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第三章 運命なんて言葉じゃちょっと無理がある
三十一、エドマンドの防衛
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「っふ、くくく、あははは!」
「は、ぇ……?」
「すごい顔だな! エドマンド!」
「な、なに……?」
「か、顔が……! はは! ベゴニアの、花より赤いっ! はははは!」
「……どういうことだ?」
「はぁ、笑った、はぁ……」
「僕を、からかったんだな……?」
「なんだ? そう思うのか?」
「それ以外の何があるんだ!」
悔しい! 悔しい! 恥ずかしい……! 僕は今、期待した。彼に期待してしまった!
何を、なんて恥ずかしくて思い出すこともしたくない。
「もういい! どいてくれ! 帰る!」
立ち上がって、笑って離れた彼の体とソファーの隙間を通り過ぎる。
「本気だよ」
かけられた声に踏み出した足が止まった。
自分で自分に驚いた。まさか、僕は彼の言葉を聞きたいと思っているのか? あんなに失礼な扱いを受けたのに?
振り切るように無理矢理一歩を踏み出す。
「エドマンド! 聞け! 確かに俺はお前が嫌いだった! でもお前のことを知ってからは嘘を言ったことはない!」
足を戻した。
「……回りくどいな。はっきり言ったらどうだ」
「分かっているだろ。はっきり言えない事情があるから誤魔化しているんだ」
ジッと見つめた先に両開きの扉がある。今ここを動いて出て行けば、二度とこの話の続きは聞けなくなるんだろうか。
「信用できないと言ったら?」
「信用させてみせる」
僕は振り返った。
ブライトルは、真剣な顔をしているように見える。
「……どうやって?」
「じきに分かる」
つい驚いてしまった。笑いさえしてしまいそうだ。
「大口をたたいた割には曖昧だな?」
「身分が高いもんでね。色々と不自由も多いんだ」
「信じろと?」
「お前には、お前だけには信じてほしい」
僕らはジッと見つめ合う。いっそ睨みあっているような強さだった。
まるでお互いの素の部分を知ったときのような光景だ。
「その視線、時計塔でのことを思い出すな」
悔しい。同じことを考えた。何も言えなくて微かに睨む。
ブライトルは笑った。口を開けて子供っぽい笑顔だ。
そうだ……。忘れていた。彼はまだ十六歳なんだ。日本で言ったら高校一年生。大人びているとは言ってもまだ、子供。
何もかもなんて、きっとできない。
僕は妥協してやることにした。
「信じるかどうかは、お前次第だ」
「エドマンド……」
踵を返して扉に向かう。今度こそ何を言われても振り返るつもりはなかった。
「帰る」
「なあ、エドマンド!」
扉に手を掛けた。
「トーカシアは同性婚ができるんだ」
押し開けてそのまま廊下へ出る。
「覚えておいてくれ」
無礼だと分かっていて後ろ手で扉を閉めて、そのまま正面玄関に向けて歩いた。
……何だって?
***
初戦は何事もなく終わった。
任務内容は遠くにセイダルの砲撃の粒子を見ながら、奇襲に備えて警備を行った。
たまに流れ弾が届くことがあったものの、防御特化のモクトスタによってそのほとんどが防がれていた。
僕の専用機も間に合ったのにその威力を実感するまでもなく、ほとんど戦況を見届けるだけで終わってしまった。
唯一何かあったとするなら、ブレイブが中距離砲一発で向こうの流れ弾を弾いてしまったことくらいだ。
凄まじい勢いで飛んでくる砲弾を、赤い粒子の流れが押し返す様は圧巻だった。
僕はうっかり見入ってしまった。慌てて無表情を取り繕ったけど、周りもみんな見惚れていたから問題ないだろ。
やっぱり、この前手合わせしたときのイアンは不完全だったんだ。中距離砲の威力が段違いに上がっている。飛行時間も長くなっていたし、今戦ったら多分僕は負けるんだろう。
段々と彼は完成に近づいていく。
それが嬉しくもあって、寂しくもある。
ブレスタでは、エドマンドとイアンは正式な勝敗が決まらないままトイメトアの決戦を迎える。勝率では僕が上だけど、最後の試合ではイアンが勝つからだ。
イアンと友達になってしまった今、最後の試合がいつのことを指すのか分からない。ただ、彼が確実に原作以上の実力を付けていることにホッとする。
任務から帰宅すると、使用人たちがほぼ総出で僕を待っていた。
「エドマンド様……!」
「お前ら……」
「……任務、ご苦労様でございました」
侍従を筆頭として、全員が頭を下げる。
大げさだな。そこまでしてもらうほどのことはしていない。
だけど。
だけど……。
「ああ、今戻った」
そう言える場所が作れたことに、初めて感謝したんだ。
その日の料理は久しぶりに肉厚のステーキだった。昨日も肉だったのにまた肉が出た。内心躊躇ったけど、十代の貪欲な体が素直に空腹を訴えてくれたので安心して平らげた。
ここのところ、牛肉がほとんど食べられなくなった。僕の家でそうなのだから、他の人は恐らく全く食べられていないはずだ。肉自体が流通していない可能性も高い。
トーカシアが支援に回ってくれるなら物資に関しては多少ゆとりが出るかもしれない。でも前線の兵士はともかく、金持ちや権力者に優先的に配られていたら意味がない。
ブライトルの顔が浮かぶ。今日のことがあるから少し気まずいけど、もし本当に不正があったなら、せっかくのコネクションを使わない手はない。
ブライトル。
ブライトル、か……。
彼を信用するかどうかは決めていない。
でも、信じたいと思う自分はいる。
もし、もし彼の言っていることが全て本心なのだとしたら、僕はどうしたらいいんだろう……。
そもそも同性婚が許されているからと言って、王族であるブライトルとどうこうなるなんて無理な話だ。
それでも、もしかしたら。
もし、万が一何かしらでうまくいくのなら、そのときは。
「……信じてやってもいいけどな」
僕の呟きを拾ったのだろう。控えていた侍従が不思議そうな顔をした。
「は、ぇ……?」
「すごい顔だな! エドマンド!」
「な、なに……?」
「か、顔が……! はは! ベゴニアの、花より赤いっ! はははは!」
「……どういうことだ?」
「はぁ、笑った、はぁ……」
「僕を、からかったんだな……?」
「なんだ? そう思うのか?」
「それ以外の何があるんだ!」
悔しい! 悔しい! 恥ずかしい……! 僕は今、期待した。彼に期待してしまった!
何を、なんて恥ずかしくて思い出すこともしたくない。
「もういい! どいてくれ! 帰る!」
立ち上がって、笑って離れた彼の体とソファーの隙間を通り過ぎる。
「本気だよ」
かけられた声に踏み出した足が止まった。
自分で自分に驚いた。まさか、僕は彼の言葉を聞きたいと思っているのか? あんなに失礼な扱いを受けたのに?
振り切るように無理矢理一歩を踏み出す。
「エドマンド! 聞け! 確かに俺はお前が嫌いだった! でもお前のことを知ってからは嘘を言ったことはない!」
足を戻した。
「……回りくどいな。はっきり言ったらどうだ」
「分かっているだろ。はっきり言えない事情があるから誤魔化しているんだ」
ジッと見つめた先に両開きの扉がある。今ここを動いて出て行けば、二度とこの話の続きは聞けなくなるんだろうか。
「信用できないと言ったら?」
「信用させてみせる」
僕は振り返った。
ブライトルは、真剣な顔をしているように見える。
「……どうやって?」
「じきに分かる」
つい驚いてしまった。笑いさえしてしまいそうだ。
「大口をたたいた割には曖昧だな?」
「身分が高いもんでね。色々と不自由も多いんだ」
「信じろと?」
「お前には、お前だけには信じてほしい」
僕らはジッと見つめ合う。いっそ睨みあっているような強さだった。
まるでお互いの素の部分を知ったときのような光景だ。
「その視線、時計塔でのことを思い出すな」
悔しい。同じことを考えた。何も言えなくて微かに睨む。
ブライトルは笑った。口を開けて子供っぽい笑顔だ。
そうだ……。忘れていた。彼はまだ十六歳なんだ。日本で言ったら高校一年生。大人びているとは言ってもまだ、子供。
何もかもなんて、きっとできない。
僕は妥協してやることにした。
「信じるかどうかは、お前次第だ」
「エドマンド……」
踵を返して扉に向かう。今度こそ何を言われても振り返るつもりはなかった。
「帰る」
「なあ、エドマンド!」
扉に手を掛けた。
「トーカシアは同性婚ができるんだ」
押し開けてそのまま廊下へ出る。
「覚えておいてくれ」
無礼だと分かっていて後ろ手で扉を閉めて、そのまま正面玄関に向けて歩いた。
……何だって?
***
初戦は何事もなく終わった。
任務内容は遠くにセイダルの砲撃の粒子を見ながら、奇襲に備えて警備を行った。
たまに流れ弾が届くことがあったものの、防御特化のモクトスタによってそのほとんどが防がれていた。
僕の専用機も間に合ったのにその威力を実感するまでもなく、ほとんど戦況を見届けるだけで終わってしまった。
唯一何かあったとするなら、ブレイブが中距離砲一発で向こうの流れ弾を弾いてしまったことくらいだ。
凄まじい勢いで飛んでくる砲弾を、赤い粒子の流れが押し返す様は圧巻だった。
僕はうっかり見入ってしまった。慌てて無表情を取り繕ったけど、周りもみんな見惚れていたから問題ないだろ。
やっぱり、この前手合わせしたときのイアンは不完全だったんだ。中距離砲の威力が段違いに上がっている。飛行時間も長くなっていたし、今戦ったら多分僕は負けるんだろう。
段々と彼は完成に近づいていく。
それが嬉しくもあって、寂しくもある。
ブレスタでは、エドマンドとイアンは正式な勝敗が決まらないままトイメトアの決戦を迎える。勝率では僕が上だけど、最後の試合ではイアンが勝つからだ。
イアンと友達になってしまった今、最後の試合がいつのことを指すのか分からない。ただ、彼が確実に原作以上の実力を付けていることにホッとする。
任務から帰宅すると、使用人たちがほぼ総出で僕を待っていた。
「エドマンド様……!」
「お前ら……」
「……任務、ご苦労様でございました」
侍従を筆頭として、全員が頭を下げる。
大げさだな。そこまでしてもらうほどのことはしていない。
だけど。
だけど……。
「ああ、今戻った」
そう言える場所が作れたことに、初めて感謝したんだ。
その日の料理は久しぶりに肉厚のステーキだった。昨日も肉だったのにまた肉が出た。内心躊躇ったけど、十代の貪欲な体が素直に空腹を訴えてくれたので安心して平らげた。
ここのところ、牛肉がほとんど食べられなくなった。僕の家でそうなのだから、他の人は恐らく全く食べられていないはずだ。肉自体が流通していない可能性も高い。
トーカシアが支援に回ってくれるなら物資に関しては多少ゆとりが出るかもしれない。でも前線の兵士はともかく、金持ちや権力者に優先的に配られていたら意味がない。
ブライトルの顔が浮かぶ。今日のことがあるから少し気まずいけど、もし本当に不正があったなら、せっかくのコネクションを使わない手はない。
ブライトル。
ブライトル、か……。
彼を信用するかどうかは決めていない。
でも、信じたいと思う自分はいる。
もし、もし彼の言っていることが全て本心なのだとしたら、僕はどうしたらいいんだろう……。
そもそも同性婚が許されているからと言って、王族であるブライトルとどうこうなるなんて無理な話だ。
それでも、もしかしたら。
もし、万が一何かしらでうまくいくのなら、そのときは。
「……信じてやってもいいけどな」
僕の呟きを拾ったのだろう。控えていた侍従が不思議そうな顔をした。
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