなっていたのである。

 さらに二百合を越えた頃、いつの間にか両陣営は乱戦を中断し、各陣営に分かれて、二人の戦いを見ていた。
 この一騎討ちで負けた方が、つまりは軍の負けであると誰しもが思っていたのである。

 シュエンがルーガの兜を飛ばしたと思えば、ルーガはシュエンの髭を斬る。
 あと少しの所で互いに武器が当たらぬギリギリの戦いに、兵達はそこだと歓喜したり、危ないと悲鳴を上げたりした。

 やがて三百合は打ったであろう時、目に見えて二人の動きは遅くなったのである。
 精神的にも肉体的にも疲弊が溜まり、汗は滝の如く流れているのだ。

 すると、ロイバックは撤退の太鼓を打った。
 キュレイン撤退の時間稼ぎはもう充分。
 追撃も間に合わないくらいキュレイン達は離れただろう。
 ゆえに「次の作戦のため」、撤退の太鼓を鳴らしたのである。

 その太鼓の音を聞いたシュエンは舌打ち一つ、「面白い所だったんだけどな。お預けだ」と馬首を転じ、兵達を連れて丘を上がっていく。

 ルーガも、シュエンを追って敵陣へ一人突っ込む真似はせず、後方で見守る自軍へ引き返した。

 兵達はルーガが一騎討ちに勝ったと考え、勝ちの勢いに乗じて追撃しましょうと言うのであるが、ルーガは準備を整えよと命じる。

 シュエンが撤退する時の態度を見て、敗北による撤退では無いと思ったのだ。
 おそらく、撤退に乗じて追撃を加えようものなら、丘を駆け下がってきて攻撃をする、いわゆる逆落としを喰らうであろうと考えた。

 なので、敵が丘の向こうへ完全に逃げるまでは追撃をしないようにしたのである。

「だけど親父。キュレイン軍と、あのカイエン軍が合流したら脅威。今のうちに各個撃破すべきだ」

 ガラナイがそう言うので、ルーガは二万の兵を一万ずつに分け、ガラナイに一万の兵を指揮してカイエン軍へ追撃するよう伝えた。
 
「あの山賊然とした男は脅威だが、おそらくはもう疲れ果てて、戦う力は殆ど残っていないだろう。油断せずに戦えば勝てる」

 そう警告されたが、ガラナイはさすがにルーガと対等に戦った相手に油断なんてするわけも無い。
 
「シバルト。お前も来るだろ。雪辱しようじゃないか」と、ほうほうの体で生き残っていたシバルトを連れ、一万の兵を率いて丘を越えて行った。

 ルーガは息子の背を見送った後、キュレインへの追撃を開始する前に、傷病兵の手当てをする。

 手当てといっても、携行している水で傷口を洗い、包帯で怪我を覆う程度だ。
 その他にも、指を無くしたり、片目を無くしたり、そう言った怪我は痛みも凄まじい為、アピエンという薬を吸引させて、痛みを緩和させる。

 その他、手足を無くして出血が止まらなかったり、傷が深くてとても助からないものには止めを刺す。
 こういった兵達に止めを刺すのは貴族の務めだ。
 ルーガも剣を持って傷付いた兵達の間を歩き、止めを指して回った。

「家族は?」
「ラムラッドの十番地に妻と娘が……」
「十分な支援を約束しよう。他に言いたいことは?」
「いえ。ルーガ様に止めを刺されるなら光栄です」

 なるべく体に傷をつけないよう、肋骨の間から心臓を一突きするのである。

 しかし、誰しもが彼のように死を受け入れる訳も無く、時には痛みと死の恐怖に暴れるものも居た。
 そう言う人物にはアピエンを吸引させ、痛みと恐怖を緩和させて、大人しくさせてから止めを刺すのだ。

