この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ

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第四章 もし望めば死亡フラグだって折れるんだ

三十三、エース『エドマンド・フィッツパトリック』

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「エドマンド様! ご一緒できて嬉しいです」
「トレーニング頑張りましょう! エドマンド様!」
「何かありましたら、何なりと言ってください。エドマンド様」
「ここでは同僚だ。ほどほどで頼む。アンドリュー、バートン、セドリック」

 彼らが妙に前のめりなのは、先日から有望なマスターだけで泊まり込みの合同訓練が行われているからだ。
 僕、イアン、ダン、アンドリューたち三人。この六人でチームで、第五師団の彼らもすでに初陣を済ませて、名実共に軍人となっていた。

「おい! ポーカーしようぜ!」

 ダンがトランプを取り出す。
 合同訓練の名の下に一層ハードになったトレーニングも、一週間もすると多少は慣れる。夜は束の間の自由時間だった。締め付けの増えた軍隊生活で、自分を解放できる時間だ。

「する! アンドリューたちはどうする?」
「エドマンド様はどうします?」

 ウキウキと名乗りを上げたイアンがアンドリューたちを見ると、答えることなく三人が揃って僕を見る。

「僕はいい。みんなでするといい」
「分かりました! エドマンド様の代わりに勝ってきますね!」
「そう簡単に勝てると思うなよ?」
「ダン、僕らの結束を甘く見ない方がいい」
「三人でイカサマしようとするな!」
「あははは! 三人とも面白いなあ!」
「おい、お前ら。それぞれでやってくれ。堂々と何をする気だ」
「分かりました! エドマンド様!」

 呆れて声をかけると、三人は素直に言うことを聞いてくれる。嬉しいんだけど、複雑な気分だ。
 宿舎は決して広くはない部屋に六人分のベッドとちょっとした歓談スペースがあるだけだ。
 そのスペースの真ん中で五人は円になってトランプを握り、僕は隅っこに背中を預けて本を開いた。
 斜め前から聞こえてくる声は悲喜こもごも。何を賭けているわけでもないのに楽しそうだ。
 久しぶりの和やかな空気に、僕は口角が上がってしまっていることに気付いた。一瞬どうしようか悩んだけど、そのままにすることにした。

 ***

 二日後の午前中。学園での短い授業を終えたとき、六人で宿舎に戻ろうとしたときだった。ラジオを聞いていたクラスメイトが突然大きな歓声を上げた。

「やったぁ! 奪還した!」
「セイダル! 見てろ! ここからだ!」
「どうしたの? 何かあったの?」
「イルアだよ!」
「先月占領されたイルアを奪還したんだ!」
「イルアって確か……」
「国境都市トイメトアの隣の都市だ! これで国境線を押し戻すことができるかもしれない!」

 その男子生徒の声はクラス中に響き渡った。余りの喜びようにクラス中の人間が彼らを囲む。
 僕も振り返って、様子を伺った。驚きと喜びに教室が揺れる。

「トイメトアを? 本当に?」
「あそこさえ奪還できればセイダルは暫く攻め入ってくることはできないはずだ!」

 国境沿いの都市であるトイメトアとセイダルの間には大きな河が横たわっていて、トイメトア側には巨大な防壁もある。セイダルは今トイメトアを行動拠点としているけど、もし河向こうに押し返されれば攻め直すにまた時間がかかるのだ。

「トイメトアを奪還するんだ!」
「トイメトア!」
「トイメトア!」
「トイメトア!」

 他のクラスもラジオを聞いていたのだろう。
 どこかから始まった声援は段々と大きな波を作った。
 至る所から「トイメトア!」と叫ぶ声が届く。

「みなさん! 静かにしてください!」

 驚いた教師が叫んでも、誰の耳にも届かない。
 まるで狂乱の様子だ。鬱屈としていた空気を吹き飛ばすように、若いエネルギーが爆発する。
 僕も心臓が震えるような興奮に飲まれかけた。
 軍人であるイアンやダン、アンドリューたちは、期待に押された生徒にもみくちゃにされている。さすがに僕の所に人は来なかったから、遠くからみんなの様子を眺める。

 ただ手が震える。国境都市トイメトア。僕の死亡フラグ。運命がすぐそこまでやってきていた。


「陽動作戦が予定されている」

 その日の内に、老兵以外の大人がほとんどいなくなった宿舎で、元帥である祖父の直属の部下がやって来て言った。

「イアン・ブロンテ。ブレイブの能力はある程度セイダルに漏れていると思ってくれていい。だとしても恐らく君は負けない。そして、エドマンド・フィッツパトリックくん。君は若手の中で唯一のイエローランクのマスターだ。君たち二人が主軸となって、優秀な他のメンバーを引っ張って欲しい。恐らく君たちは遊軍として動くよう指示されるだろう。出立は三日後。なお、フィッツパトリックくんは明日、代表して登城するように」

 とうとうだった。ニュドニアはここで決着を付けるつもりでいるのだろう。ほぼ全ての戦力を投入するつもりのようだ。その場にいた若手の軍人たちの目が肩が空気がユラユラと揺れているような錯覚を覚える。きっとそれは気迫の類だろう。その目的が違ったとしても、僕も例外に漏れず決意を固めた。


 翌日案内されたのは城内の中枢だった。
 広い会議室の中には大きなテーブルがあり、トイメトア周辺の地図を中心にニュドニア、セイダル、トーカシアの地図が広げてある。
 壁には大判の紙が大量に貼り付けられて、様々な考察がなされているのだろうことが一目で分かった。
 そして僕が入室しても、誰一人気付かないほどには会議は白熱していた。

「やはりここはブレイブを上空からぶつけるべきです」
「そうです。セイダルのモクトスタはすでに半数にまで減っている。今こそブレイブで拠点を落とすべきだ!」
「お待ちください。一般兵の数は未だかなりの差があります。人海戦術を取られたら遅れを取る可能性があります。渡河した人数が必ずしも把握しているだけとは限りません」
「それに、彼は戦力こそ申し分ないが、圧倒的に経験が足りていない。咄嗟の判断力に不安があります」

 聞いている限り、遊軍として扱おうとしている僕らを最終的にどう動かすかで揉めているようだった。
 特に唯一の飛行機体であるブレイブをどう扱うか決めかねている。

 僕は隅に立ったまま、僕だけをここに呼び出した理由に当たりを付けた。
 作戦本部は僕を、ダンやアンドリューたちを含むメンバーをブレイブの盾として使うかどうかで悩んでいるんだ。
 ある程度能力と機動力があって、イアンと連携が取れるメンバーにイアンを守らせたいけど、そうするには僕らは余りに若すぎるんだ。倫理観とか足りない経験値とか、決断するのを躊躇わせている。
 だから、その作戦を遠回しに僕にだけ悟らせたいんだ。
 僕はその作戦をメンバーに伝えないだろうと予想されているから。
 イアン以外の誰も信用せず、自分の腕に絶対の自信を持ち、国のために死ぬ覚悟を持っていると思われているからだ。
 前の僕なら確実に黙っていた。仮に話したとしても誰も僕を信用しないだろうしな。

 だからか。だから、僕は死ぬんだな。
 一人でブレイブを、イアンを守って。誰も信用できず、誰にも信用されないまま。

「……ブレイブ一つに上空戦を任せるのは、対策されている可能性が高いのでは?」

 ブライトルの声だった。
 僕は顔を上げた。いつの間にか俯いてしまっていたらしい。
 彼は議論の間中、ずっと静かに周囲を観察していた。一歩引いて、作戦ではなく人を見ているようにも感じられた。

「確かにその可能性は高いですが、一斉砲撃でもされない限りブレイブが勝ちますよ」
「私はその一斉砲撃の用意があると踏んでいます。最悪のパターンはイアン・ブロンテが捕らえられることかと」
「この状況で最悪の可能性を考えるのは余りに弱気ではないですか?」
「私が申し上げたいのは、確実性を高めるべきだということです」

 ブライトルが反論する。

「言うは易し、ですね。具体的な作戦を提示してくださいよ」

 どこか見下したような言い草だった。ブライトルは本部の中では最年少だ。さらに他国の人間とあれば、受け入れられないのも無理はないかもしれない。考えもしなかった。彼も戦っているんだ。議論の相手を見つめる目は真剣そのものだ。
 何でそこまで必死になってくれるのか、を考えるのは止めた。

「エースをうまく使うべきです」
「エース……。それは、しかし……」

 突然名前が出てきて背筋を伸ばす。

「エドマンド・フィッツパトリック。確かに経験値は低いですが、実力は誰もが認めるところでしょう。彼にも上空戦をさせるべきだ」

 その場の全員が動揺した。誰もが考えて、でも誰も言い出せなかった作戦だからだ。
 理由は、中央に陣取っておきながら一言も発さずにいる祖父のせいなのか、ブレイブの盾として温存しておきたいからなのかは分からない。

「元帥閣下、ブレイブの性能ならモクトスタ一体を持ち上げて飛行することは可能なはずです。いかがでしょうか」

 僕とイアンが同時に上空から攻撃する? まず無理だろう。祖父は僕にそこまでの期待をしていない。

 ――そう、高を括っていた。

「いいでしょう。作戦の詳細を聞きます」

 さっき以上に室内がどよめいた。僕に至っては呆然としている。

「ありがとうございます」

 ブライトルが王族の礼を取った。

 どうしよう、今、未来が大きく変わってしまったんじゃないか……?
 僕は体の力が抜けたような気がした。

 おかしい。これは何だ? これじゃあ、まるで未来が分からない。
 この作戦なら、僕は死ななくて済むかもしれない。やっぱりアーチー・カメルに殺されるのかもしれないし、捕虜になって死ぬ以上に大変な目に合うかもしれない。
 もっと、もっと酷い現実ならばニュドニアが負けるかもしれない。

 何で……。何で今になってこんなに大きな変更が起こったんだろう。

「バタフライエフェクト、か……」

 囁くように呟いた。
 耳に心地よいはずのブライトルの声が、地獄へのアナウンスのようだった。
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