41 / 47
第四章 もし望めば死亡フラグだって折れるんだ
四十一、知らないと言う希望【最終話】
しおりを挟む
「それで? 言い訳はあるか?」
僕の了承なく結婚の話を進めたことだ。
最初にブライトルが座っていた椅子に座って侍女がベッドシーツを替えるのを眺める。
この椅子に座るまでにもひと悶着あった。自分でベッドから降りるつもりだったのに、ブライトルがわざわざ僕を抱えあげたのだ。侍女たちの目の前で。後で絶対に噂になる。
「囲い込んだことは認める。でもな、ここには閣下の意思もあるんだ」
「……お爺様の?」
「閣下は、お前をトーカシアへ逃がすつもりで養子に出すことを了承した」
「……そんな、まさか」
「人は一面だけじゃ分からないってことだな」
どうにも信用ならないけど、ブライトルが言うなら嘘でもないんだろう。呆れて溜め息が出た。
「どっちにしろ僕の意思は関係なしか。……もし僕があんたを拒絶したらどうするつもりだったんだ」
「そのときは全力で口説くまでさ」
襟足をブライトルの指先が摘まむ。首筋に変な感じがして顔を逸らした。
「自信家だな」
「まさか。譲れなかっただけさ。もっと怒ってもいい」
「怒ったところで変わらないだろ、あんた」
「ははは! 否定はしない」
ベッドメイクが終わって、やっぱり抱えあげられた。張りのあるシーツの上に下される。
また隣に座ってくるのかと思えば、いつまで経っても上からどかない。影を作る顔を見上げた。
「ブライトル……?」
ジッとこちらを見る青があった。目が合った途端に逸らせなくなる。
ブライトルの動きに合わせてベッドが小さく軋む。整った顔が下りてくる。
二年前から考えると、輪郭がシャープになって青年の顔になった気がする。肩幅も広くなったし、抱きしめられたら抜け出すのに苦労するんだろう。
「……こら、目、閉じなさい」
言われた言葉の意味を理解できない。目が、離せない。
鼻と鼻が重なりそうになったところで、彼の顔がぶれて見えなくなってしまった。
ただ薄い唇が目を引く。
僕は自分から顔を前へ出して顎を反らした。ゆっくりと目を閉じる。
すぐにフワッと頬に何かが触れて、熱が離れて行く。
「……おい」
つい不満そうな声が出てしまった。目を開けてブライトルを睨む。
ここまでしておいて頬とはどういうことだ。
「ブライトル……?」
彼は口元を抑えて横を向いていた。その耳の縁が微かに赤い。
まさか、照れているのか……? 嘘だろ? 前はあれだけ僕を翻弄しておいて?
「あんた、意外に、初心なのか……?」
「見るな。色々と反動だよ。そう言うお前は随分平気そうだな?」
「そんなつもりはないけど」
「まさか、キスしたことあるのか」
記憶を辿る。エドマンドではないはずだ。日本にいた頃は、仕事柄何度か経験はある。残念ながら恋人としたことはないけど。
「いや、この体ではない。大丈夫だ」
「……この体?」
怪訝そうな顔をされる。
ああ、そうだった。僕は話さなきゃいけないことがあるんだった。
「前世?」
「ああ。……信じるか?」
「つまり、お前は俺より年上ってことか?」
「それはどうなんだろうな? うまく説明できないけど、そういう感覚とは違う」
ブライトルはまた隣に座って両腕を組むと、しばらく何かを考え込んだ。
これでどうこうなるような人じゃないと信じているけど、やっぱり不安で落ち着かない。
「――前世、か。なるほどな。お前のアンバランスさに納得がいった」
「相変わらず、あんたはすんなり受け入れるんだな」
肩から力が抜ける。
ブライトルが笑った。
「お前が僕にとって得難い存在だってだけで、十分だからな。……なあ、エドマンド」
僕は彼を見上げた。
「生きていてくれて、ありがとう」
「ブライトル……」
「愛している」
胸が震えた。何を言えばいいのかも浮かばない。頭の中が彼でいっぱいだ。
「……やっと、ちゃんと言えたな」
少しだけ照れ臭そうな十七歳の青年が僕に微笑えむ。ああ、そうだ。言葉なんて、今は一つだけでいいんだ。
僕はそっと彼に耳打ちした。
「……ブライトル、僕も――」
終わらないパレードの音がする。
あそこにいる全ての人たちが、きっと明日に希望を持って笑顔を浮かべている。
未来は変わった。僕だけじゃなくて、たくさんの人の意思で変えて、掴み取ったんだ。
ここから先は知らないことの方が多いんだろう。
怖くないと言ったらウソになるけど、僕はたくさんの物を持っているから。
僕は僕として、彼の隣に立って生きていきたい。
僕の了承なく結婚の話を進めたことだ。