 そのようにしているルーガ軍の後方から、行軍する兵達がやって来た。

 大きな荷馬車を運んでいる輸送隊。

「あれ? まだあんたらこんな所に居たの?」

 その輸送隊を率いていた先頭の騎士がルーガの前へやって来てそう聞く。

「む。サニヤか」

 その騎士とはサニヤである。
 ルーガ軍のずっと後方を行軍していたサニヤ隊であるが、件の一騎討ちのせいで、サニヤが追いついてしまったのだ。

 サニヤは、殆どが民間人の相手にどれだけ手酷くやられたのかと呆れたように言う。
 それに対して、ルーガの隣に居た騎士が、敵の増援が来たのだと説明した。

 ガラナイが兵を率いて、撤退した敵の増援部隊を追撃に向かっている旨をその騎士が説明すると、サニヤは、じゃあガラナイを手助けに行くと言うのだ。

 これにルーガは困った。
 増援部隊はカイエン軍なので、下手に接近して、敵がカイエンだとサニヤに知られてはまずい。

 なので、サニヤに行かないよう命じたのであるが、サニヤは露骨に不愉快な顔で、いい加減にしてよと怒るのだ。
 ルーガはルーガで、命令には従えと頭ごなしである。

 さすがに総指揮官と騎士が口論している姿を兵達に見せるわけにも行かず、見かねた騎士が、サニヤにキュレイン軍の方へ向かわせれば良いのでは無いかと提案した。

 サニヤも戦争の恐怖を克服できるならそれで良いので、別にそれでも良いと言う。

 ルーガは悩んだ。
 しかし、サニヤを大人しくするには、本人の希望通り一度戦争を経験させた方が良いかと思い、それを許可したのである。

 サニヤ輸送隊とルーガ本隊を入れ替え、サニヤはキュレイン軍へ向けて進軍した。

 総指揮官はバルローンと言うルーガお付きの老騎士で、ルーガの屋敷でサニヤが酒を飲んだ時に居たあの老騎士である。

 サニヤは騎馬部隊を従える先鋒の位置で、軍団の前へ歩いていた。

 すると、そのバルローンがやって来て、先鋒でよろしいかと聞いてきたのである。

 サニヤは、まあ別に良いけれど、と歯切れの悪い言葉で返した。

 本当のところ、サニヤはキュレインの民間人に攻撃を加えるのが嫌だ。
 なにせ、サニヤの戦う理由は金のためでも地位の為でもなく、ガラナイとルーガを守りたいと言う気持ちによるものだから、どうしても割り切れないのである。

 サニヤというものは、軍にとって異質な存在であろう。
 傭兵なんぞは金のためになんでもやる。
 それは生きていくために金が必要なのだから、なんでもやらねば生きていけないのだ。

 騎士も民間人くらい攻撃するだろう。
 彼らは地位というものがあり、その地位の下には何人もの養わねばならぬ人達が居るのだ。だから、地位を守る事は自分一人の為では無いので、そのために敵の民間人くらい攻撃できる。

 しかし、サニヤは違う。
 金に困ってないし、養わねばならぬ配下も何も居ないのだから、どうしたって民間人を攻撃する事に割り切れない。

 そして、それをバルローンも見抜いていた。
 
 どうしてもと言うなら、ガラナイ様の戦況を偵察してくれませぬかと言うのだ。

 民間人の多いキュレイン軍の攻撃はバルローンに任せ、サニヤは偵察の名の元にガラナイと合流するという話である。

 サニヤはその提案に喜んで「良いの?」と聞きかえした。

「ルーガ様には秘密ですがね」

 悲しい事であるが、バルローンはサニヤの父がカイエンだと知らなかったし、無口なルーガは腹心のバルローンにさえその事を伝えていなかった。

 なので、事情の知らないバルローンはサニヤを偵察と言う体で、戦列から外し、ガラナイの元へと向かわせたのである。

 サニヤは「ありがと」とバルローンに手を振って隊列を離れた。
 街道から外れて丘陵地帯を走る。

 戦争が行われているとは思えないのどかな草原に覆われた丘が幾つもある場所だ。
 そんな場所をしばらく走ると怒号や叫び声が聞こえてきた。

 戦っているのかとその声のする方へ向かうと、二つの大きな丘が崖になっている所がある。
 その二つの丘の間……狭隘(きょうあい)が『燃えていた』。

 炎の壁を破って、燃え盛る兵士が飛び出してくると、苦しそうに呻きながら地面へ倒れる。
 その様子を、サニヤは非現実的な景色のように呆然と見ていたのであるが、倒れた兵のくすぶる鎧がルーガ軍のものだと気付いたとき、サニヤの意識は現実へ帰った。

 この炎の中にガラナイが居る!

 怯える馬の腹を蹴り、炎の海へと飛び込んだのである。

 そこは地獄であった。

 肌を灼く熱風。
 色々なモノが焼ける異様な臭気。
 手足を九十度曲げた兵達の死体がゴロゴロと転がっていた。
 
 そんな中を走りながら、ガラナイの名を叫んだ。

 すると、サニヤの頭上より松明が投げ込まれてくる。
 その松明を手で払い、頭上を見ると、崖になっている丘の上に敵が立っていた。

 ガラナイ達は追撃に夢中となって、敵の罠にはまったのだ。
 しかも、サニヤが払った松明は地面に落ちると、その火炎が大きく広がる。
 油がそこら中に撒かれているのだ。

 うかうかしてると自分も焼き殺されると思うと、サニヤはゾッと血の気が引き、まさに死ぬ気でガラナイの名を叫び続ける。

 そんなサニヤへ再び松明が投げ込まれ、鬱陶しく思いながら手で払った。
 飛び散った火の粉がサニヤの兜の、将を示す羽根飾りに引火してしまう。

 舌打ちしながら面甲を外し、兜を脱ぐ。
 熱気が直接、顔を焼く。

 長居すれば、炎に焼かれなくとも焼け死ぬだろう。
 一刻も早くガラナイを見つけて脱出せねばならない。

 ガラナイの名を叫び続け、ふと、岩場の所に丸まって燃えている人にサニヤの目が留まった。
 
 火の中でうずくまるシルエット。
 それがガラナイの鎧によく似ている。

 まさか……。
 まさか……!
 そんな、ああ!

 サニヤはその炎の前まで行き、馬から降りた。
 間違いなく、これはガラナイだ。

 キュッと胃が締まる。
 頭の天辺から意識が消えていきそうだ。

 その時、サニヤの意識を戻したのは、かすかに聞こえるガラナイの呻き声だった。

 ハッとしてよく見れば、ガラナイが付けているマントに火が付いているだけで、ガラナイ自身が燃えている訳では無い。
 マントは鎧の肩部と繋がっていて外せそうに無いので、サニヤは剣を抜いて燃えるマントを切り払った。

「ガラナイ。大丈夫!?」

 ガラナイの体を抱き起こすと、鎧の上からでも分かるほどに彼の鎧は熱せられていたのである。
 
 内部の熱は一体どれほどのものだというか。
 とにかく熱を逃さねばと思い、ガラナイの面甲を上げる。

 ガラナイは大量の汗の浮かぶ顔とうつろな目でサニヤを見た。

 サニヤが意識はあるかと聞くと、ガラナイは唇を振るわせて「俺の顔、火傷で酷くなってない?」と言う。

 脱水状態のようだが、致命傷に至ってはないようだ。
 サニヤはホッとして、「大丈夫。いつも通りの酷い顔よ」とガラナイを馬に乗せると、脱出するために馬を駆けさせた。

 火の海を走りながら、いつの間にか松明が投げ込まれて来ない事にサニヤは気づく。
 不思議に思いながら上を見れば、崖の上に居た敵兵達が姿を消していた。

 サニヤはまだ無事だが、部隊を壊滅させたから撤退したのであろうか。
 なんにせよ好都合だ。
 サニヤはそのまま狭隘な谷部から抜け出す。

 真っ赤な景色から真っ青な草原が目に飛び込んだ。
 涼やかな風。
 汗を一気に冷やし、同時に恐怖を吹き去ってくれる。

 私は生きているとサニヤは思い、深く息を吸い込んだ。
 あの肺が灼かれたかと思うような熱風では無く、爽やかな空気である。
 その心地よさを噛み締めるが、敵が居るかも知れないと警戒は怠らず、サニヤは近くの丘陵の影に身を隠した。
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