最初にブライトルが座っていた椅子に座って侍女がベッドシーツを替えるのを眺める。
この椅子に座るまでにもひと悶着あった。自分でベッドから降りるつもりだったのに、ブライトルがわざわざ僕を抱えあげたのだ。侍女たちの目の前で。後で絶対に噂になる。
「囲い込んだことは認める。でもな、ここには閣下の意思もあるんだ」
「……お爺様の?」
「閣下は、お前をトーカシアへ逃がすつもりで養子に出すことを了承した」
「……そんな、まさか」
「人は一面だけじゃ分からないってことだな」
どうにも信用ならないけど、ブライトルが言うなら嘘でもないんだろう。呆れて溜め息が出た。
「どっちにしろ僕の意思は関係なしか。……もし僕があんたを拒絶したらどうするつもりだったんだ」
「そのときは全力で口説くまでさ」
襟足をブライトルの指先が摘まむ。首筋に変な感じがして顔を逸らした。
「自信家だな」
「まさか。譲れなかっただけさ。もっと怒ってもいい」
「怒ったところで変わらないだろ、あんた」
「ははは! 否定はしない」
ベッドメイクが終わって、やっぱり抱えあげられた。張りのあるシーツの上に下される。
また隣に座ってくるのかと思えば、いつまで経っても上からどかない。影を作る顔を見上げた。
「ブライトル……?」
ジッとこちらを見る青があった。目が合った途端に逸らせなくなる。
ブライトルの動きに合わせてベッドが小さく軋む。整った顔が下りてくる。
二年前から考えると、輪郭がシャープになって青年の顔になった気がする。肩幅も広くなったし、抱きしめられたら抜け出すのに苦労するんだろう。
「……こら、目、閉じなさい」
言われた言葉の意味を理解できない。目が、離せない。
鼻と鼻が重なりそうになったところで、彼の顔がぶれて見えなくなってしまった。
ただ薄い唇が目を引く。
僕は自分から顔を前へ出して顎を反らした。ゆっくりと目を閉じる。
すぐにフワッと頬に何かが触れて、熱が離れて行く。
「……おい」
つい不満そうな声が出てしまった。目を開けてブライトルを睨む。
ここまでしておいて頬とはどういうことだ。
「ブライトル……?」
彼は口元を抑えて横を向いていた。その耳の縁が微かに赤い。
まさか、照れているのか……? 嘘だろ? 前はあれだけ僕を翻弄しておいて?
「あんた、意外に、初心なのか……?」
「見るな。色々と反動だよ。そう言うお前は随分平気そうだな?」
「そんなつもりはないけど」
「まさか、キスしたことあるのか」
記憶を辿る。エドマンドではないはずだ。日本にいた頃は、仕事柄何度か経験はある。残念ながら恋人としたことはないけど。
「いや、この体ではない。大丈夫だ」
「……この体?」
怪訝そうな顔をされる。
ああ、そうだった。僕は話さなきゃいけないことがあるんだった。
「前世?」
「ああ。……信じるか?」
「つまり、お前は俺より年上ってことか?」
「それはどうなんだろうな? うまく説明できないけど、そういう感覚とは違う」
ブライトルはまた隣に座って両腕を組むと、しばらく何かを考え込んだ。
これでどうこうなるような人じゃないと信じているけど、やっぱり不安で落ち着かない。
「――前世、か。なるほどな。お前のアンバランスさに納得がいった」
「相変わらず、あんたはすんなり受け入れるんだな」
肩から力が抜ける。
ブライトルが笑った。
「お前が僕にとって得難い存在だってだけで、十分だからな。……なあ、エドマンド」
僕は彼を見上げた。
「生きていてくれて、ありがとう」
「ブライトル……」
「愛している」
胸が震えた。何を言えばいいのかも浮かばない。頭の中が彼でいっぱいだ。
「……やっと、ちゃんと言えたな」
少しだけ照れ臭そうな十七歳の青年が僕に微笑えむ。ああ、そうだ。言葉なんて、今は一つだけでいいんだ。
僕はそっと彼に耳打ちした。
「……ブライトル、僕も――」
終わらないパレードの音がする。
あそこにいる全ての人たちが、きっと明日に希望を持って笑顔を浮かべている。
未来は変わった。僕だけじゃなくて、たくさんの人の意思で変えて、掴み取ったんだ。
ここから先は知らないことの方が多いんだろう。
怖くないと言ったらウソになるけど、僕はたくさんの物を持っているから。
僕は僕として、彼の隣に立って生きていきたい。
147
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**


元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる